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ただ、そこに座ってくれ Ⅲ

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 ブラジリアから50キロ離れた場所。
 元は郊外の町があった所だが、衛星画像から広大な軍事施設が建てられ、家屋などが酷い有様で破壊されているのが分かっている。
 綺麗に整地されることなく、施設の周囲は暴力的に破壊されたままで残っている。
 住人の姿はなく、恐らくは施設内で「利用」されていると思われた。
 遺体の処理の跡も無かったからだ。
 「業」がただ幽閉するはずもない。
 逃がせば騒ぎになる。
 だから町の出入りを封鎖して、好き勝手にしている。
 ブラジル政府もそれを容認している。
 真実を知ることすら恐ろしく、目と耳を塞いでいる。

 町の10キロ手前で「ファブニール」を停めた。
 少し高い場所にいるので、軍事施設を見下ろすことが出来た。

 「衛星画像の通りだな」
 「ああ」

 一辺が2キロにも及ぶ正方形の鉄筋の巨大な建物。
 高さは約20メートルで内部構造は分からない。
 軍事施設と呼称してはいるが、レーダー設備も警備の兵士の姿すら見えなかった。
 紅が「スズメバチ」を5体出して偵察に向けた。
 霊素レーダーも使って出来るだけ情報を集める。

 「やはり敷地内に誰の姿も無い。扉は全部で20か所。一つは高さ15メートルの巨大なものだ」
 「ライカンスロープだとしたら、未知のでかい奴がいるのかもな」
 「そう思っておいた方がいい。ただ、妖魔の気配は無いのは幸いだな」
 「まあな」

 油断はしていない。
 妖魔は突然に召喚されることもあるためだ。
 
 「アラスカへもデータを送っている。何か指示があるかもしれない」
 「分かった」

 現在午後4時。
 もうすぐ日が暮れる。
 しばらく待っていると、アラスカから連絡が来た。

 「威力偵察か」
 
 なるべく内部の情報を得ながら、必要に応じて交戦する。
 ただし、無理があればすぐに撤退しても良い。
 そういう指示だった。

 「じゃあ行くか」

 俺たちが出ようとした時に、後ろからの飛翔物をレーダーが捉えた。
 すぐに量子コンピューターがA-1攻撃機の編隊10機であることを表示する。

 「なんだ!」

 紅が即座に「スズメバチ」を200体出した。
 通信が来た。
 
 「「虎」の軍の方へ! 現在「カルマ」基地に向かっています!」
 「何をするんだ!」
 「御支援を! 我々が先制攻撃をします!」
 「やめろ!」

 俺は叫んだが、すぐにA-1の編隊が通り過ぎ、10キロ先の軍事施設を攻撃した。
 サイドワインダーを撃ち込みながら、20ミリバルカン砲で薙いで行く。
 鉄筋の構造が次々に崩れていくが、躯体が頑丈なために、完全な破壊には程遠い。

 「羽入、どうする!」
 「取り敢えず俺たちも行くぞ!」

 俺がエンジンを始動し、アクセルを踏み込んだ。
 紅は「スズメバチ」を伴いながら、周囲を警戒している。
 全弾を撃ち尽くしたA-1の編隊は早々に帰投した。

 「あいつら! よくも!」
 「やられたな」

 大統領たちの仕業だろう。
 俺たちが突入するしかない場面にしやがった。
 このまま逃げれば何も掴めないままになる。
 軍事施設の情報を得ようとすれば、最初から戦闘になる。
 俺たちが施設を潰すしかなくなる。

 最初に偵察で送り込んだ「スズメバチ」の機体から、全ての扉から化け物が飛び出して来たことが分かった。
 あの15メートルの扉はまだ開いていない。
 1キロ手前で俺たちは「ファブニール」から出た。
 紅は「バハムート」の装備を装着する。
 強化外骨格の装備なので、身長は5メートルにも及ぶ。

 「羽入! 私から離れるな!」
 
 紅と一緒に走った。
 紅が「スズメバチ」を全機出し、100体で「ファブニール」を護らせる。
 前方からライカンスロープと思われる連中がこちらへ向かって来た。
 紅が「スズメバチ」で攻撃させる。
 40体のライカンスロープが四散して行った。

 「建物に入るぞ!」
 「羽入! でかい扉へ!」
 「分かった!」

 紅の装備では通常の扉から入れない。
 建物を回り込んで15メートルの巨大な扉の前に立つ。
 紅が右肩の「イーヴァ」から「虚震花」を放った。
 鋼鉄の扉が爆散して行った。

 俺も紅も、中にいる奴の気配を感じた。
 すぐに入り口の左右に分かれた。
 破壊された入り口から、熱線が飛び出して来た。
 直撃では無いが、物凄い高熱を感じた。
 俺は熱線が終わったと同時に内部を見る。

 「なんだ、こいつは!」

 高さ13メートルの巨大な樹木のような化け物だった。
 枝は無い、柱のような姿で、全身に無数の穴と眼球のようなものがある。
 紅が「スズメバチ」を300体建物の中に入れて、柱の化け物を攻撃する。
 自分も「イーヴァ」から「ブリューナク」を連射した。

 「おい! 効いてねぇぞ!」

 「スズメバチ」もブリューナクを放つが、表面的に焦がすのみで、ダメージは少ない。
 紅の「ブリューナク」は多少はいいが、やはり効果は薄い。
 柱の化け物の穴から無数の熱線が伸びた。
 周囲が超高温になり、「スズメバチ」は全て破壊された。
 溶解された姿で地上に落ちる。

 「アラスカへ連絡している!」

 紅の叫びが聞こえた。
 俺たちの手には負えない。

 「羽入! 離脱だ! あの高熱は建物も破壊するぞ!」
 「分かった!」

 また化け物が熱線を周囲に飛ばした。
 紅の言った通り、建物がぶっ飛んで行く。
 もう化け物から離れた一部の鉄筋しか残っていない。
 中にいたかもしれない人間やライカンスロープは全滅しただろう。
 俺たちにも熱線が飛んだが、紅が「スズメバチ」を密集させて防いだ。
 
 「あと300体しか残っていない。もう一回も凌げない!」
 「分かったぜ!」

 じゃあ、いよいよ一緒に死ぬ時だ。
 俺は紅の手を取った。
 紅も微笑んで俺を見た。

 「待て、まだ早い。もう一つ手がある」
 「なんだと?」
 「「最後の涙」が撃てる。亜紀様の技だ」
 「ああ!」
 「ただ、撃った後に私の機能はほとんど停止する」
 「!」
 「お前は私を置いては逃げないのだろう?」
 「当たり前だぁ!」
 「じゃあ悪いが私を担いで逃げてくれ。それでダメなら……」
 「任せろ!」

 紅が振り向いて柱の化け物に向いた。
 全エネルギーを集中するのが分かった。

 紅の右手の五指から、美しい光が螺旋状になって柱の化け物に撃ち込まれた。
 化け物の下半身が爆発し、周囲に飛び散らせながら倒れて行った。
 だがまだ死んではいなかった。
 俺は身に着けた「カサンドラ」をロングソードモードにし、柱の化け物に突き刺した。
 先ほどは通じなかった攻撃が、弱体化したか化け物の身体に喰い込んで行く。
 10本の「カサンドラ」を持ち換えながら、俺は必死に振るった。
 
 「紅! 効いてるぞ!」

 紅からの返事は無かった。
 「カサンドラ」の攻撃は効いてはいたが、一撃で斃すほどではなかった。
 柱の化け物の体表が光った。
 「スズメバチ」が俺の前に密集する。
 俺は背中に紅を庇った。




 激しい高熱に覆われるのが分かった。
 
 「紅!」

 俺は最期に愛する女の名を叫んだ。
 俺は満足だった。
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