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素敵な焼き肉屋

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 俺の名前は財前太郎。
 高校を卒業し、東京の荻窪の焼肉店で15年修業した。
 老舗の店で、50人が入る店だった。
 焼肉店としては結構大きい。
 そこで仕込みの仕方から仕入れや原価計算まで、あらゆることを教わった。
 自分で言うのもなんだが、結構真面目に働いた。
 だからオーナーも気に入ってくれて、俺を可愛がりいろいろなことを教えてくれた。
 そして30歳を過ぎ、独立を勧められた。

 「太郎なら大丈夫だ。しっかりやれよな」
 「ありがとうございます! 本当にお世話になりました!」

 店の物件まで相談に乗ってくれ、俺は中野区で焼き肉屋を開業することにした。
 しかし、最初はオーナーが渋っていた。
 
 「中野かぁー」
 「はい! 近所にも焼肉屋がありませんし、いいスタートを切れるかと思います!」
 「うん、それはいいんだけどな」
 「何かあるんですか?」
 「石神亜紀が住んでいる」
 「はい?」
 
 オーナーが教えてくれた。

 「あの一帯では有名な人物なんだ」
 「はぁ」
 「食べ放題の店が、ことごとく石神亜紀によって被害を被っている」
 「はい?」
 「潰された店もある。少し前に高円寺で回転した焼き肉屋も危なかった」
 「ああ、一緒に行きましたね!」
 「いい店だったが、開店間もなく石神亜紀とその一家が訪れた。100キロ以上も喰われたそうだ」
 「えぇ!」
 「10人もいないんだぞ! 一人20キロも喰うんだよ!」
 「そんな人間いますか!」
 「いるんだ! 顔は綺麗なんだけどな。まあ、とにかく鬼のように喰う。その店は、主人から事前に相当な金を渡されていたらしい。でも全然足らなかったそうだよ」
 「どんだけですかー」

 俺が修行した店は食べ放題はやっていなかった。
 だからうちの店は被害に遭わなかった。

 「うちには幸い来なかったけどな。でも食べ放題じゃなくても危ないんだ」
 「なんでです?」
 「あの一家はな、ロースとカルビばっかり食べるんだよ。それを一人20キロもやられてみろ!」
 「ああ、仕込みがなくなりますね」
 「そうだよ。そうなると客の注文に対応出来ない。他の肉を抱えたまま、店を閉じなきゃならん」
 「足の早いものはダメになりますね」
 「そういうことだ」

 気に入られて連日来られた店は大変だったそうだ。

 「でも、俺は中野でやりますよ」
 「お前、今の話聞いてたか?」
 「大丈夫ですって! 逆にそれだけ食べてくれるんなら、ありがたいですって」
 「だけどよ、ロースやカルビばっか喰われたらどうすんだよ」
 「その時は正直に言いますよ。「他のお客さんの分もあるんで、今日はここまでにして下さい」って」
 「なるほどな。でも分かってくれるかなー」
 「ダメなら出禁です。その時は仕方ありませんね」
 「そうか。まあ、金は持ってる人たちらしいからな」
 「じゃあ、楽しんでもらって気に入られるようにしますよ」
 「分かった。じゃあ頑張れな」
 「はい!」

 俺は3月にオーナーの店を辞め、貯めた資金で中野で開業の準備をした。
 オーナーが退職金まで下さり、本当に有難かった。
 これからは自分の力で何とかしていかなければならない。
 俺は挑戦の思いに溢れていた。
 きっとお客さんに喜んでもらえる店にしよう。
 石神亜紀さんにも、笑って楽しんで貰おう。
 焼肉が好きな人だ。
 いい人に違いない。




 4月の下旬にオープンが決まった。
 店の内装も終わり、従業員も雇った。
 俺と女房と2人の従業員。
 20人が入れる規模の店。
 オープン初日から結構なお客さんが入ってくれた。
 まあ、飲食店はそういうものだ。
 ここでお客さんに喜んでもらえないと、その後がやって行けない。
 俺は懸命にサービスし、また来て貰えるように頑張った。
 値段はチェーン店よりも少し高めだ。
 それを売りにしようと思っていた。
 本当に美味い焼肉を食べたい人に来て貰いたい。
 それに安い肉も結構揃えた。
 仕事帰りにビールを飲みながら楽しんでくれればと思う。
 美味い焼肉と気軽に食べれる焼肉。
 安い方はチェーン店よりも安い。
 常に売上を取りながら、俺が目指す高級志向の客に繋げる。
 俺の計画はそういうものだった。

 美味い物は必ず売れる。
 オーナーに教わったことだ。
 きちんと仕込みをし、整えた肉は必ず分かる。

 オーナーに梅田精肉店を紹介され、いい肉が手ごろな仕入れ価格で卸してもらえるようになったことが嬉しかった。
 
 俺はもう一つ、考えていたことを実行した。
 石神家に手紙を書いた。
 有名な家で、住所はすぐに分かった。
 歩いても来られる距離だったので驚いた。
 だったら、躊躇してはいけないと俺は思った。

 《前略 ご近所に新たにオープンしました焼肉「桜蘭」です。焼肉がお好きな素敵な方とお聞きし、是非とも一度お越しいただければと……》

 提供できる数には限りがあることを明記した。
 最初から言っておけばトラブルにはならないだろうと思った。
 当然食べ放題はやらない。
 俺はやるべきことをやり、店の経営に専念した。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 橘弥生が帰った日の夕方。
 亜紀ちゃんが俺に手紙を持って来た。

 「なんだ?」
 「なんだか、挑戦状ですかね!」
 「?」

 俺が受け取ると、亜紀ちゃん宛の封書だった。
 オープンした焼肉店からのもののようだ。
 中を読むと、亜紀ちゃんが有名なので是非来て欲しいと書いている。

 「おい、こいつ正気か?」
 「なんですよ!」

 亜紀ちゃんが心外だという顔をする。

 「だってよ! 高円寺の「牛神」でさえお前らに耐え切れなかったんだぞ」
 「あれは黒牛神だったんです!」
 「なんだよ、そりゃ」

 他の子どもたちも集まって来たので、文面を読ませた。

 「何かの罠か?」
 「違いますよ!」
 「じゃあなんだよ?」
 「私の素敵な「喰い」が見たいんですよ」
 「おかしいって」

 亜紀ちゃんが「そんなことない」と俺の胸をポカポカ叩く。

 「じゃあ、行ってみるか?」
 「はい!」

 夕飯が決まった。
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