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橘弥生の襲来 再び

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 虎白さんを東京駅まで送って帰ると、子どもたちが朝食を食べていた。
 やっと帰ってくれたことに、俺はホッとしていた。
 大好きなのだが、やはりどうしても気を遣う。
 何よりもおっかない。

 朝食を終えて、亜紀ちゃんがみんなに言った。
 
 「さー! 待ちに待ったお時間ですよー!」

 みんなそれだけで分かって苦笑いする。
 全員、亜紀ちゃんがそう言うことは分かっていた。

 「私たち、もう観たけど?」

 ルーが言うと、亜紀ちゃんが激オコになる。

 「『虎は孤高に』はみんなで観るものじゃないの!!」

 あまりの亜紀ちゃんの形相に、ルーは「よくは観てない」と言い直す。

 「よし!」

 もうみんな諦めている。
 昼食も近いが、つまみをみんなで作って地下へ降りる。
 亜紀ちゃんが録画した番組をセットする。
 ちなみに地下のデッキが最高級だが、子どもたちは各自で録画している。
 俺も自室で録画している。
 亜紀ちゃんが大騒ぎで観るので、ちゃんとゆっくりと観るためだった。
 ルーとハー、柳がテーブルやソファを並べてつまみと飲み物を配った。
 うちは昼間から酒は飲まないので、俺と亜紀ちゃんはコーヒー、他の連中は千疋屋のフレッシュジュースだ。
 雪野ナスとクラッカーにクリームチーズ、サラミ、フライドポテト。
 照明を暗くして亜紀ちゃんが「行くよー!」と叫んで再生した。
 全員が半笑いだが、亜紀ちゃんは画面を見ていて気付いていない。

 亜紀ちゃんが俺の前の床に座る。
 前回のあらすじが流れ、鬼愚奈巣との抗争の決着が紹介される。
 既に亜紀ちゃんはいつも通りに大興奮だ。

 固定電話が鳴った。
 亜紀ちゃんが魔王モードで吹っ飛んでいく。
 壁掛けの電話の受話器を引っ手繰る。

 「誰だテメェ!」

 俺が後ろから頭を引っぱたく。
 受話器を奪った。

 「トラ、私よ」
 「橘さん!」
 「!」

 亜紀ちゃんが一気に興奮が冷めて蒼ざめた。
 俺に両手を合わせて頭を下げている。

 「今の誰?」
 「ああ、近所のちょっと頭のおかしい人が来てまして」
 「そうなの。まあいいわ。これからそっちへ行ってもいい?」
 「え!」
 「どうなの!」
 「ど、どうぞ!」

 言うしかねぇ。
 虎白さんと橘弥生、それと小島将軍には逆らえない。
 橘弥生は1時過ぎに来ると言った。
 俺は全員に伝えた。

 「亜紀ちゃん! すぐに伊勢丹でケーキを買って来い!」
 「えぇー!」

 頭を引っぱたく。

 「柳も一緒に行け! ルーとハーは念のために掃除を見直せ! 終わったらすぐに昼食を済ませるぞ!」
 「「はい!」」

 亜紀ちゃんが涙目で出て行った。
 仕方ねぇだろう!




 
 1時前に門の前で待ち、時間通りに橘弥生がベンツに乗って来た。
 俺が誘導し、家の中へ入ってもらう。
 運転手も中へ誘ったが、車で待つと辞退された。
 橘弥生をエレベーターに乗せてリヴィングへ案内する。
 すぐに亜紀ちゃんがベルンのミルフィーユと紅茶を出した。
 話が長くなれば、3時にイルフェジュールのムーランの用意がある。

 「トラ、あなたの用意するものはいつもいいわね」
 「ありがとうございます!」

 最近褒めてくれるようになった。
 しかし、虎白さんがやっと帰って、どうしてまた苦手な橘弥生が来るのか。
 折角の休日なのにー。

 「それで、今日はどういう御用件で?」
 
 俺は早速切り出した。
 遊びに来たのではないことは分かっている。
 またろくでもないことか?
 でも、最大の関門のCD録音は済ませているので、多少は気が楽だ。

 「トラ、あなたコンサートをやりなさい」
 「へ?」

 斜め上から来た。

 「いいえ、やるのよ。もう決まっているから」
 「なんでぇー!」

 またまたとんでもないことを言い出した。
 しかも命令だ。

 「2枚目のCDが出るでしょう。そのお披露目よ」
 「いいですよ、そんなの!」
 「そうは行かないわ。みんなあなたの演奏を待ち望んでいるの」
 「いませんよ、誰も!」

 亜紀ちゃんが手を挙げ、他の子どもたちも一斉に挙げる。

 「ほら、見なさい」
 「てめぇら!」

 俺が怖い顔で睨むが、橘弥生がいるので誰も怖がらない。

 「ほんとに困りますよ!」
 「なんで?」
 「だって俺、ギタリストじゃないですよ!」
 「何言ってるの。CDを2枚も出して置いて、何を今更」
 「橘さんに無理矢理やらされたんですよ!」
 「トラ!」

 橘弥生に怒鳴られて、俺は引っ込んだ。

 「場所はサントリーホールの大ホールを押さえるわ。もう仮の手配は済んでいるから」
 「!」
 「時期は2か月後。丁度CDが出る頃ね」
 「何言ってんですか!」
 「いいわね!」

 また怒鳴られた。

 「あの、ギターで大ホールは無理があるんじゃ」
 「あら、最近コンサート特化のギターを手に入れたらしいじゃないの」
 「あ、あれは壊れてまして!」

 「ウェラーさんは弾けないけど、タカさんはちゃんと音が出ますよね?」
 
 亜紀ちゃんが言った。

 「じゃあ問題ないわね」
 「この野郎!」

 俺が駆け寄ると亜紀ちゃんが橘弥生の傍に逃げた。
 そのまま亜紀ちゃんが橘弥生の肩を揉む。
 随分と親しくなったものだ。

 「トラ、《イグナシオ・フレタ》を聴かせなさい」

 橘弥生が立ち上がった。
 俺には止められない。
 仕方なく地下室へ案内した。
 子どもたちも付いて来る。
 後ろに回って亜紀ちゃんの尻を蹴った。

 「イタイ!」
 「トラ!」

 俺はケースから《イグナシオ・フレタ》を取り出して調弦した。
 ウェラーの前で弾いたベートーヴェンのピアノソナタ『月光』を弾いた。
 当然だが、誤魔化しての演奏は出来ない。
 橘弥生は全て分かる人間だ。
 それに、俺にも橘弥生の前で不埒な真似は絶対に出来ない。
 橘弥生が目を閉じて聴いていた。

 「いいわね!」

 満足そうにそう言った。





 「あの、橘さん」
 
 亜紀ちゃんが恐る恐る言う。
 そして、とんでもないことをぶっ込みやがった。
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