上 下
1,941 / 2,808

虎白さんの恋 Ⅱ

しおりを挟む
 夕飯はすき焼きにした。
 子どもたちが大荒れになるメニューだが、虎白さんなら何の心配もない。
 梅田精肉店さんに頼んで、また膨大な肉を届けてもらっている。
 
 「虎白さん、うちのすき焼きって、ちょっとやんちゃな喰い方で」
 「そうなのかよ?」
 「はい、まあ見てもらえば分かるんですが」
 「へぇー」

 俺は虎白さんと一緒の鍋。
 子どもたちは別な鍋。
 喰い始めると、虎白さんが喜んだ。

 「トラ! なんだありゃ!」
 「まあ、俺も知りませんよ。いつのまにか兄弟で争って喰うようになっちゃって」
 「ワハハハハハハ!」

 しばらくは俺と一緒に食べていたが、そのうちに子どもたちの鍋に行った。

 「おい、俺も混ぜろ!」

 みんな笑顔で虎白さんの場所を空けた。
 虎白さんが肉を掴むと一斉に襲い掛かる。

 「ギャハハハハハハ!」

 楽しんでいる。

 「箸が折れたら3分休みだよ!」
 「器を割ったら10分!」
 「柳ちゃんはちょっと手加減してあげて!」
 「亜紀ちゃんは全然大丈夫だよ!」

 争いながら双子がルールを説明していく。
 亜紀ちゃんが旋風脚で他の人間の器を狙う。

 ガシン!

 虎白さんが左腕で受け止め、そのまま右手の箸で亜紀ちゃんの膝を打った。

 「いったーい!」

 亜紀ちゃんが悲鳴を上げて引っ繰り返る。
 倒れた拍子に器が割れた。

 「「「「ギャハハハハハハ!」」」」

 他の全員に嗤われた。
 しばらく楽しんで虎白さんがこっちに戻って来た。

 「楽しいなぁ!」
 「そうですか」

 虎白さんが笑うので、俺も嬉しくなった。

 「まあ、他人様には自慢出来ないんですけどね」
 「いいじゃねぇか、ここで楽しいんだからよ」
 「そうですね」

 肉が終わり、亜紀ちゃんが雑炊を作りに来る。

 「膝は大丈夫か?」
 「まだ痛いですよ!」
 「ワハハハハハハ!」

 食事を終え、みんなで虎温泉に入った。
 虎白さんももう一度誘う。

 「美味い飯を喰って、こんないい風呂に入れるなんてな!」
 
 双子がかき氷の注文を取りに来る。
 みんな虎白さんの前でも裸を気にしていない。

 「かき氷か! なんかガキの頃以来だな」
 「練乳いちごがお勧めですよ」
 「じゃあ、それ!」

 双子がニコニコして作って持って来る。

 「美味いな!」

 虎白さんが笑って食べてくれた。
 双子がアイス乗せメロンで俺たちの脇に来る。

 「虎白さんって、子どもはいないの?」
 「あ? ああいねぇ」
 「結婚は?」
 「まあ、したけどな」

 俺は二人にそれ以上聞くなと睨んだ。
 双子も気付いた。
 多分、虎白さんの傷だ。

 「虎影の兄貴が出てってからよ」

 それでも、俺たちに微笑みながら、虎白さんが語り出した。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 「虎白、お前結婚しろ」
 「え?」

 虎葉にある日突然言われた。

 「虎影がいなくなったんだ。お前が当主代行だろうが」
 「まあ、そう言っちゃったけどよ」
 「だったら所帯を持て。石神家の代表なんだからな」
 「え、やだよ」
 「ばかやろう!」

 頭を殴られた。
 虎葉はすぐに手が出る。
 まあ、俺たちみんなそうだが、特に早い。
 一番優しい男でもあるのだが。

 「いてぇなぁ」
 「お前が石神家の顔をやってかなきゃならん。所帯を持ってちゃんとしてますって外に示さなきゃならないだろう!」
 「ちぇ」
 「この野郎!」

 また殴られた。

 「別にいいけどよ。でも鍛錬は今まで通りに出来んだよな?」
 「当たり前だろう」
 「じゃあいいよ!」
 「そうか」
 「毎日ヤれるしな!」
 「ばか」

 意外と早く、翌週に嫁だという女が連れて来られた。

 「橋田院長の孫だ」
 「おお、あの人!」
 
 顔は普通だったが、明るくて笑うとカワイイ女だった。
 石神家のことは聞いているだろうが、特に異存は無いようだった。
 邦絵という名だった。

 「うちって変わってるけど?」
 「はい! 宜しくお願いします!」
 「おう!」

 その日から一緒に住み始めた。
 邦絵は橋田院長の病院で看護師をしていたそうだ。

 「虎白さんのことは、何度か病院で見てました」
 「そうなの?」
 「はい! 明るくて素敵な方だと」
 「そうかよ」

 一度俺に助けられたのだと言った。

 「入院の患者さんが暴れた時に」
 「ん?」
 「虎白さんがぶっとばしてくれて!」
 「ふーん」

 そんなことがあったか。

 「あの時、右足が取れそうでしたよね!」
 「ああ!」
 「でも物凄い速さで駆けて来て。男の人に触ったと思ったら吹っ飛んで行って」
 「あったな!」

 思い出した。
 隣の部屋の身体のでかい患者が、看護婦の服を引き裂いて襲おうとしていたことがあった。

 「その後で「いてぇー!」って叫んで。私、怖かったんだけど思わず笑っちゃいました」
 「エヘヘヘヘ」

 それで俺のことを覚えていて、今回の見合いも即座に引き受けたのだと言った。

 「そうだったか」
 「私、お礼をしようとしたら虎白さん、全然相手にしてくれなくて」
 「なんでもねぇからだよ」
 「あの時から好きでした」
 「え?」

 なんだか分からんが、こんな俺のことが好きだと言ってくれた。

 「じゃあ、一杯ヤろうな!」
 「はい!」




 優しく明るい女だった。
 結婚など面倒なだけだと思っていた俺が、毎日笑って過ごすようになった。
 俺が稽古中にニヤついていると、よくみんなにからかわれた。
 虎影がいなくなった俺が、笑っていた。
 そのことに気付いて、俺は邦絵に感謝するようになった。
 あいつは、俺にとって絶対に必要な女だった。 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

まさか、、お兄ちゃんが私の主治医なんて、、

ならくま。くん
キャラ文芸
おはこんばんにちは!どうも!私は女子中学生の泪川沙織(るいかわさおり)です!私こんなに元気そうに見えるけど実は貧血や喘息、、いっぱい持ってるんだ、、まあ私の主治医はさすがに知人だと思わなかったんだけどそしたら血のつながっていないお兄ちゃんだったんだ、、流石にちょっとこれはおかしいよね!?でもお兄ちゃんが医者なことは事実だし、、 私のおにいちゃんは↓ 泪川亮(るいかわりょう)お兄ちゃん、イケメンだし高身長だしもう何もかも完璧って感じなの!お兄ちゃんとは一緒に住んでるんだけどなんでもてきぱきこなすんだよね、、そんな二人の日常をお送りします!

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

俺の幼馴染がエロ可愛すぎてヤバい。

ゆきゆめ
キャラ文芸
「お〇ん〇ん様、今日もお元気ですね♡」  俺・浅間紘(あさまひろ)の朝は幼馴染の藤咲雪(ふじさきゆき)が俺の朝〇ちしたムスコとお喋りをしているのを目撃することから始まる。  何を言っているか分からないと思うが安心してくれ。俺も全くもってわからない。  わかることと言えばただひとつ。  それは、俺の幼馴染は最高にエロ可愛いってこと。  毎日毎日、雪(ゆき)にあれやこれやと弄られまくるのは疲れるけれど、なんやかんや楽しくもあって。  そしてやっぱり思うことは、俺の幼馴染は最高にエロ可愛いということ。  これはたぶん、ツッコミ待ちで弄りたがりやの幼馴染と、そんな彼女に振り回されまくりでツッコミまくりな俺の、青春やラブがあったりなかったりもする感じの日常コメディだ。(ツッコミはえっちな言葉ではないです)

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

イケメン歯科医の日常

moa
キャラ文芸
堺 大雅(さかい たいが)28歳。 親の医院、堺歯科医院で歯科医として働いている。 イケメンで笑顔が素敵な歯科医として近所では有名。 しかし彼には裏の顔が… 歯科医のリアルな日常を超短編小説で書いてみました。 ※治療の描写や痛い描写もあるので苦手な方はご遠慮頂きますようよろしくお願いします。

処理中です...