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花瓶

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 翌朝、ロックハート家で朝食を頂き、俺たちはアラスカへ移動する。
 「セイントPMC」まで静江さんが見送りに来てくれた。
 「タイガーファング」が既に到着して俺たちを待っている。

 「静江さん、本当にお世話になりました」
 「いいえ、石神さんとご一緒させていただいて、楽しい思い出が出来ました」
 「アハハハハ!」
 
 院長たちも静江さんに礼を述べる。

 「お世話になりました。美味しい食事をありがとうございます」
 「また是非いらしてくださいね」
 「はい」

 聖が来る。

 「トラ、あんがとな!」
 「俺の方こそな。また来るぞ」
 「ああ!」

 子どもたちが荷物を入れて、俺たちは出発した。
 5分後にアラスカへ到着する。

 「院長、付きましたよ」
 「あ、ああ」

 あまりにも早いので驚いている。
 普通の飛行機ならば数時間は掛かる。
 だからすぐに着陸はせずに、青嵐たちが上空からアラスカの基地と街を旋回しながら見せた。
 みんなでスクリーンを眺める。

 「凄いな……」

 院長と静子さんが感動しながら見ている。
 異様なヘッジホッグの姿や、広大な大都市《アヴァロン》が拡がっている。

 「これをお前が作ったのか……」
 「みんなでですよ!」
 「いや、石神。お前は本当に凄い男だ」
 「やめてくださいよ」

 俺は笑って青嵐に着陸するように言った。
 機体が揺れることなく、発着場に降りる。

 地上のデッキで栞たちが迎えに出ていた。

 「院長先生! 静子さーん!」
 
 離れた場所で手を振っている。
 桜花たちが俺に頭を下げていた。
 子どもたちが荷物を降ろし、栞たちの待つデッキに向かった。
 桜花たちが院長夫妻の荷物を引き受ける。
 あらためて院長たちに挨拶をする。
 そのまま、栞たちが乗って来た電動移送車ともう一台を呼んで移動した。

 「院長、お元気そうですね」
 「ああ、花岡さんもね」
 「あれ、ちょっと雰囲気が変わられました?」
 「そうかね?」
 「ええ、お若くなったような」

 俺が毎朝バナナを食べてるせいだと言うと、静子さんが笑った。
 士王が俺の膝に乗りたがった。
 
 「あれ、士王、雰囲気が変わったか?」
 「バナナですね」
 
 桜花が言い、みんなで笑った。
 院長はヘッジホッグの威容を窓から見上げ、驚嘆していた。



 栞の居住区に着くと、また驚いていた。

 「こういう場所だったのか」
 「ええ、どのような攻撃にも強い造りになってます。何しろ栞と士王は「業」にとっても重要ですからね」
 「敵になることがか?」
 「いいえ。あいつも二人が欲しいんですよ」
 「なんだって?」
 「栞は「花岡」の革新の子どもを産む能力があり、その革新の子どもが士王です。士王ほどの才能を持った子どもはいません」
 「そういうことだったか」
 
 群馬に蓮花の研究所があるが、あそこよりも強固な防御システムのあるこのアラスカに移ったのだと説明した。

 「私、何にも聞かされてなかったんですよ! 突然軍用機の乗り継ぎをさせられて、着いたら猛吹雪で!」
 「ワハハハハハ!」

 まだ根に持っているらしい。
 まあ、栞の口の軽さでは、ちゃんとは話せなかった。
 
 椿姫が紅茶を淹れてくれた。

 「あなた、もうお昼にしてもいいかしら?」
 「院長と静子さんは食べられそうですか?」
 「ああ、朝食はスープだけだったから俺は頂こうかな」
 「私もお願いします」

 院長が振り向くと、静子さんもそう言った。
 昼食は鍋焼きうどんにすると栞が言った。
 俺が事前に院長たちに和食をなるべく作って欲しいと頼んでいた。
 子どもたりはいつも通り、狩人のソロンさんから頂いた「肉」だ。
 カリブーとイノシシ類の何かだ。
 睡蓮が希望を募った。

 「ガーリックバターライスの人!」

 子どもたちが全員手を挙げる。
 院長たちが笑った。
 荷物を片付けた子どもたちが食事の手伝いに入る。
 俺は院長たちと士王を囲んでのんびりした。
 ロボが士王を押し倒して顔中を舐める。
 士王が喜んでロボを撫で回していた。

 「士王、俺には親父がもういない」
 「はい」
 「だからこの方たちをおじいちゃんとおばあちゃんだと思ってくれ」
 「はい!」

 「石神……」
 「石神さん!」

 「俺が本当にそう思っているお二人だ。お前も大事にしてくれな」
 「はい!」

 士王は2歳になった。
 1歳になると言葉を話し始め、今ではちゃんと思考するようになった。
 栞や桜花たちが熱心にいろいろとやってくれるお陰だ。
 院長がまた泣き出した。
 どうも旅行に出てから涙腺が弱くて困る。

 「院長! 孫の前であんまり泣かないで下さいよ」
 「ああ、すまん」

 静子さんがハンカチを出し、院長が顔を拭った。
 栞が柔らかいタオルを持って来た。
 
 「ああ、そうだ! 土産を持って来たんだ!」
 「もう、手ぶらで来て下さいって言ったじゃないですか!」

 ロックハート家でも、アルと静江さんに扇子を渡していた。

 「いや、大したものじゃないんだ。花瓶なんだが」
 「またそんな高級なものを!」
 「そんな大層なものじゃないんだよ!」

 院長が箱を取り出し、栞に渡した。
 包を開くと桐の箱に入っている。
 箱書を見た。

 「三輪休雪じゃないですかぁ!」

 萩焼の有名な作家だ。

 「すまん! うちにあったものなんだ。前に貰った物なんだが、うちでは使わないので」
 「ちょっとぉー!」
 「花岡さんは茶道もやっていただろう? だから使ってもらおうと、女房と相談したんだ」
 「これは困りますよ。こんないい物は貰えない」
 
 俺も困った。
 あまりにも高級品だ。

 「石神、俺はおじいちゃんだから」
 「!」

 栞が笑った。

 「あなた、いただきましょう。院長先生、大切にしますね」
 「あ、ああ! 良かった!」
 「静子さんも、ありがとうございます」
 「いいんですよ。うちでは本当に持っていても仕方が無いものだから。栞さんに使ってもらえたら嬉しいわ」
 「はい、ありがとうございます」

 桐箱を開いた。
 白を基調に、口の周囲が淡いピンクになっている。
 そして正面に龍の意匠があった。
 極彩色のもので、龍が鋭い爪を開いている。
 まあ、使えないという理由も分かった。
 花瓶として使えるものなら使ってみろという、三輪休雪独特の挑戦的なデザインだ。
 芸大の卒業時に、丸い石を沢山用意して、全部に女性の性器を刻んだという。
 今は代を譲り、独自に物凄い作品を作り続けている。

 「さてと、じゃあお返しをしないとなぁ」
 「ウフフフフ」

 「よせ、石神。俺はもう十分にお前から受け取っている」
 「そうは行きませんよ。土産を断ったのにこんな物を持って来るんですから」
 「お前なぁ」
 「俺だって相応のもので応えないと」

 俺は基地にいる千万組の月岡に電話し、ハンヴィを2台用意するように言った。

 「栞! 久し振りに運転しろよ」
 「いいの!」
 「ああ、院長たちを乗せてドライブしよう」
 「うん!」

 ロボが俺の傍に寄って来た。
 あっちは嫌らしい。

 


 食事の用意が出来て、みんなで楽しく食べた。
 士王が子どもたちの食べっぷりを見ていた。

 「おい、あっちは見るな。あれは悪い魔女に呪いを掛けられてるんだ」
 「そうなの!」
 「可哀そうな連中なんだよ。ああいう喰い方しか出来ねぇというな」
 「かわいそうだね!」
 「そうだよな」

 栞と響子が大笑いしていた。
 本当に誰のせいなんだか。
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