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ロックハート家の夜

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 静江さんとロックハート家に戻ったのは、夜の10時を過ぎていた。
 食堂でまだみんながいた。
 響子が抱き着いて来て「おかえりー」と言った。
 亜紀ちゃんも来る。
 俺がギターケースを持っていたので驚いて聞いて来た。

 「あれ、タカさん! ギターを返しに行ったんじゃないんですか?」
 「まーなー。お転婆な方のせいでなー」
 「ウフフフフ」

 静江さんが笑い、亜紀ちゃんがよく分からないという顔をしたが、俺は放っておいて部屋にギターを置きに行った。
 食堂に戻ると、亜紀ちゃんが大興奮で俺に走ってくる。
 俺の胸をポカポカと叩く。

 「タカさん! また大変じゃないですか!」
 「うるせぇよ!」

 どうやら静江さんが話したらしい。
 院長と静子さんもまだ起きていて、俺を見ていた。
 院長はすっかり落ち着いたようだ。
 椅子に座ると、静江さんがお酒を用意すると言ってくれた。
 用意していたか、ロドリゲスがすぐに料理を持ってくる。
 酒はワイルドターキーだった。

 「石神、また響さんだったのか」
 「どうもそのようですよ。参りましたね」
 「本当に驚くことばかりだな」

 静子さんにも勧めると、水割りをとおっしゃった。

 「タカさん! あのギターで何か弾いて下さいよ!」
 「勘弁しろ! 今日はもうおなか一杯だ!」
 「えぇー!」

 静江さんが笑って、また明日と言った。
 明日も弾く気はねぇんだが。

 「でもびっくりですよね! まさかジョン・ウェラーさんまで響さんが関わっていただなんて」
 「まったくな。どういうことなのか俺にもさっぱり分からんがな」
 「タカさんがギタリストとして世界的に有名になるためですよ!」
 「絶対違ぇよ!」

 冗談じゃない。
 亜紀ちゃんがハッとした顔で俺に尋ねた。

 「あ! タカさん、今日本は何時ですかね?」
 
 時計を見た。

 「ああ、朝の11時半かな」
 「ありがとうございます!」

 真夜に電話でもするのか?
 亜紀ちゃんが食堂の隅に移動して電話を始めた。

 「突然にすいません! 今ニューヨークなんです!」

 真夜じゃないようだが、誰だ?

 「こないだお話ししたジョン・ウェラーのギターのことなんですが……」
 「!」

 あいつ!
 俺は相手が分かって、慌てて走った。
 亜紀ちゃんが本気で逃げる。
 みんなが驚いて俺たちを見ている。
 
 「てめぇ! 電話を切れ!」
 「ジョン・ウェラーがタカさんがタカさんに是非貰って欲しいということで! さっき返しに行ったんですけど、いろんなことがあって持って帰って来たんです!」
 「おい!」
 「《イグナシオ・フレタ》のコンサート特化の名品らしいですよ! 3枚目のCDは是非そのギターで!」
 「待ちやがれ!」
 「すいません! 今追い掛けられてるんで、また! はい! はい! 分かりました!」

 亜紀ちゃんが止まって俺に振り向いてスマホを渡してきた。
 《橘弥生》と表示されている。

 「トラ!」

 スピーカーから橘弥生の声が響いた。

 「はい!」
 「聞いたわよ! 日本に戻ってきたら聴かせてもらうから」
 「い、いや、それは」
 「行くからね!」
 「……」

 亜紀ちゃんがニコニコして俺からスマホを取り上げた。

 「じゃあ、またお電話します! はい! ありがとうございます!」

 こいつ、すっかり橘弥生と仲良くなりやがった。
 しかし、あの人に気軽に電話できる人間が、世界に何人いることか。
 俺たちが走り回っていたので、院長が座るように言った。

 「お前、他人様のお宅で!」
 「すいませんでしたー」

 亜紀ちゃんにお前も謝れと頭を引っぱたいた。

 「すいませんでしたー」

 静江さんが俺のグラスにワイルドターキーを注いだ。
 一気に煽った。

 「石神、俺にはどういうことかは分からんが、これは何か意味があると思うか?」
 「タカさんが世界一の……」

 亜紀ちゃんの頭をはたく。

 「俺にも分かりませんよ。大体何かの意味があるかどうかだって」
 「ありますよー!」
 「黙れ!」

 亜紀ちゃんはニコニコして酒を飲んだ。
 本当に嬉しそうな顔をしている。
 俺は静江さんに聞いてみた。

 「あの、響さんはギターがお好きだったんですか?」
 「いいえ、嫌っているわけではなかったでしょうけど、特段好んで聞いていたということも」
 「そうですかー」

 静江さんから逆に聞かれた。

 「石神さんにとって、ギターはどのようなものなのでしょうか?」
 「え?」
 「とても大切にしていらっしゃるとは思うのですが」
 「まあ、そうですね。何と言っていいか、俺の一部ですかね」
 「なるほど」

 俺は自分で答えて何かを感じていた。
 ギターは貢さんによって俺から切り離せないものになった。
 それを「命」と言ってしまうことを俺は恐れた。
 そういうことだったのだ。
 響さんは、俺の「命」を燃やすために何かをしてくれたのかもしれない。
 
 「口にすると恥ずかしいんですが」
 「はい」
 「ギターを弾くことは、俺にとって命を養うことに等しいのかも知れません」
 「やっぱり! 私には分かってましたよ!」
 「嘘つけ!」
 「ね! 六花さんもそうですよね?」

 六花は慌てて両手を胸の前で組んで目を閉じてうなずいた。
 響子も真似る。
 こいつらぁー。

 「院長」
 「なんだ?」

 俺は院長に言った。

 「響さんは、自分の死を受け入れていたんだと思いますよ」
 「……」

 「死んでやるべきことがある、と。俺はそう思います」
 「石神……」

 医者の言うべき言葉ではない。
 でも、俺は確信していた。

 「院長の力は素晴らしい。でも、誰でも助けて良いわけではない。まあ、正確に言えば助けると言うよりも、死なせないことが間違っているという場合もあるんじゃないかと」
 「お前……」
 「死んだ人間を甦らせたり、死すべき運命の人間を生かしたり。そういうことは俺たちには分からない。だからもっと上の機構が俺たちにそれを教えるんじゃないですかね?」
 「……」

 院長は黙ってしまった。

 「俺たちは医者です。だから精一杯その仕事をするだけです。でも、それを止める力があることは確かでしょうね」
 「……」
 「まあ、響子は俺がオペをしましたから。お陰で俺たちはラブラブになったんだもんな!」
 「うん! そうだよ!」

 響子が嬉しそうに笑って俺に抱き着いた。
 俺は響子を膝に乗せた。

 「石神、お前は……」
 「響さんは、あれだけやらなきゃいけないことがあった。だから、みんな何も出来なくて良かったんですよ」
 「そうか。そうであれば……」

 院長はそうであれば「良かった」とは言えなかった。
 でも、院長の中で何かが軽くなっただろうことは分かった。

 「じゃあ、そろそろ寝るか!」
 
 随分と遅い時間だが、時差の関係でのことだ。
 これからぐっすり眠れば時差ボケも無くなるだろう。

 俺はロボとベッドに横になった。
 
 「院長も大丈夫そうだなー」
 「にゃー」

 ロボが俺の隣で大きく伸びをした。
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