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院長と百家

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 食事を終え、院長夫妻には風呂に入って頂いた。
 恥ずかしがって一緒には入らないだろうから、「虎温泉」に二人を案内した。

 「じゃー、ごゆっくりー!」
 「おい、石神!」
 「ワハハハハハハ!」

 まあ、たまにはいいじゃんか。
 片づけを終えた双子が裸で走って行った。
 まあいいか。

 みんなが風呂を済ませ、「幻想空間」で紅茶を飲んだ。
 お茶請けは「紅オイシーズ」をカットして出した。
 院長がその大きさに驚く。

 「なんだ、お前は酒を飲めばいいだろう」
 「毎日酒を飲むなんて、ダメな人間のやることですよ」
 「別に俺たちに遠慮するな」
 「え、静子さんは飲めますよね?」
 「……」

 静子さんが「じゃあ飲もうかしら」と言うので、俺が笑って今日は紅茶にしましょうと言った。

 「お、俺だって少しは飲めるぞ!」
 「はいはい」

 みんなが笑った。

 「もう、お顔は山賊の頭みたいなのに、全然ですよね」
 「うるさい!」
 
 あまりからかうのも可哀想なので、そこまでにしたが、院長が言った。

 「俺もなぁ、お前と一緒に飲みたいよ」
 「はい?」
 「酒を飲むとお前は一層明るく優しくなる。だからな、そういうお前と一緒に飲みたかった」
 「何言ってんですか」

 こいつ、反撃に出やがった。

 「何度も話したじゃないですか。いつだって、付き合いますよ」
 「そうだったな」

 院長のお宅で、それにこの家でも院長にアラスカへ来て欲しいと誘った時には朝方まで話した。
 酒は飲まなかったが。

 「どうもな、俺の家系はあまり酒は飲めないようだ」
 「そうですか」
 「どうしてかなぁ」
 「飲むと山賊になっちゃうからじゃないですか?」

 院長が笑って俺の頭をはたいた。
 柳に、院長に似た山賊の顔を検索しろと言った。

 「嫌ですよ!」
 
 院長がそんなものは無いと言い、柳に強制的に検索させた。
 柳がタブレットを持って来て検索を始める。

 「あ」
 「見せろ!」
 「これ、違いますって!」

 俺が無理矢理奪い取る。
 写真ではなかったが、イラストでそっくりなものが出て来た。

 「うわぁ……」
 
 みんなが集まって来る。

 「そっくりですね」
 「ヒゲがあったら、もうそのもの……」
 「御先祖だね」
 「タカトラ、こわい……」
 「ちょっといいよ、これ!」
 「すいません」
 「……」

 静子さんが大笑いしている。

 「おい柳、俺は「ありませんでしたよ」って言われて終わるつもりだったのに!」
 「絶対嘘ですよ!」

 みんなが笑った。
 院長も笑ってそのイラストが欲しいと言った。

 「御先祖は山を縄張りにしているうちに、山林業を始めたんですね」
 「おい!」
 
 院長の広島の実家は材木問屋だった。

 「柳! 「優しい綺麗な奥様」で、静子さんが最初に出てくるようにしろ!」
 「無理ですよ!」

 双子が量子コンピューターを使ってやると言うので、静子さんが慌てて止めた。

 「ネットって、コワイですね」
 「石神さん、本当に辞めさせてね!」

 みんなで楽しく茶話会をした。
 9時頃に解散にする。
 明日が早いからだ。
 朝の6時に出発する。
 ニューヨークでは夕方の5時だ。
 時差の問題だけは、いかんともし難い。





 院長が俺を呼んだ。

 「石神、もう少し、話をしないか?」
 「ええ、いいですよ」

 俺はウッドデッキに誘った。

 「今日は楽しかった」
 「いいえ、また調子に乗ってすいません」
 「いや、女房があんなに楽しそうだった。ありがとう」
 「いえ」

 静子さんが笑っていると嬉しいという人だ。
 そして俺に言った。

 「どうもな、お前から聞いた夢の話が気になってな」
 「ああ」
 「俺がな、若い頃に同じような話を聞いたことがあるんだ」
 「はい?」

 院長が話し出した。
 20代の若い女性だったそうだ。

 「その人も多臓器不全でな。原因は白血病からの転移のガンだ。だから俺が執刀したが、ダメだった」
 「院長の「光」でもですか」
 「ああ。実はな、全然通じなかったんだよ」
 「そうですか」

 院長は手から特別な癒しの「光」を出す。
 そのために「奇跡の外科医」と呼ばれる、世界的な名声を得たのだ。

 「俺が「光」を注ごうとするとな、あの「鬼」が出て来た」
 「なるほど」

 治してはいけないということだ。

 「当時は患者当人には宣告はあまりしなかった。だから家族だけに、もう長くは無いと告げた。でも、その患者は自分で分かっていたようだ。そして俺に言った」
 「なんて言ったんですか?」
 「やっぱり、あの人でもダメだったんですね、とな」
 「!」
 「そして俺に、お前が言っていたような体験を話したんだよ。場所は違うがな。やはり同じように道案内をされて、夜まで一緒にいたのだと。最後に「出来るだけのことはやったけど、恐らく間に合わない」と言われたそうだ」
 「それって……」

 「俺にも分からんよ」
 「そうですね」

 院長が俺を睨んでいた。

 「その女性は特殊な家系の方でな」
 「はい」
 「お前になら話してもいいだろう。百家の人間だったんだ」
 「なんですって!」
 「お前も百家の名前くらいは知っているだろう」
 「もしかして「響さん」ですか!」
 「何で知ってるんだ!」
 
 俺は驚き過ぎて息を整えてから話した。
 院長は響子がロックハート家の人間であることは知っているが、母親の静江さんが百家の人間であることは知らない。
 だから俺は院長に静江さんのことを話し、響子と以前に百家に訪問していることも話した。

 「なんということだ……」
 「俺も驚きましたよ」

 二人で少しの間、黙っていた。
 そして院長はもう一つの話をした。

 「その百家の響さんがな、自分が同じことをするために、ここで終わるのだと言っていた」
 「……」

 院長はまだ話し続けた。

 「これは今の話とは関係ないことなんだろうが」
 「なんです?」
 「お前が真っ赤な火柱の中にいると話しているよな」
 「はぁ」

 俺にはさっぱり実感は無いが。

 「その火柱の色が最近変わった」
 「はい?」
 「お前の周囲は変わらないけどな。上空の方では青い光になった」
 「上空!」
 「そうだ。お前は死に掛けてから、火柱が天にまで上るようになったんだ」
 「聞いてませんよ!」
 「俺だって話していいことかわからんのだぁ!」

 思わず怒鳴り合った。

 「お前、「仕事」で去年長い休暇を夏に取っただろう?」
 「はい」

 「神殺し」で死に掛けた時だ。

 「あの後もさらに火柱が強くなった。もうまともに見られない程にな」
 「双子は何も言ってませんけど!」
 「ルーちゃんとハーちゃんは相当意識しないと見えないようだ。元々「観る」ことは得意では無いようだな」
 「そうなんですか!」

 全然知らない。

 「とにかく、俺も気になっていてな。悪い波動ではないから黙っていたが」
 「まあ、今後も黙ってて下さい」
 「どうしてだ?」
 「俺、人間ですからぁ!」

 院長は目を丸くしていたが、やがて破顔して大笑いした。

 「そうだな。まあ、俺も普段は見ないようにしているしな」
 「ほんとにお願いしますよー」
 「分かったよ」
 「あー、もう今晩は驚いて寝られないかも」
 「じゃあ、朝まで話すか?」
 「ダメですよ。院長には向こうで楽しんでもらいたいですから」
 「そうか」

 院長は立ち上がって、そろそろ寝ようと言った。



 俺は響子と六花の間に横になった。
 ロボが枕の上から俺の頭を抱いた。

 「響さんかぁ……」

 まったく不思議な縁だ。
 院長とも百家とも、まさかそういう縁があったとは思わなかった。
 静江さんも気付いていたのだろうか。

 ニューヨークでのことが楽しみになった。
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