1,908 / 2,840
般若の男
しおりを挟む
「タカさーん! 何か話して下さいよー!」
亜紀ちゃんが叫ぶ。
もう11時を回り、他の客はいない。
一応「虎酔花」は深夜1時までだ。
地方にしては随分と遅くまで営業しているが、地元の人に愛されており、その時間まで開いている。
今はゴールデンウィークの最中であり、却って地元の人間は少なかった。
それぞれに連休を楽しんでいるのだろう。
「なんだよ、俺はこれから飲もうと思ったのに!」
「折角みんな集まってるんですからー!」
「うるせぇ!」
よしこが俺の前に来て手を合わせた。
「石神さん! お願いします!」
「あんだよ!」
「みんな、石神さんのお話が大好きで!」
「お前なぁ!」
六花も手を合わせた。
隣で響子が笑いながら手を合わせて目をつむっていた。
俺も笑って言った。
「響子の頼みならしょうがねぇ!」
「やったぁー!」
「ありがとうございます!」
みんなが笑った。
「まあ、お前らも「族」だったからな。今日は俺の「族」絡みの話をしようか」
拍手が湧いた。
「「ピエロ」との抗争はみんな知ってるな? 俺がそこのヘッドの「青」を潰した。青とはひょんなことから再会してよ。その話は子どもたちにも話したんだが」
俺は大学で御堂に一目惚れをした「柴葉典子」の話をした。
みんなが泣いた。
「その後でな、青に呼ばれたことがあるんだ」
俺は語った。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
俺が今の病院に移ってしばらくした頃だった。
木曜日の深夜12時に、俺のマンションに、青から電話が来た。
普通ならば非常識な時間だが、俺がいつも遅い時間にしかいないので、青もそんな時間に寄越して来たのだろう。
当時は留守番電話を入れておらず、きっと青は夜に何度も掛けていたのだと思う。
7月の初旬の頃だった。
青にはあいつの妹の柴葉典子の死の時に、連絡先は教えていた。
でも、もちろん一度も話したことも会ったことも無い。
あの時、青は相当に落ち込んでいたから、何かあったら連絡しろと言ったのだ。
俺に怨みでもぶつければ、青の憂さは少しでも晴れるかもしれないと思っていた。
「赤虎、お前に頼みがあるんだ」
青が深刻な声でそう言った。
「俺に?」
「ああ。俺はろくな稼業じゃないからな。こういう話が出来る奴を知らないんだ」
俺に相当な怨みを持っているはずの青が、俺に何事かを頼もうとしている。
青も考えあぐねてのことだろうと思った。
「俺なんかで良ければ、幾らでも相談に乗るぜ?」
俺がそう言うと、青は喜んだ。
まあ、それくらいの義理はある。
青の目を潰したりしたことではない。
御堂のために、あいつは妹のことを教えてくれた。
線香を上げさせてくれた。
「ほんとか! ありがとう!」
「お、おう」
明日の金曜の夜に会うことにした。
待ち合わせたのは、新橋の居酒屋だった。
青の勤める街金が新橋にあり、俺の病院からも近かったためだ。
「お前、こんな近くにいたのかよ」
「うるせぇ」
俺たちは生ビールをジョッキで頼み、俺はホッケの焼き物と枝豆を頼んだ。
青は刺身の盛り合わせとチーズハンペンだ。
ビールが届き、俺は口を付けた。
「おい、なんだよ。乾杯しようぜ」
「……」
俺は黙ってジョッキをぶつけた。
青は黙ってビールを飲む。
俺も黙って飲む。
ホッケが先に届いたので、俺はホッケと格闘を始めた。
小骨が多かった。
青の刺身の盛り合わせが来て、青も刺身を口に入れながらビールで流し込んでいく。
しばらく二人で黙々と食べて飲んだ。
ホッケが無くなり、生ビールのお替りを頼んだ。
青も刺身を食べ終え、もう一杯頼む。
俺は枝豆を、青はチーズハンペンを食べ始める。
「おい、これを飲んだら帰るぞ」
「おい!」
「なんだよ!」
「お前、俺が相談があるって言っただろう!」
「だったらさっさと話せ! あと枝豆は4本だぞ!」
「ま、待て!」
何なんだ。
忙しい俺を呼び出しておいて、何も言わないでビールなんか飲みやがって。
俺は青と飲みたいわけではない。
俺は枝豆を全部口に放り込んだ。
「おい、ゆっくり食べろって!」
「お前、ふざけんな!」
青が俺に掴みかかりそうになったが、流石に自分で止めた。
「実はさ」
「あー」
「お前、女にモテるだろ?」
「あ?」
「実はさ」
「おう」
「枝豆、頼もうか」
「もっと高いのにしろ!」
青は厚切りベーコンを頼んだ。
生ビールも2杯追加する。
「実はさ」
「おい! いい加減にしろ!」
俺が怒鳴ると、青が叫んだ。
「あのよ! 好きな女が出来たんだよ!」
「!」
何かと思った。
よりにもよって、本当に面倒な話を始めやがった。
「おい」
「なんだ」
「俺に関係ねぇよな?」
「……」
全くその通りなので、青が黙り込んだ。
まあ、そう言われては青も辛いだろう。
どういう話かは、俺にも何となく分かった。
ただ、何で憎み切っている俺に話すのかが分からなかった。
「俺に笑って欲しいとか?」
「てめぇ! 赤虎ぁ!」
「だからなんなんだよ!」
青が下を向いた。
真っ赤な顔をして何かを堪えている。
「赤虎」
「あんだよ?」
「俺、どうしたらいい?」
頭を引っぱたいた。
青が殴り掛かりそうになるのを必死に堪えて収めた。
そしてテーブルに両手をついて俺に頭を下げた。
「頼む! お前しか相談できる奴がいないんだ!」
「お前よー」
「こんなの初めてなんだよ! 心底惚れたんだ!」
「だから何なんだよ」
「俺、自分でもどうしたらいいのか分かんなくて」
「とにかく事情を話せ。どこで知り合ったんだ?」
本当に面倒な話だったが、あの青が俺に頭を下げている。
どうしようもねぇと思った。
青はようやく話し出した。
亜紀ちゃんが叫ぶ。
もう11時を回り、他の客はいない。
一応「虎酔花」は深夜1時までだ。
地方にしては随分と遅くまで営業しているが、地元の人に愛されており、その時間まで開いている。
今はゴールデンウィークの最中であり、却って地元の人間は少なかった。
それぞれに連休を楽しんでいるのだろう。
「なんだよ、俺はこれから飲もうと思ったのに!」
「折角みんな集まってるんですからー!」
「うるせぇ!」
よしこが俺の前に来て手を合わせた。
「石神さん! お願いします!」
「あんだよ!」
「みんな、石神さんのお話が大好きで!」
「お前なぁ!」
六花も手を合わせた。
隣で響子が笑いながら手を合わせて目をつむっていた。
俺も笑って言った。
「響子の頼みならしょうがねぇ!」
「やったぁー!」
「ありがとうございます!」
みんなが笑った。
「まあ、お前らも「族」だったからな。今日は俺の「族」絡みの話をしようか」
拍手が湧いた。
「「ピエロ」との抗争はみんな知ってるな? 俺がそこのヘッドの「青」を潰した。青とはひょんなことから再会してよ。その話は子どもたちにも話したんだが」
俺は大学で御堂に一目惚れをした「柴葉典子」の話をした。
みんなが泣いた。
「その後でな、青に呼ばれたことがあるんだ」
俺は語った。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
俺が今の病院に移ってしばらくした頃だった。
木曜日の深夜12時に、俺のマンションに、青から電話が来た。
普通ならば非常識な時間だが、俺がいつも遅い時間にしかいないので、青もそんな時間に寄越して来たのだろう。
当時は留守番電話を入れておらず、きっと青は夜に何度も掛けていたのだと思う。
7月の初旬の頃だった。
青にはあいつの妹の柴葉典子の死の時に、連絡先は教えていた。
でも、もちろん一度も話したことも会ったことも無い。
あの時、青は相当に落ち込んでいたから、何かあったら連絡しろと言ったのだ。
俺に怨みでもぶつければ、青の憂さは少しでも晴れるかもしれないと思っていた。
「赤虎、お前に頼みがあるんだ」
青が深刻な声でそう言った。
「俺に?」
「ああ。俺はろくな稼業じゃないからな。こういう話が出来る奴を知らないんだ」
俺に相当な怨みを持っているはずの青が、俺に何事かを頼もうとしている。
青も考えあぐねてのことだろうと思った。
「俺なんかで良ければ、幾らでも相談に乗るぜ?」
俺がそう言うと、青は喜んだ。
まあ、それくらいの義理はある。
青の目を潰したりしたことではない。
御堂のために、あいつは妹のことを教えてくれた。
線香を上げさせてくれた。
「ほんとか! ありがとう!」
「お、おう」
明日の金曜の夜に会うことにした。
待ち合わせたのは、新橋の居酒屋だった。
青の勤める街金が新橋にあり、俺の病院からも近かったためだ。
「お前、こんな近くにいたのかよ」
「うるせぇ」
俺たちは生ビールをジョッキで頼み、俺はホッケの焼き物と枝豆を頼んだ。
青は刺身の盛り合わせとチーズハンペンだ。
ビールが届き、俺は口を付けた。
「おい、なんだよ。乾杯しようぜ」
「……」
俺は黙ってジョッキをぶつけた。
青は黙ってビールを飲む。
俺も黙って飲む。
ホッケが先に届いたので、俺はホッケと格闘を始めた。
小骨が多かった。
青の刺身の盛り合わせが来て、青も刺身を口に入れながらビールで流し込んでいく。
しばらく二人で黙々と食べて飲んだ。
ホッケが無くなり、生ビールのお替りを頼んだ。
青も刺身を食べ終え、もう一杯頼む。
俺は枝豆を、青はチーズハンペンを食べ始める。
「おい、これを飲んだら帰るぞ」
「おい!」
「なんだよ!」
「お前、俺が相談があるって言っただろう!」
「だったらさっさと話せ! あと枝豆は4本だぞ!」
「ま、待て!」
何なんだ。
忙しい俺を呼び出しておいて、何も言わないでビールなんか飲みやがって。
俺は青と飲みたいわけではない。
俺は枝豆を全部口に放り込んだ。
「おい、ゆっくり食べろって!」
「お前、ふざけんな!」
青が俺に掴みかかりそうになったが、流石に自分で止めた。
「実はさ」
「あー」
「お前、女にモテるだろ?」
「あ?」
「実はさ」
「おう」
「枝豆、頼もうか」
「もっと高いのにしろ!」
青は厚切りベーコンを頼んだ。
生ビールも2杯追加する。
「実はさ」
「おい! いい加減にしろ!」
俺が怒鳴ると、青が叫んだ。
「あのよ! 好きな女が出来たんだよ!」
「!」
何かと思った。
よりにもよって、本当に面倒な話を始めやがった。
「おい」
「なんだ」
「俺に関係ねぇよな?」
「……」
全くその通りなので、青が黙り込んだ。
まあ、そう言われては青も辛いだろう。
どういう話かは、俺にも何となく分かった。
ただ、何で憎み切っている俺に話すのかが分からなかった。
「俺に笑って欲しいとか?」
「てめぇ! 赤虎ぁ!」
「だからなんなんだよ!」
青が下を向いた。
真っ赤な顔をして何かを堪えている。
「赤虎」
「あんだよ?」
「俺、どうしたらいい?」
頭を引っぱたいた。
青が殴り掛かりそうになるのを必死に堪えて収めた。
そしてテーブルに両手をついて俺に頭を下げた。
「頼む! お前しか相談できる奴がいないんだ!」
「お前よー」
「こんなの初めてなんだよ! 心底惚れたんだ!」
「だから何なんだよ」
「俺、自分でもどうしたらいいのか分かんなくて」
「とにかく事情を話せ。どこで知り合ったんだ?」
本当に面倒な話だったが、あの青が俺に頭を下げている。
どうしようもねぇと思った。
青はようやく話し出した。
1
お気に入りに追加
228
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
NPO法人マヨヒガ! ~CGモデラーって難しいんですか?~
みつまめ つぼみ
キャラ文芸
ハードワークと職業適性不一致に悩み、毎日をつらく感じている香澄(かすみ)。
彼女は帰り道、不思議な喫茶店を見つけて足を踏み入れる。
そこで出会った青年マスター晴臣(はるおみ)は、なんと『ぬらりひょん』!
彼は香澄を『マヨヒガ』へと誘い、彼女の保護を約束する。
離職した香澄は、新しいステージである『3DCGモデラー』で才能を開花させる。
香澄の手が、デジタル空間でキャラクターに命を吹き込む――。
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
人形の中の人の憂鬱
ジャン・幸田
キャラ文芸
等身大人形が動く時、中の人がいるはずだ! でも、いないとされる。いうだけ野暮であるから。そんな中の人に関するオムニバス物語である。
【アルバイト】昭和時代末期、それほど知られていなかった美少女着ぐるみヒロインショーをめぐる物語。
【少女人形店員】父親の思い付きで着ぐるみ美少女マスクを着けて営業させられる少女の運命は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる