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般若の男

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 「タカさーん! 何か話して下さいよー!」

 亜紀ちゃんが叫ぶ。
 もう11時を回り、他の客はいない。
 一応「虎酔花」は深夜1時までだ。
 地方にしては随分と遅くまで営業しているが、地元の人に愛されており、その時間まで開いている。
 今はゴールデンウィークの最中であり、却って地元の人間は少なかった。
 それぞれに連休を楽しんでいるのだろう。

 「なんだよ、俺はこれから飲もうと思ったのに!」
 「折角みんな集まってるんですからー!」
 「うるせぇ!」

 よしこが俺の前に来て手を合わせた。
 
 「石神さん! お願いします!」
 「あんだよ!」
 「みんな、石神さんのお話が大好きで!」
 「お前なぁ!」

 六花も手を合わせた。
 隣で響子が笑いながら手を合わせて目をつむっていた。
 俺も笑って言った。

 「響子の頼みならしょうがねぇ!」
 「やったぁー!」
 「ありがとうございます!」

 みんなが笑った。

 「まあ、お前らも「族」だったからな。今日は俺の「族」絡みの話をしようか」

 拍手が湧いた。

 「「ピエロ」との抗争はみんな知ってるな? 俺がそこのヘッドの「青」を潰した。青とはひょんなことから再会してよ。その話は子どもたちにも話したんだが」

 俺は大学で御堂に一目惚れをした「柴葉典子」の話をした。
 みんなが泣いた。

 「その後でな、青に呼ばれたことがあるんだ」

 俺は語った。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 俺が今の病院に移ってしばらくした頃だった。
 木曜日の深夜12時に、俺のマンションに、青から電話が来た。
 普通ならば非常識な時間だが、俺がいつも遅い時間にしかいないので、青もそんな時間に寄越して来たのだろう。
 当時は留守番電話を入れておらず、きっと青は夜に何度も掛けていたのだと思う。
 7月の初旬の頃だった。
 青にはあいつの妹の柴葉典子の死の時に、連絡先は教えていた。
 でも、もちろん一度も話したことも会ったことも無い。
 あの時、青は相当に落ち込んでいたから、何かあったら連絡しろと言ったのだ。
 俺に怨みでもぶつければ、青の憂さは少しでも晴れるかもしれないと思っていた。

 「赤虎、お前に頼みがあるんだ」

 青が深刻な声でそう言った。

 「俺に?」
 「ああ。俺はろくな稼業じゃないからな。こういう話が出来る奴を知らないんだ」

 俺に相当な怨みを持っているはずの青が、俺に何事かを頼もうとしている。
 青も考えあぐねてのことだろうと思った。
 
 「俺なんかで良ければ、幾らでも相談に乗るぜ?」

 俺がそう言うと、青は喜んだ。
 まあ、それくらいの義理はある。
 青の目を潰したりしたことではない。
 御堂のために、あいつは妹のことを教えてくれた。
 線香を上げさせてくれた。

 「ほんとか! ありがとう!」
 「お、おう」

 明日の金曜の夜に会うことにした。 




 待ち合わせたのは、新橋の居酒屋だった。
 青の勤める街金が新橋にあり、俺の病院からも近かったためだ。
 
 「お前、こんな近くにいたのかよ」
 「うるせぇ」

 俺たちは生ビールをジョッキで頼み、俺はホッケの焼き物と枝豆を頼んだ。
 青は刺身の盛り合わせとチーズハンペンだ。
 ビールが届き、俺は口を付けた。

 「おい、なんだよ。乾杯しようぜ」
 「……」

 俺は黙ってジョッキをぶつけた。
 青は黙ってビールを飲む。
 俺も黙って飲む。
 ホッケが先に届いたので、俺はホッケと格闘を始めた。
 小骨が多かった。
 青の刺身の盛り合わせが来て、青も刺身を口に入れながらビールで流し込んでいく。
 しばらく二人で黙々と食べて飲んだ。
 ホッケが無くなり、生ビールのお替りを頼んだ。
 青も刺身を食べ終え、もう一杯頼む。
 俺は枝豆を、青はチーズハンペンを食べ始める。

 「おい、これを飲んだら帰るぞ」
 「おい!」
 「なんだよ!」
 「お前、俺が相談があるって言っただろう!」
 「だったらさっさと話せ! あと枝豆は4本だぞ!」
 「ま、待て!」

 何なんだ。
 忙しい俺を呼び出しておいて、何も言わないでビールなんか飲みやがって。
 俺は青と飲みたいわけではない。
 俺は枝豆を全部口に放り込んだ。

 「おい、ゆっくり食べろって!」
 「お前、ふざけんな!」

 青が俺に掴みかかりそうになったが、流石に自分で止めた。

 「実はさ」
 「あー」
 「お前、女にモテるだろ?」
 「あ?」
 「実はさ」
 「おう」
 「枝豆、頼もうか」
 「もっと高いのにしろ!」
 
 青は厚切りベーコンを頼んだ。
 生ビールも2杯追加する。

 「実はさ」
 「おい! いい加減にしろ!」

 俺が怒鳴ると、青が叫んだ。

 「あのよ! 好きな女が出来たんだよ!」
 「!」

 何かと思った。
 よりにもよって、本当に面倒な話を始めやがった。

 「おい」
 「なんだ」
 「俺に関係ねぇよな?」
 「……」

 全くその通りなので、青が黙り込んだ。
 まあ、そう言われては青も辛いだろう。
 どういう話かは、俺にも何となく分かった。
 ただ、何で憎み切っている俺に話すのかが分からなかった。

 「俺に笑って欲しいとか?」
 「てめぇ! 赤虎ぁ!」
 「だからなんなんだよ!」

 青が下を向いた。
 真っ赤な顔をして何かを堪えている。

 「赤虎」
 「あんだよ?」
 「俺、どうしたらいい?」

 頭を引っぱたいた。
 青が殴り掛かりそうになるのを必死に堪えて収めた。
 そしてテーブルに両手をついて俺に頭を下げた。

 「頼む! お前しか相談できる奴がいないんだ!」
 「お前よー」
 「こんなの初めてなんだよ! 心底惚れたんだ!」
 「だから何なんだよ」
 「俺、自分でもどうしたらいいのか分かんなくて」
 「とにかく事情を話せ。どこで知り合ったんだ?」

 本当に面倒な話だったが、あの青が俺に頭を下げている。
 どうしようもねぇと思った。




 青はようやく話し出した。
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