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炎上のキャバ嬢

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 もうすぐゴールデンウィークだ。
 亜紀ちゃんと、今年の計画を立てる。
 俺も本格的に忙しくなり、遊んでばかりもいられない。
 先日も緑子に付き合ってニューヨークへ行ったら、とんでもない面倒事を押し付けられた。
 まあ、レイと緑子のためでもあり、引き受けたが。

 金曜日の夜。
 『虎は孤高に』をみんなで観た後で、亜紀ちゃん、柳と酒を飲んだ。

 「レイ! 最高!」

 亜紀ちゃんがいつも以上に大興奮だった。
 今週は、俺とサーカスの虎「レイ」との出会いと別れだった。
 
 「あの虎、本物でしたよね!」
 「ああ、そうだな」

 亜紀ちゃんがニコニコして柳に言った。

 「柳さん! あの虎はタカさんが大人しくさせたんですよ!」
 「え! ほんとう!」
 「そうです! 撮影の前にタカさんが主役の子を連れて動物園に行ったんです。そこで懐かせたんですよ!」
 「凄いですね!」

 まあ、そんなこともやった。
 俺は本当に忙しい。




 10時になり、柿崎から電話が入った。

 「おう、どうした?」

 こんな時間にうちに電話するのは、何かあったのかもしれない。

 「石神さん、夜分にすいません! ちょっとトラブルがあったのでご報告をと思いまして」
 「そうか」

 以前にハインリヒたちが無銭飲食をした。
 だから、柿崎には一層何かあったら小さなことでも報告しろと言っている。

 「何があった?」
 「はい、大したことじゃないんですが、先ほど店で暴れた奴らを千万組の貝原さんたちに始末してもらいました」
 「そうか」

 ああいう店なので、時々暴れるバカも出る。
 酒を飲んで気を大きくし、トラブルを起こすのだ。
 普通なら、バウンサーの千万組が出張って解決する。
 特に今名前が出た貝原は、死んだ川尻の後任で、川尻同様に信頼できる男だ。
 あいつが出て問題が拡がるはずもない。
 しかし、今回は少々事情が異なった。

 「暴れた客は、しーにゃんに襲い掛かったんですよ」
 「しーにゃん?」
 
 知らない名前だ。
 毎月、柿崎は俺に報告を上げて来る。
 売り上げや試算表の他、キャバ嬢の売上などと、その他の報告事項。
 毎月キャバ嬢の売上大体トップ3は決まっていて、4位以下は常に入れ替わっている。
 言い換えると、トップ3の売上は桁が違うのだ。
 1位はカスミで、毎月数億を売り上げる。
 カスミは容姿とダイナマイトなボディの上、知性があり優しい(そう見せるのが上手い)。
 2位はウラ子で中年に大人気の元気で明るいキャラ。
 3位はモモリンで、癒し系の天使のような(実は悪魔)キャラだ。
 このトップ3に一度も他の人間が食い込んだことは無い。
 ちなみに、この順位もほぼ不動だ。
 一度カスミの接客を受けたが、俺もなるほどと唸った。
 俺を常に上に立てて尊敬し、非常に気持ちがいい。
 その上、ちゃんと俺から何かを引き出す術を持っている。
 恐ろしい女だ。

 「しーにゃんって誰だよ」
 「先月4位だったんですけどね」
 「そっか」

 見てねぇ。

 「なかなか人気が高くて、大体10位以内には入ってます」
 「ほう、頑張ってるな」
 
 店には200人のキャバ嬢がいる。
 俺はやる気のある奴は大好きだ。

 「でも、こないだちょっと問題を起こしまして……」

 柿崎が、しーにゃんがやっているSNSが炎上したのだと言った。

 《女に生まれて、綺麗になろうと努力しない人って信じられない。太るのって、つまらない欲望に負けてるだけ。負け犬が醜い姿をさらしてるのって、頭に来るんだよね》

 それがネットのニュースにも取り上げられ、大炎上した。
 まあ、ネットの中だけのことだったので、柿崎もすぐに俺に報告はしなかったようだ。

 「でも、今日そのSNSに反発した人間がしーにゃんを傷つけようとして」

 しーにゃんは炎上するSNSで平然としていたようだ。
 数々のコメントに、「お前らが騒いで閲覧数を伸ばしてくれる」と嘯いていたようだった。
 女性のコメントが多かったが、そのうちに男性からも批判が集まり、今日の事件になった。

 「そのキャバ嬢は無事か?」
 「はい。ビール瓶で殴られそうになったんですが、黒服の安藤が気付いて庇いました。安藤は左腕を骨折です」
 「警察は?」
 「すぐに連絡し、客たちを連行しました。店には何のお咎めもありません」
 「そうか。すぐに行くぞ」
 「え! 石神さん、もう全部片付いてますんで!」
 「バカヤロウ! 今俺は何て言ったぁ!」
 「すみません! お待ちしてます!」

 店は深夜1時までの営業だ。
 事件があったからと閉めることもない。
 俺はタクシーで新宿の店に向かった。




 店の前で、柿崎が待っていた。
 
 「石神さん! ご苦労様です!」
 「いいよ。安藤は病院か?」
 「はい」
 「見舞金で1000万円を出せ」
 「分かりました!」

 俺は中へ入り、奥のVIP用のボックス席に座った。
 しーにゃんを来させる。

 「オーナー! しーにゃんです!」

 柿崎が連れて来て、しーにゃんが俺に挨拶した。
 名刺を渡して来る。
 見た目の綺麗な子だった。
 SNSで言うだけあって、痩せてスタイルがいい。

 「お前がしーにゃんか」
 「はい! お会い出来て嬉しい!」

 しーにゃんは俺の隣に座り、俺の腕を組んだ。
 柿崎は向かいに座る。

 「おい、何か飲みたいものはあるか?」
 「ドンペリをいいですか?」
 「ドンペリか」
 「しーにゃん! 調子に乗るな!」
 
 柿崎が叱る。

 「ドンペリが好きなのか?」
 「はい!」
 「そうか」
 「だって! このお店で一番高いお酒ですから!」
 「ワハハハハハハ!」

 俺は笑って柿崎に持って来させた。
 しーにゃんは俺にフルーツの盛り合わせなどをねだった。
 それも注文させた。

 しーにゃんと乾杯する。
 柿崎は不安そうに見ている。

 「お前はSNSで炎上したそうだな」
 「そうなんです! 私、本当のことを言っただけですのに!」
 「そうか、災難だったな」
 「そうなんです、オーナー!」

 しーにゃんが顔を輝かせて俺に身体を付けて来る。
 柔らかい、控えめな胸が俺に当たる。

 「しーにゃん、本当に調子に乗るな。お前はトラブルを起こしたんだからな」
 「店長、でも!」
 「いい加減にしろ。石神さんにまでご迷惑をかけて」
 「オーナー! 私、一生懸命ここで頑張ってるんですよ! でも、みんな私がやったことを非難して!」
 「そうだな」

 俺はドンペリを勧め、フルーツも食べさせた。
 フルーツは結構いいものを使っている。
 金は取るが、いい加減なものは出さない方針だ。

 「しーにゃん、お前は自分がやるべきことを分かっているな」
 「はい! このお店でどんどんお客さんにお金を使わせて売上を上げることです!」
 「その通りだ!」

 俺はしーにゃんの肩を寄せ、しーにゃんは喜んで俺の頬にキスをする。

 「お前がやるべきことは、それだけだ」
 「はい!」
 「他のことはどうでもいい。ネットで炎上すれば、うちの店のことがみんなに知られる。お前の綺麗な顔が出れば、寄って来る客も増える」
 「はい!」
 「好きなようにやれ。トラブルは俺たちに任せろ」
 「嬉しい、オーナー!」

 柿崎が黙って俺を見ている。

 「柿崎。この女はいいぞ。自分のやるべきことがちゃんと分かってる。何かあればお前が守ってやれ。必要なら俺に言え」
 「はい! 分かりました!」
 「オーナー! 私、悪くないですよね!」
 「そうだ。しーにゃんが売上を上げ続ける限り、お前は間違ってねぇ」
 「ありがとうございます!」
 「誰に嫌われようが憎まれようが関係ねぇ。お前が売上を取って来るなら、それでお前は大事な仲間だ」
 「はい!」

 柿崎が笑っていた。

 「参りました。石神さんにはまだまだ自分なんて届きませんね」
 「SNSなんてなぁ。俺はやってねぇけど、あれって自分が好きなことを言っていい場所なんじゃねぇのか?」
 「まあ、その通りなんですけどね」
 「だったらよぉ。なんか今の連中って、自分の意見にみんな重みがあると思い込んでるんだよな」
 「はぁ」
 「だから他人を平然と批判してよ。よってたかって気に入らない人間を潰そうとしやがる。まったくなぁ」
 「そういう世の中ですね」
 「俺なんか、幾ら批判されても平気だけどな。逆に人気なんて出ると大変だぞ!」
 
 俺は過去の「フェラーリ・ダンディ」などの話をした。
 柿崎としーにゃんが爆笑した。

 俺は帰ることにした。

 「しーにゃん、頑張れよ」
 「はい! オーナー、必ずトップになりますから」
 「まあ、今のままじゃ難しいな」
 「どうしてですか!」
 「お前は善人過ぎるよ。トップ3は悪人じゃなければダメだ」
 「え?」
 
 俺は笑ってしーにゃんの頭を撫でた。

 「お前は善人になりたいから、あんな批判を書くんだよ。でもな、悪人っていうのは絶対にああいうことは言わない。自分をしっかり磨き上げて、そうじゃない有象無象に自分を好きにさせるんだ。誰でもタラシ込まないと、あれだけの売上は取れねぇ」
 「!」

 「人から褒められたいなんて人間じゃねぇんだ。そいつをメロメロにして、一生金を注ぎ込ませる。そしてそうすることが、そいつの喜びになるというな。そんな悪魔みたいな人間にならなければ、到達出来ねぇ」
 
 しーにゃんが何かを感じたようだった。

 「おい、柿崎」
 「はい!」
 「お前、俺をこのまま帰すつもりなのか」
 「へ?」
 「テーブルチャージで5万円!」
 「は!」
 「折角しーにゃんが頑張ってドンペリを出させたんだぞ! フルーツ盛り合わせもなぁ! 全部しーにゃんの売上だろうが!」
 「は、はい!」
 「てめぇは親からもふんだくれ! お前も悪魔なんだぞ!」
 「すいませんでしたぁ!」

 しーにゃんが笑っていた。
 俺は100万円としーにゃんにチップで10万を渡した。
 
 「じゃあ、本当に帰るからな」

 



 柿崎に言われ、黒服がベンツを回して来た。
 俺が消えるまで、柿崎は頭を下げて見送っていた。
 しーにゃんはすぐに店に戻った。
 早速客から分捕るつもりだった。
 頼もしい奴だ。
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