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丹沢にて

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 4月下旬の金曜日の夜。
 俺は朝食を食べてから、丹沢へ向かった。
 金曜日にはみんなでドラマ『虎は孤高に』を観ることになっているので、その後、10時頃に出発した。
 ハマーで出掛ける。

 時々、一人でここに来る。
 剣技の鍛錬のためだ。
 家の周辺では技が出せないので、ここに来ることにしている。
 「虎王」「常世渡理」「流星剣」を持って来ている。

 麓の家にハマーを入れ、俺は一人で刀を担いで登った。
 食糧は米と肉を1キロほど持って来た。
 中腹の小屋に飯盒や調理器具が多少ある。
 俺は刀を持ち換えながら、剣技の鍛錬をした。
 型をやり、イメージで敵と対戦していく。




 夜中の2時を過ぎる頃から、俺は自分を見ている視線を感じていた。
 人間ではない。
 妖魔でももちろんない。
 しかし、知性を感ずる。
 敵意は無いようなので、俺は放置して鍛錬を続けていた。

 「常世渡理」を使っていた時に、それは姿を現わした。
 森から出て、広場に姿を見せる。
 俺は驚いた。
 しかし、反応せずに、「常世渡理」を振るった。
 30分程も続け、俺は刀を置いた。
 もう3時前になっている。

 「よう!」

 俺が声を掛けると、不思議そうな顔をして俺を見ている。

 「一緒にメシでもどうだ?」

 そのまま立っている。
 オオカミだった。

 「じゃあ、今から用意するからな!」

 俺は火を起こし、飯盒の米を炊いた。
 その後で肉を切り、フライパンに乗せて肉を焼く。
 調味料は何も使わないでステーキを1枚焼いた。

 「おい、焼けたぞ! 来いよ!」

 俺がオオカミに手招きすると、近寄って来た。

 「もっと来い!」

 笑顔で手早くカットして木の板の上に肉を乗せてやる。
 十分に冷ましている。

 「喰えよ」

 オオカミはしばらく俺を見ていたが、やがて肉にかぶりついた。
 一旦食べ始めると、俺を警戒しなくなって夢中で食べた。
 俺も自分の肉に塩コショウを振って焼いて食べた。
 オオカミにもう1枚焼いてやる。
 食べ終わった頃に、また板の上に乗せてやる。
 オオカミはすぐに食べた。
 二人で食事をした。

 俺は汗を掻いたので、風呂に入った。
 ルーやハーのようには行かず、「花岡」で湯を温めるのに苦労した。
 時々高温過ぎて湯が爆ぜる。
 オオカミは不思議そうに見ていた。

 俺は服を脱いで湯に入った。
 真っ暗な中で、月が輝いている。

 「おお、いいなぁ」

 湯船で寛ぐ。

 「お前も入るか?」

 オオカミを誘うが、流石に入って来ない。
 俺が岩に預けた背の方へ回って来て、俺の頭を舐めた。

 気配がした。

 《石神様、鍛錬はお済みですか?》

 この山の主のイノシシだ。
 俺が来ると、必ず挨拶に来る。

 「ああ、今日はもういいかな」
 《さようでございますか。ドングリは如何でしょうか?》
 「絶対ぇいらねぇ」
 《かしこまりました》

 オオカミは山の主を見ても反応しない。
 俺と一緒に見ているだけだ。

 「おい、このオオカミはいつからいるんだ?」
 《御子様たちが極大の光をこの山々に充てて下さってからです》
 「突然現われたのか?」
 《私にも詳しいことは》
 「お前にビビってないよな?」
 《それはもう、当然でございます》
 「?」

 山の主は頭を下げて立ち去った。

 


 俺は風呂を上がり、小屋で少し寝ることにした。

 「おい、一緒に寝るか? 小屋の中は快適だぞ」
 
 オオカミは俺を見ていたが、戸口で誘うと中へ入って来た。
 警戒されないように、戸は開いておく。
 ありったけの毛布を床に敷いて、フカフカの状態を作った。
 俺は横になり、オオカミに好きな場所で寝かせようとした。
 俺の横に伏せた。

 灰褐色の毛が全身を覆っており、背中の毛は白い。
 全長2メートルほどで、随分とでかい。
 尾の長さも50センチほどか。
 大きさももちろんだが、体躯や顔は犬とは違う。
 野生の獰猛さと精悍さを湛えている。

 「お前、ニホンオオカミじゃねぇよな?」

 俺が背中を撫でると、気持ちよさそうに一層臥せった。
 
 記録のニホンオオカミは体長は1メートル前後のはずだった。
 もう60年も目撃例が無いため、絶滅種とされている。

 体つきは筋肉もしっかりしており、食糧には困っていないようだった。
 まあ、この山でこのオオカミに勝てる動物はいない。
 時々来る悪食の鬼たちは別にして。
 数時間一緒に眠り、7時頃に俺は小屋を出た。
 俺が起きるとオオカミも目を覚まし、俺が毛布を畳んでいる間、小屋の外で待っていた。

 「じゃあ、俺は帰るからな! またな!」

 俺は刀を担いで下へ向かって歩いた。
 オオカミが後ろを付いて来るので、あまりスピードは出さなかった。
 下の道路に出る。

 「おう! ここまででいいぞ! また来るからな!」
 
 送り狼ならぬ、本当の見送りだった。
 オオカミは木が途切れる所まで一緒に来て、俺を見ていた。
 向かいの家からハマーを出して道路に出ると、まだ待っていた。
 俺はハマーを降りて、オオカミを抱き締めた。

 「本当にまたな。元気でな!」
 
 オオカミが初めて吼えた。
 野生の狼の、雄々しい雄叫びだった。
 俺は笑って手を振って、家に向かった。
 オオカミの悲しくも聞こえる遠吠えが、しばらく聞こえていた。





 9時前に家に帰ると、ロボのお迎えがある。
 ロボは俺の匂いを嗅いで怒らなかったが、俺を風呂場に押して行った。
 やはり、オオカミの匂いがあるのだろう。
 シャワーを浴び、リヴィングで子どもたちを集めた。

 「肉バカ集合!」
 「「「「はーい!」」」」

 全員が集まる。
 俺は朝食を食べながら、オオカミがいたことを話した。

 「頭のいい奴でな。俺に懐いてくれた」
 「タカさんですからね!」
 「ということで、あの山でオオカミは絶対に狩るなよ!」
 「「「「はーい!」」」」
 「それと、オオカミの獲物もあんまり狩るな! ちゃんと残しておけよな!」
 「「「「はーい!」」」」

 まあ、いつも返事だけはいい。
 でも、オオカミを狩ることだけはないだろう。
 子どもたちが、自分たちもオオカミを見てみたいと言った。

 「まあ、野生の動物なんだから、そっとしておいてやれよ」
 「ずるいよ、タカさんばっか!」
 「お前ら、いつも可愛がる前にぶっ殺して喰ってるだろう!」
 「「ワハハハハハ!」」

 双子が笑った。
 



 その後、亜紀ちゃんや柳、双子たちが訓練を兼ねて丹沢に行っても、オオカミは現われなかった。
 どうしても会いたくて、ハーが得意のサーチを使ったが、それにも引っ掛からなかった。
 山の主が挨拶に来て、ハーに邪魔だと蹴られた。

 不思議な友達が出来た。
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