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小島将軍

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 小島さんが紅茶を淹れるように言った。
 ボディガードが驚いて、隣の部屋へ行った。
 後から、茶の手配などしない人物だと知ることになる。
 俺はどれほど特別な扱いをしていただいたのか。
 しかし、この時の俺は随分と暢気に付き合っていた。
 思い返すと背筋が寒くなる。

 「お前、聖と仲が良かったそうだな」
 「そりゃもう! 聖は親友です!」
 「そうか」

 小島さんが微笑んでいた。
 どう見ても70代以上だが、壮健という以上に迫力があった。

 「あの、どうして聖は「東堂」だったんですか?」

 俺は聖が認知されていないことを知った。

 「いろいろあってな。わしには敵が多い。だからあいつの安全のためにも、母親の姓を名乗らせていた」
 「そうだったんですか」

 平和な日本の中で、拳銃を持ったボディガードに囲まれている人物だ。
 相当ヤバい人なのだろうと思った。
 しかし、ヤクザには見えない。
 もっと高尚な人間だ。
 右翼か、その辺りだろうと思った。

 「あ、あの! 聖は元気でやってます!」

 小島さんが大笑いした。

 「お前、それを陽介に伝えにわざわざ行ったそうだな」
 「陽介って、丸山さんですね!」
 「そうじゃ。あれもわしの子じゃ」
 「そうなんですか!」

 俺も別に結婚の他にも男女の関係があることは理解している。
 そのことに反発はない。

 俺は聖に助けられ、感謝しているのだと話した。
 聖のことを一生懸命に話した。
 父親だという小島さんに、あいつの良さを伝えたかった。
 さっきまでは俺が何か言おうとするとボディガードが止めようとしていたが、紅茶が出てからは何の反応も無かった。

 「聖のことを大切に思ってくれてありがとう」
 「いいえ! あいつは最高の人間です!」

 俺がそう言うと、小島さんも喜んでいた。

 「最高か」
 「はい!」

 俺はその後で、小島さんから聖と親子であることは絶対に誰にも言うなと言われた。
 事情は察した。
 聖のために、関係性を明かせないということは分かった。

 「分かりました!」
 「それと、俺の前でもう聖の話はするな」
 「え?」
 「あいつのためだ」
 「分かりました!」

 聖のためならば、俺はそうする。
 俺は小島さんという人間が相当な地位にあることは感じていた。
 だから、俺などには理解出来ない複雑な理由もあるのだろう。

 「おい、わしとこうして会ったからには、お前にも特別なものを与える」
 「え、いりませんよ!」

 今度はボディガードが動こうとした。
 俺は本当に暢気だった。
 逆らうことがどういうことか全く分かっていなかった。
 また小島さんが制止した。

 「いらんのか?」
 「ええ、俺は聖に世話になっただけなんで、俺が何かもらうのはおかしいですよ」
 「わしの申し出を断るというのか」

 また威圧が来た。
 最初のものよりも小さいが、普通ならば十分に脅える威力だ。

 「あ!」
 「なんじゃ?」
 「それなら一つお願いが!」
 「言ってみろ」
 「聖のお母さんの墓参りをさせて下さい!」
 「!」

 「あいつ、日本にはなかなか帰って来ませんから! だから俺が代わりに!」

 小島さんが俺を見ていた。
 表情は険しかったが、俺には涙を堪えているような泣き顔にも見えた。

 「そういえば、陽介にも同じことを頼んでいたな」
 「はい!」

 「分かった。後日知らせる」
 「ありがとうございます!」

 俺は退出するように言われ、地下の会場へ戻った。
 伊藤さんがすぐに駆け寄って来た。

 「伊藤さん! ありがとうございました!」
 「いや、大丈夫だったかな?」
 「はい! いろいろお話し出来ましたよ!」
 「小島将軍と話したのか!」
 「え、だって、そういう目的だったんじゃ?」

 伊藤さんは会場から俺を連れ出し、地下1階の空いたテーブルに俺を座らせた。
 周囲を見渡してから、小声で俺に話してくれた。

 「さっきのあの方はね、「小島将軍」と呼ばれている方なんだ」
 「将軍?」
 「戦後の日本を裏で支えて来た方でね。あの方には総理大臣といえども頭が上がらない」
 「え!」
 「あの人に逆らえば、日本じゃ生きて行けないよ。実質の日本の支配者なんだ」
 「そんな!」

 俺は驚いたが、あの凄まじい威圧を喰らっているので納得した。
 でも、確かに恐ろしい人間とは思ったが、優しい人物であることは分かった。
 俺がそう言うと、伊藤さんが驚いた。

 「でも、紅茶を頂いていろいろな……」
 「お茶が出たのか!」

 伊藤さんが思わず大声を出し、慌ててまた周囲を見渡した。

 「出ましたけど?」
 「おい、石神君! それはあり得ないことだよ!」
 「小島さんがボディガードの……」」
 「こ、小島さん!」
 「え、あの……」

 伊藤さんが頭を抱えていた。

 「不味かったです?」
 「そりゃそうだよ! あの方を「さん付け」で呼ぶ人間なんかいないよ!」
 「やっちゃいました?」
 「よく生きてたね!」
 「そんなに!」

 今度は伊藤さんが笑った。

 「まあ、君もとんでもない人間なのは分かったよ。でも、これからは気を付けてね」
 「はい!」

 何に気を付けるのかは分からなかったが、一応返事した。




 寮歌祭に戻り、俺は大いに飲み食いした。
 豪華で美味い料理が満載だった。
 何度もお替りを取りに行った。

 伊藤さんが大勢の人を連れて来て、俺に紹介して下さった。
 第一高等学校の方々も、みなさん俺によく来たと言って歓迎してくれた。
 全員、高い知性と見識を備えた大紳士だった。
 楽しく話し、飲み、食べた。
 来年も来るように言われ、俺も絶対に毎年来ると言った。

 「あの方が……」
 「話したらしい」
 「紅茶が出たらしいぞ!」
 「なんだと!」
 「石神家か……」

 「ん?」

 時々、俺を見てそういう話が聞こえた。
 まあ、気にしなかった。

 二次会にも誘われ、俺は喜んでお付き合いした。
 高齢者だけだが、みなさん老齢を感じさせなかった。
 俺などにも親切に話し掛けてくれ、俺も楽しかった。

 また来年と約束してお別れした。
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