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小島聖

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 俺は東京大学医学部に合格し、大学生活が始まった。
 お袋は再婚して山口へ行き、俺は中野区でマンション生活を始めた。
 独り暮らしに戸惑うこともなく、新たな生活を満喫していた。

 映画が好きな俺は、よく映画館へ行き、憧れだったビデオデッキも購入してレンタルビデオなどを楽しんだ。
 『雲の墓標より 空ゆかば』。
 この映画の中で歌われる、第四高等学校の『四高漕艇班遭難追悼歌』の美しさに打たれた。
 俺はこの音源や、出来れば楽譜も欲しかった。
 自分でギターで弾いて歌ったりもした。
 銀座の「山野楽器」に問い合わせたりもしたが、残念ながらCDなどは出ていなかった。
 当時はネットなどもなく、あてもなくいろいろな人に聞いて回った。

 映画は、旧制高校の第四高等学校(現在の金沢大学)から京都大学へ進学した人物が主人公だ。
 劇中で歌われているのは、その第四高等学校で創られた『四高漕艇班遭難追悼歌』、つまり寮歌だった。
 そして、「寮歌祭」というものがあることを知った。
 俺は早速その事務局を調べて連絡した。

 「映画の『雲の墓標より 空ゆかば』を観たんです! その中で歌われる、第四高等学校の……」

 電話に出たのは事務員の女性だったが、俺が熱心に語るので他の詳しい人に電話を替わると言ってくれた。
 事務局長が直接出てくれて、恐縮した。

 「おう!」
 「石神高虎と言います! 実はですね……」

 俺が話し出すと、ずっと黙って聴いてくれた。

 「分かった。おい!」

 電話の向こうで事務局長の方が誰かを呼んだ。

 「「はい!」「はい!」「はい!」」

 何人もの人が大きな声で返事をする声が聞こえた。

 「第四高等学校の伊藤に連絡してくれ! ああ、石神さんの連絡先を聞いてもいいかな?」
 「はい! 03の……」

 俺は感激して礼を述べ、連絡を待った。
 マンションに帰ると、第四高等学校の伊藤さんからの留守番電話が残っていた。
 俺はすぐに掛け直し、お礼を述べた。
 また映画を観て感動し、音源や楽譜を探していると話した。
 伊藤さんは、若い人間が寮歌に興味を持ってくれたことを喜んでくれ、すぐに資料を送ると言って下さった。

 二日後に、『四高漕艇班遭難追悼歌』の入った私家版のカセットテープと第四高等学校の分厚い寮歌集を送って下さった。
 他にも、いろいろな資料と共に。
 俺はまたすぐにお礼の電話をし、お返しにもならないがと断った上で、俺がギター伴奏で歌った『四高漕艇班遭難追悼歌』をカセットテープに録音してお送りした。
 今度は伊藤さんが喜んでくれ、電話を下さった。

 「それでね、毎年東京でも「寮歌祭」を開催しているんだ。良かったら石神さんもいらっしゃいませんか?」
 「本当ですか!」

 俺は喜んで参加すると言った。
 伊藤さんに直接お礼も言いたい。

 「石神さんは東京大学だったですね?」
 「はい!」
 「じゃあ、第一高等学校のまとめの人に連絡しておきます」
 「宜しくお願いします!」

 そして招待状が送られ、10月の体育の日に俺は「寮歌祭」へ出掛けた。




 新宿のNSビルだった。
 地下2階の大ホールが「寮歌祭」の会場になっており、地下1階が受付だった。
 事前に会費を振り込んでいる。
 受付を済ませると、パンフレットや出席者の名簿と着席表などの案内をもらった。
 俺はそれを持って自分の席に座る。
 みんな70代以上が多く、若い人間はほとんどいない。
 旧制高校は昭和20年に学校法の改正で終わっているので、そういうことになっている。
 
 伊藤さんが来て下さった。
 俺は挨拶し、お送り下さった貴重なものの御礼を言った。
 優しくて温厚な素晴らしい方だった。

 「ところで石神さん、あとでちょっと会わせたい方がいるんだけど」
 「はい?」

 何だろうと思ったが、「宜しくお願いします」と言った。
 寮歌祭が始まり、俺は檄文に大感動した。
 開会式が終わり、各校の寮歌が始まると、また伊藤さんが俺を呼びに来た。
 伊藤さんに連れられて、上の部屋に案内された。

 「僕はここまでだ。また下で待っているよ」
 「はぁ」

 入り口にボディガードが二人立っていた。
 伊藤さんが二人に頭を下げて去って行った。
 俺は念入りにボディチェックをされ、金属探知機で体中を探られた。
 その間、ボディガードたちがガンを持っていることを確認していた。
 尋常じゃない。

 ドアが開かれ、部屋に入った。
 中にも4人のボディガードが立っている。
 ソファセットが置いてあり、正面に白髪で長い白髭を蓄えた老人が座っていた。
 威圧された。

 老人ではあり得ない程の強烈なプレッシャー。
 俺はこれまで、こんなに威力のある人間に会ったことがない。
 傭兵会社のチャップマン以上だ。

 「おお、座れ」

 俺はやっとのことで堪え、向かいのソファに座った。

 「お前、散々暴れたそうだな」
 「はい?」
 「度胸も据わっている。今じゃなかなかいない奴だな」
 「あの、どちら様でしょうか?」

 ボディガードたちが驚いていた。

 「お前、わしに質問するのか?」
 「えーと、全然知らずに連れて来られたんで」

 老人が大笑いした。

 「わしの威圧を浴びて、初めてじゃぞ! 流石は「石神」じゃ!」

 俺はこの日の会話を一言一句覚えているが、「石神」と言われた意味が分かったのは、20年も後のことだ。
 俺はまだ「石神一族」について、何も知らなかった。

 「はい、石神高虎です。それでどちら様ですか?」
 「小島だ」
 「はい、小島さん」

 ボディガードの一人が動こうとするのを、小島さんが手で制して止めた。

 「お前に会っておこうと思った」
 「はぁ」
 「3度じゃ」
 「はい?」
 「今回、伊藤から面白い若者が来ると聞いた」
 「ああ、伊藤さんですか!」
 
 小島さんが笑った。

 「こないだ、陽介からもお前の名前を聞いた」
 「陽介さん?」
 「美味い果物をもらった。礼を言う」
 「はい?」

 小島さんが俺をじっと見た。
 俺の左目だ。
 この人は武道の心得がある。
 しかも半端じゃない、本格的なものだ。

 「メイドのカレンから、聖に親友が出来たと聞いた」
 「!」

 陽介さんという人物が、聖の家でお会いした丸山さんのことだと分かった。
 確か俺は千疋屋の果物を持って行ったのだ。

 「驚いたぞ。あの聖がベタ惚れなんだと聞いてな」
 「あ、あの! 小島さんってぇ!」
 「聖の父親じゃ」
 「ゲェェェェェーーー!」

 思わず大声で叫んだ。




 それが、俺と小島将軍との出会いだった。 
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