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東堂聖

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 「虎温泉」を出て、みんなで「幻想空間」で飲んだ。
 つまみを作る。
 
 米ナスの山椒焼き。
 味噌田楽。
 シシトウとベーコン炒め。
 チョリソー。
 雪野ナス。
 ふろふき大根。
 獣用唐揚げ多数。

 随分とあっさり目だが、俺が疲れているからだ。
 みんなでご苦労さんと言い合った。
 ハーが、聖が上級妖魔8体を撃破した話をした。

 「ほら、シベリアで物凄く強かった奴がいたじゃん。鉄骨の奴!」
 「「「あー!」」」

 亜紀ちゃんとルー、柳は知っている。
 
 「あれを聖が斃したんだよ! 8体の同時攻撃だったのに!」
 「スゴイね!」
 「やっぱり強い人だね」
 「聖ってなんなの!」
 
 亜紀ちゃんの「最後の涙」でも生き残っていた奴だ。
 近接戦では、亜紀ちゃんが「螺旋花」の猛攻でやっと一体斃した。
 柳はもちろん、ルーもハーも斃せなかった。

 「聖が凄い技を編み出したみたい」
 「へー。どんな?」
 「《セイント・ヘリカル》! 「聖なる螺旋」ってタカさんが命名した」
 「「「ほー!」」」
 「にゃー」

 よく分からない感心の仕方だった。
 ロボは付き合いだ。
 しばらく聖の話題になった。

 「タカさん」
 「なんだ?」
 
 ハーが俺に聞いた。

 「そういえば、聖の苗字って何ていうの?」
 「「「あー!」」」

 他の子どもたちも知らない。
 俺は「聖」としか呼ばないし、ニューヨークでも「セイント」か「聖」だ。

 「ああ、今となっちゃあんまり意味は無いんだけどな」
 「「「「?」」」」
 「東堂って言うんだよ」
 「へー、そうなんだ」

 みんなでカッコイイ名前だとか話している。

 「東堂聖。いい名前なんだけどな。でも本当は小島って苗字なんだ」
 「「「「?」」」」

 「お前らなら知っておいてもいいな」
 
 子どもたちがよく分からない顔をしていた。
 俺は話してやった。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 「トラ、じゃあまたな」
 「ああ」

 18歳。
 俺は聖に誘われて傭兵になり、戦場で大暴れした。
 十分な金が手に入り、俺は日本へ戻る。
 聖はそのまま傭兵を続けると決めた。

 「しばらくはチャップの所にいるからな」
 「分かった。また連絡するよ」
 「会いに来いよ!」
 「必ずな」
 「うん!」

 聖が嬉しそうに笑った。

 「お前が元気にしてるって、家の人に話しておくよ」
 「ああ、別にいい。家族はいないしな」
 「?」

 まあ、俺も会ったことはない。
 でかい家に暮らしていたが、一度も親と顔を会わせなかった。
 聖も家族のことは全然話してくれなかった。
 一時一緒に住んでいた叔母さんのことだけだ。
 それも一度きりだった。
 ああいう性格なので、家族とも上手く行っていなかっただろう。
 不自由の無い生活で、小遣いも驚く程貰っていた。
 別途、自由になる貯金も数億以上あったと聞いている。
 俺はそのお陰で助けてもらった。

 俺たちは握手を交わし、別れた。




 日本へ戻ってお袋と一緒に、横浜の造船所の寮に住み込んだ。
 生活が落ち着いて来た頃、俺は11月の日曜日に聖の家に行った。
 休日なので、親も家にいらっしゃるだろう。
 電話をしたが、通じなかった。
 あの聖の家だからと思い、千疋屋でフルーツの詰め合わせを買った。
 あいつは必要無いと言ったが、仲が悪いとしても聖が元気にやっていることくらいは伝えておきたかった。
 電車を乗り継いで、懐かしささえある、あの白亜の御殿に行った。

 表札が違った。
 「丸山」となっている。
 家族の方々は引っ越されたのか。
 チャイムを押した。
 顔見知りのハーフのメイドの人が出て来た。

 「石神さん!」

 俺を見て驚いている。

 「こんにちは! あの、聖のご家族の方に挨拶に来たんですが」
 「え……」

 少し待って欲しいと言われ、5分程して中へ入るように言われた。
 応接室へ通され、丸山誠二という50代の男性に挨拶された。

 「あの、ここは東堂という……」
 「ああ、そうだったね。聖がいなくなったんで、僕が住むようになったんだ」
 「はぁ」

 話が見えなかった。
 丸山さんは、一見優しそうに見えたが相当な切れ者なのは分かった。
 正面に座って、迫力もある。
 メイドの人がコーヒーを持って来てくれた。

 「石神君は聖と随分仲良くしてくれたそうだね」
 「はい! あの、丸山さんは聖を知っているんですか?」
 「そうだ。会ったことは数度だけどね」
 「そうなんですか!」

 聖は知り合いがほとんどいない。
 
 「御親戚か何かでしょうか?」

 丸山さんはちょっと考えていた。

 「君には話してもいいかな。聖は僕の弟にあたるんだ」
 「エェー!」

 驚いた。

 「母親は違うんだよ。聖の母親は随分と前に亡くなっている」
 「あの、お父さんは!」
 「うん、それは君には話せない。聖も知らないよ」
 「え?」
 「小学生の頃から、聖はここでこのカレンさんに育てられたようなものだ」
 「そうなんですか」

 俺は混乱していた。

 「あいつ、そんなことは全然俺に話してくれなくて」
 「そうか。でも、養育費は十分に与えられていたはずだ」
 「はい、それは分かってますけど」

 聖はたった一人で暮らしていたのか。
 カレンさんは優しい人だったが、それは家族としてではない。
 
 「佐紀さんという叔母さんと、一時一緒に住んでいたと聞きました」
 「ああ、僕も聞いている。母方の人だよね?」
 「すいません、詳しい関係は」
 「聖が一人でいたからね。離婚されたと聞いて、父が一緒に住むようにしたそうだ」
 「そうだったんですか」
 「君も知っている通り、聖は少々暴れん坊でね。だから誰も親しい人がいなくて。佐紀さんは聖に優しくしてくれた」
 「はい! 聖も大事な人間だったと言ってました!」
 「そうかね」

 丸山さんが笑った。
 この人も、聖を嫌ってはいない。
 それが分かったので、俺は聖がアメリカで元気にやっていると丸山さんに話した。

 「そうか。わざわざ君はそれを伝えに来てくれたんだね」
 「はい! 聖には本当に助けてもらいましたので。せめてご家族に伝えておこうと」
 「ありがとう。僕から必ず父にも伝えるよ」
 「お願いします!」

 「そうか、聖はやっぱり傭兵になるのか」
 「え?」

 聖が傭兵になるためにアメリカへ行ったことを知っている。
 
 「あの、やっぱり丸山さんは聖と親しかったんですか?」
 「いや、そうじゃないんだ。でも僕も結構上の人間でね。聖のことはいろいろ情報が入って来ていたんだよ」
 「そうなんですか?」

 どうも関係性が良く分からない。
 しかし、丸山さんもこれ以上は話してくれそうになかった。

 「石神くんも、聖と一緒に傭兵をやっていたんだよね?」
 「え、ええ、まあ」

 詳しく知られているようなので、俺も認めた。

 「父も君たちの活躍を聞いて、喜んでいたよ」
 「え!」
 「傭兵の業界では、結構評価されているよね?」
 「どうしてそれを!」
 
 丸山さんは笑って答えてくれなかった。
 俺は別のことを聞いた。

 「聖のお母さんのお墓を教えて頂けませんか? あいつ、しばらく日本に帰って来ないと思いますので」
 「君が墓参りをしてくれると?」 
 「はい! 是非やらせて下さい!」

 聖のために俺がしてやれるのは、そんなことしかないと思った。

 「ありがとう。気持ちだけ受け取っておくよ」
 「あの、教えてはいただけないのでしょうか」
 「ごめんね。僕たちは、ちょっと話せない事情があるんだ」
 「そうですかー」

 仕方が無いと思った。
 それぞれに家の事情はあるものだ。
 俺は退散することにし、お時間をいただけたことの御礼を言った。

 「このお土産は、僕が父に届けておくよ」
 「大したものじゃなくてすいません! 宜しくお願いします!」

 メイドのカレンさんが玄関まで見送ってくれた。

 「石神さん、今日は本当にありがとうございました」
 「いいえ。カレンさんもお元気で! 聖にも伝えておきますよ」
 「はい」
 「ああ、これまで美味しいお料理をいただいて、ありがとうございました!」
 「いいえ」

 カレンさんは微笑んで見送ってくれた。




 聖の家だった白亜の御殿は、今も美しかった。
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