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「セイントPMC」妖魔戦

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 昨年末、トラから頼まれて、ロシアのサンクトペテルブルクから「ローテス・ラント」の人間二人を救出した。
 そして、作戦行動の最中に、俺は枝がついたことを感じていた。
 はっきりとしたものではない。
 俺の勘だ。
 トラにはそれとなく電話で伝えた。
 あいつなら分かってくれるという伝え方だ。
 こちらが気付いたことを、まだ敵に悟られたくなかった。

 「ロシアから戻って、ちょっと調子が悪いんだ」
 「なんだ?」
 「ああ、なんでもないよ」
 「そうか、じゃあ気を付けろよな。必要ならいつでも呼んでくれ」
 「ああ、分かった」

 それだけだ。
 トラは本当に俺の体調が悪ければ、絶対に放っておかない。
 前にも腰が痛いと言ったら、しつこいくらいに治療法を指示してきた。
 俺がそれをやったかどうか毎日聞いてきて、やったらどうだったかを答えさせられた。

 「俺が行ければいいんだけどな」

 トラは自分が来れないことをいつも謝っていた。

 「お前も忙しいんだろう!」
 「聖のために何でもやりたいんだよ!」
 「!」

 泣きそうになった。
 俺はトラの言うことを全部やり、腰はお陰で全快した。
 下半身を冷やさないようにすることと、毎日バスタブに浸かるように言われ、以来必ず実行している。
 一日に一度、ちゃんと温まれば大丈夫だと言われた。
 本当に調子が良くなった。
 トラのお陰だ。

 そんなトラが、俺が「調子が悪い」と言って放っておくことは無い。
 俺が伝えたかったことを分かったから黙ったのだ。
 「調子が悪い」というのは、何となく嫌な感じを受けているということだ。
 俺たちの間で、真面目な話で具体的でないことは一切ない。
 表立って話せないことを、だからこうやって伝えることが出来る。
 トラは「必要ならば」、と言った。
 それは俺が対処できることを信じ、その上でのことだ。
 俺がトラのことをよく分かるように、トラも俺のことがよく分かっている。
 まあ、トラは自分のことを余り考えない奴なので、自分で気付いていないことも多い。
 トラの目はいつだって外を向いている。
 だから俺がトラのために何かをしてやりたい。





 ロシアからハインリヒとエリアスを連れて戻って、俺の予感が何だったのかが分かった。
 あいつらは、敵の妖魔に記憶を読まれていた。
 ハインリヒたちが知っている情報は全て流れたと見ていい。
 その中に、俺のことも含まれている。
 恐らく、俺がトラの勢力の一つであることと、世界的に有名な傭兵派遣会社の人間であることは知られている。
 ただ、ハインリヒたちはそれ以上の詳しい情報は知らない。
 俺とトラが親友であることは知っている。
 それと、ニューヨークに拠点があること。
 その程度だ。
 トラのことにしてもそうだ。
 トラが強いことはもちろん知っている。
 「ローテス・ラント」の戦争屋を短時間で潰したことで、途轍もない力があることは分かっている。
 それは「業」たちにも知られていることだ。
 むしろ、これまでの戦闘から、「業」の方がハインリヒたちよりもずっと詳しい情報を持っている。
 だから、ハインリヒたちからトラのことが敵に知られても構わない。
 新たに知られたのは、俺が組織的にトラを支援する人間だということだ。
 
 俺は、自分が狙われたことを感じている。
 多分、「業」は俺に軍を差し向けてくる。
 トラの話では、トラの周囲の人間がこれまでも狙われてきたらしい。
 だから、今度は俺を狙うのだ。
 俺のことは裏社会の人間に聞けば大体分かる。
 そして、通常戦力では俺を殺すのは難しいと考える。
 だったら、相手の出方は分かっている。

 「業」は間違いなく、妖魔の軍勢で攻撃してくるだろう。
 人間相手の戦争屋の俺には、妖魔は対処できないと「分かって」いる。
 救出した「ローテス・ラント」の二人には、警備を二倍付けた。
 それは万一のためで、敵の狙いが俺であることは分かっていた。





 年が明けてトラがハインリヒたちに会いに来た。
 俺はまだ狙われていることをトラには話さなかった。
 ただ、トラにはまた分かるように伝えた。

 「ロシアでは、妖魔が出なくて助かったぜ」
 「そうか」
 「俺も、まあ、うちの連中も、妖魔戦は準備がねぇからな」
 「そうだな」
 「襲われたら一たまりもないぜ」
 「気を付けろよな」

 やはりトラは分かってくれる。
 俺が困っていると言って、あいつが何もしないわけがない。
 具体的な方策を口にしないのは、見張っているかもしれない奴を警戒したからだ。





 「ボス! 石神さんから荷物が届きましたよ」
 「おう!」

 スージーが俺に伝えてきた。
 早かった。
 トラと別れて数日だ。
 でかいトラックに積まれた多くの木箱。
 一つ部下に開かせると、思った通りの品だった。
 トラが俺の要望で作ってくれた「カサンドラ」の改良タイプ《ドラクーン》。
 それを更に対妖魔に特化させた《ゴースト》だった。
 俺も初めて見る。
 《ドラクーン》は剣とガンの両方を使える「カサンドラ」をガン専用にしたものだ。
 アサルトライフルの形に似せて、俺が扱いやすくしてくれた。
 そして《ゴースト》は、プラズマではなく、「花岡」の「オロチストライク」を発射できるようになっていた。

 「数は「200あります!」
 「やったぜ! トラぁ! あんがとー!」

 俺が喜ぶと、スージーも嬉しそうだった。

 「よく、こんな数を揃えてくれましたね?」
 「トラはすげぇ奴だかんな!」
 「アハハハハハ!」

 大変だったろうと思う。 
 理論的に、すでに「オロチストライク」の発射機構は出来ていた。
 しかし、それを実銃で再現するのは別な話だ。
 トラは俺のために、無理をして命じて手配してくれたのだろう。

 俺はすぐに兵隊たちの訓練を始めた。
 使い方はアサルトライフルと同じなので、訓練は順調に進んだ。
 反動が無いことが、逆に慣れるのに時間を掛けさせた。

 新たなレーダー《ゴースト・レーダー》も送ってくれた。
 アラスカの戦術哨戒機「ウラール」に積み込まれているものと同じものだそうだ。
 そんな貴重なものを、俺なんかのために配備してくれた。
 トラは俺が説明しなくとも、全部分かってやってくれた。

 妖魔の襲撃は2月の終わりにあった。





 「ボス! レーダーに反応! 妖魔です!」
 「数は!」
 「およそ5万! 冗談じゃねぇぞ!」

 予想を遙かに超える数だった。
 
 「慌てるな! アラスカへ連絡! うちが5万の妖魔に襲われるってな!」
 「はい! 救援を頼みます!」
 「必要ない! 対妖魔戦の訓練を受けていないものは、急いでロックハート家に避難!」

 コントロール・ルームが一気に慌ただしくなる。
 スージーが駆け込んできた。

 「セイント!」
 「ああ、やっと来やがった」
 
 スージーはすぐにレーダー担当から敵勢力の規模を確認していた。
 敷地内で全車両が出て、戦闘要員以外の兵員やスタッフを移動させる。
 半数は走っていく。
 
 「セイント! 迎撃の準備が整いました! タイムは訓練通りです!」
 
 スージーが時計を見て確認していた。
 訓練通りの時間と手順で配置に着いたことを俺に報告した。
 現在、200台のパネルバンのコンボイと、大型輸送ヘリの群れが近づいてきている。
 敵がそれだけの準備をしていたのに、俺たちはまったく気づかなかった。
 「業」もアメリカの中に太い枝を伸ばしている。
 俺は数千も来ればと思っていた。
 完全に予想を裏切られた。

 「セイント! もしもの場合はアラスカへ飛んで逃げて下さい!」
 
 スージーが真剣な顔で俺を見ていた。
 普段は俺を「ボス」と呼ぶが、作戦行動中は「セイント」になる。
 敵にこちらの上下関係や指揮系統を知られないためだ。

 「分かったよ、その時はお前らを見捨てて逃げるからな!」
 「はい!」




 スージーは明るく笑い、俺も獰猛に笑ってやった。
 スージーも俺が逃げることはないと知っている。
 しかし、こいつは俺に逃げて欲しいとも思っている。
 その時には、俺を迷わせないように、ここの自爆装置を使うだろう。
 そういうことも分かっていた。

 最高の相棒だ。
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