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亜紀ちゃんの成人式

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 日曜日。
 亜紀ちゃんの成人式がある。
 会場は例年通りに中野サンプラザで、12時半からだ。
 朝食後に亜紀ちゃんが着物に着替え、みんなで記念写真を撮る。
 真夜も来たので、一緒に写真を撮った。

 「亜紀さん! お綺麗ですよ!」
 「真夜もだよ!」

 亜紀ちゃんは紺地に大きな月と夜桜、真夜は淡いピンクの地に桜だ。
 二人で並んで写真を撮ると、真夜が恥ずかしがった。
 着物だったので、俺がロールスロイスで会場まで送った。
 亜紀ちゃんが喜び、真夜は恐縮していた。

 12時に会場に着く。
 集まっていた人々が、ロールスロイスを見て驚き、降りて来た亜紀ちゃんたちを見てまた驚いていた。

 「じゃあ、2時半に迎えに来るからな!」
 「はい!」
 「石神さん、すみません!」

 俺は手を振って家に帰った。
 帰る途中で気付いた。

 「丁度昼時じゃねぇか。大丈夫か?」

 まあ、着物を帯で締めつけているし、流石に今日くらいは大丈夫だろうと思った。
 思っていたのだが。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 もう会場に入れる時間だったので、真夜とすぐに受付を済ませて中へ入った。
 整理券を貰い、4桁のナンバーがあった。
 私に整理券を渡す時に、ちょっと受付の人がオドオドしていた。
 着物に驚いているのだろうか。
 後でくじ引きがあるらしい。
 それと別途に特典も。
 
 「石神さーん!」
 「あぁー!」

 中学時代の同級生が何人かいた。
 久し振りに会うので楽しい。
 真夜を紹介した。

 「親友なの!」
 「そうなんだ!」

 真夜は恥ずかしそうに挨拶していた。
 みんなで式典場へ行き、楽しく話した。

 「聞いた話だとね、今回の成人式は、お料理が豪華らしいのよ!」
 「え! そうなの!」
 
 詳しい同級生の情報が嬉しかった。
 昼食の時間だけど、今日はそんなに食べられないと思っていた。

 「うん。何でもね、偉い人のお嬢さんが来てるからなんだって! その人がね、とにかく食べるらしいのよ!」
 「え」

 真夜が私を見た。
 私も当然気付いている。

 「そう言えば、石神さんも卒業前には結構食べるようになってたよね?」
 「そ、そんなことは!」
 
 真夜がため息を吐いている。

 「冗談よ! もう!」

 中学時代の同級生が私の肩を軽く叩いた。
 私は無理に笑顔を作る。

 「あ、もうすぐ始まるよ!」
 「亜紀さん、ちょっと」
 
 真夜が私の手を引いて、一度式典場から連れ出した。

 「亜紀さん、不味いですよ」
 「うん」
 「みんなの前で大食いとかしたら、今の人たちに一発でバレますからね」
 「わ、分かってるよ!」

 二人でまた式典場へ戻った。
 区長のお祝いの挨拶から始まり、延々と来賓者のスピーチが続く。
 私は呪文のように「今日は食べない……今日は食べない……」と繰り返していた。



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 「課長、料理は全て揃いました」
 「そうか、ご苦労様」
 「いやぁ、今年は大変でしたよね」
 「そうだなぁ。でも自由党の幹事長と都知事から直接通達が来るとは思ってもみなかったよ」
 「はいはい! びっくりですよね!」
 「特別予算まで回してもらったんだからなぁ」
 「はい、お陰で助かりました」

 昨年12月初旬。
 中野区長を自由党幹事長が訪問した。
 国政の政治家が区役所まで足を運ぶのは異例のことだ。
 都知事は多少はあることだったが、問題はその二人から持ち掛けられた話であった。

 「「虎」の軍の重要な人物が来年の成人式に出席するはずです」
 「はい?」
 「非常に重要な人物です」
 「では、警備体制を」
 「そこではありません」
 「はい?」

 中野区長は話の道筋が見えずに困惑した。

 「警備は必要の無い方です。でも、食事についてはとても重要なことなのです」
 「食事ですか?」
 「そうです! その方は美食家でもあるのですが、何しろ量がそれ以上に必要なのです」
 「はぁ」
 「ステーキであれば、20キロは食べる方なんですよ?」
 「エェー!」
 
 中野区長は驚いた。

 「ところで、毎年ステーキはどのくらい?」
 「いいえ、出ませんよ! 軽食程度です!」
 「あなた! 会場を破壊するつもりなの!」
 
 都知事が怒鳴った。

 「そんな!」
 「いいですか、ステーキは用意しなさい。一人300gプラスの50キロです」
 「そ、そんなに!」
 「しかも、ある程度の品質が必要です」
 「予算がありませんよ!」
 「大丈夫です。自由党から祝い金と特別予算が「虎」関連の経費で計上できます」
 「はい?」
 「都からも幾らか予算を回します。特別会計費で」
 「はい?」
 
 「もちろん、他の料理も充実したもので。お寿司や天ぷらの屋台も出して下さい」
 「はい」
 「自由党で優秀なケータリングの会社を手配します」

 中野区長は驚きながらも、念のために聞いてみた。

 「あの、趣旨は理解出来たのですが、個人のためにそこまでやる必要があるのですか?」

 そう言うと、幹事長と都知事の二人が呆れた顔をした。

 「あのね、石神様に御不興を買えばどういうことになるか分かってませんね?」
 「はぁ」
 「一番単純なことで、もしも石神様が中野区から引っ越されたらどうするんですか?」
 「はい?」

 都知事が本気で呆れ、石神家の住民税の額を調べろと言った。
 中野区長が課税課に連絡し、すぐに数字を持って来るように言った。
 課長が飛んで来た。

 「区長!」

 《住民税 23兆2840億9230万円》

 「な、なんだこれは!」
 「区長、ご存じなかったんですか!」
 「知らない!」
 
 昨年当選した無所属の区長だった。
 都知事が慌てて、石神高虎に関する情報は直ちに掌握しておくように命じた。
 中野区長は数日後に成人式の特別チームを編成し、石神亜紀に対する特別措置を整えた。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 「あー長かったなー」
 「まあ、ああいうのも必要なんですよ」
 「いいけどさー」
 「亜紀さん、それよりも次は」
 「分かってるよ!」

 全員で食事の用意された会場へ移動する。

 「「アンダコレ……」」

 亜紀さんと私は入り口で呆然とした。
 会場に「おめでとう! 石神亜紀様!」と大きな垂れ幕があり、その下に特別席が用意されていた。

 「石神亜紀様! どうぞこちらへ!」
 「え、あの、意味が分からないんですが」
 「大当たりですよ! 「2990」ですよね?」
 「はい?」
 「ほら! 整理券ですよ!」
 「あ、ああ」

 亜紀さんが取り出すと、確かにその番号だった。

 「2990 ニククオーですね!」
 「はい?」

 職員が笑顔で亜紀さんの手を引いて、特別席へ座らせた。
 
 「あの、この垂れ幕は?」
 「はい! 急いで先ほど作りました!」
 「絶対ウソですよね!」
 「オホホホホホ!」

 笑って職員が離れて行き、代わりにステーキを中心とした料理がどんどん運ばれて来た。

 「あの、今日はこんなに食べないんですけどー!」
 
 亜紀さんの言葉は空しく、料理がどんどん広いテーブルに乗せられていく。
 ご丁寧にも、エプロンを亜紀さんに掛けてくれる人間までいた。
 成人の全員が亜紀さんを見ている。
 指を差して話している人間も多い。

 「ちょっとぉー!」

 亜紀さんの目の前で鉄板のステーキがジュージューと音を立てている。
 見て分かる。
 いいお肉だ。
 亜紀さんが耐えられるはずもなく、ナイフで切りながら口へ運んで行く。

 「おいしー!」

 牛肉のことがよく分かっている人間が焼いていた。
 次々に口に運ぶ。

 「真夜も来なよー!」

 亜紀さんが大声で私を呼んだ。
 聞こえない振りをして、私は離れた場所へ移動した。
 
 「あぁ! すき焼き鍋じゃん!」
 「しゃぶしゃぶぅー!」
 「カレーもあんのかよ!」

 亜紀さんの好物が研究されていた。
 物凄い勢いで消費されていく亜紀さんのテーブルに、みんなが注目している。
 中野区長がやって来た。

 「おめでとうございます! くじ引きの結果、こちらの賞品が当選いたしました!」
 「え?」

 区長が目録を開いて見せた。

 「温泉旅行だぁー!」
 「はい、10名様を箱根の星野温泉に2泊です」
 「やったぁー!」

 ほとんど亜紀さんを中心にされた会食だった。
 まあ、他の人間も結構豪華なものを食べられた。
 越乃寒梅が亜紀のテーブルに置かれ、どんどん注がれた。
 亜紀さんの命令で私が連れて来られ、一緒に食べさせられた。
 本当に恥ずかしかった。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 時間通りに石神さんがまた迎えに来ててくれた。
 亜紀さんとロールスロイスに乗り込む。
 またみんなに注目された。

 「よう、楽しかったか!」
 「はい!」

 亜紀さんが御機嫌だった。
 良かった。

 「真夜も楽しんだか?」
 「いえ、まあ、そうですね」

 愛想笑いをした。
 石神さんが私に気を遣って言ってくれた。

 「まあ、真夜は地元ではないから、知っている人間も少なかっただろう」
 「いいえ、そんなことは」

 亜紀さんが上機嫌で石神さんに言った。

 「タカさん、お料理が物凄く良かったですよ!」
 「そうか!」
 「しかもですね、くじかなんかで当たっちゃって! もう目一杯食べられました!」
 「そうだったかよ! 我慢してたんじゃないかと心配していたんだよ」
 「大丈夫でした!」
 「なんだ、あまり食べられないと思って、家で用意してたのにな」
 「そっちも食べますよ!」
 「ワハハハハハハ!」
 「あははは」

 家に着いて、私も一緒に上がるように言って下さった。
 みんなでお茶を飲み、亜紀さんは更に用意していた焼肉丼などを食べた。

 「あ! タカさん! くじに当たったんですよ!」
 「え、さっき聞いたよ」
 「あれとは別なくじなんです! 温泉旅行なんですよ!」
 「なんだと! 亜紀ちゃん、くじ運がすげぇな!」
 「ワハハハハハハ!」
 「はははは」

 私も力なく笑っていた。
 アレって、絶対に最初から仕組まれてる。
 石神さんの権力ってスゴイからなぁ。
 でも、あれだけあからさまにやってたのに、亜紀さんも石神さんも気付いてないのかなぁ。




 まあ、いっか!
 亜紀さんがあんなに嬉しそうだもの。

 「温泉は真夜も一緒にね!」
 「はい!」

 やっぱり私も嬉しい。
 温泉が楽しみになった。
 笑っている亜紀さんを見て、私も幸せになった。
 いい成人式だった。
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