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橘弥生とお茶

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 11時まで楽しく飲んで、本当に解散だと言った。
 栞と六花は子どもの傍に戻らなければならないし、鷹も連日の料理の手配で疲れているだろう。
 亜紀ちゃんは平気だが。
 反対に、桜花たちはまだ起きていたいのならば、そうさせてやりたい。

 「桜花たちはまだいるか?」
 「はい、宜しければもう少し。ここは本当に素敵な場所です。また来られないかもしれませんので、もう少しいたいと思いますが」
 
 椿姫と睡蓮もうなずいている。

 「じゃあ、そうしろよ。明日は寝たいだけ寝てていいからな」
 「「「はい!」」」

 嬉しそうに笑った。
 俺は亜紀ちゃんにももう寝るように言った。
 俺も部屋へ入る。
 六花は既に眠っていた。
 まったく寝つきがいい奴だ。
 
 少し眠って、目が覚めた。
 トイレだ。
 楽しくて大分飲んだせいだ。
 トイレへ行くと、上で気配がある。
 もう1時を回っている。

 


 「よう、まだ飲んでいたか」
 「石神様!」

 桜花たちが楽しそうにしていた。

 「すいません、そろそろ切り上げます!」
 「いいよ。楽しいのならまだ飲んでろよ。まあ、ここへはまた呼ぶけどな」
 「ありがとうございます!」

 俺が戻ろうとすると、良ければ一緒にと言われた。
 三人が日本酒を飲んでいるので、俺は下から「光明」を持って来た。
 三人に呑ませる。

 「「「!」」」
 「美味いだろう?」
 「「「はい!」」」

 熱燗にするかと聞いたら、こんなに良い酒は冷酒でいいと言った。

 「お前ら、こんなに酒が好きだったかよ」
 「アハハハハハ!」

 栞と士王を護るために、三人は普段は酒を飲まない。
 たまに俺たちが行くと三人で出掛けさせる。
 アラスカの「ほんとの虎の穴」で飲んで来ることが多い。
 でも、それほどの酒量ではなかった。

 「お陰様で、随分とのんびりさせていただきました」
 「これまで悪かったな。今後はもっと機会を増やすよ」
 「いいえ! もう十分です!」
 「そう言うなって。俺も栞もお前たちを休ませたいっていつも言っているんだ」

 三人に礼を言われた。
 しばらく栞のことを楽しく話す。
 桜花が言った。

 「橘様はお綺麗な方でした」
 「おい! やっと忘れかけたのに!」
 「あ、申し訳ありません!」

 俺は笑って冗談だと言った。

 「石神様は、CDを出すのがお嫌だったんですね」
 「そうだよ! 俺は医者なんだからな! なんでCDなんて出さなきゃいけないんだよ!」
 「でも、素敵なことでは?」

 三人には通じない。
 まあ、俺だって自分のことでなければそう思うだろう。

 「橘さんはさ、俺がプロにならないと言ったら、門土と引き離したんだ」
 「はい、伺いました」
 「それは正しいことだよ。遊びでギターなんか弾いてる奴とプロの音楽家は全然違うんだからな。俺が門土の時間を邪魔することになる。だからだよな」
 「それは分かりますが……」

 俺は「光明」を口に含んだ。
 馥郁とした香りが口の中に拡がる。

 「門土の十三回忌で、橘さんがうちの病院の隣でコンサートを開いた。まあ、門土のために、俺にもギターを一曲弾かせたんだ。それからしつこく俺にCDを出せってうるさくてなぁ」
 「石神様の演奏は素晴らしいですから!」
 「そんなことはねぇよ! まあ、ただあれからもしょっちゅうギターは弾いていたけどな。多少は当時よりも上手くはなっているだろうが」
 「でも、石神様の演奏を聴いたからですよね?」
 「うーん、まあ、そういうこともあるんだろうけどな」
 「では、他にも?」

 俺はちょっと迷ったが、話した。

 「俺が思うにさ、俺がCDを出せば門土が喜ぶと思ったんじゃないかな。そういうことでは、一応はCD化するレベルには到達しているということなんだろうけど。でも、俺はプロじゃないしな」
 「「「!」」」

 「そうだよ。門土のためだ。まあ、言い換えれば、だからこそ退かないんだよ。困ったことだよなぁ」
 「石神様……」
 「それが分かっているからさ、俺も断りづらいって言うかな。門土のためだとなれば、俺もやっぱりなぁ。でも一回やったんだから、もう勘弁して欲しいよ」

 桜花たちが笑った。

 「亜紀ちゃんなんかはもう橘さんの味方だしよ。他の子どもたちもみんな、な。俺には味方がいねぇんだ」
 「「「アハハハハハハハ!」」」
 「俺が何か歌ったり弾いたりすると、「それ、次のCDに入れましょうね!」って言うんだぜ。参るよ」
 「みんな望んでますよ」
 「おい、勘弁しろって。それがあるから今はあんまり人前で歌えなくなっちまった。ギターも独りで弾いているんだ」
 
 睡蓮が言った。

 「門土様のCDってあるんですか?」
 「ああ、あるよ。俺がまとめて買ったから、持って帰るか?」
 「「「是非!」」」

 「最初のCDは100枚買ったんだ。嬉しくってなぁ! それで院長とか一江とか、病院の連中に配った。そうしたらさ、大量注文したことが門土の耳に入ったんだよな。店から情報が回ったらしい。それで俺に連絡してくれてな。嬉しくてまた100枚買った」
 「「「アハハハハハハハ!」」」
 
 俺は門土の演奏について話した。

 「何しろ親があの世界的ピアニストだからな。でも、門土は橘弥生を超えることはとっくに諦めていた。そうではなく、自分の音楽性を磨いていくことだけを考えた。橘弥生は遠い憧れだったんだな。決して届くことが無い、でも、一生向かい続けるというな。いい人生だったと思うぞ」
 「橘様の演奏は、石神様はどのように感じられるんですか?」
 「真骨頂はドラマティックということだな。力強く、激しく、そして魂が入った演奏だ。自分を限界以上に燃やすことが出来る稀有な天才だな。ヴァイオリニストのパガニーニは悪魔に魂を売って物凄い演奏が出来るようになったと言われていた。橘弥生も同じだよ。あれは人間には辿り着けない域だ」
 「それほどですか!」
 
 桜花たちは門土のCDの他に、橘弥生のCDも欲しいと言った。
 俺はアラスカへ送ってやると約束し、桜花たちは喜んだ。

 「橘様と門土様のお墓でお会いして、お茶をご馳走になりました」
 「ああ、聞いたな。あの辺に喫茶店ってあったんだな」
 「あの、橘様の御宅で」
 「え! そうだったのか!」
 「私たちの読経を大変褒めて下さって。石神様が用意して下さったのだと申しましたら、一層喜ばれて」
 「あちゃー」

 三人が笑った。
 



 桜花が、橘家で話したことを教えてくれた。
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