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伊達教授追悼式

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 俺は語り終えた。
 
 「伊達教授とはその後もずっと交流を続けていてな。学会などで東京に来られた際には必ずお会いするようになっていた。俺が九州に学会で行った時にも時間を頂いた」
 「親しかったんだね」
 「あの方は誰にでも優しいからな。俺ばかりじゃないさ」
 「亡くなったのは2年前ですよね」

 六花が言った。
 普段はあまり俺の具体的なことを話さない六花なので、みんなが何故知っているのかと驚いた。

 「六花には前にこの話をしたことがあるもんな。響子の手術に関連するからな」
 「私の!」

 正妻を差し置いてと六花をペシペシしていた響子が驚く。

 「響子にやった穿孔術式の一部は、伊達教授から学んだことのアレンジだったんだ。そういうことがあって、響子のことを全部知っておきたいという六花に話したんだよ」

 響子が必死に六花にペシペシしていた腕を撫でる。

 「石神先生は、伊達教授の葬儀にもいらして、その後の追悼式にも出席なさいました」
 「ああ、俺なんかは部外者もいいとこだったんだけど、伊達教授のお弟子さんたちが誘って下さってな。喜んで行ったんだ」

 「タカさん、時々あんまり内容を言わないで出掛けるので、気付きませんでした」
 「まあ、お前たちに話してもなぁ」
 「タカさん! 今後は全部吐いて出掛けて下さいね!」
 「何でだよ!」

 亜紀ちゃんの頭を引っぱたく。

 「私も興味を持って調べてみたんです」
 「六花さん!」
 「百年講堂という場所で追悼式があったようでした」
 「え!」
 「幾つかの内容は、ネットでも見られました」
 「六花さん! よくやった!」

 生意気だと亜紀ちゃんの頭をまた引っぱたく。
 皇紀がすぐにタブレットを持って来て検索した。

 「あった!」

 伊達教授のお弟子さんたちの追悼文が今でも読める。
 九州大学を、そして日本を代表する高名な人物だったからだ。
 そして誰にも慕われる高潔で優しい人柄が、多くの人間を百年講堂に集め、その死を悼んだ。

 「この人! タカさんのことを言ってるよ!」

 皇紀が脳外科で有名な柳教授の追悼文を見つけた。
 みんなが皇紀の後ろに集まり、皇紀がその部分を読み上げる。

 「えーと」
 「早く読め!」

 亜紀ちゃんに頭を殴られる。

 「……伊達教授は多くの後進を育てましたが、中でも一人の医師のことを常に楽しそうに語っておられました。それは東京の港区の病院に勤務する石神高虎医師であり、石神医師が若き頃に出会って以来、ずっと親交を結んでおられました。そして3年前にその石神医師が世界的な快挙となる手術を成功させ、そのことを知った伊達教授は大層喜ばれておりました。伊達教授は「やはり自分が思った通りの人物だった! 石神君が本当に素晴らしいことを成し遂げた!」と何度も仰っておられ、その後も石神医師のことをずっと情報を集め、喜んでおられました。……」

 「タカさん!」
 「うるせぇ! それは伊達教授が優しくて下の医師たちを大事に思っていたエピソードの一つに過ぎない! 俺なんかは伊達教授には一生掛かっても追いつけねぇよ!」

 六花がニコニコして俺を見ていた。

 「まあ、響子の手術が奇跡的に成功して、伊達教授が喜んで下さったのは事実だけどな。でもあれは何度も言っている通りに俺の実力じゃない。響子の生命力と、あとは奇跡だ。それと、伊達教授が教えて下さったことのお陰だよ」
 「そうですかね」

 笑って言う六花の頬を掴んで「イタイイタイ」と言わせた。
 亜紀ちゃんが兄弟たちに、百年講堂での追悼式の全部の資料を集めると話していた。
 俺が全部持ってるとは言わなかった。

 「まあ、亜紀ちゃんも医学部だ。柳と一緒に、興味があれば伊達教授のことを調べてみろよ。お弟子さんが伝記なんかも書いていて、俺がさっき言ったようなことも一部書かれているしな。伊達教授は医者としても人間としても最高の方だった。院長と共に、俺の最も尊敬する医者の一人だ」
 「必ず調べますね!」

 柳には明日電話すると言った。
 みんなが席に戻り、鷹が鍋をみんなに注いだ。

 「伊達教授は院長とも仲が良くてな。互いによく連絡を取り合っていたんだ。院長は他にもいろいろな素晴らしい医師たちを知っていてなぁ。俺は全部回らされたんだよ」
 「あ、千代田区のT病院の泌尿器科の!」

 栞が思い出した。

 「ああ、福本先生も凄かったなぁ」
 「どんな人なんですか?」

 亜紀ちゃんが聞く。

 「俺が院長に言われて行ったんだよ。最初に診察室で同席させてもらってたのな。そうしたらさ、患者さんが椅子に座る前に説明を始めるんだよ」
 「ん?」
 「診察なんかしてないんだよ。顔を見て歩いて来る間に全部分かっちゃうの! 「あなたは辛いものを食べすぎです。カプサイシンという物質はね……」なんて話し出してさ。それで患者さんが驚くんだよ、毎回。その通りだから!」
 「スゴイですね!」
 「凄すぎだよ! 俺、何にも勉強することがねぇんだって!」

 みんなが笑った。

 「経験と積み上げが凄すぎるんだよな。普通の人間には見えないものが見えてるから。でもさ、そうなると俺なんかは何も分かんないんだって!」
 「あなた、しょんぼりして帰って来てたよね」
 「そりゃそうだよ。まあ、オペに何度か立ち会わせてもらって、幾つか技術的なことは教わったけどな。でもあの福本先生の本質って、あの積み上げで見える霊感みたいなものだから」
 「院長先生も笑ってたよね」
 「まーなー。でも、積み上げると人間はあそこまでなるっていうことが、一番の収穫だったかな」

 俺は前に話したかもしれないが、日本整体協会の野口晴哉の話をした。

 「野口先生は素晴らしい整体師で、治せない病気は無いと言われていた。それで直弟子が何人かいたわけだけど、それになるテストがあったんだ。畳の上に座布団を10枚敷いて、その下に針を置くのな。座布団の上に手を翳して、その針の位置と向きを分からないといけないんだ」
 「絶対無理ですよね?」
 「そうだよな。でも、実際にそのテストに合格して直弟子になっている人がいるんだよ。人間は深いよなぁ」

 みんなが驚いている。

 「医者が科学だけだと思ったら大間違いでな。現実は科学的なものを乗り越えた人間の力なんだよ。それは積み上げた人間にしか出来ないことなのな」
 
 「石神先生は響子のことは何でも分かりますもんね」
 「そうだ! 響子は可愛くて大好きだからな!」
 「エヘヘヘヘ」
 「最近の響子のお菓子の隠し場所も知ってますもんね」
 「おう!」
 「た、タカトラ!」

 俺は笑って知らないと言った。

 「西棟の4階のフリースペースのテレビ台の中なんか見てないよ」
 「た、タカトラぁー!」

 まあ、大した量では無かったので、黙認していた。
 ナースの一人から、時々響子がそこでテレビを観ていると聞いて調べたら出て来た。
 六花と二人で響子の頬を指先で突っつく。
 みんなが笑って見ていた。
 
 一旦解散にし、響子と皇紀、双子は寝ることにした。
 六花が響子に歯を磨かせについていく。

 「六花が私たちが知らないことを口にしたんで驚いたわ」

 栞が言った。

 「お前、あいつがちょっと頭が悪い女だと思っているだろう?」
 「え、そういうわけじゃないんだけど。でも、普段はあんまり知識だの情報だのって興味無さそうじゃない」
 「まあな。あいつは自分のことを全然考えない人間だからな。何が欲しいとか無いんだよ」
 「そうだよね」
 「いつだって誰かのことだ。まあ、響子や俺と「紅六花」の連中ことが多いけどな。あとは純粋に自分の欲望もなぁ」
 「アハハハハハ!」
 
 鷹を向いた。

 「鷹もそういう傾向だよな。まあ、自分の欲望はあんまり表に出さないけどな」
 「そうだよね!」

 鷹が照れた。

 「六花はさ、自分のことを良く思って欲しいと全然思わない人間なんだよ。そこが純粋なのな。偉くなりたくもないし、褒められるつもりも全然ない。目の前のことに全力だ。だからこのまま一生響子の専任看護師でやって行こうと思ってるだけ」
 「そういうのってスゴイよね!」
 「そうだよな。昨日、庭に士王の雪像をみんなで作ったじゃない」
 「うん、あれは焦ったよね?」
 「栞は日本にいる機会は少ないし、士王もそうだから喜ばせたくてな。そうしたら六花が「吹雪のは?」って聞いて来た」
 「なんか悲しそうな顔になりかけましたよね」
 
 亜紀ちゃんも言う。

 「そうだろう? だから順番だってことにして、みんなで慌てて作った。あいつが悲しむのは本当に辛いからな」
 「命名の書もそうでしたよね!」
 「ああ! 六花が後ろから首を絞めて来た!」
 「響子ちゃんも乗っかって来て!」
 「響子は前から締めて来たもんな!」

 みんなで笑った。

 「六花自身のことじゃないんだ。吹雪のために、あいつは必死になるんだよ。まあ、士王も可愛がられているけど、吹雪は凄いぞ。あの六花に溺愛されてるんだからな」
 「凄いでしょうね」
 「響子への可愛がり方も相当だけどさ。吹雪は赤ん坊な分、一層だぜ」

 またみんなで笑った。
 六花が戻って来た。
 俺たちがニヤニヤして見ているので不思議そうな顔をした。

 「お前が最高の女だって話してたんだよ」

 みんなが首を縦に振る。

 「そんな、恥ずかしいです」




 恥ずかしそうに赤くなって、六花はうつむいた。
 本当に愛らしい女だと思った。
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