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千万組の年末

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 12月31日。
 「若頭! 大掃除は全て終了しました!」
 「そうか、ご苦労!」

 千万組若頭の桜は報告に頷いた。

 「料理も全て準備は終わっておりますので!」
 「ああ、これでゆっくり正月を迎えられるな!」
 「はい!」

 千万組は石神に与えられた仕事の傍ら、全員が日々鍛錬を欠かさず、忙しい日々を送っていた。
 それはこの本家も同様であった。
 仕事は建築業を主力に、不動産管理、流通業、飲食業、警備会社の他、ホテル経営などのサービス業、貿易会社まで経営している。
 非合法の活動からは一切身を引き、正規の社会活動をしている。
 「千万グループ」という企業グループとなり、CEOに千両弥太が就任し、更にその上にグループの総裁として石神高虎を抱いている。
 企業活動は各業界でも上位に評価され、旧財閥系に匹敵する規模となっていた。
 来年には更に銀行業にも参入が決まっており、そうなればグループは一層の発展を見込める。
 千万グループは武闘派集団として知られてはいたが、その前身時代にもあまり非合法活動はしておらず、正業に就いていたものばかりだった。
 石神に服従を誓ってからは、石神瑠璃・玻璃の組織改革を受け、別名「虎の穴方式」により各人員の就業改革と教育が徹底された。
 現在では更に石神が呼んだ「スナーク」によって一層の経営改革と指導が入り、堅牢で優秀な組織に生まれ変わった。
 他の企業とは一線を画すものが千万グループの従業員にはあった。

 石神高虎への崇敬。

 それがグループを短期間に成長させた要因である。
 石神のために仕事に邁進する。
 経済活動が主目的ではなかった。
 石神のために有用な働きをする。
 そのことで全構成員が一丸となって仕事に取り組んだ結果だ。
 日本はおろか、世界中で喪われた人間力の最大発揮のシステムが、ここに再燃している。

 仕事は他者への親切心が根幹にある。
 自分の利益を中心とすれば、必ず歪み破綻する。
 千万グループの全員がそのことを身に染みて感じていた。
 石神は石田梅岩の「石門心学」を全員に徹底させ、経済活動の理想を実現した。
 旧稲城会の「稲城グループ」も同じシステムを構築しようとしているが、まだ途上だ。
 一部の人間しか成功していない。
 関西の「山王会」も徐々に移行しつつある。
 そしてその他にも石神が見出した「和田商事」や「ヘルメス理科機器」などもある。
 千万グループも稲城グループも、その他のグループや企業も、「御堂帝国」と後に呼ばれる世界を席巻する超巨大グループに統合されつつある。
 まだ、その全貌は一部の者しか知らない。




 桜が千両弥太の部屋へ入ると、千両は各企業の連結決算に向けての資料に目を通していた。
 大きなディスプレイを前に、早い速度でキーボードを叩きマウスを駆使している。
 以前には全く見られなかった光景に、桜は笑みを浮かべる。
 千万組は変わったのだ。

 「親父、正月の準備が滞りなく終わりました」
 「そうか」

 太いステンレススチールの足に支えられて白い天板のガラージのデスク。
 それに近未来的なオカムラのデスクチェアに座る千両。
 桜や他の幹部たちも同様だったが、元ヤクザであったなど、どこにもその影は無い。
 最初は千両も和服で仕事をしていたが、そのうちにスーツを着るようになった。
 石神が用意した執務室に似合わないという理由からだった。

 「親父、段々こういうのが似合って行きますね」
 「そうだな」

 千両も桜も微笑んだ。
 それが嬉しいのだ。
 生き方を変えることに躊躇する人間は多い。
 それは自分のために生きているからだ。
 自分以外の者のために生きるならば、人間は千変万化して何ほどのことも無い。

 「夕方からの「大宴会」は、みんな楽しみにしてますよ」
 「ああ、一年間みんなよくやってくれた。労ってやろう」
 「はい!」

 桜は執務室内の小さなキッチンで茶を煎れた。
 千両に渡す。

 その時、桜の電話が鳴った。

 「どうした?」
 「花岡斬様が起こしです!」
 「なんだって!」

 千両にすぐに斬の来訪を伝え、応接室へ向かう。
 桜は斬の突然の訪問に嫌な予感を感じていた。




 「千両!」
 「斬、どうしたんだ」

 桜は千両の後に続いて応接室へ入った。

 「なに、暇じゃったからの」
 「師匠! せめて連絡を下さいよ」

 桜は斬を「師匠」と呼んでいる。
 「花岡」を鍛え上げてくれたのは斬だったからだ。
 それに、ロシアからの移民移動戦では、斬と共に妖魔と戦った絆があった。

 「ああ、ちょっとこっちへ来い」
 「はい!」

 桜は呼ばれて斬の傍へ寄った。
 いきなり胃に強烈な拳を入れられた。

 「ゲッヘェ!」
 「ふん! 獲物が狩人の言葉を信用するな!」
 「ちぇ、チェンソーマン……」
 「お前ぇ! 知っておるのか!」
 
 桜は息を整えやっとのことで応えた。

 「ルーさんとハーさんがお好きで、読んどけと言われました」
 「ふん!」

 千両が笑っている。

 「斬、これからみんなで宴会なんだ。一緒に来てくれ」
 「千両、何を言っておる」
 「折角来たんだ。付き合えよ」
 「師匠、御用件は?」

 斬がニタリと笑った。

 「暇だからの。お前たちを鍛えてやる」
 「え?」
 「千両、全員に伝えろ。襲撃じゃ」
 「分かった」
 「親父!」

 千両は微塵も躊躇せずに応接室の内線で警備室を呼び出した。

 「斬の襲撃だ。全員迎撃せよ」

 静かな声でそう言った。

 「殺しても構わん」

 斬が大笑いした。

 「千両! 分かっているな!」
 「私は後の方が良いだろう」
 「ああ、待っていろ」
 「分かった」

 千両が出て行き、桜は呆然と立っていた。

 「お前が最初で良いのじゃな?」
 「はい?」

 斬の身体が霞み、次の瞬間に桜は昏倒した。




 広大な千万組本家にいた500人。
 そして周辺にいた人間や、遠方から大宴会に出席するために来た1500人が斬を撃退するために集まった。
 総勢2000人が庭にいる斬に立ち向かった。
 その周辺に昏倒された者が積み上がって行き、千万組の男たちはそれらをどこかへ運びながら斬に挑んで行った。
 誰も骨折などの治療を要する怪我は負っていない。
 斬にしてみれば、手加減の出来る相手しかいなかった。

 「ふん、まだ出来んのう」

 斬は何かを呟きながら向かってくる男たちを相手にしている。
 互いに「花岡」の技は出していない。
 やれば斬が圧倒的なのが分かっている。
 そうなれば、千万組の人間も無事ではいられない。
 離れて見ていた千両は、斬が何かの技を試そうとしていることが見えた。

 40分が経過し、そろそろ全ての者が斃される。
 千両は「虎王」を抜いて庭に降りた。

 「なんじゃ、これで終いか」
 「そうだ。私が最後だ」
 「そうか」

 二人が睨み合った。

 「斬、お前何をしようとしていた?」
 「お前には分かったか。「無拍子」じゃよ」
 「おお!」
 「先日、あいつにそれでやられた。あいつの子どもたちは全員出来るそうじゃ」
 「そうか」

 千両も「無拍子」のことは知っている。
 もちろん自分は出来ないが。
 何の予備動作も兆しも無く攻撃する技。
 その故に防御出来ない。
 両者がぶつかり合った。

 「千両! 殺す気か!」
 「もちろんだ!」
 「ワハハハハハハハ!」

 千両が鋭い剣技で斬り付ける。
 斬は撃ち込む起動を指先で制しながら千両に拳や蹴りを打つ。
 千両もまた太刀や手足の動きでそれを制する。

 千両が裂帛の気合で突きを放つ。
 その切っ先が揺れた。

 (なるほど、奥義か)

 軌道を読めない突きに、斬も上体を揺らした。
 
 (なるほど、そういうことか!)

 斬の微笑みを見て、千両も唇を綻ばせた。
 千両の刀は斬の右耳を裂いて抜けた。
 刀を引こうとする千両が突然吹き飛ばされた。
 首元に斬の指が押し込まれ、身体が痺れて動かなくなっていた。
 何をされたのかは分からない。
 一瞬で親指を入れられ、そのまま吹っ飛んだ。

 「参った」
 「ワハハハハハハハ!」

 斬は笑いながら去って行った。

 桜は目を覚ました男たちを連れて庭に出た。
 手分けして目を覚まさせ、他の人間を起こしに行かせる。
 全員が意識を喪ってはいたが、打撲程度で済んでいた。





 2時間後に、千万組本家近くの施設に全員が集まる。
 広い鍛錬場であり、宴会を開けば3000人を収容出来る。
 テーブルが用意され、「大宴会」が開催された。

 「親父、斬の師匠は何をしに来たんですかね」
 「暇だったから暴れたかったのだろう」
 「そりゃ迷惑な話ですね」
 「そうかな」

 高らかに笑う千両に、桜は苦笑いした。

 「まあ、師匠のことは誰にも止められないか」
 「二人だけだな」
 「石神さんですね。もう一人は栞さんですか?」
 「いや、士王さんだ」
 「ああ!」

 桜は大笑いした。
 アラスカで、斬が士王を抱いている姿を見ていた。
 信じられないほどの、慈愛に満ちた顔で微笑んでいた。

 桜は、それが斬の一面であることを思い出し、嬉しくなった。
 恐ろしい人間ではあるが、決して冷酷なだけの化け物ではない。
 そして、そのことがやけに嬉しかった。
 桜は会場を見渡した。
 全員が酷い目に遭ったはずだが、みんな笑っていた。

 そのことも、桜を微笑ませた。

 千両が立ち上がった。

 「ちょっと出て来る」
 「え、どちらへ?」
 「これから斬の家にカチコミをかける」
 「え!」
 
 千両が歩き出した。
 桜が後を追う。

 「俺も行きますよ」
 「そうか」




 二人は夜道を走った。
 石神のために仕事をするのもいい。
 でもやはり、こういうのがいいと桜は思った。

 斬の屋敷の塀を飛び越えた。
 既に斬が庭で待っていた。

 「来い!」

 桜と千両は、笑って斬に突っ込んで行った。
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