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奈津江 XX 目黒のサンマ祭

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 「高虎! 目黒区でサンマがタダで食べられるんだって!」

 夏休み後の学食で、奈津江が言った。

 「え? タダで?」
 「うん! ねえ、私たちにピッタリじゃない!」
 「そうだな!」

 金の無い俺たちだった。
 
 「高虎はサンマは好き?」
 「ああ! 焼いたサンマは美味いよな!」
 「良かった!」

 前に奈津江は自分の好物の牡蠣が俺の苦手と知って気にしていた。
 だから一応俺に確認して来る。

 「まあ、大好物ってわけじゃないけど、旬の魚はいいよなぁ」
 「タダだしね!」
 「そこ、重要な!」

 奈津江は目黒に住んでいる奴から聞いたらしい。
 弓道部の後輩だ。

 「並ぶらしいよ。だからなるべく早く行かなきゃいけないんだってさ」
 「そうか。でも、何時くらい?」
 「それがね、絶対に食べたいなら朝の7時だって」
 「お前、無理じゃん」

 朝の弱い女だった。

 「がんばるよ!」
 「分かった。じゃあ、6時過ぎにお前の家に迎えに行くな」
 「うん!」
 「車で行くから、あー、ご飯はどうしようか」
 「私が炊いておくよ!」
 「どうせ顕さんだろう?」
 「うっ!」

 奈津江が俺を睨む。

 「まあ、そっちの方がいいや」
 「なんでよ!」
 「だって、安心して食べれるじゃん」
 「高虎は私とお兄ちゃんとどっちが好きなの!」
 「食事は顕さん」
 
 奈津江が俺の胸を殴った。
 ポキっと音がして、大丈夫かと言った。
 奈津江が手を押さえる。

 「もう! まあ、でもお兄ちゃんに頼んでおく」
 「そうしろ」

 また胸を叩かれた。

 「とにかくだ。奈津江はちゃんと起きておくことな!」
 「分かったよ!」

 サンマなどはどうでもいい。
 奈津江と出掛けられるだけで楽しみだった。

 そして、9月のサンマ祭の日に、俺は早朝に支度して出掛けた。
 ポルシェを出した。




 朝の5時に家を出て、奈津江の家に向かった。
 道は空いていた。
 6時前に着いてしまった。
 どうしようかと思ったが、もう起きてはいるだろう。
 6時15分の出発予定だったからだ。
 玄関へ行き、チャイムを押す。

 「はーい!」

 顕さんが出て来て驚いた。

 「石神くん!」
 「顕さん! こんなに早く起きてたんですか!」
 「そうだよ。ああ、今用意しているから、奈津江を起こしてきてくれないかな」
 「え! あいつまだ起きてないんですか!」
 「アハハハハハ!」

 参った。
 やはり、朝がダメな奴だった。

 俺は上がらせてもらい、奈津江の部屋へ行く。
 ノックをする。
 返事はない。
 仕方が無いので、ドアを開けると、奈津江がベッドで寝ていた。
 まだ暑いので、布団から身体が出ていた。
 カワイイ青のパジャマだ。

 「おい、起きろよ」
 「……」
 「奈津江!」

 耳元で声を出し、身体を揺すった。

 「うーん……」
 「おい、起きてくれって」
 
 奈津江が薄目を開けて俺を見る。

 「高虎!」
 「おう、おはようさん」
 「なんでいるのよ!」
 「顕さんにお前を起こすように言われたんだよ」
 「出てって!」
 「お、おう」
 
 奈津江が目元を一生懸命にこすっていた。
 髪も乱れている。
 可愛らしかった。
 両手で胸を隠す。
 そこはいいって。

 「下で待ってるぞ」
 「分かったー!」

 俺は笑って下へ降りた。
 顕さんが朝食の支度をしていた。

 「石神くんも食べてってよ」
 「いいですよ! 顕さん、俺たちのためにこんなに早く起きてたんですか?」
 「アハハハハハ! 僕も通勤は早いからね。いつもとそんなに違わないよ」
 「申し訳ありませんでした! もうちょっと考えれば良かった」
 「いいって。これから目黒のサンマ祭だろ?」
 「はい!」
 「奈津江を宜しくね」
 「はい!」

 俺は顕さんに座って頂き、お茶を淹れた。
 顕さんが食べ終わり、洗面所に行っている間に、食器の片づけをさせてもらった。
 奈津江がやっと降りて来る。

 「もう! いきなり高虎がいて驚いたよ!」
 「俺もお前が寝てて驚いたよ!」
 「アハハハハハ!」

 まだ眠そうな顔で奈津江が笑った。
 戻って来た顕さんにまた謝り、二人で出発することにした。

 「お釜には4合入っているからね」
 「お手数をお掛けしました!」
 「保温は大丈夫だと思うよ」
 「ありがとうございます!」
 「お兄ちゃん、ありがとうね」
 「お前よー」

 顕さんが笑って早く行くようにと言った。
 俺はお釜を持って、奈津江は顕さんから何か包を受け取った。

 「簡単なおかずも入れといたから」
 「お兄ちゃん! ありがとう!」
 「本当にすいません」

 俺たちは出発した。





 「何作ってくれたのかな」
 「あー、迷惑掛けちゃったなー」
 「大丈夫だよ!」
 「そうはいかねぇよ」
 「だって、お兄ちゃんが私の食事を作るのって、今のうちだけだから」
 「あ?」
 「大学を卒業したら、高虎が作ってくれるでしょ?」
 「おう!」

 二人で笑った。

 会場近くの駐車場にポルシェを入れた。
 もう列が出来ている。
 まだサンマは焼かれていない。
 みんな楽しそうだ。

 「ねえ」
 「あんだよ?」
 「ちょっとおかしいよね」
 「なにが?」
 
 俺がお釜と魔法瓶などを持ち、奈津江が顕さんが作ってくれたおかずの包みを持っている。

 「だって。誰もお釜なんか持って無いよ?」
 「ん?」

 そうだった。
 俺たちだけだ。

 「みんな見てるよ!」
 「そうだな」

 クスクス笑われている。

 「でもよ、サンマだけ食べてもつまんないじゃん」
 「そうだけどー」
 
 後ろの人から声を掛けられた。

 「あんちゃんたち! 気合入ってるね!」
 「「はい!」」

 奈津江と声を合わせて返事をし、みんなに笑われた。
 恥ずかしかったが、嬉しかった。
 奈津江と一緒だったからだ。
 自然と親しくなり、いろいろと待っている間に話をした。

 「どっから来たの?」
 「埼玉の蕨市と、俺は中野区です」
 「へぇー! わざわざサンマを食べに?」
 「そうです。タダだって聞いたんで」
 「私たち学生でお金がなくて」

 またみんなに笑われた。
 よく来たと言われた。

 「気仙沼の人たちがさ。毎年協力してくれてね」
 「じゃあ、俺たちも今後はサンマは気仙沼産しか喰いません!」
 「おお、そうしなよ。最高に美味いサンマだから」
 「そうですか!」

 奈津江と二人で楽しみだと言った。

 そろそろ始まり、並んだ列の方にもいい匂いが漂ってくる。
 俺たちの番になり、二尾焼き立てのものを頂いた。
 さっき仲良くなった人が呼んでくれ、ベンチに場所を取っていてくれた。
 お礼を言って奈津江と座り、俺がお釜から丼にご飯をよそる。
 サンマを乗せて、醤油を掛けた。
 また笑われる。

 「おお! 本格的だな!」
 「「はい!」」

 奈津江が包を開き、卵焼きや漬物を取り出す。
 俺は魔法瓶からお茶を注いだ。

 「こんなことする奴らは初めてだぜ!」
 「「アハハハハハハハハ!」」

 サンマは本当に美味かった。
 二人で笑いながら食べた。

 食べ終わり、サンマの頭と骨だけが残った。

 「高虎のも頂戴」
 「おう」

 奈津江が顕さんのおかずを入れたタッパーに入れた。

 「あそこにゴミ箱があるぞ?」
 「持って帰るの! 記念じゃない!」
 「ああ、そうか」

 まあ、記念と言えばそうだが。
 しかし本当に持ち帰るのか?

 しばらく美術館などを散策して帰った。




 翌日。
 奈津江が暗い顔をしていた。

 「どうしたんだ?」
 「お兄ちゃんがね」
 「おう」
 「持ち帰ったサンマ、捨てちゃったの」
 「おう……」

 そりゃしょうがねぇ。
 誰も記念品などとは思わないだろう。

 「また行こうや」
 「そうだね」

 なんでも思い出の品を取っておきたがる女だった。
 4年弱の付き合いの中で、奈津江は本当にいろいろなものを保管していた。

 そのことを奈津江の死後に、俺は思い知らされた。
 まるで自分の死が近いのを知っていたかのように。
 そしてその思い出の品々が、一層奈津江を喪ったことを俺に悲しませた。




 そして、その思い出の品々が、俺を何とか支えてくれた。
 一つ一つが、奈津江との時間を思い出させてくれた。
 ありがとう、奈津江。
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