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みんなで冬の別荘 Ⅶ 山岸さん2

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 「お孫さんのことは御心配でしょう」
 
 俺は高校の途中から不登校になっているお孫さんのことを聞いた。
 
 「ええ。でも、いいんですよ」
 「え?」
 「真一は自分で決めて好きなように生きればいい。学校なんか行かなくたっていいんです」
 「そうですか」
 「あいつが元気でいればそれで。真一の人生があそこで終わらずに今日まで続いてくれた。私はもう、それでいいんです」

 そう言って山岸さんは笑った。
 奇跡が起きて生き延びることが出来た。
 もう、それで十分なことをしてもらったと、山岸さんは考えていた。
 俺にもよく分かった。




 山岸さんは数日後に退院し、その2か月後に亡くなった。
 やはり高齢での骨折が代謝を悪くさせた。
 結局骨折は癒えることなく、寝たきりの身体でまた山岸さんを二重に苦しめた。
 電話で何度か話したが、山岸さんはやはり病院には行かず、そのまま自宅で亡くなった。
 山岸さんが亡くなった時、息子さんたちには、俺が何度も入院を勧めた旨の証言を求められた。
 自宅に山岸さんを監禁して死なせたとは思われたくないのはよく分かる。
 俺も承諾した。

 


 山岸さんの葬儀に参列した。
 17歳の引きこもっていた孫も流石に来ていた。
 痩せていて、暗い目をした少年だった。
 一日中部屋に閉じこもり、ネットで何かしているらしい。

 俺は息子さんに断り、山岸さんの治療拒否の話を孫の真一に話した。

 「君が幼い時に大病をして、医者たちももう助からないと匙を投げたんだ」
 「……」
 「だけど山岸さんは諦めなかった。医者がダメなら神仏に祈ろうと、必死に祈りを捧げた。そして君は奇跡的に助かった」
 「……」

 真一は黙って聴いていた。
 最初から、自分が聞かなければならない話だと分かっていたようだ。
 芯は真面目で優しいのだと分かった。

 「その時に、山岸さんはもしも君が助かるのなら、自分はどんな病気や怪我をしても、一切治療は受けないと誓った。薬も飲まないと。そしてその通りにした」
 「そうなんですか」

 真一は初めて聞く話に驚いて、呟いた。

 「みんな山岸さんのことをバカなことをしていると言っていた。君が助かったのは君の命と治療のお陰なのだからと」
 「……」

 真一はまた黙っていた。
 でも、俺の方を向いていた。
 真一は山岸さんがバカなことをしたのではないと理解したと感じた。

 「でもね、俺は山岸さんは立派だったと思う。本当はみんなの言う通りなのかもしれない。でも、山岸さんは君に絶対に助かって欲しかった。医者たちはみんな君はもうダメだと言っていた。だから山岸さんは神様に祈った。そして君は助かった。山岸さんはどんなにか喜んだことか。君を助けてくれた神様に感謝して、だから本当に激しい痛みに耐えて、最期まで約束通りにした」
 「おじいちゃんは、そんな約束をしていたんですね」
 「死ぬまで君のことを大事に思っていたんだよ。そうじゃなきゃ、途中で治療を受けたよ。でも今でも大事だから、ずっと治療を受けなかった。俺は医者だから分かるけど、尋常な痛みではなかったはずだ。寝たきりになって周囲の人間の世話になりっぱなしで、情けなくも思っていただろう」
 「おじいちゃん!」
 「山岸さんの怪我ね、あれはちゃんと治療を受ければ死ぬことは無かったと思う。俺もそういう話をした。だけどやっぱりな。自分が死ぬと分かっても、約束を守ろうとしたんだ」
 「!」

 俺の話は終わった。
 孫の真一は大声で泣き出した。
 母親がその肩を抱いた。




 その後、真一君は転校して別な高校へ通い出した。
 そして猛勉強をして医者になった。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 「その真一はな、血が大の苦手たったんだよ。自分の鼻血を見ても貧血を起こすような、な。それでも外科医になりたいと言いやがった」

 「アレ? タカさん、どっかで聞いたような気が……」

 亜紀ちゃんたちが気付く。

 「そうだよ、うちの部の山岸だ」
 「「「「「エェーーーーー!!!」」」」」

 みんなが驚く。
 子どもたちは山岸の下の名前は知らない。
 結び付けて考える事すらなかっただろう。
 
 「俺は山岸に、何度も外科医は辞めとけと言ったんだよな。血がダメな奴が外科医になれるわけがない。前に話したこともあるけど、血に慣れさせるために帝王切開の手術に立ち会わせたりさ。その度に俺が酷い目に遭ってよ。あいつもずっとダメダメでさ。それでもあいつは一度も外科医を諦めるとは言わなかった」

 みんなが少し笑った。

 「最初は酷いものだったよ。俺も一江も大森もお手上げだった。でも本人は何故か絶対に外科医になるってな。俺たちもそれで呆れることなく何とかしてやろうって必死になったぜ」
 「石神先生に憧れていたんですよね?」

 鷹が言った。

 「まあ、後から聞けばな。でも最初はそんなことは一言も言わずに、ただうちの病院に入って来て、いきなり俺に直談判だ。俺も山岸さんのことは覚えていたから、院長に頼んでうちの部に入れた。そうしたら血がダメなんだってなぁ! 詐欺だぞ、あれ!」

 みんなが笑った。

 「前に石神先生が1週間オペの同席をさせましたよね?」
 「あの時もさ、鷹も知っての通り、あいつは一度も愚痴も文句も零さなかったよな?」
 「はい! その通りでした!」
 「あまりにもダメダメで、俺やナースたちから怒鳴られ小突かれてよ。俺がちょっとは愚痴や文句を聞いてやろうとしたけど、言うのはたった一つだけ。「至らなくて申し訳ありません」ってな。それだけよ」
 「そうでしたよね」

 鷹も思い出して微笑んだ。

 「あいつのそういう強さは、山岸さんのことを心に刻んだからだ。自分のために強烈な痛みに耐え、命を喪うと分かっていても治療を拒否した祖父のことを刻み込んで生きているんだ」
 「すごいですね!」

 「まあ、まだまだだけどな」
 
 みんなが笑った。

 「それでもよ、時々あいつの根性には驚かされる。あいつは間違いなくいい男だよ」
 
 みんなが嬉しそうに笑った。




 人間は外側からその内側を見ることは出来ない。
 しかし、どんな人間でも涙を湛えていることは間違いない。
 この世は悲しみに満ちているからだ。
 そのことで潰されないで生きてきた人間は、みんな涙を湛えている。

 俺たちはそれしか出来ない。
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