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みんなで冬の別荘 Ⅳ 幻想空間「魂の問題」

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 夕食を適当に終えて、順番に風呂に入る。
 御堂と澪さんに最初に入ってもらった。
 次に俺が響子、六花、栞、鷹と。
 桜花たちが入り、最後まで食事をしていた子どもたちが入って行く。

 先に上がった俺と鷹、栞で酒の用意をした。
 肴は余った食材や料理をそのまま使う。
 鷹が俺に食べたいものは無いかと聞き、味噌おにぎりを握ってもらった。
 お袋がたまに作ってくれたのだと言うと、鷹がはりきった。
 カニが随分と余っていたので、栞がカニしゃぶ鍋を作った。
 身を丁寧に引き出して食べやすいようにする。
 桜花たちも手伝いたいというのでやってもらった。
 澪さんも言ったが拒否。

 「今日は酔い潰れていいんですよ?」
 「そうなんですか!」

 普段は絶対に出来ないだろう。
 まあ、今日もしないだろうが。
 でも、楽しんで飲んで欲しい。
 「お母さん」に休日は無い。
 たまにはいいだろう。

 みんなで屋上の幻想空間に上がった。
 御堂と澪さんを先頭にする。
 ドアを開かせた。

 「石神!」
 「まあ、綺麗……」

 二人とも感動してくれた。
 俺たちは笑って座らせる。
 子どもたちが小テーブルを抱えて、料理を置いて行く。

 拡張して4人ずつが座れるが、これだけの人数になると結構きつい。

 俺の隣に御堂と響子。
 御堂側に澪さんと栞、鷹、亜紀ちゃん。
 響子側に六花と双子、皇紀。
 対面に桜花、椿姫、睡蓮。
 栞がカニしゃぶを仕切り、鷹にはゆっくり飲んでもらう。
 響子は流石に満腹だったが、カニの足を一本食べた。
 熱燗を配ったが、六花はハイネケン、響子と柳、皇紀、双子はホットミルクセーキを飲んだ。
 みんなで雰囲気を味わいながら酒を飲み、料理を食べた。

 「タカさん! そろそろですよ!」
 「やるのかよ!」

 響子がちょっと待ってと言い、自分のカップを満たしてもらう。
 ニコニコして俺を見ていた。

 「さっき御堂に話したところなんだけどな。俺が最初の病院で出会った人のことだ。それを話そうか」

 亜紀ちゃんが拍手をし、全員が拍手をした。

 「楽しい話じゃないんだけどな。これまでもここで思い出したものをそのまま話して来たから。まあ、聞いてくれ」

 俺は語り出した。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 俺は大学を卒業し、お世話になったT教授が勧める女子医大に入った。
 どこの病院でも良かったし、そのまま東大病院にという話もあった。
 しかし、俺を可愛がってくれ、いろいろと世話してくれたT教授の言うままにした。
 T教授の友人だという女子医大のF教授が、是非俺を欲しいと言ってくれたそうだ。

 俺は小児科、小児内科と小児外科を兼任するような道を進もうと思っていた。
 子どものころに散々お世話になった科であり、お袋がその医師たちに感謝していたからだ。

 研修期間が終わると、F教授はすぐに小児科へ配属してくれ、俺はすぐに担当の患者を任されるようになった。
 翼のことは以前にも話したが、多くの子どもの患者との思い出がある。
 順調に小児科医として勤務していたが、F教授は俺の能力を期待し、学会へもどんどん行かされた。
 そこで蓼科文学、今の院長と出会う。
 蓼科文学は俺を気に入ったとのことで、何度も俺に自分の勤める病院へ引き抜こうとしていた。
 俺はT教授への恩義もあるし、F教授にも同じく恩義があるのだと言って断っていた。
 蓼科文学には大変興味を抱いたし、尊敬出来る人間とは思っていたが、俺の意志は変わらなかった。
 それでも何度も俺を説得し、その中で二人で様々な話をしていくと、俺も段々と蓼科文学に惚れ込むようになっていった。
 道を変えるつもりはなかったが、蓼科文学と付き合って行くことには俺も楽しさを感じて行く。

 


 大場のぞみちゃん。


 
 その患者が女子医大に来たのは、俺が蓼科文学と随分と親しくなった時だった。
 3歳でガンを患い、もう手の施しようが無くなっていた。
 あちこちの病院を探し回り、若手で小児外科で優秀な人間がいると聞いてうちの病院に来た。
 俺のことだった。

 俺はもちろんのぞみちゃんの状態を調べた。
 6歳になっていたが、もう全身に腫瘍が拡がり、手の施しようが無かった。
 脳腫瘍まで侵食しており、意識を喪っている状態が長い。
 幼い身体であり、更に弱っている身体に抗ガン治療のほとんどが出来なかった。
 肝臓、胃、小腸、十二指腸、右肺、複数の骨髄、リンパ節、そして脳。
 リンパがやられているということは、他にも腫瘍が拡がっていることが予想できた。

 俺は両親を呼んでのぞみちゃんの状態を説明した。

 「ここへ期待なさって来られたことはよく分かります」
 「はい」
 「でも、申し訳ないが、どうしようもありません。正直に申し上げますが、余命はあと1ヶ月です」
 「そんな! 先生! どうにかなりませんか!」

 当然、二人とも俺に縋って来た。
 最愛の娘が死ぬなどということは、諦められることではない。
 だから俺も可能な限り話し合い、のぞみちゃんのために何が一番いいのかを話し合った。
 四日間、俺は出来るだけ時間を取って二人と話した。
 のぞみちゃんのアルバムを抱えて来たこともあった。
 なかなか子どもが出来ない中で、やっと生まれてくれた子なのだと言われた。
 両方の両親も大喜びで、孫の誕生を祝い、行けば大層可愛がってくれたのだと。
 奥さんがいない時に、ご主人の健一氏は自分の臓器を全部使って欲しいと言った。
 そういう問題ではないのだと言うと、男泣きに泣いていた。
 俺が出来る範囲でいいから、とにかくオペをしてみてくれとも頼まれた。
 万一の奇跡が起きることを願っているのはよく分かった。

 「手術は出来ます。でも、それはのぞみちゃんを徒に苦しめるだけなんですよ」
 「先生……」

 俺は二人に話した。

 「我々に出来ることは、のぞみちゃんをちゃんと送ってあげることです」

 四日目に、ようやく二人も納得した。
 また三人で話し合って、二つのことを決めた。

 一つは最後まで二人の子として愛していくこと。
 もう一つは、出来るだけ苦しまないように送ってやること。

 俺は素晴らしいことだと言い、その二つをやっていきましょうと言った。
 上司であるF教授にもその話をし、了承を得た。
 F教授も出来るだけ協力すると言ってくれた。





 ご主人の大場健一氏は大手の電機メーカーで働いていた。
 40代の前半で、出世も早く会社で期待されていた。
 しかし、自分の出世に障ることを覚悟し、一ヶ月の長期休暇を取った。
 のぞみちゃんのために出来るだけのことをするためだ。
 奥さんと二人で毎日見舞いに来た。
 俺が特別な許可を取って、週に一度はどちらかが同室で泊まれるようにした。
 F教授は規定に引っ掛かると最初は難色を示していたが、俺が説得して了承を得た。
 俺も休日を返上して毎日のぞみちゃんの状態を診ていた。
 診察やオペの時間を除き、出来るだけ病室へ行った。

 看病は恐ろしく疲弊する。
 体力的にももちろんだが、それ以上に神経的に磨り減る。
 助かる見込みがあればまだいいのだが、のぞみちゃんは違う。
 出来るだけのことをしてやりたいという愛情が、身体も心も休ませることをさせない。
 俺はそういうことを二人に話し、なるべく交代で来るように言った。

 「お二人が万全な体調でのぞみちゃんのお世話をすることが大事ですよ」

 二人は何とか納得してくれた。





 一か月後。
 のぞみちゃんの体調が急変する。
 いよいよ、最期の日が近いことは分かった。
 二人とも口には出さないが、覚悟を決めなければならないと考え始めたことは感じていた。

 ある日、奥さんが看病で疲れ、ご主人の健一氏だけが病院へ来ていた。

 「午後には妻も来ます」

 そう言って、片時ものぞみちゃんから目を離さずに、その手を握っていた。
 俺がオペを終えて病室へ行くと、子どもの声が聞こえた。

 「お母さん!」

 のぞみちゃんが意識を取り戻していた。
 もう激しい痛みがあり、モルヒネを使用していた。
 俺はMSコンチンやオキシコンチンなど複数の鎮痛剤を、出来るだけ耐性が出来ないように注意深く併用していた。
 しかし強い薬であり、使えば意識を喪っている時間の方が多くなる。
 これも、大場夫婦が決めた「出来るだけ苦しまない」という方針に則るためだ。
 だが、のぞみちゃんは奇跡的に意識を取り戻していた。
 もう視力も聴力も無かったかもしれない。
 恐らくは激しい痛みの中で、最愛の母親を呼んでいたのだ。

 「お母さん! どこ!」

 苦しそうに顔を歪めている。
 目は開いているが、焦点は合っていない。

 「お父さんだよ! ここにいるよ!」
 
 大場さんがのぞみちゃんの両手を握った。

 「誰! 離して!」

 のぞみちゃんが痩せ細った身体で、必死に暴れようとした。
 大場さんは驚いて手を離した。
 ショックを受けている。

 「恐らく視力も聴力もありません。皮膚の感覚だけでしょう」
 「そんな!」
 
 ナースが連絡したか、F教授も部屋へ入って来た。

 「大場さん、奥さんを呼びましょう」
 「はい!」

 その時、F教授が俺を止めた。

 「石神くん。ちょっと待ちたまえ。すぐにモルヒネを打った方がいい」
 「え?」
 「患者は物凄い激痛に苦しんでいるはずだ。意識を取り戻せば、激しい痛みに苦しむ。だから叫んでいるのだ」
 「それでもですね!」
 
 俺は最期の瞬間に、最愛の母親と会わせてやりたかった。
 痛みはF教授が言う通りにあるのだろう。
 それに、触覚だけの状態で母親が手を握っても分からないかもしれない。
 しかし、それでも俺は会わせてやりたかった。

 「御主人、娘さんは苦しんでいるのですよ」

 F教授が大場さんに言った。

 「そうですか。では先生、どうかモルヒネをお願いします」
 「大場さん! 今眠れば、多分二度とは!」

 大場さんは悲しそうな顔で俺に振り向いた。

 「いいのです。石神先生、僕たちは決めたじゃないですか。のぞみが苦しまないように逝かせてやろうって」
 「大場さん……」

 俺は結局モルヒネを使った。
 のぞみちゃんは大人しくなり、眠ったままで亡くなった。
 奥さんが急いで駆けつけて来て、その3時間後だった。
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