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《ボルーチ・バロータ》潜入計画 Ⅱ

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 エリアスはハインリヒを抱えたまま、4メートルの塀を一気に飛び越えて森に入る。
 戦うことなど一切考えずに、エリアスはそのまま森の中を疾走した。
 ハインリヒは抱えられながらコートの内ポケットからカプセルを取り出した。

 「ハインリヒ、早く飲め!」
 「分かってる」

 カプセルを呑み込むと、ハインリヒの身体が急速に再生した。
 
 「おお、やっぱすげぇぜ」
 「イシガミに感謝だな」

 「Ω」の粉末だった。
 危険な任務に就く二人に、石神が渡してくれた。
 エリアスが予備の衣服をハインリヒに与える。

 ヘリコプターの音が聞こえて来る。
 ハインリヒたちは、すぐにそれがロシア軍のKa-52だと分かった。
 凶悪な攻撃ヘリだ。

 しばらく周辺を旋回していたが、おもむろにハインリヒたちに近づいて来た。

 「まずいな、温度センサーが対人になってやがる」
 「ハインリヒ! もうあいつらに連絡しているんだろう!」
 「やってる。しばらく凌ぐぞ!」

 機銃掃射が来た。
 ハインリヒたちは左右に飛んでかわす。
 二人でジグザグに曲がりながら走った。

 前方に白いコンバットスーツを着込んだ三人の男たちが見えた。

 「セイントか!」

 ハインリヒたちを手招いている。

 今回の潜入作戦に際し、世界的に有名な「セイントPMC」の後方支援と救援支援があった。
 「虎」の軍の提案であり、レジーナとデア・クローセも了承していた。
 ハインリヒたちは自分たちで交渉していくつもりではあったが。
 しかしこうも見事に失敗すると、救援チームを用意していたことに感謝する。

 真ん中の男が飛び出して、Ma-52に向けてH&KのG3を連射した。
 3点バーストの連射だった。

 「おい、無駄なことをするな!」

 ハインリヒたちは自分たちを救助に来たのがたったの3人であることに失望していた。
 装備も普通の歩兵のものだけだ。
 ヘリを落とすには携帯ミサイルが必要だが、それは持っていない。
 しかも、攻撃ヘリにアサルトライフルで対抗しようとは、正気の沙汰ではなかった。

 「お前ら! 何やってんだ!」
 「まあ、観てろよ。セイントはすげぇんだぜ」

 二人の男たちが笑っていた。
 
 


 後方で攻撃ヘリが墜落し爆発する音が聞こえた。
 G3を撃ったセイントと呼ばれる男が近付いて来た。

 「おい、何をやったんだ!」
 「あのヘリはよ、正面の風防が脆弱なんだ。ライフルで貫通出来る」
 「なんだって?」

 信じられないが、実際にセイントという男がやってみせた。
 呆れているハインリヒたちの前で、3人の男たちが緊張した。
 すぐに身構える。

 「なんだ?」
 「来るぞ」

 セイントが言い、屋敷の方角を指差した。
 何かが走って来る。

 あの怪物だった。
 セイントが獰猛に笑い、腰に吊った棒状の武器を取り出した。
 怪物に駆け寄って行く。
 棒状の武器から2メートル程の光る刀身が伸びた。

 「気を付けろ! そいつは硬いぞ!」

 セイントは振り向きもせずに、刀身を怪物の胴に向けた。
 胴が半分斬り裂かれる。
 そのまま光る刀身を振るって、怪物を肉片に変えた。

 「なんだよ、あれは……」

 誰も説明しなかった。
 セイントが戻って来て言った。

 「お前らのGPSの情報で、拠点の位置は分かっている」
 「あ、ああ」
 
 セイントが無線機に向かって何かを話し、その後に幾つかのミサイルの飛翔音が聞こえ、屋敷が爆発した。
 セイントたちの別動隊だろう。

 「おし! 行くぞ!」
 
 呆然とするハインリヒたちを二人の男が背を叩いて走らせた。

 森が開けた場所があり、そこに見たこともない銀色の航空機らしきものがあった。
 
 「すぐに乗れ!」
 
 ハインリヒたちとは別な男たちも来た。
 先ほどミサイル攻撃をしてきた連中だろう。






 数分後、ニューヨークに立っている自分たちを、ハインリヒとエリアスは実感できずにいた。

 「おい、ハインリヒ」
 「なんだよ、エリアス」
 「俺たちって、必要か?」
 「それを言うんじゃねぇ!」
 
 ハインリヒたちは建物の食堂に連れられ、食事を振る舞われた。
 ハンバーガーとステーキだ。
 セイントたちはハインリヒたちを無視してバットに乗せられたものを次々に皿に取って食べ始めた。

 「お前ら、よくやった」

 セイントが食べながらそう言った。

 「いや、助けられたのは俺たちだ」
 「戦闘員でもないお前たちが、危険な場所に入り、そして何とか逃げ出して来た」
 「あ、ああ」
 「なかなか出来ることじゃないぜ」
 「あんたらを頼りにしてたからな」
 「そうか」

 セイントが笑いながらバーガーを喰えと言った。
 
 「トラの頼みだからな。俺たちも精一杯にやった」
 「お陰で助かったよ」
 「トラは本当にいい奴なんだ」

 石神ことを「トラ」と呼んでいることは、ハインリヒたちにも分かっている。

 「俺たちはイシガミに酷い目に遭わされたけどな」
 「なんだ?」

 ハインリヒが日本で手足を斬られ、バラバラにくっつけられた話をした。
 セイントたちが大笑いしていた。

 「あの野郎! 俺の鼻を削いでチンコを貼り付けやがった!」
 「ワハハハハハハハ!」
 「しかもエリアスのだぁ!」

 セイントたちが爆笑した。

 「聞いてるよ。お前ら、トラの店を襲ったんだろ?」
 「あ、ああ、まあな」
 「それにトラの警察の友達の所も襲った」
 「それはそうだけどな」
 
 セイントがハインリヒたちを見た。

 「トラはお前らが本気で襲ったんじゃないことを分かっていた。だから無事に帰された」
 「そうだな」
 「もしもお前たちが敵対するつもりだったら、お前ら全員殺されているぞ」
 「わ、分かってるよ!」
 
 あの短時間で本部まで急襲されたことは、それが真実だとハインリヒたちは理解している。

 「トラはよ、自分が大事に思っている人間が襲われたらとんでもねぇんだよ。アメリカが破滅しかけたって知っているだろう?」
 「あ、ああ」
 「俺たちが必死で止めたんだよ。あの時だけは本当にヤバかった。トラの恋人の女が殺されたんだ」
 「……」

 セイントが微笑んでいた。

 「まあ、トラが本気でこの国をぶっ壊すつもりならな。俺も一緒にやるんだけどな」
 「セイント……」

 まったく、頭のおかしい連中だ。
 だが、分からないものでもない。
 
 「俺たちもだ、セイント」
 「あ?」
 「麗しのレジーナの命令ならば何でもやる。どこだって行く」
 「そうか」
 



 エリアスはバーガーを一つとステーキを一枚食べて「不味くて喰えない」と言った。
 俺は血肉を喪っていたので旺盛に喰った。

 それほど不味いものでもなかった。
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