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羽入と紅のクリスマス

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 「紅、明日は何の日か知ってるか?」

 12月23日の朝。
 俺の朝食の洗物をしていた紅に声を掛けた。

 「クリスマスイブだろう? それがどうかしたか?」

 ちゃんと知っていた。

 「そうだよ! だから明日はデートしよう」
 「なに!」

 常に冷静沈着で、およそミスなどしたことがない紅が、洗っていた皿を落としそうになった。
 慌てて掴む動作は、初めて見た。

 「デートだよ! 一緒に外に出て楽しく過ごそう」
 「お前、頭は大丈夫か?」
 「なんでだよ!」

 紅がいつもよりも慎重に洗物を拭いて棚に戻した。

 「私なんかと外に出てどうするんだ」
 「一緒に映画でも観ようや。ああ、食事はできねぇか」
 「一人で行って来いよ」
 「お前と一緒だからいいんだろう!」

 紅が俺を見ている。
 
 「私など一緒でもつまらんぞ」
 「手を繋げる」
 「なに?」
 「綺麗な服を着たお前と一緒に手を繋いで歩けるじゃんか!」
 「何を言ってるんだ?」
 「やったことないよな、俺たち? やろうぜ!」
 「……」

 紅が戸惑っている。

 「なんだよ、俺と一緒に歩くのは嫌か?」
 「そんなことはない……あ、ああ、ちょっと嫌かな」
 「なんだと!」
 「その、なんだ。それではまるでデートをしているみたいじゃないか」
 「最初にデートだって言っただろう!」

 まあ、そこそこ長い付き合いになった。
 紅の思考が少しは分かるようになっている。

 「頼むよ! 俺と一日デートしてくれよ」

 俺が手を合わせて頼むと、やっと紅も承知してくれた。

 「分かった。でも面白くも無いということはちゃんと言ったからな」
 「ありがとう!」

 紅が掃除を始めると言って出て行った。
 俺の部屋に戻る途中で、紅が歌を歌っているのが聞こえた。
 あいつが上機嫌な時の証拠だ。
 俺は笑って部屋で映画の検索をした。

 高倉健の『鉄道員 ぽっぽや』のリバイバルを見つけた。




 紅に、俺が買ったシャネルの赤の革パンツと黒のミニジャケットを着させた。
 ブラウスは平織の白のシルクだ。
 エルメスのホワイトカシミアのロングコートを羽織らせる。
 俺はダンヒルの黒のスーツに石神さんに頂いたドミニク・フランスのネクタイを締めた。
 コートはアクアスキュータムのホワイトカシミアで、紅と同じ感じだ。

 「おお! よく似合ってるぜ!」
 「よせ! さあ、行くぞ」

 紅は俺を見ないで前を向いている。
 俺は笑って家を出て、紅の手を握った。

 「おい、本当にこうやって歩くのか?」
 「そうだな、ちょっと恥ずかしいな」
 「え?」

 紅がほんの少し悲しそうな顔をした。
 俺は笑って紅の腕を絡める。

 「こっちの方がいいや。お前の身体がくっつくしな」
 「ばか」

 紅が小さな声で呟いた。
 口の周りが微笑んでいたが、それは言わなかった。

 「今日は石神さんの家でもパーティらしいな」
 「お前、誘われていたろう?」
 「ああ、断った」
 「どうしてだ? 羽入は石神さんが大好きだろうに」
 「そうだけどよ。紅とデートしたかったんだ」
 「なんだと!」

 言いながら、また紅の口元が笑った。
 俺が腕を引くと、嬉しそうに紅が身を寄せて来た。





 タクシーで渋谷へ向かった。
 
 クリスマスイブとあって、大勢の人間が渋谷にいた。
 若い人間が多かったが、俺たちが観る映画は渋めだ。
 映画館には年配の人間の方が多かった。

 「大好きな映画なんだ。何しろ健さんが出てるしな!」
 「そうか」

 チケットを買い、もぎりの人に渡して館内に入る。
 俺はコーヒーを買って紅とシートを選んだ。
 
 「映画館は初めてだ」
 「そうか。これからは時々来ような」
 「ああ」

 紅も雰囲気が気に入ったようだ。
 しかし、警戒もしている。
 こいつの倣いだから仕方が無い。

 俺が映画が好きなので、よく一緒にテレビ画面で観る。
 紅が映画も楽しめると分かってからは、しょっちゅうだ。
 紅も嫌がらずに、俺と一緒に観るようになった。
 二人の楽しみな時間が出来た。

 「今日の映画はどんなのだ?」
 「まあ、観てみろよ。お前も好きになってくれたらいいな」
 「そうか」

 やがて暗くなり、紅が俺を見た。
 俺が大丈夫だと頷いた。




 俺は紅と手を繋いだ。
 紅はちょっと緊張したが、そのままにしてくれた。
 二人で画面に集中する。
 雪深い土地で、乙松がたった一人で駅舎を守っている。
 愛する家族を喪い、それでも頑なに一人で毎日の業務をこなしていく。
 一言も文句も愚痴もなく、ただひたすらに仕事に打ち込んで行く。
 その崇高な姿に撃たれる。

 そしてラストシーン。
 紅が俺の手を強く握っていた。
 横を見ると、紅が泣いていた。

 エンドロールが終わり、照明が点いても、紅はまだ泣いていた。

 「いい映画だったろう?」
 「ああ、最高に素晴らしい作品だった」

 石神さんと蓮花さんが作ったAIは最高だ。
 もしかしたら、俺たち人間を超えているのではないかと思う時もある。
 最初は紅が涙を流すことが出来るのかと驚いたが、今ならばよく分かる。
 それは愛を知るAIには必然の機能だったのだ。

 紅が落ち着いたのを見て、外へ出た。

 「羽入、空腹になっただろう」
 「ああ、まあ、そうだな」
 「どこかで食べて来い。私は待っているから」
 「おい、愛する彼女を置いて独りで飯が食えるかよ」
 
 俺は笑ってタクシーを拾い、「ミート・デビル」へ向かった。
 ドアマンが俺たちを見て、笑顔で特別席に案内してくれる。

 「ここはさ、石神家専用のテーブルなんだ」
 「なんだって!」

 出窓の席で、外からも見える特別なスペースだ。

 「今日は石神さんに特別に使わせてもらってるんだ」
 「お前、石神さんにご迷惑を」
 「紅と一緒に座れるようにってさ。石神さんが俺たちがデートするならって言ってくれたんだよ」
 「そうなのか」

 俺の分だけステーキが来る。
 「ルー・ハー・スペシャル」というものらしい。
 唸る程美味い肉だった。
 紅の前には、ホットコーヒーが置かれる。
 紅は飲まないが、周囲の目線を気にしなくていいようにという配慮だ。
 俺が美味いと言いながら食べるので、紅も嬉しそうにしていた。

 


 店を出て、二人で銀座の街を歩いた。
 山野楽器で紅に好きなクラシックのCDを選ばせ、隣のミキモトへ入った。
 俺は2階で名前を言い、注文していたリングを受け取った。

 「紅」
 「?」

 俺は小さなケースを開いて、紅の手を取ってルビーのリングを嵌めた。
 左手の薬指だ。

 「いつも俺の世話をいろいろしてくれてありがとう。これはせめてもの礼だ」
 「羽入!」
 「サイズはピッタリだろう?」
 「あ、ああ。いや、なんだこれは!」
 「お前の手の画像をさ、皇紀さんに渡してサイズを解析してもらってさ。ちょっと頑張ったんだぜ?」
 「お前!」
 
 俺は笑ってケースだけ包装してもらった。
 紅のコートのポケットに入れる。
 何か言っている紅を連れて店を出た。

 「さあ、そろそろ帰るか」
 「待て! このまま帰れるか!」
 「なんだよ?」
 「私にもプレゼントをさせろ!」
 「ワハハハハハハハ!」

 俺たちは銀座松屋に行き、地下で美味そうなものを探した。

 「ここでさ、石神さんがアルバイトしてたらしいぜ」
 「そうなのか!」
 「八百屋と魚屋だってさ。こないだ皇紀さんに聞いた」
 「おい、買ってくぞ!」

 俺は笑って付き合った。
 結構な量を買い込み、支払いを待たされた。
 
 「羽入、ちょっとここを頼む」
 「あ、ああ」
 
 紅が急いでどこかへ行った。
 トイレじゃねぇだろうが。
 それほど待たずに帰って来た。
 ケーキの包と何かを持っていた。
 買い物の荷物を紅が持つと言ったが多かったので二人で分けて、そのままタクシーで帰った。

 夜は紅が気合の入った食事を作ってくれた。
 鳥の腿肉が出て、ちょっとクリスマスらしい雰囲気になった。
 紅が買って来たケーキを出し、別な包みを俺に渡した。

 「済まない、急いで用意したので、こんなものしか」
 「なんだ?」

 俺は喜んで包を開けた。
 真っ赤なカシミアのマフラーだった。

 「お前はいつもそれを身に付けろ」
 「おい、夏はどうすんだよ」
 「バカ! 外せ!」

 俺は笑って、なるべく暑くなっても巻くと言った。





 紅が小さな声で「バカ」と呟いた。
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