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石神さんのお出掛け

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 12月の第一週の金曜日の夜。
 私は亜紀ちゃんと、石神さんにお酒を飲もうと誘った。

 「ああ、悪いな。今日は出掛ける予定なんだ」
 「そうなんですか!」
 「タカさん! 六花さんのとこですね!」
 「ちげぇよ!」
 「じゃあ鷹さん!」
 「そっちでもねぇ!」
 「じゃあ、どこですか!」
 「どこでもいいだろう!」

 「新しい女ですかぁ!」
 「いい加減にしろ!」

 石神さんは怒鳴って出て行った。
 スーツ姿だ。
 時々、行き先を言わないで夜中に出て行くことがある。
 六花さんや鷹さんの所なら、必ずそう言って出かける。
 一応スマホは持って行くので、緊急の連絡は出来る。

 「タカさん、出て行きましたよ!」
 「そうだね」
 「ねぇ、柳さん、どこだと思います!」

 亜紀ちゃんがちょっとご機嫌斜めだ。

 「うーん」
 「本当に新しい女ですかね!」
 「でも、そうだったら、石神さんはそう言うんじゃないかな」
 「そうですかー」

 亜紀ちゃんは納得していない。
 二人でちょっと飲もうと言って、おつまみを一緒に作った。

 鴨肉のソテー。
 豚の生姜焼き。
 燻製ソーセージ。
 ジャコサラダ(和風ドレッシング)。
 肉ばかりだが、亜紀ちゃんの機嫌を直すには仕方が無い。

 「タカさーん! どこ行ったんですかー!」

 亜紀ちゃんが叫ぶ。
 仕方が無い。

 「ねえ、このお話は今だけのことにしてくれる?」
 「はい?」
 「今日石神さんがどこへ行ったのかは知らないの」
 「はぁ」
 「でもね、前にこんなことがあったの」

 亜紀ちゃんが私を見ている。
 私は話し出した。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 8月の土曜日。
 私は顕さんの家の掃除に行き、お墓も掃除してきた。
 亜紀ちゃんとルーちゃん、ハーちゃんも手伝ってくれ、おうちはみんなに任せて私だけでお墓を綺麗にした。

 夕方に家に帰り、夜になってから気付いた。

 「あ! お財布が無い!」

 どこで落としたかと考えて、すぐに思い出した。
 今日の午後にお墓に行った時だ。
 鞄はみんなのいる顕さんの家に置いて、お財布だけを持って行って花を買ったのだ。
 お墓の掃除をしている間、そこにお財布を置いていた。
 そのまま忘れて来たのだ。

 「あー、誰か拾っちゃったかなー」

 お金は諦めがつくが、大事なものが入っている。
 お父さんと石神さんが一緒に写っている写真だ。
 パウチ加工をして、大事に入れていた。
 それと、石神さんが百家を訪ねた時におみやげでいただいたお守り。
 本当に大切なものだった。

 少し考えたが、車で行くことにした。
 今は夜の11時。
 随分と遅い時間だが、仕方が無い。
 一応、石神さんに断って行こうと思った。

 お部屋をノックしたが、返事が無い。
 開くとロボちゃんだけがベッドに寝ていた。
 私を起きて見ている。
 
 「あれ? 石神さんは?」
 「にゃー」

 分かんない。

 「ロボ、おやすみー」
 「にゃー」

 亜紀ちゃんの部屋に行った。

 「あれ、柳さん?」
 「亜紀ちゃん、あのね、奈津江さんのお墓にお財布を忘れて来たのに気付いたの」
 「え!」
 「だから、今から車で取りに行くから」
 「私も一緒に行きますよ!」
 「ううん、大丈夫。すぐに戻るから」
 「ダメですよ!」
 「いいから。お願い! 私のミスだから、亜紀ちゃんに迷惑は掛けたくないの」
 「うーん、でもー」
 「大丈夫よ。私だって強いんだから」
 「そうですけどー」

 亜紀ちゃんは寝間着で、当然お風呂にも入っている。
 だから本当に申し訳ない。
 自分のミスだからと強調して、独りで出掛けた。



 夜中で道も空いており、40分程で奈津江さんのお墓に着いた。
 お寺の前の駐車場に車を入れて、急いでお墓へ向かった。
 どうかまだありますように。

 お墓が見えて来ると、誰かがいた。
 すぐに分かった。
 石神さんだった。
 お墓に向かって、一生懸命に話をしている。
 楽しそうに話しかけている。

 「今日は奈津江の命日だけどさ。おい、もう何年だよ?」

 私は近づけないで、隠れてしまった。
 そうか、今日は奈津江さんの御命日だったんだ。

 「今日、柳が来てくれたろ? ああ、あいつ財布を忘れてったな。アハハハハハ!」

 自分の財布があったことに喜んだ。

 「優しくて真面目な奴なんだけどな。ちょっとおっちょこちょいなんだ。そこがカワイイって言えばそうなんだけどよ」

 私のことを話してくれて嬉しい。

 「あいつ、本当に綺麗にしてくれてるな。嬉しいよ。奈津江もそう思うだろ?」
 「柳ともそろそろちゃんとしないといけないとは思うんだけどさ。ちょっとまだなぁ。好きなのは本当なんだけど、やっぱ小さい頃から見てるから、すぐに女としてだけ見るっていうのが出来ないんだよなぁ」
 
 石神さん、酷いよ。

 石神さんはずっと話していた。

 誰かが来た。

 「石神さん」
 「ああ、すいません。いつもつい話し込んでしまいまして」
 「良いのですよ。宜しければ、また後で参ります」
 「いいえ! すぐに行きます」

 どこへ行くのだろう?
 私は「大闇月」を使い、完全に気配を消して二人の後をつけた。
 本堂への階段を上がって行く。
 本堂に入った。
 私もすぐに追いかけた。
 話し声が聞こえた。

 「では、ごゆっくりと」
 「毎回すみません。ではもうお休み下さい」
 「ああ、最初の経だけは御一緒にさせてください」
 「本当ですか!」
 「こちらこそお願いします。これほど仏様を愛する方とご一緒させて頂けるのは有難いことです」
 「そうですか! 是非!」
 「それにしても、毎年一晩中経を上げる方などいらっしゃいませんよ」
 「奈津江のお兄さんの顕さんから、奈津江の墓に来ていいといってもらえましたからね。そうなれば、もう遠慮なく!」
 「アハハハハハ!」

 やがて二人のお経を唱える声が聞こえた。
 石神さんは、毎年こうやって奈津江さんの命日に、徹夜で一晩お経を上げていたのか。
 涙が出て来た。
 石神さんの、奈津江さんへの愛は今もずっと続いているのだ。
 もう会えない人だからこそ、こうやってお経を捧げているのだ。
 それしか出来ないから。

 私は床に正座して、頭を下げて家に帰った。




 翌朝。
 石神さんは朝食前に私をお部屋に呼んで、私にお財布を渡してくれた。

 「夕べ、ちょっと奈津江の墓へ行ったんだ。お前、財布を忘れてたろう?」
 「はい! すみませんでした!」
 「おい、お前、夕べ来たんじゃないのか?」
 「え……」
 「やっぱりそうか。何となく気配があったからな」
 「あの、石神さん……」
 「なんだ?」
 「すみません! 気になっちゃって、本堂まで付いて行ってしまいまして」
 「あー」
 「一晩中、お経を上げていたんですよね?」
 「しょうがねぇなぁ。おい、他の子どもたちには黙ってろよな」
 「どうしてです?」
 
 石神さんは笑って私の頭を撫でた。

 「お前もだけどよ。あいつらも知ったら一緒に来たいって言うだろうよ。これは俺と奈津江の関係のことだからな。お前らまで一晩中なんてとんでもないよ」
 「でも……」
 「柳、お前はいつも奈津江の墓を綺麗にしてくれている。それだけで十分だ。それに、俺は本当に奈津江と一晩過ごしたいんだよ。奈津江のために祈りたいんだ。だからな」
 「はい、分かりました」
 「秘密で頼むな!」
 「はい!」




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 「柳さん!」

 亜紀ちゃんがボロボロ涙を零して泣いている。

 「亜紀ちゃん!」
 「じゃあ、今日も誰かの命日で!」
 「それは分からないよ。でも、石神さんは大事な人が多いから。レイの命日にも一晩いなかった」
 「え!」
 「私は知っちゃったからね。石神さんが黙っていなくなる夜って、誰かの命日かなって思って。レイの命日には気付いたけど」
 「柳さん!」

 亜紀ちゃんがますます泣いてしまった。

 「あのさ、本当に秘密にしてね。ああ、私も喋っちゃいけなかったんだけど。でも、亜紀ちゃんは知っておいた方がいいかなって」
 「はい! ありがとうございます!」

 亜紀ちゃんにお肉を食べさせた。
 徐々に落ち着いて来た。

 「柳さん、今日は誰ですかね?」
 「うーん、分からないけど。でも石神さんって、本当に人を大事にするから」
 「そうですよね」
 「女の人の所かもしれないけどね!」
 「アハハハハハ!」




 亜紀ちゃんと散々飲んだ。
 二人で酔いつぶれ、石神さんのベッドで寝た。
 早朝に帰って来た石神さんに、ベッドがお酒臭いと怒られた。
 ロボも凄く不機嫌だった。

 二日酔いで辛かったが、亜紀ちゃんと笑いながらお布団を干した。
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