上 下
1,734 / 2,806

ピピの天国

しおりを挟む
 12月初めの土曜日の朝。

 「ハムちゃん!」
 
 久遠さんがベッドに乗って来たハムちゃんを見て喜んだ。
 久遠さんはハムちゃんが大好きだ。
 それは、石神さんが用意してくれたハムスターであることに加え、石神さんの血が入っているということに尽きる。
 最初から大喜びで可愛がり、ハムちゃんも一番久遠さんに懐いている。
 ハムちゃんは久遠さんが差し出した手の中に喜んで入る。

 「ハムちゃん、おはよう!」
 「チィー」

 大きな身体の久遠さんが、ちっちゃなハムスターを可愛がっているのは微笑ましい。
 元々優しい人なのだが、一層優しく見える。
 本当は久遠さんはハムちゃんと一緒に寝たいようだが、ハムちゃんはそうではなかった。
 きっと石神さんがロボちゃんと一緒に寝ているのを真似したかったのだろう。
 でもベッドから出て行ってしまうので、別な場所で寝床を作ってあげた。
 毎朝、そこからドアの下に作った出入り口を通って、久遠さんに挨拶に来る。
 今日はお休みの日なので一緒にベッドに寝ていたが、いつもの私は大抵先に起きて朝食の準備をしている。
 ハムちゃんは、久遠さんに挨拶してから食事を食べに来る。
 そういう日常が出来ていた。

 ハムちゃんは、夜中にモハメドさんと屋敷の中を巡回してくれている。
 時々夜中に起きると、ハムチャンがあちこちを走り回っているのを見ることがあった。
 広い家なので、大変だろう。
 ハムちゃんはありがたく、そして可愛らしい。

 怜花のことも大好きで、しょっちゅう怜花の傍にも来る。
 平日は久遠さんがお仕事なので、大抵私と怜花の傍に一緒にいることが多い。
 夜中に起きているせいか、ほとんど眠っているが。

 「石神がさ」

 久遠さんはしょっちゅう石神さんのお話をする。
 何度も聞いた話も多いが、楽しそうに話すので、私もいつも聴き入っている。

 「前にゴールドという犬を患者さんから預かってね」
 「ええ、賢い犬だったそうですね」
 「そうなんだ。末期がんの患者さんだったらしいけど、入院中に犬の面倒を見る人がいないって。そうしたら、石神が引き受けたんだよ」
 「はい」

 前に何度か聞いたことがある。
 石神さんの優しさがよく分かる話だった。

 「その患者さんが亡くなると、一緒にゴールドも死んでしまった。だから、あいつは自分の家の庭にゴールドのお墓を作ってやったんだよね」
 「優しい方ですよね」
 「そうなんだ! だからという訳でもないんだけど、ピピを庭に埋めてやりたいんだ」
 「それはいいですね。是非そうしましょうよ」
 「うん!」

 ピピは久遠さんを狙った女性の飼い犬だった。
 うちで1週間ほど預かった。
 ピピは女性の洗脳のせいで、その女性が殺してしまった。

 「警察署で遺骸は保管してあるんだ。それを引き取って来るよ」
 「ピピは可愛そうでしたね」
 「本当に。あんなに懐いていたのにね」
 「ええ」

 私たちには苦い事件だった。
 だけど、ピピには罪は無い。
 久遠さんの言う通り、うちで葬ってあげたい。

 朝食を終え、久遠さんは怜花を抱いて散歩へ出た。
 普段私が怜花を見ているので、休みの日は久遠さんがずっと傍にいてくれる。
 私を休ませようとしているのだ。
 自分も仕事で疲れているだろうに。
 本当に優しい。

 「石神には会えなかったよ」

 帰って来た久遠さんがそう言った。

 「まあ、残念でしたね!」
 「うん」

 近いのだからお宅へ行けばいいのだが、久遠さんはお忙しい石神さんの邪魔をしたくないようだった。
 だから偶然に散歩中に会いたいのだ。
 何度かそういうことがあり、久遠さんが嬉しそうに「会えたんだ」と喜んでいた。
 無邪気に笑う久遠さんが大好きだ。

 




 数日後、久遠さんがピピの遺骸を抱えて帰って来た。
 冷凍保存されていたとのことで、白い布にくるまれて姿は見えなかった。
 久遠さんが辛そうな顔をしていた。

 「じゃあ、庭に埋めてあげましょう」
 「うん」

 久遠さんが上着を脱いで、私が受け取ってハンガーに掛けた。

 「あ!」
 「どうしたんですか?」
 「うち、スコップが無いよ」
 「あ」

 「どうしようか」
 「困りましたね」

 ピピの遺骸はすぐに腐敗が始まるだろうということだった。

 「もう遅いけど、石神に借りようか」
 「そうですね」

 夜の8時だったが、久遠さんが石神さんに電話をした。
 ハーちゃんがすぐに届けてくれた。

 「ありがとう」
 「いいえ! タカさんがちょっとしたら来るって言ってました」
 「え?」
 「今、カレー食べてます」
 「そうなの?」

 ハーちゃんが、うちのカレーは1杯しか残らないからすぐだと言っていた。
 私はおかしくて笑った。

 石神さんが5分後に来られた。

 「石神、わざわざ済まない」
 「いや、俺たちの戦いに巻き込まれて死んだ奴だからな。一緒に弔わせてくれ」
 「うん、ありがとう」

 久遠さんが石神さんにどこへ埋めようかと相談していた。
 
 「あのエーデルワイスの近くがいいんじゃないか? 真っ白なカワイイ犬だったよな」
 「ああ、そうだね!」

 石神さんが庭の植栽を決めてくれていて、エーデルワイスは日当たりの良い場所にある。
 久遠さんがスコップで庭を掘り、穴を作った。
 石神さんとハーちゃんが底を平らにならした。
 私がタオルでくるんだピピを、そっと穴に入れた。

 「ピピ、助けられなくてごめんね。安らかに眠って下さい」

 四人で手を合わせ、石神さんとハーちゃんが「般若心経」を唱えた。
 久遠さんがピピに土を掛けた。
 久遠さんが涙を流しながら、ピピを埋葬した。

 「これ、良かったら使ってくれ」

 石神さんが、5センチ角の小さな三角錐のガラスを久遠さんに手渡した。

 「知り合いの方のお弟子さんが今ガラス工房にいてな。こないだちょっとそこへ顔を出した時に、何となく購入したんだ」
 「そうなのか?」
 「特に何のつもりもなかったんだけどな。本当に気紛れで買ったものなんだよ」
 「そうか、ありがたく使わせてもらうよ」

 お墓の感じはなく、素敵なものだった。
 ピピに似合った綺麗で可愛らしいものだと思った。

 家でお茶でもとお誘いしたが、夜も遅いということで、石神さんとハーちゃんはもう帰るとおっしゃった。

 「石神、本当にありがとう」
 「いいよ、じゃあ、二人ともおやすみ」
 「おやすみなさい」

 石神さんたちが歩き出すと、玄関が開いて「柱」さんたちが出て来た
 石神さんたちは素早く声を掛けて、走って帰って行った。
 ハーちゃんが手を引っ張られて宙に浮いていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

まさか、、お兄ちゃんが私の主治医なんて、、

ならくま。くん
キャラ文芸
おはこんばんにちは!どうも!私は女子中学生の泪川沙織(るいかわさおり)です!私こんなに元気そうに見えるけど実は貧血や喘息、、いっぱい持ってるんだ、、まあ私の主治医はさすがに知人だと思わなかったんだけどそしたら血のつながっていないお兄ちゃんだったんだ、、流石にちょっとこれはおかしいよね!?でもお兄ちゃんが医者なことは事実だし、、 私のおにいちゃんは↓ 泪川亮(るいかわりょう)お兄ちゃん、イケメンだし高身長だしもう何もかも完璧って感じなの!お兄ちゃんとは一緒に住んでるんだけどなんでもてきぱきこなすんだよね、、そんな二人の日常をお送りします!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

イケメン歯科医の日常

moa
キャラ文芸
堺 大雅(さかい たいが)28歳。 親の医院、堺歯科医院で歯科医として働いている。 イケメンで笑顔が素敵な歯科医として近所では有名。 しかし彼には裏の顔が… 歯科医のリアルな日常を超短編小説で書いてみました。 ※治療の描写や痛い描写もあるので苦手な方はご遠慮頂きますようよろしくお願いします。

処理中です...