上 下
1,726 / 2,808

ハーの病気

しおりを挟む
 11月1日の金曜日。
 俺が8時に家に帰ると、ハーが熱を出していると聞いた。

 「あいつにカゼを引くスキルがあったのか!」
 
 熱は39度。
 普段熱を出さない人間は、そのくらいになると辛い。
 咳き込んで全身がだるく、関節の痛みがある。
 カゼだ。
 病院には行っていない。
 恐らく、昨日渋谷の雑踏の中でうつされたのだろう。
 ルーはなんともないようだ。
 ハーが苦しんでいるので、みんな心配そうだ。

 「今日は唐揚げ大会だったんですけど、全然食欲が無くて」
 「そうか」
 「ハーは30個しか食べなかったんですよ」
 「……」

 大丈夫そうだ。

 俺は部屋へ様子を見に行く。
 ルーが付いて来ようとするので、うつされるからと止めた。
 俺もマスクをして入る。

 「よう、どうだ?」
 
 ハーが真っ赤な顔で俺を見た。

 「だるいよー」
 「そうか」
 「くるしーよー」
 「そうだろうな」

 ゼーゼー言いながら咳き込む。
 俺はライトで眼球を診て、舌を出させた。

 「ノドは痛いか?」
 「平気」
 「咳と熱か」
 「うん。あと全身がだるくて関節が痛い」
 「それは熱のせいだ。悪寒はいつあった?」
 「さっき。急に寒くなったの」
 「そうか」

 インフルエンザだろうと思った。
 急激な高熱だからだ。

 「食欲もないんだってな」
 「うん」

 まあ、そっちは大丈夫そうだ。

 「下痢は?」
 「まだ出してない」
 「見せなくていいからな」
 「アハハハハ」

 タミフルを持っているが、まだ使わなくていいだろう。
 たまには高熱を出させるのもいい。

 「お前ら、全然病気しないからなぁ。医者としての出番が無かったぜ」
 「アハハハハハ!」
 「一応薬はあるからな。ちょっと様子を見てから使ってみよう。たまには病気も楽しめよ」
 「うん!」

 ハーが笑った。
 俺を信頼している。

 「ルーや他の人間にうつさないように、しばらく独りでいろ」
 「うん、分かった」
 「寂しいか?」
 「平気だよ!」
 「そうか」

 風呂に入っていないようだったので、一緒に入った。
 体温を高めることで体内の免疫機構が活性化する。
 まあ、高熱が出るのもそういう自衛行動なのだ。
 だから熱が出たら風呂にゆっくり入るのが正しい。
 俺はマスク着用だ。
 
 「タカさん、うつっちゃうよ」
 「ばかやろう! 俺は今更インフルエンザなんかにやられねぇ!」
 「病気の総合デパートだもんね」
 「おう!」

 インフルエンザは飛沫感染だ。
 咳やくしゃみによって感染する。
 俺は免疫力が普通の人間よりも高いので、マスクをしていればまず感染しない。
 ハーとゆっくり湯船に入った。

 「昨日ね、近くでゲホゲホしてる人がいた」
 「おお、今度ぶっ殺しに行こうな」
 「アハハハハハ!」

 20分程一緒に入り、リヴィングに連れて行った。

 「ぼーっとする」
 「そうか」

 俺は子どもたちを遠ざけ、ハーに冷やしたアスコルビン酸の溶液を飲ませた。
 喉が渇いていたようで、500ミリリットルを一気に飲んだ。

 「ハー、大丈夫?」

 ルーが寄って来た。

 「うん」

 ハーが笑って言った。
 まあ、辛いだろうが心配させたくないのだろう。

 「ルー、今日は亜紀ちゃんと寝ろよ」
 「はい」
 
 ルーが寂しそうに言った。
 そう言えば、こいつらは別々に寝たことはないのかもしれない。
 
 ハーが咳き込んでくしゃみをした。
 唾が飛んで、ロボの頭に当たった。

 「フッシャァー!」

 柳に「天下夢想地獄七階層キック」を見舞った。
 柳がぶっ飛ぶ。

 「なんでよぉー!」

 ハーの熱を測った。
 38度6分。

 「よし、今日はもう寝ろ」
 「はい」

 ロボが寄って来たので、頭を拭いてやった。




 翌朝。
 ハーの熱は37度8分にまで下がっていた。
 まだちょっと関節は痛いようだが、大分楽になったようだ。
 みんなと時間をずらして朝食を食べる。

 「手伝えなくてごめんね」
 「いいよー!」

 亜紀ちゃんが明るく言った。
 掃除や洗濯などはハー抜きでやる。
 別にそんなに大変なことはない。
 俺はハーを誘って、また風呂に入った。

 「お母さんの夢を見たの」
 「そうか、良かったな!」
 「うん! 私とルーが熱を出した時にね、お母さんがずっとついていてくれたの」
 「そうか」
 「懐かしかった。お母さんが優しかった」
 「俺は全然放置だけどな!」
 「アハハハハハ!」

 ハーがちょっと咳き込んだ。

 「お前ら、小さい頃はしょっちゅう熱出してたもんなぁ」
 「そうなんだ」
 「二人でいつもくっついてるからな。どっちかがカゼをひくと、必ずもう片方も熱を出す。セットだったよな」
 「アハハハハハ!」

 「毎回山中が俺のとこに来てよー。何とかしてくれって。大変だったぜ」
 「お父さん、心配しただろうね」
 「し過ぎだよ! 子どもなんて免疫力を高めるために、熱を出していいんだよ。まあ、山中も心配してたけど、奥さんもいつもつきっきりでなぁ。お前ら、元気だと暴れまくって、病気になると心配させやがって。まったくなぁ」
 「……」

 ハーが黙っていた。

 「どうした?」
 「うん。私たち、本当に大事にされてたんだね」
 「当たり前だろう! あの山中と奥さんだぞ? 大事にしねぇわけねぇだろう!」
 「そうだね!」

 ハーの肩を抱き寄せた。

 「タカさん、うつっちゃうよ」
 「いいよ」

 ハーがニコニコして俺の肩に頭を乗せた。

 「俺は山中たちと違って、お前らをいろんな場所に連れてってやってるからな。アメリカとかロシアとかフィリピン、ああ、こないだドイツも行ったよなぁ」
 「全部戦争じゃん!」
 「「ワハハハハハ!」」

 二人で笑った。

 「まあ、俺なんかが山中たちに敵うわけねぇだろう。世界で一番お前たちを大事に思ってる人間たちだからな」
 「うん。でも私はタカさんが好き」
 「おい、ここは山中と奥さんが好きって言うとこだぞ?」
 「アハハハハハ!」

 風呂から上がると、ルーが脱衣所に立っていた。
 ずっといたようだ。

 「ハー!」

 ルーがハーに抱き着き、キスをした。

 「おい! お前!」

 



 ルーが感染した。
 その晩に高熱を出した。
 一緒に風呂に入り、アスコルビン酸を飲ませた。

 「まったく面倒を増やしやがって!」
 「「アハハハハハ」」

 ハーと一緒に笑った。

 「私もお母さんの夢を見るの」
 「そうかよ!」

 ルーの頭をポンポンしてやった。
 亜紀ちゃんたちが微笑んで見ていた。
 もう感染したから、その晩は二人を一緒に寝かせた。

 「じゃあ、いい夢を見ろよ」
 「「うん!」」

 


 まあ、こいつらはやっぱり一緒がいい。
 セットなのだ。
 辛いことも楽しいことも、いつだって一緒だ。
 山中たちが、そうやって育てたのだ。
 俺なんかに変えられるわけもない。
 
 何度か二人の様子を見に行った。
 夕べもそうしている。

 二人がいい寝顔で眠っていた。
 きっと、山中たちに夢の中で会っているのだろう。




 幸せそうな寝顔だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

まさか、、お兄ちゃんが私の主治医なんて、、

ならくま。くん
キャラ文芸
おはこんばんにちは!どうも!私は女子中学生の泪川沙織(るいかわさおり)です!私こんなに元気そうに見えるけど実は貧血や喘息、、いっぱい持ってるんだ、、まあ私の主治医はさすがに知人だと思わなかったんだけどそしたら血のつながっていないお兄ちゃんだったんだ、、流石にちょっとこれはおかしいよね!?でもお兄ちゃんが医者なことは事実だし、、 私のおにいちゃんは↓ 泪川亮(るいかわりょう)お兄ちゃん、イケメンだし高身長だしもう何もかも完璧って感じなの!お兄ちゃんとは一緒に住んでるんだけどなんでもてきぱきこなすんだよね、、そんな二人の日常をお送りします!

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

俺の幼馴染がエロ可愛すぎてヤバい。

ゆきゆめ
キャラ文芸
「お〇ん〇ん様、今日もお元気ですね♡」  俺・浅間紘(あさまひろ)の朝は幼馴染の藤咲雪(ふじさきゆき)が俺の朝〇ちしたムスコとお喋りをしているのを目撃することから始まる。  何を言っているか分からないと思うが安心してくれ。俺も全くもってわからない。  わかることと言えばただひとつ。  それは、俺の幼馴染は最高にエロ可愛いってこと。  毎日毎日、雪(ゆき)にあれやこれやと弄られまくるのは疲れるけれど、なんやかんや楽しくもあって。  そしてやっぱり思うことは、俺の幼馴染は最高にエロ可愛いということ。  これはたぶん、ツッコミ待ちで弄りたがりやの幼馴染と、そんな彼女に振り回されまくりでツッコミまくりな俺の、青春やラブがあったりなかったりもする感じの日常コメディだ。(ツッコミはえっちな言葉ではないです)

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

イケメン歯科医の日常

moa
キャラ文芸
堺 大雅(さかい たいが)28歳。 親の医院、堺歯科医院で歯科医として働いている。 イケメンで笑顔が素敵な歯科医として近所では有名。 しかし彼には裏の顔が… 歯科医のリアルな日常を超短編小説で書いてみました。 ※治療の描写や痛い描写もあるので苦手な方はご遠慮頂きますようよろしくお願いします。

処理中です...