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早乙女 襲撃者 Ⅳ
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土曜日。
「雪野さん、今日は夕飯は外で食べて来るから」
「あら、そうなんですか」
「うん、ちょっとね。親しくなった人がいて、その人と一緒に食べる約束をしたんだ」
「はい、どなたですか?」
「また今度紹介するよ」
「はぁ」
雪野さんに初めて嘘を吐いた。
俺を信じてくれている雪野さんは、何も疑わない。
ちょっとおかしいと思っているかもしれないが、何も問い質されなかった。
それが辛かった。
「なるべく早く帰るよ」
「いいえ、ゆっくり楽しんで来て下さい」
「うん、ごめんね」
昼食を食べた後で、怜花と遊んでやり、雪野さんの家事を手伝った。
「いいですよ、ゆっくりしてて下さい」
「うん」
雪野さんに申し訳ないと思いながら、俺は成合さんと会うのが楽しみだった。
そして、そんな自分を許せない自分がいた。
4時になり、大分早かったが出掛けた。
どこかで時間を潰してから行こうと思った。
伊勢丹に寄って、成合さんの退院祝いを探した。
姉がエルメスのスカーフを大事にしていたことを思い出した。
あれは姉の就職祝いに、父親が買ったものだった。
もう手元には無い。
姉の棺に入れた。
エルメスに入り、成合さんに似合いそうな明るい色のスカーフを買った。
「快気祝い」と内熨斗を付けてもらった。
そうすることが、俺の精一杯の誤魔化しだった。
タクシーで早稲田通りのマンションに向かう。
酒を飲むことを考え、ポルシェには乗ってきていない。
5時過ぎになっていた。
オートロックで呼ぶと、成合さんが喜んでドアを開けてくれた。
エレベーターで上がると、もう外で待っていてくれる。
エプロンを付けて、手を振って笑っている。
俺も笑って手を振った。
「待ってました! さあ、中へどうぞ」
「ちょっと早かったですかね」
「そんなことは! 今日はゆっくりして行って下さいね」
「お邪魔します」
ピピも玄関に来て、俺に寄って来る。
俺は抱き上げて撫でてやった。
「すっかりピピも懐いてますね!」
「アハハハハ!」
ダイニングのテーブルに座り、コーヒーを出してもらった。
「すぐに出来ますから、ちょっと待ってて下さい」
既にテーブルには幾つかの料理が並んでいる。
成合さんは料理が得意そうだった。
洋食だった。
ローストビーフをメインに、マリネやグラタン、サラダにニョッキ、パスタにスープ。
独りで作るのは大変だっただろう。
そしてどれも美味かった。
ワインを開け、二人で飲んだ。
「あの、これ」
「なんですか!」
エルメスのスカーフを渡した。
「まあ!」
成合さんがすぐに開いて首に巻いて見せてくれた。
「ありがとうございます!」
「いいえ。こういうものを選ぶことが無かったんで、気に入っていただけるか心配でした」
「素敵ですよ! 本当にありがとうございました」
俺は照れてワインを飲んだ。
成合さんが座っている俺の後ろに来た。
俺に手を回して来る。
「嬉しい、本当に」
「そうですか、良かったです」
「もう、こんな御礼じゃ済まないですよね」
「いいえ、とても美味しいですよ」
成合さんが顔を回して来た。
俺の顔を手で向けて、俺にキスをして来た。
思わず立ち上がってしまった。
成合さんはまた俺に正面から抱き着いて来る。
俺を潤んだ目で見上げている。
「好きです、早乙女さん」
「成合さん……」
俺も抱き締めた。
俺からキスをした。
舌が挿し込まれ、俺も自分で絡めた。
「あの、シャワーを浴びて来ますね」
成合さんが離れてから言った。
それが何を意味するのかは分かる。
首筋に衝撃があった。
モハメドさんだ。
俺は我に返った。
「あの! 今日はもう帰ります!」
「え、早乙女さん!」
「すみません、ご馳走様でした!」
「待って下さい、あの!」
「すみません!」
家に帰った。
自分のことを許せなかった。
俺は雪野さんを裏切ってしまった。
その翌週。
俺はまた成合さんにマンションに来て欲しいと言われた。
俺はもう会う気は無いと伝えた。
しかし、成合さんはどうしても先日のことを謝りたいと言った。
俺も自分の気持ちに決着をつけるつもりで、マンションに行った。
「早乙女さん……」
成合さんは寝間着姿だった。
体調が悪く、寝込んでしまったと謝った。
俺は気にしないで休んで欲しいと言った。
お茶だけでもと言われ、中へ入った。
ピピが俺を見て嬉しそうにまとわりつく。
「どうしても体調が安定しないので、しばらく仕事は休むことにしました」
「そうですか。お大事になさってください」
成合さんは自分の身体のことを話し、また仕事の不安も話した。
「さっき作ったんですが、早乙女さん、夕飯を召し上がって下さい」
「いえ、もう帰りますから」
「でも、私は食べられそうもないので。どうか宜しければ」
体調が悪そうな成合さんを放って置けず、夕飯を頂きながらまた話をした。
「先日は本当にすみませんでした。自分でも驚いています。男性にあんなことをするなんて」
言い難そうに成合さんが謝って来た。
「俺の方こそ。成合さんがお綺麗なので、どうにも」
「そうなんですか?」
「正直に言いますと。でも俺には妻も子どもいますので」
「はい、承知しています」
「ですから、もうこれで」
「でも、私も自分でもどうしようもなく」
「……」
俺は夕飯の礼を言い、帰ることにした。
玄関でまた成合さんが俺に抱き着いて来た。
「すいません。いけないことだと分かっているんです」
「はい」
成合さんが顔を寄せて来た。
目を閉じている。
俺はまた口づけをしてしまった。
抗いがたい、俺の中にいる俺が成合さんを拒絶させなかった。
家に戻ると、雪野さんが夕飯を準備して待っていた。
思わず涙が出た。
「どうしたんですか!」
「ごめん。ちょっと疲れているんだ」
「え! すぐに休んで下さい。病院へは?」
「いや、本当に疲れているだけだから。今日はもう休むね」
「はい、そうしてください!」
心配そうに俺に手を掛けて来る雪野さんに謝りたかった。
でも、俺には出来なかった。
「雪野さん、今日は夕飯は外で食べて来るから」
「あら、そうなんですか」
「うん、ちょっとね。親しくなった人がいて、その人と一緒に食べる約束をしたんだ」
「はい、どなたですか?」
「また今度紹介するよ」
「はぁ」
雪野さんに初めて嘘を吐いた。
俺を信じてくれている雪野さんは、何も疑わない。
ちょっとおかしいと思っているかもしれないが、何も問い質されなかった。
それが辛かった。
「なるべく早く帰るよ」
「いいえ、ゆっくり楽しんで来て下さい」
「うん、ごめんね」
昼食を食べた後で、怜花と遊んでやり、雪野さんの家事を手伝った。
「いいですよ、ゆっくりしてて下さい」
「うん」
雪野さんに申し訳ないと思いながら、俺は成合さんと会うのが楽しみだった。
そして、そんな自分を許せない自分がいた。
4時になり、大分早かったが出掛けた。
どこかで時間を潰してから行こうと思った。
伊勢丹に寄って、成合さんの退院祝いを探した。
姉がエルメスのスカーフを大事にしていたことを思い出した。
あれは姉の就職祝いに、父親が買ったものだった。
もう手元には無い。
姉の棺に入れた。
エルメスに入り、成合さんに似合いそうな明るい色のスカーフを買った。
「快気祝い」と内熨斗を付けてもらった。
そうすることが、俺の精一杯の誤魔化しだった。
タクシーで早稲田通りのマンションに向かう。
酒を飲むことを考え、ポルシェには乗ってきていない。
5時過ぎになっていた。
オートロックで呼ぶと、成合さんが喜んでドアを開けてくれた。
エレベーターで上がると、もう外で待っていてくれる。
エプロンを付けて、手を振って笑っている。
俺も笑って手を振った。
「待ってました! さあ、中へどうぞ」
「ちょっと早かったですかね」
「そんなことは! 今日はゆっくりして行って下さいね」
「お邪魔します」
ピピも玄関に来て、俺に寄って来る。
俺は抱き上げて撫でてやった。
「すっかりピピも懐いてますね!」
「アハハハハ!」
ダイニングのテーブルに座り、コーヒーを出してもらった。
「すぐに出来ますから、ちょっと待ってて下さい」
既にテーブルには幾つかの料理が並んでいる。
成合さんは料理が得意そうだった。
洋食だった。
ローストビーフをメインに、マリネやグラタン、サラダにニョッキ、パスタにスープ。
独りで作るのは大変だっただろう。
そしてどれも美味かった。
ワインを開け、二人で飲んだ。
「あの、これ」
「なんですか!」
エルメスのスカーフを渡した。
「まあ!」
成合さんがすぐに開いて首に巻いて見せてくれた。
「ありがとうございます!」
「いいえ。こういうものを選ぶことが無かったんで、気に入っていただけるか心配でした」
「素敵ですよ! 本当にありがとうございました」
俺は照れてワインを飲んだ。
成合さんが座っている俺の後ろに来た。
俺に手を回して来る。
「嬉しい、本当に」
「そうですか、良かったです」
「もう、こんな御礼じゃ済まないですよね」
「いいえ、とても美味しいですよ」
成合さんが顔を回して来た。
俺の顔を手で向けて、俺にキスをして来た。
思わず立ち上がってしまった。
成合さんはまた俺に正面から抱き着いて来る。
俺を潤んだ目で見上げている。
「好きです、早乙女さん」
「成合さん……」
俺も抱き締めた。
俺からキスをした。
舌が挿し込まれ、俺も自分で絡めた。
「あの、シャワーを浴びて来ますね」
成合さんが離れてから言った。
それが何を意味するのかは分かる。
首筋に衝撃があった。
モハメドさんだ。
俺は我に返った。
「あの! 今日はもう帰ります!」
「え、早乙女さん!」
「すみません、ご馳走様でした!」
「待って下さい、あの!」
「すみません!」
家に帰った。
自分のことを許せなかった。
俺は雪野さんを裏切ってしまった。
その翌週。
俺はまた成合さんにマンションに来て欲しいと言われた。
俺はもう会う気は無いと伝えた。
しかし、成合さんはどうしても先日のことを謝りたいと言った。
俺も自分の気持ちに決着をつけるつもりで、マンションに行った。
「早乙女さん……」
成合さんは寝間着姿だった。
体調が悪く、寝込んでしまったと謝った。
俺は気にしないで休んで欲しいと言った。
お茶だけでもと言われ、中へ入った。
ピピが俺を見て嬉しそうにまとわりつく。
「どうしても体調が安定しないので、しばらく仕事は休むことにしました」
「そうですか。お大事になさってください」
成合さんは自分の身体のことを話し、また仕事の不安も話した。
「さっき作ったんですが、早乙女さん、夕飯を召し上がって下さい」
「いえ、もう帰りますから」
「でも、私は食べられそうもないので。どうか宜しければ」
体調が悪そうな成合さんを放って置けず、夕飯を頂きながらまた話をした。
「先日は本当にすみませんでした。自分でも驚いています。男性にあんなことをするなんて」
言い難そうに成合さんが謝って来た。
「俺の方こそ。成合さんがお綺麗なので、どうにも」
「そうなんですか?」
「正直に言いますと。でも俺には妻も子どもいますので」
「はい、承知しています」
「ですから、もうこれで」
「でも、私も自分でもどうしようもなく」
「……」
俺は夕飯の礼を言い、帰ることにした。
玄関でまた成合さんが俺に抱き着いて来た。
「すいません。いけないことだと分かっているんです」
「はい」
成合さんが顔を寄せて来た。
目を閉じている。
俺はまた口づけをしてしまった。
抗いがたい、俺の中にいる俺が成合さんを拒絶させなかった。
家に戻ると、雪野さんが夕飯を準備して待っていた。
思わず涙が出た。
「どうしたんですか!」
「ごめん。ちょっと疲れているんだ」
「え! すぐに休んで下さい。病院へは?」
「いや、本当に疲れているだけだから。今日はもう休むね」
「はい、そうしてください!」
心配そうに俺に手を掛けて来る雪野さんに謝りたかった。
でも、俺には出来なかった。
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