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早乙女 襲撃者 Ⅲ

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 俺は石神の病院へ成合さんを移送した方がと考えていた。
 しかし、石神が俺から状況を聴き、その必要はないだろうと言った。

 「弾丸が身体の中で暴れていたら大変だったけどな。でも肋骨の間を潜り抜けて、抵抗の無いまま抜けたんだろう。太い動脈も破れなかったようで、まあ運が良かったな」
 「そうか」

 しばらくは痛みと内臓を傷つけた影響はあるだろうが、退院は早くなるだろうと言った。
 唯一心配していた雑菌の心配も無さそうで、成合さんは日に日に元気になっていた。
 俺は毎日病院へ通って成合さんを元気づけた。
 俺が部屋へ入ると明るく笑う成合さんは美しかった。
 そのうち化粧もするようになり、ますます美しさが光った。
 同僚の人が何度か見舞いに来たようで、化粧品や日用品も揃っているようだった。
 俺は顔を合せたことはなかったが、俺が夕方に行くせいだろうと思っていた。

 俺が行くと成合さんは本当に嬉しそうで、いつまでも俺を帰らせてくれなかった。

 「男の人とこんなに話すのは初めてのことです」
 「そうですか」

 俺などと話しても面白いはずはないのだが。
 でも、俺が石神や石神の子どもたちの話をすると、成合さんは涙を流すほど大笑いしてくれた。
 俺も成合さんが喜んでくれるのが嬉しかった。

 「ピピがね、俺が帰るとお迎えしてくれるんですよ」
 「そうですか! 私と同じですね!」
 「それでね、うちにハムスターを飼ってるんです。ハムちゃんって言うんですけど」
 「カワイイ!」
 「もうピピがハムちゃんと仲良しで。よく一緒に寝てるんです」
 「そうなんですか!」

 成合さんの退院が決まった。
 週末の金曜日ということで、本当に早かった。
 俺は自分から車で送ると言った。

 「ほんとうですか! 嬉しいです!」
 「いえ、じゃあお迎えに来ますから」

 金曜日は3時で仕事を上がり、成合さんの病院へ行った。
 もう手続きは済んでいたようで、成合さんは1階の待合室で俺を待っていた。

 「遅くなってすみません」
 「いいえ! 本当にお世話になりました」

 成合さんの荷物を持ち、ポルシェに乗せた。

 「凄い車に乗っていらっしゃるんですね!」
 「ええ、まあ。親友から譲ってもらったんですよ」
 「そうなんですか」

 助手席のドアを開け、成合さんを座らせた。

 「早乙女さんはダンディで優しくて、それにお金持ちだったんですね」
 「そんなことは!」

 否定したが、まあお金は結構ある。
 全部石神から貰ったものだが。
 だから俺の力ではない。
 そういうものを、成合さんに褒められたくは無かった。

 20分程で、成合さんの早稲田通りのマンションへ着いた。
 成合さんがホッとした顔でいる。

 「ピピはもう中にいますから」
 「そうですか! ああ、ピピにも久し振り!」

 満面の笑みで成合さんが俺の腕を組んだ。
 困ったが、嬉しそうな成合さんを見ると、拒否出来なかった。

 エレベーターで上がり、成合さんが鍵を開ける。
 ピピが玄関から飛び出して来た。
 成合さんが顔をくしゃくしゃにしてピピを抱き締める。

 「ピピ! ただいま!」

 ピピは嬉しそうに成合さんの顔を舐めた。




 帰ろうとしたが、成合さんに引き留められた。
 ダイニングに入れられ、お茶をいただいた。
 また、礼を言われた。

 「あの、大したことは出来ないんですが、明日またいらしていただけませんか?」
 「明日ですか?」
 「はい。お礼に夕飯をご馳走したいと」
 「とんでもない! 俺なんか何もしてないですよ」
 「そんなことはありません! 本当に心細い気持ちを早乙女さんに救って頂きました! それにいろいろ入院中にもお見舞いをいただいてしまいましたし。何よりもこのピピの面倒を見て下さって!」
 「それは大したことじゃ。うちでもピピがいて楽しかったですし」
 「はい! ピピを見れば分かります! たくさん可愛がってもらったと」
 
 自分でも深入りしたことは分かっている。
 石神から止められていたが、どうしても成合さんのために何かをしたかった。
 俺は、最後のつもりで夕食の誘いを受けた。

 帰り際に、成合さんが玄関で俺の背中に抱き着いて来た。

 「すみません」

 小声でそう呟いていた。
 俺はそのまま動けないでいた。

 しばらくして、成合さんが離れた。

 「じゃあ、明日お待ちしています」
 「はい、明日」

 俺はマンションを出た。
 自分で自分の気持ちが分からなかった。
 何故俺は成合さんの好意を断れないのか。
 このままでは成合さんと自分がどうなってしまうのか。
 分かっていながら、俺は立ち止まることしか出来なかった。
 雪野さんを愛する気持ちに変わりはない。
 しかし、成合さんのことを……。

 「モハメドさん」
 「あんだよ?」
 「俺を殴ってくれませんか?」
 「なんでだよ?」
 「いえ、そうですよね」

 モハメドさんには人間と同じ思考は無い。
 話すべきは、石神と……。

 その瞬間、頭に衝撃が来た。

 「ほら、一応やっといたぞ」
 「ありがとうございます!」

 俺は家に向かった。




 家に戻ると、副長の成瀬から連絡が来ていた。
 俺が折り返すと、成瀬が伊勢丹の地下での襲撃事件のことを伝えて来た。

 「早乙女さん。ガイシャの成合有紀ですが、彼女は車を所有していませんでした」
 「なんだって?」
 「一応免許はあるみたいで、今までレンタカーの方も探ってましたけど、出て来ません」
 「じゃあ、どうして駐車場にいたんだ?」
 「明確なことは分かりませんが。ガイシャのことを探りましょうか?」
 「いやいい。偶然居合わせたんだろうよ」
 「そうですね」

 俺に近づくにしては、手が込み入り過ぎている。
 乱射した銃弾を受けるなどは、死ぬ覚悟が必要だ。
 俺は成合さんが敵だという考えは捨てた。
 



 そう自分に言い聞かせて、石神にも話さなかった。
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