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早乙女 襲撃者 Ⅱ

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 俺は成合さんのマンションへ行き、預かった鍵でドアを開けた。
 俺がドアの前に立った瞬間から、向こう側で犬が吠えているのが聞こえた。

 「ちょっと待っててくれな! すぐに入るから!」

 俺の声を聞き、犬が黙った。
 ノブを回して中へ入る。
 マルチーズのピピが俺を見ていた。
 首をかしげて俺を見ている。

 「ピピだよね? こんにちは、早乙女です」

 自分でも間抜けなのかと思うが、そういう挨拶をした。

 「成合さんがね、ちょっと入院しちゃって。少しの間、うちへ来て欲しいんだ」

 そう話しながら、ピピに手を伸ばした。
 ピピは恐がることなく、俺の手の匂いを嗅いだ。

 「ごめんね、急なことで。でも安心してうちに来て欲しいんだ。成合さんもすぐに元気になるからね」

 ピピが俺に近づいて来た。
 俺は優しく抱き上げてやった。
 顔を近づけると、俺の顔を舐めて来る。
 良かった、怖がらせないで済んだ。

 俺はピピを抱いたまま、部屋に入った。
 早稲田通りのマンション。
 2DKで、独り暮らしにはいい間取りだ。
 綺麗に片付いた部屋で、インテリアなども落ち着いたものだった。
 真面目な性格が伺える部屋だった。

 俺は成合さんに言われた場所から、ピピのエサやトイレ、お気に入りのクッション、おもちゃなどを見つけた。
 エサは1週間は十分にもつと言われた。
 トイレの砂の予備なども運ぶ。
 大きな手提げバッグなども教えてくれ、助かった。
 可愛らしいピピの移動用のバッグも見つけた。
 時々病院へ連れて行くためのものらしい。
 ピピへの愛情も伺える。

 ピピに移動用のバッグの入り口を開いてやると、すぐに中へ入ってくれた。
 賢い犬のようだった。

 「じゃあ、出発しようか」

 俺は大きなバッグとピピを抱えて部屋を出た。

 「あ、そうだ」

 成合さんの着替えなども必要だろう。
 流石に俺が探すわけにはいかないので、成合さんに断って、雪野さんに運んでもらおう。
 俺はポルシェに荷物とピピを乗せ、家に戻った。




 「あら、カワイイわんちゃんね!」

 雪野さんがピピを見て喜んだ。

 「すぐに懐いてくれたよ。大人しい犬みたいだ」
 「そうですか!」

 雪野さんはそっとピピを移動バッグから出して抱きかかえた。
 ピピは嫌がらずに、抱かれ、雪野さんの顔を舐め始めた。

 「本当に人懐っこいですね」
 「うん!」

 これならば、1週間も大丈夫だろう。
 俺はすぐにエサを用意し、水も一緒に出した。
 ピピはすぐにエサを食べ、水を飲んだ。
 やはり空腹だったのだろう。
 可愛そうに。
 夢中で食べているピピに声を掛けた。

 「しばらくこの家にいてくれな。何も心配ないからな」

 ピピは短い尾を振っていた。
 俺は後のことを雪野さんに頼んで、仕事へ行った。
 電話で無事にピピを引き取ったと成合さんに話すと、本当に喜んでくれた。

 「もうこれで安心です。ありがとうございました」

 余程心配していたのだろう。
 成合さんは少し泣いているようだった。





 夜に石神に電話をし、成合さんの犬を預かった話をした。

 「お前よー」
 「うん。分かってる」
 「やり過ぎだって、本当に分かってるのかー?」
 「本当に分かってる」
 
 石神がため息をついていた。

 「まあよ、俺にも前科があるからな」
 「ん?」

 石神が、以前に末期がんの患者の犬を預かった話をしてくれた。

 「ゴールドっていう名前でな。そりゃカワイイ奴だったぜ。飼い主が死ぬと一緒に死んでしまってな。うちの庭に墓があるよ」
 「そうなのか」
 「院長にも散々言われたけどなぁ。俺も我を通してしまった。まあ、お前のことは何も言えねぇんだよ」
 「そうか」
 「まあ、退院するまでだぞ! それと、女性はその家に入れるなよ?」
 「ああ、分かっている」
 
 電話を終え、俺はピピの様子を見に行った。

 「夕飯も元気に食べてくれたの。ちょっとお肉もあげたんだけど、まずかったかしら」
 「少しはいいだろう。でも、明日にでも成合さんに聞いてみるよ」
 「お願いします。折角一緒にいてくれるんだから、歓迎してあげたいわ」
 「そうだよね」

 もう怜花とも会って、問題なく仲良くなったようだ。
 俺の姿を見て、ピピが駆け寄って来た。
 食事をしようとすると、俺の膝に上がって丸くなる。
 
 「あら、あなたが一番いいのかな?」
 「そうなのかな」

 俺は嬉しかった。
 成合さんが大事にしている犬が俺に懐いているのは最高だ。
 食事を終え、風呂に入ろうとすると、そのままピピが付いて来た。
 短い足で、一生懸命に俺を追い掛けて来る。
 カワイイ。

 風呂場に入るとそのままくっついてくるので、一緒に風呂に入った。
 お湯を怖がることなく、シャワーを浴びせると気持ちよさそうにする。
 シャンプーはよく分からないので、お湯だけ浴びせた。
 抱き上げて一緒に湯船に入った。

 「短い間だけど、宜しくね」
 
 ピピが可愛らしい声で鳴いた。
 雪野さんが着替えを持って来てくれる。

 「あら! 一緒に入ってるの?」
 「うん」
 「あんまり長湯だとのぼせるんじゃない?」
 「そうか!」

 雪野さんが笑ってピピを引き取りに来た。
 脱衣所でドライヤーの音がする。
 雪野さんがピピを乾かしているのだろう。

 成合さんには申し訳ないが、思わぬ楽しい出来事になった。
 
 「あ! ピピ!」

 雪野さんの叫ぶ声が聞こえる。
 湯船を出てドアを開けると、ピピが飛び込んで来た。
 俺の濡れた足に全身で甘えて来る。

 「もう! 折角乾かしたのに!」

 二人で笑った。




 翌朝も仕事前に病院へ寄った。

 「ピピはすっかり慣れてくれましたよ」
 「そうですか!」

 成合さんが嬉しそうに笑っていた。
 美しい笑顔だった。

 「それで、後から思いついたんですが、着替えとか必要なんじゃないですか?」
 「え、でも……」
 「宜しければ妻に言って運ばせますが」
 「え! 早乙女さんは結婚されているんですか!」
 「え? まあ」
 「そうだったんですか」

 成合さんが少し暗い顔になった。

 「あの、それで」
 「いいえ。当座のものは病院で購入できるようですから」
 「ああ、そうですか」

 流石に同性とはいえ、他人に下着などは触られたくないのだろう。
 俺は預かった鍵を返し、必要なことがあったら連絡して欲しいと言った。

 「あの、また早乙女さんは来て下さいますか?」
 「ええ! 出来るだけ来るようにしますよ」
 「そうですか!」

 成合さんが明るく笑った。
 親しい友人などはいないのだと成合さんが言った。

 「そうだ! 後で果物を持って来ますよ!」
 「ほんとうですか! 果物は大好きなんです!」
 「親友から美味しいお店を聴いているんで。見繕ってきますね」
 「はい! ありがとうございます!」

 


 俺は千疋屋に寄って、夕方に成合さんの病室へ行った。
 シャインマスカットやラ・フランス、そしてお勧めの柿やリンゴなどを買って行った。
 成合さんは大層喜んでくれ、早速シャインマスカットを食べてくれた。

 「美味しい!」

 包装紙に気付いた。

 「え! 千疋屋!」
 「ええ、親友が教えてくれたんです。ここなら間違いはないからって」
 「でも、高かったんじゃないですか!」
 「そんな。成合さんに喜んで欲しかったですから」

 成合さんが俺を見詰めていた。
 俺の手を握った。

 「私、人からこんなに親切にしてもらったことがなくて」
 「え、そんな!」
 「うれしい……」

 しばらく手を放してくれないので困った。

 「あの、また来ますから」
 「はい! 必ず! ずっと待ってます!」
 「は、はい!」

 自分の顔が赤くなっているのが分かった。
 心臓も動悸が早い。
 自分で自分を持て余していた。

 「俺は何を考えているんだ」
 
 必死で雪野さんの顔を思い浮かべた。
 でも、すぐに成合さんの顔が覆いかぶさって来る。

 俺は一体どうしてしまったのだろう。




 暗い道を、家に急いだ。 
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