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真島さん Ⅱ

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 そして俺が小学3年生の夏休み。

 真島さんが俺の顔を見て嬉しそうに笑ってくれた。

 「丁度、甥っ子と姪っ子が遊びに来てるんだ」
 「そうなんですか!」

 係長になった真島さんは寮でも一人部屋を与えられていた。
 そこへ妹さんが子どもたちを連れて来たらしい。

 「妹はちょっと出掛けてるんだ。トラ、一緒に海に行こうぜ!」
 「いいですね!」

 午後4時くらいだったと思う。
 俺は海水パンツに履き替えて、真島さんとその甥、姪と一緒に目の前の海岸に行った。
 真島さんの妹のお子さんたちはまだ小さく、5歳と3歳だった。
 真島さんは俺のためにでかい浮き輪を膨らましてくれた。
 やけにビニールが分厚く頑丈なものだった。
 サイズもでかい。
 俺はそれを腰に海に入ったが、穴が大き過ぎて使い難かった。

 浜辺で、真島さんは甥、姪と一緒に砂で遊んでいた。
 楽しそうだ。

 俺はバシャバシャと泳いで岸から離れ、思いついて浮き輪の上に乗ってみた。
 お尻を穴に入れると、いい感じに寝そべることが出来た。

 「いいじゃん! これ!」

 誰もそんな乗り方はしてないので、俺は得意げに寝そべって波に揺られていた。

 「きもっちいぃー!」

 俺はいつの間にか気持ちが良くて眠っていた。




 海しか見えなかった。




 「あれ?」

 まだ日はあったが、間もなく沈むのは分かった。
 
 「まずいか?」

 でも、俺は丁度近所に住んでいたジュン君からヴェルヌの『十五少年漂流記』を借りて読み終わった所だった。
 自分が不味いことになったのは分かっていたが、それよりも俺は冒険の時が来たと喜んだ。

 「ついに俺も、漂流生活を乗り切る時が来たか!」

 アホだった。
 勝手に、どこかの無人島に辿り着くと思っていた。
 そういうものなのだと信じ切っていた。
 俺は無人島に着いたらやるべきことを考え始めた。

 「まずはオチンチン体操だな!」

 着くまでは何もすることが無いので、また寝た。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 「真島! あんた高虎をどうしたんだ!」

 寮母の高虎の祖母・珠恵が真島の首を掴んで怒鳴った。

 「すまない! ちょっと目を離したらいなくなっていたんだ!」
 「高虎は何をしていたんだ!」
 「浮き輪で泳いでいた。そこまでは見てる」
 「なんだって!」

 珠恵はすぐに娘の孝子に連絡した。
 すぐに孝子は電車で来て、遅れて父親の虎影も来た。
 二人とも青ざめている。
 また真島が問い詰められ、警察にも連絡した。
 寮の人間も総出で海岸を探した。
 暗くなって来た。
 海上保安庁にも連絡し、捜索を頼んだ。

 孝子は外へ飛び出し、当てもなく高虎の名を叫んだ。
 虎影は激怒し、高虎が戻らなければ真島を殺すと言った。
 誰も知らない「石神家」の本質が表に顕われていた。
 虎影の本気の怒気に、真島は震え上がった。

 「とにかく、今は手を尽くして探すぞ!」
 「は、はい!」
 「あいつは運がいい。必ず無事だ!」
 「はい!」

 虎影は昨年に突然大病で死に掛けたことを気にしていた。
 あれから毎月高熱を出す。
 
 「高虎! 無事でいろ!」

 虎影も外へ飛び出し、海岸線を叫んで回った。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 「寒いな!」

 寒さで目が覚めた。
 もうすっかり辺りは暗く、満月に少し欠けた月が頭上に煌々と照っていた。

 「無人島はまだかよ!」

 海水に浸った腰が特に冷たかった。
 昼間の暑さは、もうどこにも無かった。
 腰を浮かせて浮き輪の上に完全に乗った。
 すこし冷たさは失せた。

 「喉かわいたー」

 オシッコはそのまま海にした。
 一応、パンツは下げた。
 物凄く寒くなってきた。

 「まじーな。また熱上がってるじゃん」

 もう自分の体調の変化は把握していた。
 高熱が出る前は猛烈な寒気がする。

 「意識を喪うとダメだよなー」

 また大きな日本地図が出て来て、それが真っ黒に染まって行く。
 高熱の時に観る夢だ。
 意識を喪った。




 今度は暑さで目が覚めた。
 いつの間にか、砂浜の水際にいる。
 小波が身体に寄せて来る。
 熱は上がり切っているため、寒さが消えたか。
 
 「やっと無人島かぁー」

 ふらつく身体を起こし、浮き輪を持って浜辺に歩いた。
 熱い砂を踏んだ感覚があった。

 「あれ、建物あるじゃん」

 無人島ではなかった。

 「なんだー」

 また意識を喪って倒れた。




 気が付くと、病院のベッドだった。
 
 「高虎!」

 お袋が抱き着いて来た。
 親父もいた。
 俺を涙ぐんだ目で見ていた。
 そんな親父は見たこともなかった。
 不思議そうに見ていると、親父が俺の髪の毛をグシャグシャにして撫でた。

 俺はやっと点滴を打たれて寝ていることがわかった。
 喉がカラカラで声が出ない。
 指で喉を示すと、お袋が水を飲ませてくれた。

 「あー、やっと声がでるー」

 親父に頭をはたかれた。

 「いてぇ!」
 「ばかやろう! お前、また死に掛けたんだぞ!」
 「え?」
 「お前が遭難したって、大騒ぎだ!」
 「そうなの?」
 「当たり前だぁー!」

 今度は思い切り頭を殴られた。
 お袋が今はやめてくれと頼んでいた。
 いや、後からだとますますコワイんだが。

 お袋が半泣きで、俺が行方不明になって、一晩みんなで探したのだと話してくれた。

 「横須賀のね、馬堀海岸でお前が倒れているのが見つかったの」
 「やっぱ無人島じゃなかったんだ!」

 親父に殴られた。

 「お前は無人島に行くつもりだったか!」
 「え、ちがう」

 嘘だったが、そうだと言えばとんでもないことになる。
 みんな心配して一晩中探してくれたことがやっと理解出来た。
 お袋をこんなに泣かせてしまい、申し訳ない気持ちが募って来た。

 その後で、真島さんが病室に飛び込んで来た。
 親父の顔を見て脅える。

 「トラ! よくぞ無事でいてくれた!」
 「真島さん、すいませんでした」
 「いやいい! お前が無事だったから、もうそれでいい!」
 「すいません!」

 言ってる途中で親父を何度も見て頭を下げていた。
 その間に、真島さんは号泣し始めた。
 大人の男が余りにも泣くので、俺も本当に心配をかけて申し訳ないと思った。
 何度も謝って、真島さんの背中をさすったりもした。
 それでも真島さんは泣き続けた。

 「仕事を抜け出して来たんだ。もう戻るけど」
 「はい! 本当にすいませんでした!」

 泣きながら真島さんが言った。
 俺はこんなにも俺の無事を喜んでくれる真島さんが嬉しかった。
 本当に優しいいい人だ。

 「それはいいけど。一つ言っておきたいことがあるんだ」
 「なんです?」

 俺は感動していた。

 「もう! 二度と! 絶対に! 二度と!」
 「はい!」
 「もう二度と絶対に! 俺はトラとは海で遊ばない!」
 「……」

 よく分からなかったが、強い決意なのは分かった。
 親父に頭を下げて出て行った。
 親父が大笑いしていた。





 一応、真島さんはその後も、よく一緒に寮の庭で花火で遊ばせてくれた。
 変わりなく、俺のことを可愛がってくれた。
 でも、本当に海には一緒に行かなくなった。
 親父にどれだけ脅されたかは、2年後にやっと話してくれた。
 怖ぇよな、親父。
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