1,706 / 2,808
KYOKO DREAMIN XⅤ 天狼
しおりを挟む
「霊素レーダーに多数の敵影を感知!」
青森に設置された、大型霊素レーダー基地が日本海側の妖魔の接近を捉えた。
青森の観測所のデータは、すぐに各地の「虎」の軍の拠点に発報される。
アラスカのヘッジホッグにももちろん同時進行でデータが流れている。
他の観測基地からも、次々と報告が入る。
ヘッジホッグ司令本部の一江が叫んだ。
「なんだ、この数は!」
「一江、最悪のタイミングで来たな」
一江の右腕の大森が嘆息した。
大型霊素レーダーは、ウラジオストクから朝鮮半島、中国大陸に展開している妖魔の大軍団の数に震撼した。
《約28億》
各地の霊素レーダー基地のデータが解析されて、その数が司令本部のスクリーンに表示された。
人類の人口の3分の1にもなる膨大な数だ。
「こりゃ、上陸地点なんて場合じゃねぇ。日本が呑み込まれるぞ!」
司令本部は直ちに「虎」に通信し、至急の救援を上奏した。
しかし、「虎」は現在、オーストリアで召喚された「神」20体と交戦中だった。
「神」と戦えるのは「虎」のみであったため、戦線から離れられない。
「ディアブロ・アキはカンボジアでレベル4の妖魔200と交戦中! ルインツインズはコスタリカで「ニルヴァーナ」のパンデミックに対応中です!」
「タイガー・レディは!」
「「クリムゾン・リッカ」を引き連れてロシアのジェヴォーダン生産施設を襲撃! 現在も作戦行動中で連絡が取れません!」
「ドラゴン・レディを出撃させるか……」
「マザー・キョウコの守護がいなくなります! 司令の命令でも動きませんよ!」
「デスキング・シオウはまだ《ハイヴ》の攻略中か」
「はい! マザー・シオウリも同行しています!」
「ロボは……」
「「虎」の命令以外聞きませんから……」
「ジョナサンもセイントたちと作戦行動中だったな」
「サイレント・タイガーから入電! 出撃の許可を求めています!」
「竹流が行けば幾らか持ちこたえるだろうが……でも、足りない。むざむざ殺されに行くようなものだ」
一江は考えていた。
「マドンナ・レンカに連絡! 「武神」の出動を要請しろ!」
「はい!」
「武神」に関しては、「虎」の許可がいる。
しかし、危急の場合に限り、蓮花の判断で一機だけ出せることになっていた。
だが一江もその意味が分かっている。
あれだけの妖魔との戦いに「武神」を差し向ければ、日本は壊滅に近い損害を被る。
「武神」の破壊力の次元が違うのだ。
敵を殲滅することに特化した「武神」は、被害という概念が無い。
ひたすらに破壊し、敵を消滅させることのみを優先する。
その破壊力には、皇紀防衛システムですら意味を為さない。
「アルティメット・ディフェンス・コウキが出動しました!」
「今同時にタイガー・レディ・フウカも出撃!」
「あの二人でもダメだ! マドンナ・レンカの返信は!」
司令本部は中国大陸の妖魔の解析を急いだ。
今ある戦力で最も有効な配置を計算していた。
過去に、「虎」とその子どもたちが2億以上の妖魔と戦ったことがある。
相当な苦戦で、その時も「武神・月光狼」を出撃させなければならなかった。
「虎」の奥義を出せば片付いたろうが、あの時点ではそれを敵に知られたくなかったという事情があったが。
突出した「虎」の戦力に並ぶ者はいない。
「虎」の軍の最大戦力と謡われるディアブロ・アキとデスキング・シオウですら、「虎」の戦力に比較すればまったく届かない。
「業」の召喚する「神」に対抗できるのは、今のところ「虎」のみだった。
その「虎」を除いて、30億近い妖魔を撃破する戦力は限られている。
既に妖魔の大軍団に動きがあることが分かった。
超長距離攻撃タイプ「ドーラ」が海岸線に集結して来る。
その攻撃は日本海を跨いで、相当な被害が予想される。
「不味いぞ! やつら、徹底的に海岸線から壊滅させるつもりだ! 自衛隊の「対特(対特殊生物防衛隊)」の避難誘導はどうなっている!」
「無理です! 攻撃範囲が広過ぎる。まだ1%も完了していない。このままじゃ「対特」すら全滅だ!」
「「アドヴェロス」は動かないようにしろよ! あいつらは本当に最後の防衛線だ!」
司令官の一江と副司令の大森は報告を受けながら、様々な場所に通達を指示している。
「御堂大統領に「タイガー・ファング」への搭乗を急がせろ! 至急アラスカへ御連れするんだ!」
「皇紀と風花も回収出来ないか?」
「あいつらは言うことを聞かない。もう何度も撤退を指示している!」
「天華(てんげ)と銀華(ぎんか)の双子も連れて行っています!」
「何を考えてやがる! 一家心中かよ!」
「絶対に日本を守るつもりなんだよ。だから自分が動かせる全ての力を集結しようとしているんだ。観測出来ていないが、多分野薔薇もいるだろう」
「羽入と紅がシベリアからの帰投を希望! 早乙女氏を守りたいと!」
「デュール・ゲリエ40万体が広域殲滅装備で海岸線に展開! アルティメット・ディフェンス・コウキが金沢に集結させています!」
次々に情報が入り、司令本部で解析と対処が進んで行く。
しかし、対抗手段は未だ無い。
「マドンナ・レンカから連絡が入りました!」
「至急繋げ!」
「機密レベル「Ω」を要請!」
「分かった! 機密レベル「Ω」始動!」
司令本部内で、司令官と副司令官のみの通信に切り替えられる。
他の人間には一切通信内容が流れない。
戦闘AIコンピューターが一江の指示を受け、超高度暗号で二人にのみ回線を開いた。
「蓮花さん、お久し振りです」
「そうですね。でも今は挨拶の間はありません」
「はい!」
「先ほど、道間麗星さんから連絡が来ました」
「え!」
「道間天狼さんは石神様の命で、長らく「業」との戦いには関わらないようにされてきました」
「はい、その通りですが?」
「でも、今回の大規模な攻撃は日本の存続を左右いたします。そこで麗星さんと天狼が出るようです」
「道間皇王!」
一江が叫んだ。
大森も驚いている。
道間天狼は「道間皇王」と道間家の中では称され、道間家の歴史の中でも特別な存在であることは一部の間で知られている。
しかし、その存在がどのようなものであるのかは、道間家のトップと「虎」のみしか知らなかった。
「しかし、蓮花さん! 今回の侵攻は恐ろしく大規模過ぎる! 道間家が出たとしても!」
「でもね、一江さん。麗星さんは任せて欲しいと言っているの。私は麗星さんとは親友ですからね。あの人はいい加減なことは言わない」
「いや、結構言ってる気が……」
「オホホホホホ! まあ、やってもらいましょう。麗星さんが言っているのだから、きっと大丈夫。もしも万一の場合は「武神」を出すから。その時は覚悟してね」
「分かりました」
一江と大森は急いで各所に通達を出した。
皇紀と風花たちには真っ先に連絡し、一時安全な場所から事態を見守るように伝えた。
「道間家から極秘の戦力が向かっているの! だからまだ無理はしないで!」
道間家が動いたと聞けば、皇紀と風花はその意味が分かる。
二人は納得してくれ、子どもたちを連れて金沢に移動した。
状況によってはデュール・ゲリエ40万と共に出撃するつもりでいるだろう。
3分後。
金沢に道間麗星とその子・天狼が到着した。
麗星は身に宿した超妖魔「大赤龍王」を展開し、音速を超える速さでここまで天狼と共に来た。
麗星の「大赤龍王」の凄まじさは知る者も多い。
しかし、天狼の能力は誰も知らない。
「天狼!」
「皇紀兄さん、風花姉さん」
「お前がやるのか?」
「はい。父上のために、僕も戦いますよ」
父・高虎と同じく180センチを超える身長。
体躯は父親とは違って細い。
皮膚が真っ白で、指先も優雅で細く長い。
六花の息子・吹雪は超絶の美少年となったが、天狼も両親の血を引いて美しい顔をしている。
しかし、その中に妖しい魅力を湛えており、人間離れした美貌だった。
士王も美少年だが、吹雪の美しさには劣る。
高虎に似て明るく優しい、女性にモテる顔だ。
吹雪は女性が嫉妬するくらいの美丈夫だった。
天狼は魅惑されつつ畏怖の念を抱く。
そんな妖しさがあった。
「ドーラが準備していますね。先に始めましょう」
「どうするんだ?」
皇紀が尋ねると、天狼が美しく微笑んだ。
そして両手を前に拡げ、短い言葉を唱えながらそのまま左右に振った。
皇紀は、「花岡」の技とは全く異なるものだと感じた。
「花岡」特有の、巨大なエネルギーを感じない。
だから、恐らく自分に撃たれても回避出来ないだろうと思った。
遠く水平線の彼方で、激しい光が持ち上がった。
水平線がすべて、高さ数キロにも及んで青白く燃え上がっている。
天狼はすぐに腕を戻したが、光はそのままずっと続いた。
皇紀たちにも、何が起きているのか分からなかった。
5分後。
水平線を見ていた天狼が皇紀たちに微笑み、全て終わったと告げた。
白い顔が真っ青になり、疲弊しているのが分かる。
「なんだって!」
「もうどこにも妖魔はいませんよ。全て灰になりました」
「おい! 30億近くもいたんだぞ!」
「はい。もう大丈夫ですよ」
皇紀は青森や各所の大霊素レーダー基地に問い合わせた。
全ての基地から、妖魔の大軍団の反応が消滅したことを知らされた。
「天狼、君は一体……」
天狼は微笑み、膝を崩した。
「大丈夫か!」
母親の麗星がその身体を支えていた。
「流石に、ちょっと疲れましたかね」
「おい! 本当に、大丈夫なのか!」
「はい。僕もまだまだです。父上ならば、この程度は難なく」
「タカさんだって、2億以上の妖魔と戦った時は苦戦したんだ。もちろん全力では無かったけどね」
「それは本当にその通りですよ。父上が全力を振るえば、もっと容易く。今父上が戦っている「神」は中級神です。一体が妖魔10億以上の力ですよ。それを20体も同時に相手している」
「分かるのか?」
「はい。そんな父上の血を引いていることが僕の誇りです」
麗星が早く帰ろうと言っていた。
「一度ハイファの結界に入らなければ」
「大丈夫ですよ、母上」
麗星はそれでも天狼を抱き上げて、もう行くと言った。
「皇紀兄さん。お会い出来て嬉しかったです」
「僕もだよ。また今度ゆっくり食事でもしよう」
「はい、是非! 風花さんと天華、銀華ちゃんもまた!」
天狼が輝くような笑顔で嬉しそうに言った。
「じゃあ、天狼。お陰で助かった」
「いいえ! でも、父上は喜んでくれるでしょうか……」
30億近い妖魔を一瞬で撃滅した英雄が、父親が喜ぶかどうかだけを気にしていた。
皇紀は、天狼の中の深い愛情を知った。
「もちろんだ! 僕からもタカさんに言っておくよ」
「ありがとうございます」
天狼が青白い顔で嬉しそうに笑った。
一体、どれだけの力を注ぐ技なのか。
この華奢な少年は、余りにも人間離れした能力を持っている。
「やっぱり、僕は気味が悪いですか?」
不安そうに天狼が尋ねた。
皇紀は笑って首を横に振った。
「天狼は僕の大事な弟だ。これまでも、これからもね」
「ありがとうございます!」
天狼がまた嬉しそうに笑った。
後に「金沢大会戦」と呼ばれたこの日本最大の危機は、「虎」の軍の機密部隊が出撃したと記録されている。
その機密部隊の詳細は一切伏せられていた。
道間天狼は「シリウス」というコードネームが冠せられ、幾度か過酷な戦場に出た。
「虎」の軍の全てが後退させられ、「シリウス」の攻撃は誰も見ることは無かった。
しかし、悉く「シリウス」が一瞬で敵の全てを撃破し、立ち去っていったことを、多くの戦士が知っていた。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「うーん、私の名前が一瞬だけ出た」
響子はベッドでもぞもぞする。
「まー、ちゃんと生きてるみたいだからいっかー」
自分の寿命が尽きてないことを喜んだ。
そして夢に登場した「天狼」のことを思った。
「響子、起きたのですか?」
六花が響子の顔をウェットティッシュで優しく拭う。
悪戯で鼻の穴に指を入れられ、響子が怒った。
六花は笑っている。
「六花は「天狼」って知ってる?」
「ええ、こないだ会いましたよ?」
「そうなんだ!」
六花が、京都の道間家で天狼に会った話を響子にした。
「とってもカワイイ子でしたよ?」
「ふーん」
まあ、そのうちにいつか会えるだろうと思った。
石神の大事な人間だ。
だから自分にとっても大事な人間だと響子は思った。
「六花、お腹空いちゃった!」
「あら! 最近、すっかり健康ですね!」
「うん!」
六花は笑って、朝食を摂りに行った。
響子はレイに挨拶をし、顔を洗った。
六花が笑いながら戻って来て、今日はイモムシだと言った。
「何でも食べるよー!」
六花が明るく笑っていた。
青森に設置された、大型霊素レーダー基地が日本海側の妖魔の接近を捉えた。
青森の観測所のデータは、すぐに各地の「虎」の軍の拠点に発報される。
アラスカのヘッジホッグにももちろん同時進行でデータが流れている。
他の観測基地からも、次々と報告が入る。
ヘッジホッグ司令本部の一江が叫んだ。
「なんだ、この数は!」
「一江、最悪のタイミングで来たな」
一江の右腕の大森が嘆息した。
大型霊素レーダーは、ウラジオストクから朝鮮半島、中国大陸に展開している妖魔の大軍団の数に震撼した。
《約28億》
各地の霊素レーダー基地のデータが解析されて、その数が司令本部のスクリーンに表示された。
人類の人口の3分の1にもなる膨大な数だ。
「こりゃ、上陸地点なんて場合じゃねぇ。日本が呑み込まれるぞ!」
司令本部は直ちに「虎」に通信し、至急の救援を上奏した。
しかし、「虎」は現在、オーストリアで召喚された「神」20体と交戦中だった。
「神」と戦えるのは「虎」のみであったため、戦線から離れられない。
「ディアブロ・アキはカンボジアでレベル4の妖魔200と交戦中! ルインツインズはコスタリカで「ニルヴァーナ」のパンデミックに対応中です!」
「タイガー・レディは!」
「「クリムゾン・リッカ」を引き連れてロシアのジェヴォーダン生産施設を襲撃! 現在も作戦行動中で連絡が取れません!」
「ドラゴン・レディを出撃させるか……」
「マザー・キョウコの守護がいなくなります! 司令の命令でも動きませんよ!」
「デスキング・シオウはまだ《ハイヴ》の攻略中か」
「はい! マザー・シオウリも同行しています!」
「ロボは……」
「「虎」の命令以外聞きませんから……」
「ジョナサンもセイントたちと作戦行動中だったな」
「サイレント・タイガーから入電! 出撃の許可を求めています!」
「竹流が行けば幾らか持ちこたえるだろうが……でも、足りない。むざむざ殺されに行くようなものだ」
一江は考えていた。
「マドンナ・レンカに連絡! 「武神」の出動を要請しろ!」
「はい!」
「武神」に関しては、「虎」の許可がいる。
しかし、危急の場合に限り、蓮花の判断で一機だけ出せることになっていた。
だが一江もその意味が分かっている。
あれだけの妖魔との戦いに「武神」を差し向ければ、日本は壊滅に近い損害を被る。
「武神」の破壊力の次元が違うのだ。
敵を殲滅することに特化した「武神」は、被害という概念が無い。
ひたすらに破壊し、敵を消滅させることのみを優先する。
その破壊力には、皇紀防衛システムですら意味を為さない。
「アルティメット・ディフェンス・コウキが出動しました!」
「今同時にタイガー・レディ・フウカも出撃!」
「あの二人でもダメだ! マドンナ・レンカの返信は!」
司令本部は中国大陸の妖魔の解析を急いだ。
今ある戦力で最も有効な配置を計算していた。
過去に、「虎」とその子どもたちが2億以上の妖魔と戦ったことがある。
相当な苦戦で、その時も「武神・月光狼」を出撃させなければならなかった。
「虎」の奥義を出せば片付いたろうが、あの時点ではそれを敵に知られたくなかったという事情があったが。
突出した「虎」の戦力に並ぶ者はいない。
「虎」の軍の最大戦力と謡われるディアブロ・アキとデスキング・シオウですら、「虎」の戦力に比較すればまったく届かない。
「業」の召喚する「神」に対抗できるのは、今のところ「虎」のみだった。
その「虎」を除いて、30億近い妖魔を撃破する戦力は限られている。
既に妖魔の大軍団に動きがあることが分かった。
超長距離攻撃タイプ「ドーラ」が海岸線に集結して来る。
その攻撃は日本海を跨いで、相当な被害が予想される。
「不味いぞ! やつら、徹底的に海岸線から壊滅させるつもりだ! 自衛隊の「対特(対特殊生物防衛隊)」の避難誘導はどうなっている!」
「無理です! 攻撃範囲が広過ぎる。まだ1%も完了していない。このままじゃ「対特」すら全滅だ!」
「「アドヴェロス」は動かないようにしろよ! あいつらは本当に最後の防衛線だ!」
司令官の一江と副司令の大森は報告を受けながら、様々な場所に通達を指示している。
「御堂大統領に「タイガー・ファング」への搭乗を急がせろ! 至急アラスカへ御連れするんだ!」
「皇紀と風花も回収出来ないか?」
「あいつらは言うことを聞かない。もう何度も撤退を指示している!」
「天華(てんげ)と銀華(ぎんか)の双子も連れて行っています!」
「何を考えてやがる! 一家心中かよ!」
「絶対に日本を守るつもりなんだよ。だから自分が動かせる全ての力を集結しようとしているんだ。観測出来ていないが、多分野薔薇もいるだろう」
「羽入と紅がシベリアからの帰投を希望! 早乙女氏を守りたいと!」
「デュール・ゲリエ40万体が広域殲滅装備で海岸線に展開! アルティメット・ディフェンス・コウキが金沢に集結させています!」
次々に情報が入り、司令本部で解析と対処が進んで行く。
しかし、対抗手段は未だ無い。
「マドンナ・レンカから連絡が入りました!」
「至急繋げ!」
「機密レベル「Ω」を要請!」
「分かった! 機密レベル「Ω」始動!」
司令本部内で、司令官と副司令官のみの通信に切り替えられる。
他の人間には一切通信内容が流れない。
戦闘AIコンピューターが一江の指示を受け、超高度暗号で二人にのみ回線を開いた。
「蓮花さん、お久し振りです」
「そうですね。でも今は挨拶の間はありません」
「はい!」
「先ほど、道間麗星さんから連絡が来ました」
「え!」
「道間天狼さんは石神様の命で、長らく「業」との戦いには関わらないようにされてきました」
「はい、その通りですが?」
「でも、今回の大規模な攻撃は日本の存続を左右いたします。そこで麗星さんと天狼が出るようです」
「道間皇王!」
一江が叫んだ。
大森も驚いている。
道間天狼は「道間皇王」と道間家の中では称され、道間家の歴史の中でも特別な存在であることは一部の間で知られている。
しかし、その存在がどのようなものであるのかは、道間家のトップと「虎」のみしか知らなかった。
「しかし、蓮花さん! 今回の侵攻は恐ろしく大規模過ぎる! 道間家が出たとしても!」
「でもね、一江さん。麗星さんは任せて欲しいと言っているの。私は麗星さんとは親友ですからね。あの人はいい加減なことは言わない」
「いや、結構言ってる気が……」
「オホホホホホ! まあ、やってもらいましょう。麗星さんが言っているのだから、きっと大丈夫。もしも万一の場合は「武神」を出すから。その時は覚悟してね」
「分かりました」
一江と大森は急いで各所に通達を出した。
皇紀と風花たちには真っ先に連絡し、一時安全な場所から事態を見守るように伝えた。
「道間家から極秘の戦力が向かっているの! だからまだ無理はしないで!」
道間家が動いたと聞けば、皇紀と風花はその意味が分かる。
二人は納得してくれ、子どもたちを連れて金沢に移動した。
状況によってはデュール・ゲリエ40万と共に出撃するつもりでいるだろう。
3分後。
金沢に道間麗星とその子・天狼が到着した。
麗星は身に宿した超妖魔「大赤龍王」を展開し、音速を超える速さでここまで天狼と共に来た。
麗星の「大赤龍王」の凄まじさは知る者も多い。
しかし、天狼の能力は誰も知らない。
「天狼!」
「皇紀兄さん、風花姉さん」
「お前がやるのか?」
「はい。父上のために、僕も戦いますよ」
父・高虎と同じく180センチを超える身長。
体躯は父親とは違って細い。
皮膚が真っ白で、指先も優雅で細く長い。
六花の息子・吹雪は超絶の美少年となったが、天狼も両親の血を引いて美しい顔をしている。
しかし、その中に妖しい魅力を湛えており、人間離れした美貌だった。
士王も美少年だが、吹雪の美しさには劣る。
高虎に似て明るく優しい、女性にモテる顔だ。
吹雪は女性が嫉妬するくらいの美丈夫だった。
天狼は魅惑されつつ畏怖の念を抱く。
そんな妖しさがあった。
「ドーラが準備していますね。先に始めましょう」
「どうするんだ?」
皇紀が尋ねると、天狼が美しく微笑んだ。
そして両手を前に拡げ、短い言葉を唱えながらそのまま左右に振った。
皇紀は、「花岡」の技とは全く異なるものだと感じた。
「花岡」特有の、巨大なエネルギーを感じない。
だから、恐らく自分に撃たれても回避出来ないだろうと思った。
遠く水平線の彼方で、激しい光が持ち上がった。
水平線がすべて、高さ数キロにも及んで青白く燃え上がっている。
天狼はすぐに腕を戻したが、光はそのままずっと続いた。
皇紀たちにも、何が起きているのか分からなかった。
5分後。
水平線を見ていた天狼が皇紀たちに微笑み、全て終わったと告げた。
白い顔が真っ青になり、疲弊しているのが分かる。
「なんだって!」
「もうどこにも妖魔はいませんよ。全て灰になりました」
「おい! 30億近くもいたんだぞ!」
「はい。もう大丈夫ですよ」
皇紀は青森や各所の大霊素レーダー基地に問い合わせた。
全ての基地から、妖魔の大軍団の反応が消滅したことを知らされた。
「天狼、君は一体……」
天狼は微笑み、膝を崩した。
「大丈夫か!」
母親の麗星がその身体を支えていた。
「流石に、ちょっと疲れましたかね」
「おい! 本当に、大丈夫なのか!」
「はい。僕もまだまだです。父上ならば、この程度は難なく」
「タカさんだって、2億以上の妖魔と戦った時は苦戦したんだ。もちろん全力では無かったけどね」
「それは本当にその通りですよ。父上が全力を振るえば、もっと容易く。今父上が戦っている「神」は中級神です。一体が妖魔10億以上の力ですよ。それを20体も同時に相手している」
「分かるのか?」
「はい。そんな父上の血を引いていることが僕の誇りです」
麗星が早く帰ろうと言っていた。
「一度ハイファの結界に入らなければ」
「大丈夫ですよ、母上」
麗星はそれでも天狼を抱き上げて、もう行くと言った。
「皇紀兄さん。お会い出来て嬉しかったです」
「僕もだよ。また今度ゆっくり食事でもしよう」
「はい、是非! 風花さんと天華、銀華ちゃんもまた!」
天狼が輝くような笑顔で嬉しそうに言った。
「じゃあ、天狼。お陰で助かった」
「いいえ! でも、父上は喜んでくれるでしょうか……」
30億近い妖魔を一瞬で撃滅した英雄が、父親が喜ぶかどうかだけを気にしていた。
皇紀は、天狼の中の深い愛情を知った。
「もちろんだ! 僕からもタカさんに言っておくよ」
「ありがとうございます」
天狼が青白い顔で嬉しそうに笑った。
一体、どれだけの力を注ぐ技なのか。
この華奢な少年は、余りにも人間離れした能力を持っている。
「やっぱり、僕は気味が悪いですか?」
不安そうに天狼が尋ねた。
皇紀は笑って首を横に振った。
「天狼は僕の大事な弟だ。これまでも、これからもね」
「ありがとうございます!」
天狼がまた嬉しそうに笑った。
後に「金沢大会戦」と呼ばれたこの日本最大の危機は、「虎」の軍の機密部隊が出撃したと記録されている。
その機密部隊の詳細は一切伏せられていた。
道間天狼は「シリウス」というコードネームが冠せられ、幾度か過酷な戦場に出た。
「虎」の軍の全てが後退させられ、「シリウス」の攻撃は誰も見ることは無かった。
しかし、悉く「シリウス」が一瞬で敵の全てを撃破し、立ち去っていったことを、多くの戦士が知っていた。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「うーん、私の名前が一瞬だけ出た」
響子はベッドでもぞもぞする。
「まー、ちゃんと生きてるみたいだからいっかー」
自分の寿命が尽きてないことを喜んだ。
そして夢に登場した「天狼」のことを思った。
「響子、起きたのですか?」
六花が響子の顔をウェットティッシュで優しく拭う。
悪戯で鼻の穴に指を入れられ、響子が怒った。
六花は笑っている。
「六花は「天狼」って知ってる?」
「ええ、こないだ会いましたよ?」
「そうなんだ!」
六花が、京都の道間家で天狼に会った話を響子にした。
「とってもカワイイ子でしたよ?」
「ふーん」
まあ、そのうちにいつか会えるだろうと思った。
石神の大事な人間だ。
だから自分にとっても大事な人間だと響子は思った。
「六花、お腹空いちゃった!」
「あら! 最近、すっかり健康ですね!」
「うん!」
六花は笑って、朝食を摂りに行った。
響子はレイに挨拶をし、顔を洗った。
六花が笑いながら戻って来て、今日はイモムシだと言った。
「何でも食べるよー!」
六花が明るく笑っていた。
1
お気に入りに追加
228
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
まさか、、お兄ちゃんが私の主治医なんて、、
ならくま。くん
キャラ文芸
おはこんばんにちは!どうも!私は女子中学生の泪川沙織(るいかわさおり)です!私こんなに元気そうに見えるけど実は貧血や喘息、、いっぱい持ってるんだ、、まあ私の主治医はさすがに知人だと思わなかったんだけどそしたら血のつながっていないお兄ちゃんだったんだ、、流石にちょっとこれはおかしいよね!?でもお兄ちゃんが医者なことは事実だし、、
私のおにいちゃんは↓
泪川亮(るいかわりょう)お兄ちゃん、イケメンだし高身長だしもう何もかも完璧って感じなの!お兄ちゃんとは一緒に住んでるんだけどなんでもてきぱきこなすんだよね、、そんな二人の日常をお送りします!
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件
森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。
学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。
そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる