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灯火管制の夜

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 私はケベルヴェエムの小さな村に住んでいた。
 お父さんとお母さんと私の三人暮らし。
 何も無いが、静かでのんびりとした暮らしだった。
 村には私を含めて5人しか子どもがいない。
 私が一番上で12歳。
 他に10歳と8歳が2人ずつ。
 学校は近くには無く、村長さんの奥さんが私たちにいろいろ教えてくれていた。
 大人たちは畑と狩り、それに時々木を伐採してどこかへ運んで行く。
 そういう暮らしだった。

 発電機はあったけど、ほとんど使われなかった。
 燃料が少ないためだ。
 普段はみんなランプの灯で暮らしている。
 だから夜はみんな早く寝て、夜明けと共に起きる。
 冬は寒いけど、家の中にいれば温かかった。





 でも、ある日、ロシアの軍隊の人が来た。
 私たちをどこかへ連れて行くのだとお母さんが教えてくれた。
 村長さんやお父さんたちは、それを断った。
 その瞬間に、村長さんが銃で殺された。
 みんな悲鳴を上げて逃げた。
 お父さんが伐採した木を運ぶ、この村で唯一のトラックを運転した。
 軍の人たちも車に乗った。
 お父さんはそこへ真正面からトラックで突っ込んで行った。

 「みんな! 逃げろ! 森の中へ入れ!」

 お父さんが叫んでいた。
 お父さんは運転席で銃でたくさん撃たれた。
 お母さんが私の手を引いて森に逃げた。
 何が起きたのか分からないまま、私はお母さんと隣のご夫婦と一緒に走った。
 遠くで銃の音が何度も聞こえた。
 そこから離れるように、私たちは走った。




 何時間も走っていたと思う。
 昼間だったのに、もう薄暗くなっていた。
 みんな疲れ切って、休むことにした。
 まだ夏だったので、寒さに凍えることはない。
 逆に、冬だったら雪に閉ざされてロシア軍の人は村まで来れなかっただろう。

 誰も何も持っていなかった。
 座っている少し先に、紙が落ちているのを私が見つけた。
 拾ってみんなに見せた。

 「サーシャ、何が書いてあるの?」

 字が読めるのは私だけだった。

 《善良なるロシアの方々 あなたがたを助けたい。軍が君たちを狙っている。逃げ延びたのならば、どうか下の場所へ来て欲しい》

 「どういうこと?」
 「分からない。でも、軍が酷いことをするから、安全な場所へ逃がしてくれるんだって」

 お母さんに話したけど、すぐには信用出来ないようだった。
 暗くなって、四人で話した。
 結局、村へ帰ることも出来ず、このままでは飢え死にするだろう。
 だったら、その場所に希望を持つしかない。
 そういうことになった。

 幸い狩人だった隣の旦那さんが方角が分かった。
 私たちは一週間近くかけて必死に歩いた。
 運よく何度か水場を見つけ、途中で見つけた無人の村で食糧を手に入れることが出来た。
 その村も私たちと同様に、軍に襲われたようだった。
 激しい銃撃の痕があり、何人か死んでいるのを見つけた。
 みんなそのままには出来ないと言い、簡単だったが遺体を葬り、食糧をもらった。

 


 広い場所に出た。
 紙に書いてあった場所だ。
 大きな建物があり、大勢の人が動いているのが見えた。
 私たちは緊張しながら、その敷地に入った。

 すぐに私たちを見つけ、大勢の人たちが寄って来た。

 「よく来たわね! ここにいればもう安全だから!」
 「どこから来たんだ?」
 「他に仲間の人は?」
 「どうぞ中へ! 疲れているでしょう!」

 一辺に声を掛けられてびっくりした。
 いろいろ質問されて困ったが、みんな優しい人たちで、私たちを親身に思ってくれているのが分かった。
 後から、みんな私たちと同様に、軍から逃げて来たことを知った。

 建物の中へ入り、お茶と食事を頂いた。
 そのうちに、アレクサンドロさんという、ここの責任者の人が来た。

 「あなたたちは運がいい。もう少しでここは無くなるんです」
 「え! またどこかへ移動するんですか!」
 
 お母さんが慌てていた。
 もうみんな歩くのはこりごりだ。

 「はい。これからみなさんをアラスカへ御連れします。世界で一番安全で豊かな土地ですよ」
 「あの、そこで私たちは何を?」
 「まだ特に決まっていません。「虎」の軍が守る土地ですが、いろいろな仕事がありますよ」
 「私は畑仕事しか出来ないんですが」
 「ああ! それは大歓迎です。広大な畑があって、人手を募集しているんです」
 
 お母さんも隣のご夫婦も安心したようだ。
 
 「君は幾つかな?」

 アレクサンドロさんが私に聞いた。

 「12歳です」
 「そうか。それじゃ君は学校に通うことになるよ」
 「学校ですか!」
 「うん。これまで通りにね」
 「あの、私、学校って行ったことが無いんです!」
 「え?」

 お母さんが小さな村なので、そういうものが無かったと言った。

 「そうなんだね。でも大丈夫だよ。君には基礎からちゃんと教えることになるから。言葉もね、英語が多いけど、「虎」の軍は日本人も多いんだ。言葉の勉強も、したかったら幾らでも出来るよ」
 「ほうとうですか!」

 アレクサンドロさんは笑って私の手を握った。

 「僕が約束する。アラスカで幸せになってね」
 「はい!」

 私たちはそこで一週間を過ごし、いろいろなお話をアレクサンドロさんや他の方々から聞いた。
 今、ロシアでは恐ろしい人間が全国を支配しようとしていること。
 村や町を襲って人々を連れ出し、酷い実験に使われていること。
 「虎」の軍はそれと戦おうとしていること。
 出来るだけロシアの人たちを救いたいと考えているということ。
 いろいろな町や村に情報を流し、ビラをあちこちにばら撒いたこと。
 今回が初めての大規模な移動作戦となること。

 夜は照明を外に漏らさないように言われた。
 最初、電灯を消して真っ暗にしていると、アレクサンドロさんが来て笑った。

 「衛星から灯が発見されたくないんでね。でも、こうすれば大丈夫」

 窓に行って、両脇の真っ黒な布を窓に掛けた。

 「こうすれば灯は漏れないよ。あまり遅くまでは困るけど、9時くらいまではこうやって中で過ごしてね」
 「ありがとうございます!」

 お母さんと二人で喜んだ。
 ずっと火を焚くこともできずに、真っ暗な森の中で息をひそめて眠った。
 だから、ここでも灯が点けられないのかと思っていた。
 やっと人間らしい生活に戻れた気がした。
 夜に灯があることが、どれほどの幸せかを噛み締めていた。

 二人で毎晩お喋りをし、お父さんのことを思って泣いた。
 だから、新しい生活に馴染むまでは、お父さんの話はしないことにした。
 でも、どうしても思い出して、ベッドの中で泣いた。
 お母さんも同じだった。

 そしてついにその日が来た。




 お母さんと夕飯を食堂で食べていると、背の高い日本人の男の人が来た。
 アレクサンドロさんが食事中のその人に話しかけている。
 日本語なので、内容は分からなかった。

 男の人が先に食事を済ませ、私たちの方へ歩いて来た。
 食堂には他に人はいなかった。
 私たちは最後の方にここへ来たので、出発も一番最後になるらしいことは聞いている。。
 
 男の人が私たちに笑い掛けて話した。
 見たこともないくらいに優しい笑顔だった。
 アレクサンドロさんが通訳してくれた。

 「あなたたちのことは、必ず守るから安心して欲しいと言っています」
 
 私とお母さんは宜しくお願いしますと言った。
 アレクサンドロさんが私たちを紹介してくれた。
 男の人が名前を聞いて驚いていた。

 「サーシャ!」
 「はい」

 私の手を握って笑っていた。

 「サーシャという名前なら、絶対にアラスカへ連れて行くと言っている」
 「そうなんですか?」

 男の人にとって、大事な人の名前と同じなのだと聞いた。
 よくは分からなかったが嬉しかった。

 「この人は、「虎」の軍の中で最も強い人なんだ。軍隊が来たって大丈夫。今回の作戦には、この人とその子どもたちが来ている。「虎」の軍の最大戦力だ」
 「そうですか!」

 私とお母さんは喜んだ。
 それなら、無事にアラスカへ行ける。

 


 男の人は「マカセロ」と言って外へ行った。
 本当に強いことは見ていて分かった。
 そして、優しい人なのだということも分かった。

 それが私と「イシガミ・タカトラ」との出会いだった。
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