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マクシミリアンの訪問

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 10月第二週の木曜日。
 俺が7時頃に家に帰ると、亜紀ちゃんが玄関に出迎えた。
 もちろんロボも一緒だ。

 「どうしたんだ?」
 「それが、ついさっきマクシミリアンさんがいらして」
 「なんだと?」

 亜紀ちゃんが病院へ電話すると、俺が出た後だった。
 運転中なので、携帯には掛けなかったようだ。
 
 「何の用件だ?」
 「それが、突然いらして、タカさんに話があるって」
 「そうかよ」

 リヴィングに上がると、マクシミリアンがカレーを食べていた。

 「イシガミ」
 「おう、どうしたんだよ」
 「お前に話があってな。ああ、腹が減っていると言ったらこれを出してくれた」
 「……」

 嫌な予感がする。
 今日はシーフードカレーの日だった。
 楽しみにして帰って来た。
 しかし石神家のカレーの日だ。
 一人分以外残ることはない。

 「タカさん! 至急作ってるから!」
 「まだ材料はあるから!」
 「ちょっとさっきのと違うけど!」
 「でも美味しく作るから!」

 ルーとハーが焦って言い訳をしている。
 やはり無いのだ。

 俺は諦めて着替えて来ると言った。




 しばらく、亜紀ちゃんが焼いてくれたステーキを食べていた。

 「それも美味そうだな」

 俺が亜紀ちゃんを向くと、亜紀ちゃんがもう一枚焼き始めた。

 「それで何の話なんだよ?」
 「ああ、「ボルーチ・バロータ」の動きを掴んだ」
 「なんだと!」

 「ボルーチ・バロータ」。
 日本語で「狼の門」という意味だ。
 ロシアのマフィア組織であり、「業」の配下になっていると見込んでいる。
 日本へ「デミウルゴス」を供給したり、様々なテロの支援をしている。
 早乙女が何度か尻尾を掴んだが、悉く逃げ去っていた。

 マクシミリアンはステーキを優雅に喰いながら話した。

 「ロシア国内で、「デミウルゴス」の生産拠点を持っているらしい。そこがそのまま「ボルーチ・バロータ」の本拠地にもなっているようだ」
 「場所は?」
 「まだ分からない。ただ、スターリングラードのどこからしいとまでは突き止めた」
 「それ以上追えるのか?」
 「多分な。「ローテス・ラント」が「デミウルゴス」の供給を求めて接近している。ブルートシュヴェルト一族のことは、奴らも知っているだろう。イシガミに対抗する準備をしたいという設定で渡りを付けた。奴らも信用しているはずだ」
 「そうか。でも、「デミウルゴス」を手に入れることは出来ても、拠点までは案内してくれるのか?」
 「そこは上手くやるだろう。ブルートシュヴェルトもヨーロッパでは知られた裏の巨大組織だ。自分たちに協力するのならば、単なる供給の取引ではない。共闘も視野に入れてのことになる」
 「なるほどな」

 ヨーロッパの人間は外交や交渉が非常に巧みだ。
 歴史的に国土と権力を争い続けていたことで、外交や交渉の能力が徹底的に養われている。
 温い環境にいた日本などは、到底太刀打ち出来ない。
 この俺も、テロ事件の詫びに来たのに、ヨーロッパを助ける約束をさせられている。
 もちろん、承知の上でこちらの利益を図ってはいるが。
 ただ、俺の思い通りに出来ているなどとは思っていない。

 「「ボルーチ・バロータ」の拠点は、《ハイヴ》と呼ばれているようだ。物理的にも、情報的にも堅く隠蔽されている。恐らく、どこのエージェントも掴んでいないだろう」
 「そうか。流石はブルートシュヴェルトだな」
 「ああ。今あいつらの窓口はハインリヒが担当している。先日のお前たちの「訪問」が、あいつらとの対立を示す結果となった」
 「上手くやるもんだなぁ!」

 マクシミリアンが笑った。
 丁度俺のカレーが出来た。
 圧力なべで時短で作った。
 俺が喰い始めると、マクシミリアンも欲しがった。
 遠慮のねぇ奴だ。

 「さっきの方が美味かったな」

 その上文句まで言いやがる。

 「お前のせいで俺は不味いカレーを喰ってんだ!」
 「ああ、そうか」

 謝りもしねぇ。

 マクシミリアンから、現時点での詳細な流れを聞いた。
 
 「おい、このまま本当にブルートシュヴェルトの連中が寝返ることはねぇだろうな?」
 「それは分からん」
 「やっぱりか」
 「常にその可能性は考えておけ。我々も手伝うがな」
 「お前たちの寝返る可能性は?」
 「あると思っておけ。ただ、言わせてもらえば我々は神に反する者たちと手は取らない」
 「俺は真言宗だが?」
 「お前は違う。我々の側だ」
 「そうか」

 マクシミリアンが今日はもう予定は無いと言っていたので、酒を出した。
 日本酒だ。
 「菊理媛」を出す。
 一口含んで驚いていた。

 「おお、美味い酒だな」
 「そうだろう」

 つまみを子どもたちが作り、「幻想空間」で飲んだ。

 「狭いながらに、洒落た空間を作るな」
 「うるせぇ!」

 まあ、ここを驚くのは日本人ばかりか。

 「俺はバチカンもローマ教皇も畏敬の念を抱くが、思想的には東方教会が好きなんだ」
 「ほう、何故だ」
 「まあ、余所者の俺の言うことだ。目くじらを立てるなよ?」
 「分かった」

 マクシミリアンが酒を飲み、つまみを美味いと言いながら、真剣な顔で聞いている。

 「お前たち西方教会は、数学、論理を重んじて来た」
 「どういうことかな?」
 「要するに、人間が理解出来るものを重要視した。神を寿ぐにあたって、自分たちが理解したものを以て褒め称えて来た」
 「なるほど」
 「ローマ帝国以来だな。その結果、物質的に大発展し、戦争は強くなるわ科学革命で世界を支配するわで大発展を遂げたわけだ」
 「ワハハハハ」

 マクシミリアンが冷たく笑った。

 「東方教会は「ビジョン:幻視」を重んじて来た。つまり、人間が手の届かないものを重要視し、それ故に神を湛えて来た」
 「そうなるのかな」
 「俺は「不合理故に吾信ず」という思想が好きなんだ。まあ、クリスチャンでもない俺の勝手な思い込みだからな!」

 マクシミリアンが笑っていた。

 「イシガミ、お前という男は本当に興味深い。知れば知る程に面白いと思う」
 「そうかよ」
 「お前の博識、お前の知性には、俺は正直に尊敬の念を抱く」
 「おい」
 「お前の言う通りだと思う。俺はバチカン、教皇に命を捧げる人間だが、俺はお前の言う世界を望む。恐らく「業」との戦争が、それを明確にするだろう。これは人間の魂をかけた戦いになる」
 「そうだな」
 「人間が肉ではなく魂なのだということの証明だ。「業」は肉を滅ぼそうとする。そうやって魂を汚そうとしている」
 「ああ」
 「俺はバチカンの戦士として、それと戦うのだ」
 「そうか」
 「お前と肩を並べてな」
 「嬉しいよ」

 マクシミリアンは、そろそろ帰ると言った。

 「おい、散々飲み食いしたんだ。ちゃんとレジで会計をして行けよな」
 「俺の命で払おう」
 「釣りが出ねぇよ」
 「釣りはいらん」

 俺は柳に言って、マクシミリアンが美味いと言っていた新ショウガの漬物の袋を土産に持たせた。
 マクシミリアンが笑って礼を言った。

 「アメリカ大使も好きだって言ってたぞ」
 「余計な話をするな!」

 何か気分を害したらしい。
 おかしな奴だ。
 タクシーを呼んでやり、それに乗ってマクシミリアンは帰って行った。



 マクシミリアンは、この戦争の本質を掴んでいた。
 国土や利益の話ではないのだ。
 人間の魂をかけた戦いなのだ。
 肉体の命、利益を思えば「業」に呑み込まれる。
 今後、そういう人間たちも出て来るだろう。

 戦場でマクシミリアンのような人間が隣に立つのならば、それは悪い戦いではない。
 俺はその日が到来することを確信した。
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