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和田商事 Ⅱ

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 綺麗な女性社員に連れられ、壇上の演台の前に立たされた。

 「御存知の方もいらっしゃると思います。今の日本経済の中心的な方とも言える石神高虎様です。港区の大病院で理事をされると共に、現役で第一外科部の部長もなされています」

 和田商事の社長が俺のことを紹介していく。

 「なんと石神様はあの御堂総理の御親友でもあられ、御堂総理を支える方です。また今日お越しの稲城グループの総帥でもあり、更にはロックハート家とも非常に親しい。日本がロックハート家に現在如何に支えられているかは、この石神様の御力なのです」

 とんでもないことを言い出したが、まあ、経済に詳しい人間であればその程度は知っている。

 「当社も、石神様のお陰で、本日の新社屋の竣工式典を開かせていただく運びとなりました。その石神様に来臨いただけたことを、深く感謝いたします!」

 また割れんばかりの拍手が湧いた。

 「石神様は大変ご多忙で、このような一介の商事会社の式典などにはいらっしゃらない方です。ですので、本日は石神様には内密にお運び頂きました」

 会場が笑い声でまた湧く。

 「本来は主賓としてご挨拶頂くところではございますが、そのような次第でありますので、壇上に立っていただくのみでございます。」

 俺は笑ってマイクをくれと言った。

 「本当に驚きました。私はまったく今日の素晴らしい式典のお話を聞いておらず、サンドイッチを食べさせてくれるということで、ここへ参った次第です」

 会場が爆笑した。

 「まだサンドイッチは貰っていませんが、タクシーでここに来た時に、このビルの美しく荘厳な威容に圧倒されました。和田商事がこれまで真面目に商売に取り組み、誠意のみでお客様に切磋琢磨されてこられた証と分かりました。今は亡き創業者の和田氏の話を聞くに、本当に素晴らしい社長の下、全社員が一丸となってここまで燃えて来たことは、皆様も御存知の通りです。そのような素晴らしい会社の式典の末席に連なることをお許しいただけたことは、本当に光栄に思います。ありがとうございました」

 また盛大な拍手が湧いた。

 「早くサンドイッチ下さい」
 
 爆笑した。

 その後も来賓の挨拶やこの会社の来歴などが話され、式典が終わり、パーティとなった。
 俺は特別なテーブルに案内され、綺麗な女性社員の方々が俺のテーブルに料理や酒を置いて行く。
 10人掛けの丸テーブルには、和田商事の社長や重役たち、それに明彦が座る。
 隣の社長からビールを注がれた。

 「石神様、本当に今日はありがとうございました」
 「本当に冗談じゃないですよ! なんなんですか、これは」

 みんなが笑う。

 「石神様はお忙しいと聞きましたし、あまり派手なことは御嫌いだと」
 「その通りですよ!」
 「ですので、騙すような真似をいたしました。正直に竣工記念式典と言えば、絶対にいらしていただけないと」
 「その通りですよ!」
 
 またみんなが笑う。

 「でも、我々も、この新社屋が嬉しくて、有難くて堪らないのです。ですので、石神様には是非ともご来臨頂きたく」
 「もう来ちゃったからいいですけどね」

 社長や他の重役たちから、改めて礼を言われた。
 
 「思えば、和田社長が亡くなり、会社の存続が危ぶまれていた時にも、石神様の御力で立ち直ることが出来ました」
 「いや、俺なんて何も」
 「いいえ。そこにいる鈴木が半身不随になるところを御救い頂き、その上でいろいろとアドバイスをして下さった。あのお陰で持ち直したのです」

 「それは社長さんたちや明彦が頑張ったからですよ。そうだよな、明彦!」
 「いいえ、全て石神さんのお陰です」
 「このやろう!」

 みんなが笑った。

 「その後も鈴木は、石神さんにいつもアイデアを頂くのだと言っておりました。そして、昨年のロシアの情報です」
 「いや、あれは……」
 「石神様にお世話になっておきながら、ついぞ石神様がどのようなお方か知らずに。慌てて調べて、とんでもない方なのだと分かりました次第です」
 「俺なんて、何のこともないですよ。明彦にだっていつも世間話ばかりで」
 「いいえ! 我々は石神様に助けていただいたのです! あのままロシアの取引先を当てにしていたら、今頃どんなことになっていたか」
 「まあ、良かったじゃないですか」

 社長が涙ぐんでいた。

 「その上で、行き場を喪った我々に、ロックハートをご紹介下さった! しかも破格の好条件で取引をさせていただきました。ほんとうにありがとうございます」
 「もういいですって。明彦から、この会社のことはよく聴いてましたから。本当に誠実な商売をしていて、信用できる会社だと。丁度そういう国内での受け口が欲しかったんですよ、ロックハートも」

 しばらく俺への礼と感謝が続き、社長たちは他の来賓へ挨拶に立って行った。
 明彦が残り、俺の隣に座る。

 「お前、よくもやってくれたな!」
 「アハハハハハハ!」

 明彦が何を飲むかと聞いて来たので、日本酒を貰った。
 酒を持って来ながら、綺麗な女性を一緒に連れて来る。

 「ああ、奥さん!」

 明彦の奥さんだった。
 明彦の結婚式の後で、無理に自宅へ呼んでもらった。
 本当に気立ての良い奥さんで、以来時々会うこともあった。

 「石神さん! ご無沙汰しております」
 「相変わらずお綺麗ですね!」
 「ウフフフ、ありがとうございます。今日は主人のためにいらしていただいて」
 「ええ! 騙されてね!」
 
 二人が笑った。
 しばらく三人で話した。
 子どもの話になり、また小学校の入学祝いの礼を言われてしまった。

 「石神さんは御親友のお子さんを引き取ったんですよね?」
 「まあね。でも、実は子どもが出来たんだ」
 「「えぇ!」」

 二人が驚く。

 「まあ、ちょっと話し難いんだけど、結婚はしていないんだ。認知はもちろんしている」
 「おめでとうございます!」
 「ああ、三人ね」

 「「えぇ!」」

 「アハハハハハハ!」

 二人は反応をどうしていいのか分からないようだった。
 無理もない。

 「いろいろ事情もあってね。三人は納得しているし、お互いにもよく知っていて仲もいいんだ。まあ、仲間と言うかな」
 「そうなんですか! でも驚きましたけど、僕も嬉しいですよ!」
 「はい。早速お祝いを送りますね」
 「え、いいよ! もういろいろ貰い過ぎて困ってるんだ」
 「でも……」
 「本当にいいから! 今日、こんな素晴らしい式典に呼んでもらってそれで十分だって」
 「それは困ったなぁ。石神さん、僕にも立場があるんですよ」
 「なんだよ、明彦の立場って!」

 明彦が社長たちの方を向いた。

 「さっきも社長たちが石神さんにどれほど感謝しているのかって言ってたじゃないですか」
 「うーん、困ったよなぁ」
 「石神さんにどんなものを差し上げたら喜んでくれるか、僕に聞いておくように命じられているんです」
 「お前! 大変だな!」
 「そんなこと言わないで教えてくださいよ!」
 「ワハハハハハハ!」
 「石神さん!」

 俺は大笑いした。
 明彦は困って、俺に泣きついて来た。

 「本当に、物は困るんだよ。大体最初から何か貰うようなことはしてないんだしな」
 「そんなこと言わないで下さい。本当に感謝してるんです」
 「分かったよ。じゃあ、今後は御堂グループと懇意にしてくれ」
 「え?」
 「お前らならば、時勢は感じてもいるだろう。今後の日本経済は御堂グループと繋がっているかどうかでまるで違ってくる」
 「はい、それは社長たちも分かっているようです」
 「だから、お前たちのような誠実な会社は是非御堂グループと提携してくれ。それが俺の頼みだ」
 「え! でもそれはまた僕たちがお世話になってしまうことじゃないですか」
 「そうじゃないよ。俺が本当に明彦たちを欲しいんだ。まあ、ロックハートと懇意にしてくれていることで、既に御堂グループと一体になっているんだけどな」
 「!」

 俺は今後御堂グループから色々な話し合いがあると言い、明彦を黙らせた。
 
 「この話はここまでな」
 「銅像はいいですか?」
 「絶対によせ! 作ったら縁を切るからな!」
 「アハハハハハハ!」

 


 明彦たちと楽しく話し、俺は席を立ってサンドイッチを置いてあるテーブルに行った。
 社長がすぐに俺の隣に来る。

 「言って頂ければ」
 「いいですよ。伊勢海老のサンドイッチはどれですか?」
 「え! すぐにご用意します!」
 「ああ、ならこれでいいや」

 ハムサンドを頂いた。
 その場で食べる。

 「美味い! これまで食べた中で最高ですね!」
 
 社長が笑った。

 「じゃあ、約束の最高のサンドイッチを頂きましたから、これで失礼しますね」
 「そんな! 石神様、もうちょっと」

 俺はまたテーブルに引っ張られた。
 銅像は絶対にダメだと言った。
 それでも、執拗に何かと言われた。

 「さっき、明彦に話したんですが」
 「え!」

 何も話していない。

 「和田社長のことを知りたいんです。皆さんで、和田社長の思い出とか言葉か何かを書いたものを頂けませんか?」
 「和田社長ですか!」
 「明彦から幾つか思い出を聞いたんです。本当に素晴らしい方だったようで、私も私淑しているんですよ」
 「はい、和田は我々も今でも尊敬する人物ですが」
 「まとまっていなくて構いません。思い出したものを教えて頂ければ結構ですので。皆様しか知らないことですからね」
 「分かりました! 後日必ず!」

 俺はそこで無理を言って帰った。
 俺なんかがこんなに歓迎されては申し訳ない。




 一週間後。
 明彦の会社から、うちにでかいダンボールが13箱届いた。
 全て和田社長の思い出を綴った紙だった。

 俺は大笑いで子どもたちに俺の部屋へ運ばせた。
 毎日少しずつ読ませてもらっている。
 本当に素晴らしい方であり、本当に素晴らしい方々だった。
 俺は御堂に、堂々と和田商事との懇意な付き合いを勧めた。
 御堂も俺の話を聞いて、大賛成してくれた。
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