富豪外科医は、モテモテだが結婚しない？

埠頭の女

　少し遡り、９月第三週の火曜日。
　俺はハマーにロボを乗せて、竹芝桟橋へ行った。
　ゲーム会社の細川と、漫画家の猪鹿コウモリと待ち合わせている。
　ロボはご機嫌で、助手席で俺にちょっかいを出して来る。
　俺も笑って運転しながら相手をしていた。

　夜の８時。
　細川たちは先に来て待っていた。
　
　いつも通り、全然ちっちゃくないロボの全力「ばーん」を三人で眺め、ロボを褒め称えた。
　ロボがジルバを踊り、俺が持って来た焼いたササミとミルクを飲んだ。

　俺たちはベンチに座り、俺が配った紅茶を飲む。
　こういうことが恒例になった。
　ベンチで他愛ない話をする。

　「ああ！　こないだ思いついてさ！　猪鹿さん、『サーモン係長』のアイデアがあるんですよ！」
　「え！　どんなのですか！」
　「サーモン係長に妹がいたってことで」
　「？」

　猪鹿の反応がおかしい。

　「のび太さん、もう妹は出てますよ」
　「え！」

　ちょっと気まずい雰囲気になった。
　俺も前半しか熱心に読んでねぇ。

　俺は話題を変え、『異世界丹沢ゴーゴー』」のコスプレを子どもたちがしたと話した。
　二人が気を遣ってノってくれた。
　スマホの画像を見せると、今度は本当に大喜びで褒めてくれた。
　特に「猫王ロボ」の本人のコスプレを気に入ってくれた。
　
　少し微妙な空気もあったが、二人は先に帰った。
　俺はロボと桟橋を散策した。
　これもいつものことだ。

　


　暫く歩いていると、珍しく桟橋に女性がいた。
　海を見ていた。

　身長１７０センチ近い。
　痩せていて、赤いワンピースを着ていた。

　「こんばんは」

　俺は声を掛けた。
　怪しい人物と思われないようにだ。

　「こんばんは。あら、可愛いネコちゃん！」

　ロボに気付き、近づいてロボを撫でてくれた。
　ロボも嫌がらずに触らせている。
　いい人のようだった。
　ロボにはすぐに分かる。

　綺麗な顔立ちだった。
　４０代になるだろうが、明るい茶の長い髪に少しカールを掛けている。
　赤いワンピースも高級な素材であることが分かった。
　
　「時々、こいつと散歩に来るんですよ」
　「そうなんですか」

　俺は少し警戒した。
　いつからいるのか分からないが、さっきの「ばーん」を見られたかもしれない。

　「さっき、大きな光がありましたね」
　「そうなんですか？　つい今来たところでしたので」
　「ああ、それは」

　良かった。
　まあ、見られたからどうこうするつもりもないが。

　俺はもう帰ると言って女性から離れた。
　女性はロボに手を振って微笑んでいた。
　ネコ好きに悪人はいない。




　その二日後。
　７時頃に家に帰るとロボが玄関から飛び出した。
　いつもは俺にくっついて来るのに、様子がおかしい。
　俺を向いて、唸っている。
　
　「おい、どうしたんだ？」
　
　ロボが俺の足に体当たりをし、庭に駆けて行った。

　「ロボ！」

　俺が追いかけると、どんどん走って駐車場に行く。
　ハマーの前でまた唸っている。
　
　亜紀ちゃんが玄関から来た。

　「どうしたんですか？」
　「分からねぇ。どうも様子がおかしい」
　「はい」

　ロボが俺に駆け寄って、また足に体当たりをする。
　何か俺に急がせている。

　「なんだよ？」

　また唸り出す。

　「タカさん」
　「分からんが、どうもハマーで出ろと言っているみたいだ」
　「そうですね」

　俺は急いでハマーのキーを持って来て、ロボを乗せた。
　ロボが助手席のダッシュボードを前足で叩く。

　「分かったよ！」

　俺は発進させた。
　青梅街道に出て、とにかく新宿方面に走った。
　考えたが、ロボと行くところは竹芝桟橋くらいしか思いつかない。

　「竹芝桟橋でいいのか？」
　「にゃー！」

　ロボが返事をする。
　俺は急いで向かった。
　先日「ばーん」をさせたので、それをしたいと訴えているわけではないのだろう。
　もっと切実な思いがあるように感じられた。




　３０分も掛からずに、竹芝桟橋に着いた。
　ドアを開けると、ロボが飛び出して行く。

　「ロボ！」

　叫んで俺も走った。

　「あら、こないだの……」

　一昨日会った、赤いワンピースの女性がいた。
　ロボがその足元にまとわりつく。

　「ネコちゃん……」

　ロボが鳴いている。
　いつまでも鳴いていた。

　「ロボ、どうしたんだ？」

　俺は女性に謝りながらロボを抱き上げようとした。
　女性がハイヒールを脱いでいたことに気付いた。

　「あなた、まさか」
　「……」

　女性の手を取って、ハイヒールを拾い、ベンチに引っ張って行った。
　座っているように言い、自動販売機でコーヒーを買って来た。
　女性に一本を手渡す。
　女性は何も言わずに受け取った。
　俺は隣に座り、ロボは俺の隣に寝そべった。

　「こいつがね、ロボと言うんですが。さっき帰ったら尋常じゃなく唸っちゃってて。何かと思ったら、ここへ来いって訴えたんですよ」
　「そうなんですか」
　「あなたのことだと思いますよ？」
　「私の？」
　「あなたが自殺しようとしているから。ロボは止めて欲しいと言っていたんでしょう」
　「……」

　しばらく二人で黙って夜の海を見ていた。
　そのうちに、女性がポツリポツリと話し出した。

　「夫が亡くなりまして」
　「そうだったんですか」
　「夫は借金があって。預金も家も全て抵当に入れられていたんです」

　会社を経営していたそうだが、女性は何も知らされていなかった。

　「自殺だったんです。経営が苦しくて」
　「はい」

　また二人で海を眺めた。
　黒々とした波に、月が光の帯を揺らめかせている。
　幻想的で、恐ろしい感じがする。

　「ロボ、「ばーん」をしろよ」
　「にゃ」

　ロボがトコトコと海の方へ歩いて行く。
　太く長い尾が二つに割れ、盛大な弧電が昇って行く。

　「え！」

　「今日はちょっと大きくていいぞー」

　ロボの口の前に大きな光球が出る。
　そのまま上昇し、彼方の海上で爆発した。
　一瞬、ここまで明るくなる。
　ピンクの光の帯が美しくたなびいて、海面に落ちて行った。

　「あの、これは！」
　「あなたも見てしまいましたね」
　「え？」
　「どうか黙っていて下さい」
　「あの、何を！」
　「口止め料で１億円差し上げますから」
　「！」

　うろたえる女性に口座番号を無理矢理聞いた。
　ルーに電話し、その口座へ１億円を振り込むように言った。

　「明日には確認出来ますから」
　「あの！　これはどういうことですか！」
　「どうか黙っていて下さいね。お願いします」

　俺はロボと帰ろうとした。

　「あの！　困ります！　本当に！」

　ロボがまた女性の足元に行き、身体をこすりつけた。

　「こいつがね。あなたのことを助けたがってた」
　「！」
　「ロボは俺の最愛のネコなんですよ。だったら俺もあなたの力になりたい」
　「……」

　女性は泣いていた。

　「人生は辛いことばかりですよ。俺もそうだ。だけど負けないで下さい。ロボがそう言ってる」
　「ロボちゃん……」

　「のび太って言います」
　「え？」

　「月に１度はここにロボと来るんです。また良かったらお見せしますよ」
　「はい！」
　



　ロボと帰った。

　「おい、これで良かったのか？」
　「にゃ」
　「そうか」

　「あの人、ハイヒールを履いたかな？」
　「にゃー」
　「うん、そうだよな」

　ロボが隣で丸くなって寝た。
　幸せそうな寝息が聞こえた。