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加西姉妹 Ⅱ

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 水曜日。
 俺は正午に響子の部屋へ行こうとしていた。
 後ろを付けて来る人間がいることに気付いた。
 廊下を戻ると、加西姉妹についている女性の世話係だった。

 「何故後を付けているんですか?」
 「いいえ、偶然お見掛けして」
 「困りますね。この次があれば、あのお二人には転院していただきます」
 「え、そんな!」
 「俺はこの病院では、結構権力があるんですよ?」
 「は、はい」
 
 俺は女性を連れて、加西姉妹の病室へ行った。
 俺の後を付けていたことを話した。

 「すみません! 私たちが頼んだんです」
 「もうしませんので、どうか許して下さい!」

 二人は女性のせいにすることなく、自分たちが指示したことを正直に明かした。

 「まあ、今回は許すけど。でもどうしてこんなことをしたんだ?」
 「先生が特別な患者さんを受け持っていると知って」
 「その人がどういう人かを知りたくて」
 
 響子のことは、病院のスタッフ全員に緘口令が敷かれている。
 その上で、俺がタマに、響子や六花、鷹のことは口外出来ないようにさせていた。
 病院の人間から漏れるはずはない。
 かと言って、病院外の人間が知ることはほとんどない。
 この二人は一体どうやって知ったのだろう。

 「どうしてそういう話を知ったのかな?」
 「あの、ナースの方に聞いて」

 あり得ない。
 しかし、そう言えば不審に思うだろう。
 それに、嘘を言っている気配も無かった。
 本当にナースから聞いたのだ。
 でも、それならばどうやって?
 
 俺はそれ以上は追及しなかった。

 「この病院には何人か特別な患者さんがいます。でも、本当に個人情報だし、君たちが知っていいことではない。ここには特殊な事情があったり、特殊な病気で苦しんでいる人もいるんだ。これからは注意して欲しい」
 「はい、本当に申し訳ありません」
 「もう二度としません」

 俺は大丈夫だろうと思った。
 本当に俺への興味で知りたかっただけなのだろう。
 俺にきっぱりと言われて、二人はもうしないことが分かった。

 「俺は正直に謝る人間は大好きなんだ。今日は俺が美味いプリンでも差し入れよう」
 「ほんとに!」
 「ありがとう、石神先生!」
 「あなたの分もね」

 世話係の女性にも言った。
 女性が頭を下げて来た。
 まあ、飴と鞭だ。




 響子の部屋へ行くと、丁度食事を終える頃だった。
 六花が皿を指差し、全部食べていることを俺に伝えた。

 「お前、本当に元気になってきたな!」
 「エヘヘヘヘ!」
 「よし! 今日もパンツを脱いで「響子体操」をするか!」
 「脱がないよ!」

 六花が笑って歯を磨かせた。

 「後でプリンを買って来るけど、響子も食べるか?」

 うがいをしながら響子は背中に手を回して親指を立てた。

 「分かった」

 六花も親指を立てていた。

 吹雪の授乳が終わり、俺は六花を連れてオークラの「山里」で食事をした。
 加西姉妹のことを話す。
 六花と鷹は、俺がタマを使って一部の精神操作をしていることを知っている。

 「それなのに、どうして響子のことを知ったのか」
 「不思議ですね」
 
 加西財閥は大きな組織だが、そこが本気で俺を調べたとも思えない。
 それに、本当に調査能力のある連中が調べたとすれば、先に分かるのは俺が日本の裏社会の頂点だということだ。
 そうなれば、俺に近づこうとは思わないはずだった。

 六花がニコニコして食事をしているので、俺も考えるのは辞めた。

 「しかし六花は吹雪を生んで、一段と綺麗になったな!」
 「ほんとですか!」

 一人目の子どもを生んだ女性が一番美しいと言う人もいる。
 本当に六花は一段と美しくなった。
 俺がどんどんどこが綺麗だと言うと、段々六花の顔が赤くなっていく。

 「トラの方が全然素敵です」
 
 カワイイ。

 突然、轟音がして個室のドアが背を向けていた六花に吹っ飛んで来た。
 俺が咄嗟に動いて蹴り上げる。
 当然、六花ももう構えている。
 
 離れた場所から店員がこっちを見ていた。
 駆け寄って来る。
 
 「石神先生! 大丈夫ですか!」
 「ああ。何が起きた?」
 「それが、まったく! 突然ドアが先生たちの方へ飛んで行きまして!」
 「そうか」

 六花も驚いて、床に転がったドアを見ていた。
 俺は近づいてよく見てみる。
 1メートルほどの何かの痕があった。
 
 (足跡か?)

 俺は黙って食事を終えて店を出た。
 断られたが、支払いを無理にした。
 店の事故ではなく、明らかに俺たちへの攻撃だったからだ。
 しかし、「業」のものではない。
 あんな半端なことをするはずもない。

 「デザートの抹茶アイス、食べ損ねちゃいましたね!」
 「プリンで我慢しろ」
 「はい!」

 六花はあまり気にしていない。
 何か必要であれば、俺から指示があると信じている。
 
 俺が最も驚いていたことは、ほんの一瞬しかプレッシャーを感じなかったことだ。
 妖魔の攻撃であっても、俺はプレッシャーを感じることが出来る。
 それが、ドアが吹っ飛ぶ寸前まで、何も感じられなかった。
 非常に由々しき問題だ。

 一応六花や鷹にもモハメドの分体が付いている。
 だから万一の事態には守られるだろうが。
 今回も、モハメドの分体が起動しかかっていたことは感じられた。



 病院へ戻り、俺は蓮花から送られた「群馬ファーマーズプリン」を冷蔵庫から出し、加西姉妹の部屋へ持って行った。
 先日のDランドへ行かせてもらったお礼だと沢山送って来た。
 俺が二人の部屋へ入ると睨まれた。

 「石神先生は付き合っている人がいるんですか?」
 「なに?」
 「綺麗なナースの人と付き合っているんですか?」
 「……」

 俺は何も答えずに、三人分のプリンを置いて部屋を出ようとした。

 「答えて下さい!」
 「おい、どうして君たちにそんなことを教えなきゃいけないんだ?」
 「お願いします」
 「先生のことが好きなんです」

 俺はため息を吐いて部屋へ戻った。

 「あのなぁ。俺のことを好きになるのは君たちの自由だ。それは君たちのものだ。だけどな、他人は動かせないんだよ」
 「「……」」
 「だからほとんどの恋は失恋よ。それはしょうがないと言うか、俺はそれでいいと思う。俺は「忍ぶ恋」というのが大好きなんだ。相手のことを愛し、相手の幸福を願う。それじゃ嫌だと言うのは、ただのワガママだ」
 「でも、本当に先生が好きなんです」
 「俺は手に入れられない。俺のものだからな。そして、俺が大事にしている人間を傷つけようとすれば、俺は絶対に許さない」

 二人は黙っていた。
 俺は言うべきことは言った。
 部屋を出て、何本か電話を入れて午後のオペの準備をした。

  



 電話の相手は、早乙女、斬、千両、そして探偵事務所だ。
 加西姉妹のことを徹底的に調べるように頼んだ。
 特にその周辺で怪我人や死者が出ていないか。
 
 あの、ドアを吹っ飛ばしたのは加西姉妹の仕業だろう。
 どのような能力なのかは分からない。
 でも、恐らく今回が初めてではない。

 俺は嫌な予感がした。
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