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夢の国へ

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 俺が蓮花研究所から戻ったのは、10時前だった。
 早乙女家から戻ったロボが階段を駆け降りて出迎えてくれる。
 子どもたちが楽しそうにリヴィングで話していた。

 「よう!」
 「「「「「お帰りなさーい!」」」」」

 俺が着替えてリヴィングへ戻ると、子どもたちが酒の用意をしていた。
 亜紀ちゃんが俺をテーブルに座らせる。

 「今日はお疲れでしょう!」
 「まあな。斬と一日中一緒だったからなぁ」
 「アハハハハハ!」

 柳が俺に土産をくれた。
 ティガーのマグカップだ。

 「あ?」
 「虎ですよ!」
 「そうか」
 「あれ?」

 他の子どもたちからは何も貰わない。

 「他のみんなは?」
 「タカさん、あそこのものって興味ないですよね?」
 「そうだな」
 「……」

 柳が下を向く。
 こいつのこういう所は直らないのだろう。
 まあ、気持ちは優しい奴なのだが。
 俺も無理に合わせて喜んで見せる人間ではない。
 正直に付き合いたい。
 でもまあ。

 「まあ、寝室の棚にでも入れるか! 柳が買って来たものだしな」
 「!」

 柳の顔が明るくなった。
 みんなが集まって、今日のことを話してくれる。
 いろいろな話があったが、蓮花と響子が楽しそうだったと聞いて嬉しかった。

 「ブランや研究所の皆さんも楽しそうでしたよ」

 本当に嬉しい。
 六花から電話があった。

 「遅い時間にすいません。もうお帰りになっているんじゃないかと思って」
 「ああ、今日は御苦労様。響子が楽しそうだったってな」
 「はい! 病院まで送りましたが、体調は問題無さそうです」
 「そうか。明日は俺も顔を出して置くよ」
 「お願いします」

 俺が心配しているかもしれないと、わざわざ報告してくれたのだ。

 「しかし、響子は丈夫になって来たよなぁ」
 「はい。以前なら連れて行こうとも思いませんでしたよね?」
 「そうだよ。午前中だけとかだよなぁ。今日は昼寝もしなかっただろう?」
 「はい。帰りの車ではグッスリでしたが」
 「検査でも数値的にグングン良くなっているからな。まあ、嬉しいことだ」
 「まったく!」

 電話を切り、しばらく楽しくみんなの話を聞いて12時には解散した。

 奈津江の夢を観た。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 「高虎って、デートの基本がなってないよね!」
 「え!」

 俺がいつも気にしていることだった。
 これまで女性と交際したことが無いので、デートというものを知らない。
 奈津江を喜ばせていないのではないかと、ずっと不安だった。
 交尾は一杯あるのだが。
 そっちでは必ず奈津江を喜ばせるのだが。
 奈津江に腕を叩かれた。

 「なんて顔するのよ! 冗談だよ!」
 
 ホッとした。

 「でもさ、デートって定番があるじゃん」
 「そうなのか!」
 「そうだよ。映画を観に行ったりさ」
 「あ! それやったよな!」
 
 俺が映画が好きなので、何度か一緒に行っている。
 俺もちゃんとやっていたのだ。

 「それと、ほら。遊園地とか」
 「ああ! それ知ってる!」
 「ね! 私たちも行こうよ。私、今年で卒業だしさ」
 「卒業と何か関係あるのか?」
 「学生時代に行きたいの!」
 「ああ」
 「大人になってからじゃ、ちょっと恥ずかしいじゃない」
 「そういうものか?」
 「そうだよ! だから大人になったら子どもを連れて行くのよ!」
 「そうか!」

 よく分からないが、奈津江が行きたいと言っているのだから連れて行こう。

 「俺、豊島園に行ったことある!」
 「は?」
 「小学生の時にさ、学校全体でスケートに行った!」
 「ああ、そうなんだ」

 奈津江が複雑な顔をしていた。

 「奈津江は?」
 「わ、私は無い」
 「そうなのか!」
 「うちはお兄ちゃんが忙しかったからね」
 「そうだったなー」
 
 「高虎が行った豊島園も行きたいんだけどさ」
 「おう!」
 「でもね、やっぱりDランドがいいかな」
 「ああ! Dランドか!」

 そういうものに疎い俺でも、もちろん知っている。
 浦安に10年前に出来た、大人気のテーマパークだった。

 「あそこにね、一度行ってみたいの」
 「おし! じゃあ、夏休みに行こう!」
 「ほんと!」
 「楽しみだな!」
 「でも、高虎ってああいう場所って好きじゃないんじゃないの?」
 「俺は奈津江が好きだ!」
 「え!」
 
 奈津江が嬉しそうに微笑んだ。
 まあ、奈津江に言われた通り、遊園地なんてさっぱり興味は無い。
 でも、そこはどうでも良かった。
 俺の好みなんてまったく、これっぽっちも関係ない。

 俺たちはDランドの情報を集めた。
 車で行きたいので駐車場のことや、チケットのこと、中のアトラクションのこと。
 行ったことがある奴らにしつこく聞いて回った。
 弁当の持ち込みが出来ないと聞いて、好き嫌いの多い奈津江のことを心配した。
 俺はDランドに問い合わせ、どういう食事が出来るのかを熱心に聞いた。
 俺の細かい問い合わせに、電話に出た方は丁寧に教えてくれた。
 いい遊園地であることが確信出来た。

 奈津江と人気アトラクションのことを調べ、どういう順番で回ればいいのかを話し合った。
 物凄く楽しい時間だった。
 地図を手に入れた。
 俺たちが楽しみにしているのを知って、木村が貸してくれた。
 彼女ともう何度も行っているらしい。
 物凄くお礼を言った。

 「開園と同時に走って、まずはコレね!」
 「お前、走れるのか?」
 「じゃあ高虎がおぶって!」
 「おし、任せろ!」
 「次は走ってコレね。またおぶってね!」
 「おう!」
 「そうしたらココね」
 「おぶるんだな!」
 
 二人で笑った。

 「おい、キスはどこでするんだ?」

 奈津江に腕を殴られた。
 真っ赤な顔で、地図の場所を指で示した。

 「あ! お前、考えてたのかー!」

 また腕を殴られた。
 俺は大笑いした。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 あの翌週。
 俺は突然倒れた。




 奈津江が死んだ。
 俺たちは、楽しみにしていたDランドへは永遠に行けなくなった。




 柳が買って来てくれた、虎のマグカップを棚に仕舞った。

 「柳、ありがとうな」

 以前に栞から遊園地へ行こうと誘われたことがある。
 栞がDランドへ行きたがっていたことは分かっていた。
 でも行けなかった。
 
 後に、創業時に奔走した高橋社長の言葉を知った。

 《魂が入っていなければダメです。人を動かすものは誠意であり、学識や弁舌ではありません!》

 やはり、立派なテーマパークなのだった。
 



 いつか奈津江と行きたい夢の国。
 



 いつか行きたい。

 本当に行きたい。 
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