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blutschwert Ⅸ
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家に帰ったのは夕方の6時過ぎだった。
「お夕飯、どうしましょうか?」
「バーベキューでもやるか? 簡単だしな」
「はーい!」
子どもたちがすぐに準備をする。
「マクシミリアン、お前も喰っていけよ」
「いいのか?」
「もちろんだ」
最初は俺を敵視するような態度だったが、今日一日ですっかり馴染んでくれた。
まあ、俺が「花岡」を出し惜しみなく見せたことや、ハインリヒたちをいじめたのが気に入ったのだろう。
ブルートシュヴェルトに対して、バチカンの優位を示させてもやった。
異教徒に対する差別意識を、俺に対しては緩和してくれた。
子どもたちがバーベキューの準備をしている間、俺はマクシミリアンと地下で音楽を楽しんだ。
俺の声楽のコレクションを見せると、マクシミリアンが驚いていた。
アヴァンギャルドのスピーカーでパーセルの「聖セシリアの祝日のための頌歌」の声楽部分を鳴らしてやる。
涙を零しそうなほどに感動していた。
「イシガミ! 最高だ!」
「そうか」
純粋な奴だ。
憎むべき者を憎み、愛すべきものを愛す。
一切の躊躇なく、善悪の判断すらない。
信ずる道を真直ぐに進む男だ。
音楽が終わり、マクシミリアンが言った。
「レジーナが奇妙なことを言っていたな」
「ああ」
「お前が1600年前に生きていたと」
「言ってたな」
マクシミリアンが俺を見ていた。
「お前はヤズデギルドについて知っているか?」
「「罪人」と呼ばれた支配者だったな。イスラム教徒のくせに、キリスト教に寛容であったと」
「その通りだ。ただ、バチカンの「真伝」ではレジーナが言ったことと同じことが伝えられている」
「なんだと?」
「悪魔を従えた暴君であったと。表向きはキリスト教を許容する振りをして、実は恐ろしい企みがあったのだと」
「そうなのか」
「レジーナは2000年近く生きている。それ以上かもしれん。あの女は化け物だ」
「そうか」
「歴史の闇で生きて来た」
「そうか」
「だが、幾度か我々に協力したこともある。ヤズデギルドに関してもそうだ。「白い騎士」と共に、キリスト教の敵を倒した。その「白い騎士」がやったことを我々に伝えたのも、レジーナだ」
「ほう」
「そのことが分かるまで、「白い騎士」は我々の敵だった。イスラムの盟友を襲おうとする厄介な男に過ぎなかった」
「……」
「しかし、全てが終わってから分かった。バチカンの恥部として、「真伝」には真実が残されたが、それは歴史の闇に葬られた」
「そうか」
マクシミリアンが俺に頭を下げた。
「狂ったテロリストとして数々の邪魔をし、バチカンの敵であったノスフェラトゥと共にキリスト教徒を守ってくれた。そのことが、我々には耐えられなかったのだ」
「おい、もう終わったことだろう」
マクシミリアンは姿勢を崩さなかった。
「今度は間違えない。バチカンはお前と共に、「カルマ」と戦う」
「分かったよ。頼りにしているからな」
マクシミリアンは微笑んで座った。
「この真面目野郎が!」
俺も笑った。
「なあ、イシガミ」
「あんだよ?」
「あの話、お前の子どもたちも聞いて良かったのか?」
「あ? ああ、あいつらはドイツ語は分かんないよ」
「そうか。でもリュウという女性は、お前が死んだと聞いて驚いていたぞ」
「まあな。柳はちょっとドイツ語を始めているからな。でも会話の全容は理解していない。ただレジーナが俺のことを「schones Tier」と呼んでいたのは分かっただろうな。それが「sterben」だと言ったことは分かったかもしれない」
「大丈夫なのか?」
「詳しいことは分からないから平気だよ」
ハーが食事の準備が出来たと呼びに来た。
「イシガミ、一つだけ教えてくれ」
「なんだ?」
「今、「光の女王」はいるのか?」
「いる」
「分かった。感謝する」
俺たちはウッドデッキに向かった。
石神家式バーベキューは、マクシミリアンに好評だった。
マクシミリアンは俺と一緒のコンロで焼いたが、獣たちの暴れっぷりに大笑いしていた。
「いつもああなんだ。一応言っておくが、俺のせいじゃねぇぞ?」
「ワハハハハハハ!」
俺はマクシミリアンにホタテのバター醤油を作ってやる。
感動していた。
「美味いな、これは!」
「そうだろう」
ロボにもホタテや白身魚を焼いてやる。
唸って喜んでいる。
マクシミリアンにビールでも飲むかと聞いた。
「聖職者は酒は飲まん」
「そうか」
「ワインはあるか?」
「飲まないんじゃないのかよ」
「ワインはイエスの血だ」
「般若湯みたいに言いやがる」
笑って中から「ナパ・ヴァレー」の1997年物を持って来る。
アメリカのワインだが、ボルドーの格付けに劣らない銘品だ。
マクシミリアンに試飲をさせた。
優雅にグラスを回し、香りを確認する。
慣れた仕草だ。
そっと口に含む。
「いいワインだな」
「お前、やけに慣れてるな」
俺は笑い、グラスに注いでやる。
「俺は生まれた時から、シュヴァリエとなるように訓練された」
「不思議に思っていたんだが、どうしてフランス語なんだ?」
「昔、教皇を暗殺から守ったのがフランス人の騎士だったのだ。周囲のほとんどの人間が裏切り、教皇を殺そうとする中で果敢に戦い守り切って死んだ。だから最高位の騎士を「シュヴァリエ」と呼ぶようになった」
「へぇー!」
俺の好きな話だ。
「石神家でもよ! 「剣士」って称号は特別なんだぜ!」
「ああ、興味が無い」
「てめぇ!」
俺はマクシミリアンが焼いて乗せた皿の肉を奪ってやった。
フォークから外れて、ロボの頭に乗る。
「フッシャー!」
俺を睨むので、柳を指差した。
ロボが「真空十文字トルネードキック」を柳に見舞った。
柳が皿と肉をぶちまけながらぶっ飛んだ。
「なんでぇー!」
他の子どもたちが口に肉を咥えたまま見ていた。
すぐにまた争って肉を喰っていた。
「子どもの頃から必死に剣を振るったよ」
「お前、レディがぶっ飛んで何もしねぇのか」
「ああ、大丈夫だろう?」
「まーなー」
マクシミリアンは話し続け、生い立ちのようなものを話した。
「バチカンに身命を捧げる覚悟は出来ている。その高貴は俺の誇りだ」
「そうか」
「だから他の人間を低く見ていた。それが間違いだと気付いた」
「良かったね」
「お前のお陰だ、イシガミ」
「あ?」
「お前は襲った我々を許してくれたばかりか、我々に手を差し伸べてくれた」
「単なる取引だよ。俺たちは味方が欲しいだけだ」
「そうではない。力で我々を従えることも出来たはずだ」
「それじゃ味方じゃないだろう?」
マクシミリアンが驚いていた。
「あの子どもたちな。わけも分からずに突然両親が死んだ。俺に引き取られて、いつの間にか一緒に戦えと言われた。憐れな運命だぜ」
「……」
「でもあいつらは一言も文句を言ったことは無いんだ。ずっと俺のために何でもするって言いやがる。バカ過ぎて泣けてくるぜ。血も涙もねぇ俺だって、ちょっとはあいつらのために何かをしたくなる」
「そうか」
「お前らはもっと足元を見て騙して引き入れたからな。これからせいぜい俺のために動け」
「分かっている」
マクシミリアンが跪いた。
腰のフランベルジュを抜いて俺に柄を向けた。
「バチカンに捧げた剣だが、イシガミに捧げる」
「おい、もう酔ったのか?」
「受け取ってくれ」
「酔っ払いの戯言に付き合ってやる」
俺は柄を握って、マクシミリアンの肩に剣を置いた。
柄を返す。
「今日は楽しかった」
「おい、もっと喰っていけよ」
「十分だ。これ以上は大罪になる」
「そうかよ」
マクシミリアンは颯爽と立ち去り、パニガーレに跨った。
子どもたちも見送りに来る。
振り向いて一礼し、マクシミリアンは去った。
「あ!」
「タカさん、どうしたんです?」
「あいつ! 飲酒運転じゃん!」
「へ?」
飲ませた俺も罪だ。
「まー、ワインは血だからな!」
深く考えるのはやめた。
「お夕飯、どうしましょうか?」
「バーベキューでもやるか? 簡単だしな」
「はーい!」
子どもたちがすぐに準備をする。
「マクシミリアン、お前も喰っていけよ」
「いいのか?」
「もちろんだ」
最初は俺を敵視するような態度だったが、今日一日ですっかり馴染んでくれた。
まあ、俺が「花岡」を出し惜しみなく見せたことや、ハインリヒたちをいじめたのが気に入ったのだろう。
ブルートシュヴェルトに対して、バチカンの優位を示させてもやった。
異教徒に対する差別意識を、俺に対しては緩和してくれた。
子どもたちがバーベキューの準備をしている間、俺はマクシミリアンと地下で音楽を楽しんだ。
俺の声楽のコレクションを見せると、マクシミリアンが驚いていた。
アヴァンギャルドのスピーカーでパーセルの「聖セシリアの祝日のための頌歌」の声楽部分を鳴らしてやる。
涙を零しそうなほどに感動していた。
「イシガミ! 最高だ!」
「そうか」
純粋な奴だ。
憎むべき者を憎み、愛すべきものを愛す。
一切の躊躇なく、善悪の判断すらない。
信ずる道を真直ぐに進む男だ。
音楽が終わり、マクシミリアンが言った。
「レジーナが奇妙なことを言っていたな」
「ああ」
「お前が1600年前に生きていたと」
「言ってたな」
マクシミリアンが俺を見ていた。
「お前はヤズデギルドについて知っているか?」
「「罪人」と呼ばれた支配者だったな。イスラム教徒のくせに、キリスト教に寛容であったと」
「その通りだ。ただ、バチカンの「真伝」ではレジーナが言ったことと同じことが伝えられている」
「なんだと?」
「悪魔を従えた暴君であったと。表向きはキリスト教を許容する振りをして、実は恐ろしい企みがあったのだと」
「そうなのか」
「レジーナは2000年近く生きている。それ以上かもしれん。あの女は化け物だ」
「そうか」
「歴史の闇で生きて来た」
「そうか」
「だが、幾度か我々に協力したこともある。ヤズデギルドに関してもそうだ。「白い騎士」と共に、キリスト教の敵を倒した。その「白い騎士」がやったことを我々に伝えたのも、レジーナだ」
「ほう」
「そのことが分かるまで、「白い騎士」は我々の敵だった。イスラムの盟友を襲おうとする厄介な男に過ぎなかった」
「……」
「しかし、全てが終わってから分かった。バチカンの恥部として、「真伝」には真実が残されたが、それは歴史の闇に葬られた」
「そうか」
マクシミリアンが俺に頭を下げた。
「狂ったテロリストとして数々の邪魔をし、バチカンの敵であったノスフェラトゥと共にキリスト教徒を守ってくれた。そのことが、我々には耐えられなかったのだ」
「おい、もう終わったことだろう」
マクシミリアンは姿勢を崩さなかった。
「今度は間違えない。バチカンはお前と共に、「カルマ」と戦う」
「分かったよ。頼りにしているからな」
マクシミリアンは微笑んで座った。
「この真面目野郎が!」
俺も笑った。
「なあ、イシガミ」
「あんだよ?」
「あの話、お前の子どもたちも聞いて良かったのか?」
「あ? ああ、あいつらはドイツ語は分かんないよ」
「そうか。でもリュウという女性は、お前が死んだと聞いて驚いていたぞ」
「まあな。柳はちょっとドイツ語を始めているからな。でも会話の全容は理解していない。ただレジーナが俺のことを「schones Tier」と呼んでいたのは分かっただろうな。それが「sterben」だと言ったことは分かったかもしれない」
「大丈夫なのか?」
「詳しいことは分からないから平気だよ」
ハーが食事の準備が出来たと呼びに来た。
「イシガミ、一つだけ教えてくれ」
「なんだ?」
「今、「光の女王」はいるのか?」
「いる」
「分かった。感謝する」
俺たちはウッドデッキに向かった。
石神家式バーベキューは、マクシミリアンに好評だった。
マクシミリアンは俺と一緒のコンロで焼いたが、獣たちの暴れっぷりに大笑いしていた。
「いつもああなんだ。一応言っておくが、俺のせいじゃねぇぞ?」
「ワハハハハハハ!」
俺はマクシミリアンにホタテのバター醤油を作ってやる。
感動していた。
「美味いな、これは!」
「そうだろう」
ロボにもホタテや白身魚を焼いてやる。
唸って喜んでいる。
マクシミリアンにビールでも飲むかと聞いた。
「聖職者は酒は飲まん」
「そうか」
「ワインはあるか?」
「飲まないんじゃないのかよ」
「ワインはイエスの血だ」
「般若湯みたいに言いやがる」
笑って中から「ナパ・ヴァレー」の1997年物を持って来る。
アメリカのワインだが、ボルドーの格付けに劣らない銘品だ。
マクシミリアンに試飲をさせた。
優雅にグラスを回し、香りを確認する。
慣れた仕草だ。
そっと口に含む。
「いいワインだな」
「お前、やけに慣れてるな」
俺は笑い、グラスに注いでやる。
「俺は生まれた時から、シュヴァリエとなるように訓練された」
「不思議に思っていたんだが、どうしてフランス語なんだ?」
「昔、教皇を暗殺から守ったのがフランス人の騎士だったのだ。周囲のほとんどの人間が裏切り、教皇を殺そうとする中で果敢に戦い守り切って死んだ。だから最高位の騎士を「シュヴァリエ」と呼ぶようになった」
「へぇー!」
俺の好きな話だ。
「石神家でもよ! 「剣士」って称号は特別なんだぜ!」
「ああ、興味が無い」
「てめぇ!」
俺はマクシミリアンが焼いて乗せた皿の肉を奪ってやった。
フォークから外れて、ロボの頭に乗る。
「フッシャー!」
俺を睨むので、柳を指差した。
ロボが「真空十文字トルネードキック」を柳に見舞った。
柳が皿と肉をぶちまけながらぶっ飛んだ。
「なんでぇー!」
他の子どもたちが口に肉を咥えたまま見ていた。
すぐにまた争って肉を喰っていた。
「子どもの頃から必死に剣を振るったよ」
「お前、レディがぶっ飛んで何もしねぇのか」
「ああ、大丈夫だろう?」
「まーなー」
マクシミリアンは話し続け、生い立ちのようなものを話した。
「バチカンに身命を捧げる覚悟は出来ている。その高貴は俺の誇りだ」
「そうか」
「だから他の人間を低く見ていた。それが間違いだと気付いた」
「良かったね」
「お前のお陰だ、イシガミ」
「あ?」
「お前は襲った我々を許してくれたばかりか、我々に手を差し伸べてくれた」
「単なる取引だよ。俺たちは味方が欲しいだけだ」
「そうではない。力で我々を従えることも出来たはずだ」
「それじゃ味方じゃないだろう?」
マクシミリアンが驚いていた。
「あの子どもたちな。わけも分からずに突然両親が死んだ。俺に引き取られて、いつの間にか一緒に戦えと言われた。憐れな運命だぜ」
「……」
「でもあいつらは一言も文句を言ったことは無いんだ。ずっと俺のために何でもするって言いやがる。バカ過ぎて泣けてくるぜ。血も涙もねぇ俺だって、ちょっとはあいつらのために何かをしたくなる」
「そうか」
「お前らはもっと足元を見て騙して引き入れたからな。これからせいぜい俺のために動け」
「分かっている」
マクシミリアンが跪いた。
腰のフランベルジュを抜いて俺に柄を向けた。
「バチカンに捧げた剣だが、イシガミに捧げる」
「おい、もう酔ったのか?」
「受け取ってくれ」
「酔っ払いの戯言に付き合ってやる」
俺は柄を握って、マクシミリアンの肩に剣を置いた。
柄を返す。
「今日は楽しかった」
「おい、もっと喰っていけよ」
「十分だ。これ以上は大罪になる」
「そうかよ」
マクシミリアンは颯爽と立ち去り、パニガーレに跨った。
子どもたちも見送りに来る。
振り向いて一礼し、マクシミリアンは去った。
「あ!」
「タカさん、どうしたんです?」
「あいつ! 飲酒運転じゃん!」
「へ?」
飲ませた俺も罪だ。
「まー、ワインは血だからな!」
深く考えるのはやめた。
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