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blutschwert Ⅷ

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 俺たちは条件の話し合いをしていた。
 実を言えば、俺はブルートシュヴェルトを欲しかった。
 バチカンが味方になり、EU諸国も俺に協力的になって行く。
 しかし、それは安心して共闘出来る関係ではない。
 だから、バチカンの反対勢力も引き込んで、情報の多重性を確保したかった。

 第一に、絶対服従を誓うこと。
 これは別に奴隷にするわけではない。
 要するに、二度と逆らうなということだ。
 第二に、ブルートシュヴェルトが実権を握る「ローテス・ラント」の権益について。
 現在はロックハート家の下に付いているが、基本的にはその状態のままだ。
 但し、幾つかの資源については、新たに「ローテス・ラント」への供給を始める。
 具体的には石油とウランだ。
 今はアメリカから海路での輸送になっているが、輸送費が高くつく。
 ヨーロッパになるべく安価に供給したい筆頭の品目なので、直接ドイツにクロピョンに運ばせ、そこから「ローテス・ラント」に任せたい。
 卸価格については、ロックハート家の監視下に置く。
 第三に戦力の提供だが、これはあまり期待はしない。
 しかし、「虎」の軍と共に共闘することは確約させる。
 むしろ情報面での協力になるだろう。
 
 話し合いを続けていると、ドアが開いた。

 「レジーナ(女王)!」

 老人たちが一斉に立ち上がる。
 ドア側にいた俺たちも、ただならぬ波動を感じ、立ち上がって振り向いた。
 威厳のある老女がそこにいた。

 「まさか! 目覚められたのですか!」
 「そうだよ。「シューネス・ティア(schones Tier:美獣)」が来たんだからね」

 俺を真直ぐに見詰めていた。

 「久し振りだね、美獣。また戦うんだね」
 「なんだ?」

 「あんたたちも、また一緒なんだね。仲の良いこった」
 
 子どもたちを見て微笑んだ。

 「アキーレ、またあんたは綺麗な子になったね」

 亜紀ちゃんを見て言った。
 
 「?」

 「ルーティアとハーティアもまたいるね。コキーティアはいないのかい?」
 
 今度はルーとハーだ。

 「「?」」

 またドアが開き、巨大な玉座のような椅子が運ばれる。
 老人たちの中心が開けられ、そこにレジーナと呼ばれた老女が座った。
 老人たちはレジーナが腰かけてから、自分たちも座った。
 完璧な心酔をそこに観た。
 
 「1800年ぶりか。美獣はこれまでで一番美しいね」
 
 レジーナは老婆だが、非常に美しい女だった。
 皺はあるが、それが気品となっている。
 服装は現代のものではないが、重厚な最高の仕立てのものだと分かった。
 豪奢な刺繍が全体を覆っている、絢爛なドレスだ。

 「一体、何者だ?」

 俺は正面に座ったレジーナに問う。

 「忘れているのも無理はない。美獣と1600年前に一緒に「カルマ」と戦ったんだよ。そこのアキーレたちと一緒にね」
 「なんだと?」

 俄かには信じられない話だ。
 だが、俺の中でそれが信頼出来る話だという思いが沸き上がっていた。
 同時に警戒する俺もいる。

 「あの時は「カルマ」じゃなかったけどね。ヤズデギルドという名前だった。でも、美獣と一緒に、このブルートシュヴェルトが一緒に戦ったんだ。私はあんたの隣に立って戦ったのさね」
 「信じられねぇな」
 「アザゼルにでも聞けばいい」
 「アザゼルだと!」

 突然に出たアザゼルの名にまた驚いた。

 「そうさね。あの時はアザゼルもやる気になっていた。「光の女王」を守るためにね」
 「……」

 再びドアが開き、紅茶が振る舞われた。
 俺は双子を見て、二人が頷いたので口を付けた。

 「これほどの客人に茶も出さないとは。本当に失礼した、美獣」
 「お前は本当に俺のことを知っているのか?」
 「もちろんだ。ヤズデギルドが多くの人間を殺して悪魔に捧げ、強大な力を身に宿した。東ローマ帝国にいる「光の女王」を殺すためにね。だからお前が戦った」
 「お前はノスフェラトゥだろう。何故俺に味方したんだ?」
 「フフフ。お前に惚れたからさ」
 「……」

 レジーナは俺を見て微笑んだ。
 その顔には、何かを懐かしむものが浮かんでいた。

 「お前は本当に美しかった。今も同じだがな。美しく、そして凶暴で恐ろしく強かった。キリスト教を認め、東方教会を公認したことから、東ローマ帝国はヤズデギルドに重い信を置いていた。しかしその正体を知っていたお前が、仲間と共に戦い、撃ち滅ぼした」
 「……」
 「お前はアザゼルが用意した白い馬に乗っていた。私たちは共に戦場へ行き、ヤズデギルドが召喚した悪魔たちと戦った。激しい乱戦になったが、お前が道をこじ開け、ヤズデギルドに迫って斃した。凄まじい戦いだったな」
 「……」

 「タカさん、何を言ってるんですか!」

 亜紀ちゃんが叫んだ。

 「だが激しい戦いであったため、美獣も深く傷ついた。戦いの後、まもなくして死んだ」

 俺は亜紀ちゃんたちには何も伝えなかった。
 そして話を聞いているうちに、俺の中で何かが反応しているのを感じ始めた。
 レジーナの話を俺の深い所の何かが正しいのだと訴えていた。

 「フフフ、もう昔話も甚だしい。これくらいでいいだろう。信じなくても構わない。ただ、今回も我々が協力することは約束する。年を経て、我らも変わってしまったところもある。1600年も過ぎたのだ。多少の変節は許せ」
 「何を協力すると言うんだ?」
 「持てる全てを。望まれる全てを。我々の全てを使え」
 「また信じられんな」
 「気位が高いのは生まれつきだ」
 
 俺は笑った。

 「何しろ、人間よりも余程優れているのだからな。だが、人間の中には我々を超える者がいることも知っている。そういう者は皆、君臨する王だ。我らは、王に従う」
 「さっき、お前たちの最大戦力を潰して来たところなんだがな」
 「戦い方は一つではない。我らは妖魔とも戦える」
 「あの血の刀ででか?」
 「あれは一部。それに我らは人間よりも遙かに頑丈だ。むざむざと殺されることもない」
 「なるほどな」

 レジーナは微笑んだ。
 老女の容姿だったが、その笑顔は美しかった。

 「それにな、お前との約束がある」
 「約束?」
 「ヤズデギルドはまた復活するとお前は言った」
 「……」
 
 「お前はあの時、何度もあやつと戦って来たと言っておった。だから、お前もまたこの世界に生まれ、再びあやつと戦うのだと言った」
 「そうか」
 「だから、我が生きて居るうちにお前が生まれたのならば、また共に戦って欲しいと言った。我ももちろん約束したのじゃ」
 「分かった。じゃあ、また力を貸せ、レジーナ」
 「ふん、レジーナはこ奴らが呼ぶ名よ。美獣、お前は我を「ルイーサ」と呼べ。それがお前だけの呼び名よ」
 「ならば俺のことは「タカトラ」と呼べ。発音しにくいかもしれんがな」
 「わかった、タカトラ」
 「よろしくな、ルイーサ」

 黙っていたマクシミリアンが硬直していた。

 「どうした?」
 「おい、ブルートシュヴェルトの女王の名を知ってしまったぞ!」
 「なんだよ?」
 「レジーナは恐ろしく長い年月、我々には謎の人物だったんだ! 姿を見ることはおろか、名を知ることも出来なかった」
 「良かったな」
 「イシガミ! これはとんでもないことだぞ!」

 まあ、どうでもいい。
 老人の一人が言った。

 「レジーナはお前たちバチカンなど、どうとも考えてはいなかった。だが、これからイシガミと共に戦うのであれば、バチカンとも協力しよう」
 「お前たちはそれでいいのか!」
 「どうということもない。お前たちを好んではいなかったが、特別な何かがあったわけでもない」
 「なんだと!」
 「お前たちは必死に我らに抗おうとしていた。つまらぬ嫉妬よ」
 「!」

 バチカンとブルートシュヴェルトは犬猿の仲だ。
 最高幹部の老人が他愛無しと言っているが、そうではないことは分かる。
 これから一緒にやって行く上で、「お前たちが嫌いなことは変わらない」と言っているのだ。
 別に構わない。
 どこの軍隊でも反目や軋轢は付き物だ。

 まだ今の段階でブルートシュヴェルトや「ローテス・ラント」の運用は分からない。
 ただ、ルイーサの権力が絶対であることは分かった。
 有能な集団だ。
 組織が硬いのは、優秀であることを示す。
 しかも、千数百年もこの組織は続いて来たのだ。
 
 「さて、じゃあ帰るか!」
 「タカトラ。詫びにもならないが、あなたがたを歓待したい。どうかこのまま残って食事を振る舞わせてもらえないか?」
 「いいよ、また来るさ」
 「そうか。アキーレたちとも話したかったが」
 「ああ、こいつは亜紀、それにルーとハーだ」
 「分かった。覚えておく」
 「それに皇紀という男が同じ兄弟だ。今は日本にいる」
 「やはり一緒だったか。コウキだな。他にも懐かしい奴がいそうだな」
 「どうでもいいさ。俺たちは同窓会をしたいわけじゃねぇ。今の人生を行くだけだ」
 「分かっている。今後は昔話はやめておこう」

 俺はルイーサに近づいた。
 老人たちと護衛が動くが、ルイーサが立ち上がって手で制した。
 俺はルイーサを抱き締める。

 「記憶は無いがな。懐かしい気持ちはあるんだ」
 「嬉しい、美獣」

 ルイーサが俺に身体を預けて来た。
 俺の腰に手を回す。

 「じゃあ、これから宜しくな。一緒に戦おう」
 「どこまでも、タカトラ」

 



 俺たちは部屋を出た。
 双子が剥製を欲しがったが、やめとけと言った。
 ムードってものがあるだろう。
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