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「神殺し」 Ⅴ

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 昼食に野菜カレーを食べ、俺は自分自身でも体調を確認した。
 まだだるさと鈍痛はあるが、手足も普通に動かせる。
 熱が少しあるようだ。
 言うと亜紀ちゃんがうるさいので黙っていた。
 結局全員が野菜カレーを食べていた。
 麗星も夢中で食べている。
 口に合ったらしい。
 
 俺は改めて、今回の「業」の作戦を考えていた。
 昼食の席でみんなに話す。

 「第一段階は、俺たちをおびき出して俺たちの戦力を測ることだろうな」
 「ロシア軍の出撃情報ですね」
 「ああ。当然妖魔とジェヴォーダンの攻撃があるはずだと俺たちに悟らせるためだったんだろうよ。わざと情報をリークさせ、俺たちにちゃんと準備をしたと思い込ませるためだ」
 「でも、「ウラール」が間に合わなければ苦戦してましたね」
 「それも織り込み済みだったのかもしれん。俺たちの本気の防衛戦が見られただろうからな」
 「本当はそう展開するつもりだったと」
 「そうだ。その点については、俺たちが裏を掻いた形かな」
 「ざまぁ!」

 亜紀ちゃんが喜んだ。
 ジェシカの頑張りのお陰だ。

 「でも、あの軍勢の数は完全に予想以上だった。多くの妖魔が来るだろうことは考えていたが、まさか2億6千万とはな」
 「びっくりしましたよね!」
 
 双子も思い返して大変だったと言う。

 「あれって、全戦力じゃないってことですよね?」
 「そうだ。多分、無理をして投入したわけでもないだろう」
 「じゃあ、一体「業」の操る妖魔って、どれほどいるんでしょうか」
 「分からんが、この作戦の最大の目的は、「神」を呼び出して俺に殺させることだった。俺を殺すためにな」
 「はい。でも、それにしても半分も出してないですよね?」
 「その通りだ。最低限でも総数は世界人口を軽く超えるだろうな」
 「え! じゃあ百億とか!」
 「それは最低限の想定だ。兆を超えても不思議じゃねぇ」
 「「「「「「!」」」」」」

 子どもたちと麗星、五平所が驚く。

 「麗星、どう思う?」
 「はい。妖魔の総数に関してはわたくし共も把握はしておりません。ですが、人間の数よりもずっと多いだろうことは予想しておりました」
 「なぜだ?」
 「この世界以外にも存在しているからでございます。妖魔を呼び出すことが出来るというのは、そういうことでございます」
 「なるほどな」

 ハーが手を挙げる。

 「はい、ハーちゃん!」

 ハーがニコニコする。

 「タカさん。今回は《ティターン》を呼び出したけど、それって膨大な妖魔を犠牲にしてのことだよね?」
 「そうだ。そこが今回の最大の教訓だ。俺たちは今まで、「業」は上位妖魔を使うことは出来ないと決めつけていた。しかし、今回の戦闘でそうではないことが分かった」
 「うん!」
 「多分だが、もっと強い奴を呼び出すつもりだったんじゃないかと思う」
 「どうして出来なかったの?」
 「武神「月光狼」だ。あれは「地獄道」に呑み込む。半数近い妖魔が「月光狼」に喰われて消えた。だから生贄として捧げることが出来なかった」
 「なるほど!」

 ルーも手を挙げる。
 
 「はい、ルーちゃん!」

 ニコニコ。

 「じゃあタカさん! 今後も妖魔との大規模な戦闘では、「月光狼」を使うべきだということですかー?」
 「一理あるけどな。でも、今回は恐らくあいつらも準備をしていた」
 「どういうこと?」
 「呼び出すにあたって、何かの儀式か召喚のための道具、またそれ以上に特別な条件が必要なんだと思う。妖魔を呼び出す程度なら分からんが、「神」ほどになれば、絶対に何らかの準備が必要だと俺は思う」
 「どうしてですかー?」
 「もしも安易に呼び出せるものならば、とっくにやっている。今回投入した以上の数を揃えて、自分たちでやればいい」
 「出来る可能性もあるよね?」
 
 俺は笑顔で褒めた。

 「その通りだ。その可能性を常に頭に置いておけ。でもな、俺は特別な条件について考えていた」
 「それは?」
 「敵に殺されることだ。その形が重要なのではないかと思っている」
 「うーん、よく分かりません」
 「「復讐するは我にあり 我これに報いん」。聖書の言葉だ。願いを叶えるために神を呼び出すことは至難の業なんだと思う。しかし、復讐に関しては何かがあると俺は考える。俺たちには想像も出来ないが、「神」にも理がある。それに沿って動くということが、今回の召喚の核だ。魔術も道間家の技も、それに沿っていると俺は考えている」
 
 麗星と五平所が驚いて俺を見ていた。
 麗星が手を挙げた。

 「はい! 愛する麗星ちゃん!」

 麗星がニコニコする。

 「あなたさま! その通りでございます! あの、わたくしたちは妖魔を相手にしておりますが、召喚も使役も、必ず手順がございます」
 「そうだろうな」

 「かつて、人間が神を呼ぼうとした試みがあったようです」
 「なに?」
 「その結果、大陸の全てが瞬時に崩壊し消え去ったと」
 「ムー大陸などの話か?」
 「はい。道間家の長い歴史の中で、妖魔から聞き出した話でございます」
 「ほう」

 麗星は尚も続けた。

 「その妖魔の話では、ある国の王が、大陸の全ての民を生贄として捧げたようでございます」
 「ひでぇな」
 「はい。その国の王が絶対の力を得るために」
 「それで神は降ったのか?」
 「はい。ほんの瞬きをする間の出来事だったようです。それで全ての人間が死に、肉体も残りませんでした。そして大陸は粉々に砕かれ、海中に投げ捨てられたそうです」
 「その王はどうなった?」
 「はい。「神の如き者」になったと」
 「へぇー」
 
 胸糞の悪い話だ。

 「しかし、すぐに他の下級神たちによって滅せられたそうです。人間を嫌う神たちが、自分たちに近い者となった人間を許さなかったようです」
 「ざまぁ!」

 「その後、その者の欠片が新たな妖魔となったそうです」
 「まだ続くのかよ」
 「《大羅天王》の伝でございます」
 「「「「「!」」」」」

 「《大羅天王》は下位の妖魔の吸収を始め、膨大な数を自分のものとしました。再び、「神」を目指しているのです」
 「迷惑な奴だな」

 ルーが手を挙げて、麗星が微笑んだ。

 「はい、ルーさん!」
 「麗星さん、下級神は今度は放っておいたの?」
 「はい。遙かに格下の存在であることで、放置されているのかと」
 「そうなんだー」
 「でも、力は既に下級神の多くを超えて居るでしょう。もしかしたらそういうこともあって、見逃されているのかもしれません」
 「へぇー」

 麗星が俺を見ていた。

 「わたくしからも、一つお尋ねしてよろしいでしょうか?」
 「なんだ?」
 「下級神とはいえ、「神」の呪いを祓うことは出来ません」
 「ああ、その話か」
 「ロボさんは一瞬でございました」
 「ああ」
 「それは人間に下級神が降すのと同じように、ロボさんが下級神よりも遙かに上の存在であることを示しているように思われます」
 「そうか」

 「あなたさまは、何か御存知のことがおありでしょうか?」
 「ああ」

 麗星の疑問はもっともだ。
 先ほどは誤魔化したが、俺は話しておくことにした。

 「実はな、「大銀河連合」というものがあるんだ。正式な名称は知らないけどな。とにかく俺たちはそういう名称で呼んでいる」
 「はい?」
 「何でも膨大な数の銀河の生命体が集まっているものらしいよ。まあ、今は大分衰退して、マザーコンピューターが統治している集団なんだけどな」
 「はい?」
 「そいつらが言うには、ロボはこの宇宙で最強らしいよ。過去に何度も大破壊をして、一度は半分が消え去ったんだと」
 「はい?」
 「今は小さな身体になってるんだけどな。ああ、クロピョンを生み出したのも、ロボらしいぞ?」
 「はい?」
 「まあ信じがたい話だが、京大を出たお前ならば理解出来るだろう」
 「はい!」

 麗星がニコニコしていた。




 俺たちは帰ることにした。
 麗星も五平所も必死に止めて来たが、俺もやるべきことがあり、寝ていられない。
 
 帰る前に、天狼に会おうと思った。
 麗星に案内され、天狼がいる部屋へ向かった。
 大勢で動くのはこの家では憚れるので、俺だけだった。
 
 廊下の先に、ハイファが待っていた。
 平伏している。

 「まさか、本当に「神殺し」の呪いを解いたのでございますね」
 「なんとかな」
 「御無礼を働いたわたくしのことは、如何様にも」
 「良い。お前が道間家のことを考えて行動していることは分かっている」
 「ありがとう存じます。しかし、またアレが動いたのですね」
 
 ロボのことだろう。
 
 「アレは何者も動かすことは出来ません。すべてアレの意志のみでございます」
 「そうか」
 「わたくしにも、アレのことはよく分かりません。しかし、あなたさまを慕っているように見えます」
 「おう! 俺とロボは仲良しだからな!」

 ハイファが少し笑ったように見えた。
 人間の笑いではなかったが。

 「あなたさまも、もちろん上位の存在です。しかし、この世界に受肉した限りは、この世界での命は「神殺し」の呪いには逆らえませぬ」
 「そうだろうな」
 
 言っている意味はよく分からないが、奇跡が起きたのは分かる。

 「ハイファ」
 「はい」
 「お前はクロピョンたちよりも上の存在なのか?」

 ハイファは笑顔のまま、何も答えなかった。

 「まあいい。天狼に会わせてくれ」
 「かしこまりました」

 部屋に入ると、起きていた天狼が俺に手を伸ばした。
 俺は抱きかかえ、頬にキスをする。

 「天狼が喜んでいます」
 「そうだな」

 しばらく天狼をあやし、俺は帰ることにした。
 「タイガー・ファング」に乗り込み、麗星、五平所と共に、ハイファも見送りに来た。
 ロボをじっと見ている。
 ハイファが何か呟いたようだが、俺には聞こえなかった。

 「世話になったな」
 「いいえ、いつなりとも、お越しをお待ちしております」

 


 俺は久し振りに家に戻った。
 俺が高熱を発していることに亜紀ちゃんが気付き、物凄く怒られた上で寝かされた。
 週末まで病院に行くことが出来ず、長い夏休みになってしまった。
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