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挿話: Miracle Egg Cooking

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 「静江様、この卵は?」

 私は敬愛する静江に呼ばれ、巨大な卵を見せられた。
 これまで料理人として多くの卵を見て来たが、そのどれとも違う。

 「石神さんが送って下さったの。一応、鶏の卵だそうよ?」
 「これがですか!」

 高さ36センチ、直径も25センチはある。
 静江様に断り、籠に入れられた卵の一つを手に取る。
 重い。
 10キロ以上ありそうだ。
 
 「これは一体……」

 静江様がニッコリと笑われた。

 「石神さんのお宅ではよく召し上がっているそうなの。とても美味しいものだからと、うちへも送って下さったのです」
 「さようでございますか」
 「鶏の卵と同じ調理でいいそうですが、ロドリゲスならばきっともっと美味しいものを作ってくれるだろうと」
 「はい!」
 「12個ほどありますから。遊ぶつもりでやってみて下さい」
 「かしこまりました!」

 ミスター・イシガミのメモがあり、まず殻を割るのに苦労するとのこと。
 あのお子さんたちは簡単に割れるそうだが、ハンマーとチゼル(鑿)が必要とのことだった。
 ソウ(のこぎり)でも良いが、削りカスが食材と混ざらないように注意と。
 ミス・ルーとミス・ハーの可愛らしい双子が、この卵を産んだ鶏と一緒の写真もあった。

 「……」

 体長2メートル以上ありそうだった。
 鶏がお二人の肩を羽で覆っている。
 お二人が笑っており、仲が良さそうに見える。
 とにかく、大きさはともかく、確かに鶏のようだ。

 厨房へ持ち込むと、他のシェフが驚いて集まって来る。
 静江様に言われたことをみんなに話し、我々でこの卵を使った最高の料理を作るのだと言った。
 イシガミ・ファミリーからの贈り物だと聞き、全員がやる気になった。
 まあ、私もそうだ。

 厨房に工具は無いため、肉叩きのミートハンマーで叩いてみた。
 全然割れない。
 誰かが、執事長に工具を借りてこようかと言っていた。
 しかし、清潔を保つべき厨房で、屋敷で使っている工具は用いたくない。
 何とか、一番力の強い者がミートハンマーで殻を壊した。
 一度壊れると、後は面白いように割れた。
 上に空いた穴から中を覗く。

 「本当に卵ですね!」

 そっと鍋に注いでみた。
 ミスター・イシガミのメモには衛生管理をきちんとしているので、生食も可能だと書いてあった。
 私はそっとスプーンで白みを掬って口に入れた。

 「美味いぞ!」

 普通は白身は味がしない。
 しかし、この卵に関して言えば、濃厚な旨味を感じた。
 数人のシェフ長もスプーンで食べてみて、驚いていた。
 その後で、私は黄身の方も口に入れてみた。
 黄身が破れて鍋の中に拡がる。

 「何もいらない!」

 私は思わず叫んでいた。
 すでに完璧な食材だった。
 何も手を掛ける必要はない。
 このまま食べれば良い。
 濃厚な旨味と仄かな甘み。
 口の中を幸せで満たしてくれる味だった。
 他のシェフ長たちも同じ意見だった。
 卵をメインとする料理は限られている。
 これほどの素材に、一体どのように手を加えれば良いのか。
 
 そういえば思い出した。
 以前にミスター・イシガミが「ミドウ・エッグ」を持って来てくれ、そのままライスにソイソースと一緒に混ぜて掛けて食べていた。
 ミス・ハーが私にも一口食べさせてくれた、あの驚きの美味しさだ。

 静江様に報告した。

 「あのミラクル・エッグは調理の必要はありません。以前にミスター・イシガミがやられていたように、生のままソイソースで召し上がるのが宜しいかと」
 「オホホホホ! ロドリゲス、あなたでも降参することがあるのですね」
 「なんですと!」
 
 静江様は笑っていらした。

 「それは「タマゴ掛けご飯」というもので、昔から日本人に愛されている食事です。ですが、石神さんは、ロドリゲスならばきっと美味しい物を創り出してくれると仰っていたのですよ」
 「!」
 「さて、ロドリゲス。あなたはそれでも、今話した食事を勧めますか?」
 
 「いいえ! 必ずやこのミラクル・エッグを送って下さったミスター・イシガミの期待に沿えるように頑張ります!」
 「ええ、宜しくお願いします」




 それからというもの、私はこの「ミラクル・エッグ」にかかりきりになった。
 茹でてどのように変化するのか。
 焼いてみてどうなるのか。
 各種調味料との組み合わせ。
 卵料理で使ってみた場合。

 結果的には、最初に感じた「このままの味」が最も優れているというものだった。
 加熱すれば、この「ミラクル・エッグ」の良さが少しずつ喪われてしまう。
 最も良かったのが、ギリギリ加熱を抑えたスクランブルエッグだった。
 卵が凝固する最低限の加熱で仕上げた場合だった。
 私は絶望した。

 思い余って、ミスター・イシガミに連絡してしまった。

 「ああ、ロドリゲスか!」

 電話の向こうで、ミスター・イシガミは私の声が聴けて嬉しいと言ってくれた。
 本当に優しい方だ。
 私は正直に送って頂いた卵の料理法で行き詰っていることを話した。

 「やっぱりそうかぁ。いや、うちでもいろいろ試してみたんだけどさ。どの卵料理でも一段と美味しいんだけど、どうにも生で食べるのが最高なんだよな。そうか、ロドリゲスのような一流の人がいろいろ試してくれて、その結論か! ありがとうな! 手間を掛けさせた」

 多分、ミスター・イシガミは私に気を遣ってくれているのだろう。
 私の立場を慮って、優しい言葉を掛けてくれた。

 「いいえ、ミスター・イシガミ。私はどうしても、生食以上のものを作りたい。折角あんなにも美味しい「ミラクル・エッグ」を送ってくれたお礼に、どうしても作りたいんです」
 「そうかぁ」
 「加熱しないで調理出来れば、それが可能だとは思うんです」
 「うーん、それならば、タンパク質の凝固ということだよな。90%以上のアルコールで、タンパク質は凝固するんだ。アルコールの成分のヒドロキシ基がタンパク質の極性部分との間に、水素原子を取り込むんだよ。そうするとタンパク質が変性するんだ」
 「そうなのですか!」
 
 難しい話をミスター・イシガミはしてくれ、理解は出来なかったがとにかく高濃度のアルコールを用意すればいいらしい。

 「蒸留すると、酒の風味は抜けていく。だから、ほんのりと香り付けをするつもりでやるといいと思うぞ」
 「ありがとうございます!」

 また俺は調理法の研鑽に入った。
 ミスター・イシガミのアドバイスが、私に新たな道を見せてくれた。




 「静江様、どうかこちらを召し上がって頂きたく」

 私は食材を乗せたワゴンを押して、静江様に試食をお願いした。
 
 「ロドリゲス! ついに完成したのですね!」
 「それはこれからご判断頂きたく。では、用意いたします」

 あらかじめ薄く焼いた「ミラクル・エッグ」の白身。
 塩気の薄い生ハム。
 そしてガラスのボウルに入った「ミラクル・エッグ」の黄身。
 静江様の目の前で、ボウルの「ミラクル・エッグ」の黄身をかき混ぜ、そこに95%のスピリタスを注いだ。
 みるみる黄身が固まって行き、スクランブルエッグになっていく。
 すぐに白身の上に塗り込み、生ハムを挟み、もう一枚の白身を乗せた。
 その上からバルサミコソースで細い線引きをした。

 静江様が興奮して見ておられた。
 無言で私が差し出した皿の料理にナイフを入れ、優雅な動作でフォークで口に持って行かれた。

 「お見事です、ロドリゲス! あなたはやはり、最高の料理人です!」

 静江様が満面の笑みで仰ってくれた。

 「ありがとうございます」

 私は正直に、ミスター・イシガミに相談し、アルコールによるタンパク質の凝固のことを教えて頂いたことを話した。

 「そうですか。でも、ここまでの料理に仕上げたのはロドリゲス、あなたなのです。私は誇りに思います」
 「ありがとうございます」

 黄身の濃厚な美味さと白身のあっさりとした美味さ、それに生ハムの薄い塩気が合うように調整した。
 そして口に入れると鼻を抜ける、スピリタスの僅かな芳香。
 それは私が苦労して辿り着いたものではあったが。

 「それでは、早速今晩の夕食にお願いします。アルにも是非食べさせてあげたい」
 
 私は困った。

 「ロドリゲス、どうかしたのですか?」
 「実はですね……」

 私は研究のために、ミスター・イシガミに送って頂いた「ミラクル・エッグ」をすべて使ってしまったことをお話しした。

 「申し訳ありません。これが最後でした」

 静江様が大笑いされた。

 「良いのです、ロドリゲス。それではまた石神さんにお願いして送って頂きましょう。そして、今度うちへいらしていただいた時に、是非召し上がっていただきたいと言いましょう」

 「ありがとうございます」

 私は最高の喜びと共に、シズエ様の御部屋を辞した。
 また御送り下さったら、もっと美味しい物を考えてみよう。
 楽しみだった。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 「おい、ハー!」
 「なーに、タカさん?」

 「ロドリゲスがコッコの卵ですげぇ美味い料理を作ったらしいぞ」
 「ほんと!」

 俺はロドリゲスが必死になって研究してくれたんだと話した。

 「やっぱ、凄い人だよね!」
 「そうだよなぁ。これでやっと、違う喰い方が出来るな!」
 「狙い通りだったね!」
 「「ワハハハハハハハ!」」

 タマゴ掛けご飯が一番美味かったが、そうすると御堂家の卵が物足りなくなって困った。
 コッコたちで「親子丼」を作ろうと言ったら、ルーとハーにマジで攻撃された。
 ダメ元でロックハート家に送ってみたのだが、大当たりだった。





 ルーも呼んで、三人で裸で「美味しいたまごダンス」を踊った。
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