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挿話: 石神家 明治秘史「旅順にて」

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 「おい、長虎。また陸軍からの依頼だぜ」

 虎蔵が手紙を持って来た。
 前にバテレンの「ミディアン騎士団」を全滅させたことで、度々頼りにされることがあった。

 「またかよ。鍛錬の邪魔だって言ってんのになぁ」
 「しょうがねぇよ。今度はロシアらしいぜ」
 「ロシア! 遠いじゃねぇか!」
 「いや、戦場は旅順だって。そこにとんでもない化け物がいるらしい」
 「そんなの、大砲でぶっ飛ばせよ」
 「ダメなんだとよ。銃砲は効かない。俺たちの出番らしいぜ」
 「めんどくせぇな」

 今は日露戦争の真っ最中だ。
 俺たちには関係ないので、いつも通り毎日稽古をしている。
 政府とは通じ合っているので、石神家からの徴兵は無い。
 それなのに、この依頼だ。

 「仕方ねぇな。とっととぶっ潰して帰っぞ!」
 「おう!」

 俺は虎蔵を含めた剣士8名で出発した。





 日本からは海軍の船で大陸に渡り、そこから陸軍の軍用車で長く走った。
 現場で直接化け物を見たという志藤少尉が、俺たちに説明した。

 「「六腕」と我々は呼んでいます」
 「聞いたことねぇな」
 「元々ロシアの化け物らしいんですが、妖術師が呼んだらしく」
 「そうなのかよ」
 
 西洋は召喚術が盛んらしい。
 前に来た「ミディアン騎士団」も、妖魔を呼んでいた。

 「「六腕」はその名の通りに、腕が6本ありまして」
 「なるほどね」
 「その全ての腕に剣を握っており、目にも止まらない速さで斬りかかって来ます」
 「銃は効かないんだよな?」
 「はい。我々はもう逃げるしかなく。これまでに数十人の兵隊が殺されています」
 「そっか」

 興味は無い。

 「近づけば斬られますが、離れていれば攻撃されません」
 「なんでだ?」
 「敵対した場合だけなんです。ですがあそこを攻略しなければ、旅順港は落とせません」
 「分かってるよ」

 旅順には、ロシアの艦隊が係留している。
 戦おうにもあいつらは港から出て来ない。
 海軍は閉塞作戦で、港口に大型船を沈めて逆に閉じ込めようとしたが、成功しなかった。
 これから来るバルチック艦隊との決戦で、旅順の軍艦は悩みの種だった。
 そこで陸軍が港の上の丘から砲撃で軍艦を沈めることになった。
 その攻略戦が、妖魔によって滞っている。

 今旅順攻略を担っているのは、乃木将軍率いる陸軍第三軍。
 多大な犠牲を払いながら、総突撃を繰り返している。
 普通の人間には出来ないことだ。
 まあ、力を貸してやるか。




 俺たちはようやく二〇三高地に着いた。
 死臭が漂っている。
 どれほどの兵が死んだことか。

 丘の上には、ロシア軍のトーチカがある。
 そこから機銃で登って来た兵を撃ち殺しているのだ。
 しかし、やるしかない。
 機銃の弾が尽きるまで総突撃を繰り返すしかないのだ。
 死の戦場だ。

 「長虎、じゃあ行くか!」
 「おう!」

 俺たちは「六腕」のいる方向へ進んだ。
 志藤少尉も数人の部下を連れて一緒に来た。

 「お前らは別にいらないぜ?」
 「いいえ。死んで行った仲間のために、「六腕」が斃されるのをこの目で見たいと思います」
 「まあ、いいけどよ」
 「それに、広い場所なので案内もいるかと」
 「あ、そっちは大丈夫だぜ。「妖探盤」を持って来たからさ」
 「ようたんばん?」
 「そうだよ。妖魔を見つける道具だ。百家からいい加減に返せってせっつかれてるんだけどなぁ」
 「はい?」

 俺は笑って、遅れるなと言った。

 案の定、俺たちが走り出すともう遅れる。
 上からは時々機銃で狙われた。
 誰かが「雷電」をぶちかまして黙らせた。
 トーチカの中でロシア兵は黒焦げになっているだろう。
 その後で、爆発音がした。
 ああ、弾薬が破裂したか。
 トーチカの窓から火炎が噴き出していた。

 2時間も走ると、10尺もありそうなでかい化け物がいた。
 もうこちらを向いている。

 「あいつか?」
 「は、はい」

 志藤少尉が息を切らせながらうなずいた。

 《ほう、剣士か》
 
 「六腕」が楽しそうに笑っていた。
 聞いた通りに、六本の腕にでかい直刀剣を握っている。
 腕はどれも太く、重いはずの剣を軽々と構えていた。

 《それでは尋常に立ち会おうではないか》

 日本語で話しているのかと思ったが、頭の中で声が響いていた。
 外国の妖魔で、時々こういう奴がいる。
 そして、そういうのは大抵強い。

 《どれ、誰から来る?》

 俺たちは一斉に襲った。

 《おい! 待て! お前たち一人ずつ正々堂々と……》

 「うるせぇ! 化け物がぁ!」
 「てめぇ! 六本も握ってるくせに偉そうに言うなぁ!」
 「俺たちゃ、てめぇをぶっ殺しに来たんだぁ!」
 「何が正々堂々だぁ! このクサレモンがぁ!」

 《俺の手は六本だ! お前ら八人で恥ずかしくないのか!》
 
 「あー、全然」
 「何言ってんだ?」
 「ばぁーか!」

 流石に「六腕」は強かった。
 凄い速さで剣を振るい、俺たちの攻撃を凌いでいる。

 「ちょっと生意気だな、こいつ!」
 
 《フフフ、では我の本気の力を見せてやろう》

 「連山!」

 俺が奥義を出した。
 高速の突きが六椀に向かう。

 《おい! 俺の技を見ろ!》

 「連山!」

 「六腕」の腕が一本切り離された。

 「「「「「「「「ギャハハハハハハハハ!」」」」」」」」

 「「「連山!」」」

 三人が奥義を出す。
 また三本の腕が飛び、残り二本となった。

 《分かった! これでお前たちと同じ数だ! いざ尋常に……》

 「「「「連山!」」」」

 「六腕」が切り刻まれた。

 《ひ、卑怯な!》

 「「「「「「「「ギャハハハハハハハハ!」」」」」」」」
 
 「六腕」が飛び散り、腐臭を放つ肉塊と臓物は、やがて灰になって消えた。

 「おし! 完了だ!」
 「じゃあ、帰っぞ!」

 「……」

 志藤少尉が俺たちを見ていた。

 「おい、終わったぜ?」
 「はい」

 帰りはゆっくりと歩いて帰った。
 志藤少尉たちが疲労困憊だったからだ。

 「あの」
 「あんだ?」
 「随分と呆気なく」
 「そうか?」

 志藤少尉が何か言いたげだった。

 「最初くらい、手合わせしても良かったのでは?」
 「なんで?」
 「いえ、あの、あちらは武士道に則っていたようにも見えましたので」
 
 虎蔵が志藤少尉の胸倉を掴んだ。
 そのまま地面に投げる。

 「おい、兵隊!」
 「は、はい!」
 「俺たちはガキのママゴトで来たんじゃねぇ! 何が武士道だぁ!」
 「すみませんでした!」
 
 俺が笑って手を出して立ち上がらせる。

 「お前たちはあの丘を攻略する。俺たちは化け物をぶっ殺す。それでいいじゃねぇか」
 「はい、申し訳ありません」
 「そのためにはよ、何でもするんだよ。頑張りましたがダメでした、じゃ済まねぇんだ」
 「はい!」
 
 志藤少尉が俺を見ていた。

 「多くの兵隊さんが死んだな。すげぇ戦場だ、感動したぜ。だから、必ずロ助をぶっ殺せよな」
 「はい! 必ず!」



 


 その後、ばかでかい大砲を持ち出して二〇三高地は陥落したらしい。
 わざわざ、帰る途中の俺たちに、志藤少尉がそう知らせてくれた。

 《一部のトーチカが沈黙し、作戦は大いに捗りました。感謝を》

 誰かが撃った「雷電」での爆発だろう。
 俺たちは大笑いした。
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