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スージー・マーフィ Ⅲ

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 夕飯の後で、スージーを風呂に案内した。
 日本の「風呂」の存在はスージーも聖のアパートメントで知ってはいたが、やはり向こうのバスタブとは違う。
 亜紀ちゃんに使い方を教わり、俺はラフマニノフのピアノ・コンチェルトと日本の夜景の映像を流してやった。
 スージーは30分ほども入っていた。

 「石神さん! 素敵ですね!」
 「そうか、気に入ってくれて良かったよ」
 
 スージーはゆったりとした室内着に着替えており、リラックスしていた。
 俺たちも順番に風呂に入り、俺と亜紀ちゃんで酒の用意をした。

 「スージーは何が飲みたい?」
 「ワインでもいいですか?」
 「もちろんだ」
 「シャンパンはあります?」
 「ああ、聖からシャンパンが好きだって聞いてたからな。クリュッグの《クロ・ダンボネ》を冷やしているけど」
 「最高です!」

 亜紀ちゃんも飲みたがったが、若い人間には贅沢だ。
 俺も一杯だけ付き合い、あとはスージーに飲んでもらう。

 スージーのためにキャビアの缶を5つ開けた。
 ナスの唐辛子炒め。
 サーモンのマリネ。
 里芋の煮もの。
 シシトウ炒め。
 冷奴。
 カプレーゼ。
 そして獣用唐揚げとたこ焼き大量。
 
 俺と亜紀ちゃんはワイルドターキーを飲み、柳はキリン・クラシック、皇紀と双子は冷えたミルクセーキを飲んだ。
 俺は現在の配置をスージーに話した。
 スージーには俺たちの機密事項も明かして話す。
 全面的に信頼し、防衛計画の不備を検討してもらった。

 「その、「妖魔(goblin)」というものの概念がよく分からないのですが」
 「そうか。じゃあ実際に観てもらうかー」
 「はい?」

 みんなで外の双子の花壇に移動した。

 「タマ!」
 「なんだ、主」

 突然、着物姿の美しい女性が俺の前に現われる。
 
 「タヌ吉!」

 建物の向こうから、やはり着物姿のタヌ吉が小走りにやって来て、俺の腕を絡めた。

 「イリス!」

 高空からペガサスが降りて来て、目の前でレースのドレス姿の美女に変わる。
 スージーの両脇に双子がいて、両手をそれぞれ握っている。
 ショックを軽減しているのだろう。

 「石神さん!」
 「この三人に主に今回の防衛を頼んでいる。ああ、大阪はタヌ吉の娘だけどな」
 「主様の娘ですね!」

 タヌ吉が嬉しそうに言う。

 「タマは六花たちを、タヌ吉は蓮花研究所を、イリスには御堂家を。他にも響子にはレイ、早乙女にモハメド、御堂にはアザゼルが付いている」

 俺はタマに言い、それぞれの能力をスージーに伝えさせた。
 脳に直接イメージを流す。
 スージーが失神しそうになった。

 「よし! じゃあまた戻ってくれ! 頼むな!」

 三人の妖魔が俺に挨拶して帰った。

 「大丈夫か?」
 「いいえ。あの、戦場の常識が崩れました」
 「まあなー。クロピョン!」

 花壇から黒い蛇のような触手が出て来る。
 スージーがその波動に怯え、身体が硬直した。
 俺は近づいて触手の先端を手に取って握手する。

 「いつもありがとうな。スージーにお前を見せたかったんだ。今後も頼むな!」
 
 クロピョンが「〇」を描いて地面に消えた。
 その直後、庭の隅で何かが飛び出した。
 みんなで行ってみる。
 緑色の30センチほどの球体だった。

 「グリーン・カルセドニーか。スージーの瞳の色だな。はい」
 
 渡すと、スージーがよろけた。 

 「石神さん! これって!」
 「ああ、挨拶のプレゼントじゃねぇの?」
 「困りますよ!」
 「断ると、えらいことになると思うぞ?」
 「そうなんですか!」

 そんなこともないだろうが。

 「私が貰っていいのでしょうか?」
 「おう!」

 みんなで中に入った。




 「これでスージーも妖魔のことは分かったな!」
 「まあ、そうですね。もう、私なんかいらないんじゃないかと」
 「そんなこと言うなよ! 頼むよー!」
 「はぁ」

 スージーはしばらく考えていた。

 「石神さん、今の防衛力を敵がある程度知っていると思いますか?」
 「分からん。相手が「業」であればそれもあり得るけどな」
 「石神さんは別な相手だと?」
 「ああ。俺の勘でしかないけどな。「業」であれば、最初から自分の開発中の力をぶつけてくる。運用実験も兼ねてだ。まだあいつも発展途上だ。いろいろ試したいだろうよ」
 「なるほど。それでは別な勢力だと?」
 「そうだ」
 
 スージーはまた考え込んだ。

 「しつこいようですが、その根拠のようなものはありますか?」
 「人間臭いんだよ」
 「え?」

 「ルー、お前は実際に襲われたんだ。どう思う?」
 「はい! 犠牲者がいませんでした!」
 「ハーは?」
 「同じです! 「業」の攻撃であれば、必ず死傷者が大量に出ます!」
 「だそうだ」

 スージーが驚いていた。
 
 「テロリストは敵国の人間を殺すことを厭わない。でも、今回の標的は俺たちだ。だから、ルーとハー、それにその仲間を殺傷しようとした攻撃になっていた。まあ、周囲の人間も巻き込むものだったが、それはあくまでも標的を確実に殺すためだ」
 「なるほど……」
 「「業」はそのようには考えない。俺たちの巻き添えで死ぬ人間を考えながら展開する。だから俺は今回の襲撃は人間が考えたものだと思うんだよ」

 スージーをリラックスさせるために、俺はシャンパンとキャビアを勧めた。
 スージーが笑って口にし、その美味さに唸る。
 頭を使う人間は、リラックスしなければならない。
 戦場の作戦指揮官は、トンパチの阿鼻叫喚の中でも頭をクールにし、リラックスしている必要がある。
 人間の脳は、そのように出来ている。
 それは兵士も同じだ。
 俺や聖のように、直接敵と交戦するような人間も、リラックスしてどんな状況にも対応出来なければ死ぬ。
 スージーが口を開いた。

 「爆発物での攻撃はまたあると思います」
 「そうか」
 「はい。それは、敵がボマーであることを我々に固定させるためです」
 「なるほどな」
 「その上で、我々が攻撃を凌いだところを、別な手段で攻撃して来る可能性が」
 「分かった。注意しよう」
 
 ルーがスージーに尋ねた。

 「スージーさん、それはどのような攻撃だと思いますか?」
 「分からない。でも、想像も出来ない攻撃と思っておくべきね」
 
 柳も言う。

 「そんな、じゃあどうやって防げば……」
 「それは考えても無駄。戦場では常にそういうものよ」
 「……」

 俺が言った。

 「スージー、核攻撃の可能性は?」
 「「「「「!」」」」」

 スージー以外の全員が驚く。

 「無いとは言えませんね。でも、その可能性は低いと思います」
 「どうしてだ」
 「使うのならば、初撃でやったでしょう。検討はしましたが、やはり可能性は低いかと」
 「なるほどな」

 スージーがあらゆる可能性を想定していることが全員に分かった。

 「化学兵器はどうだ?」

 スージーが俺を見る。

 「その可能性は十分にあるかと。妖魔の情報が敵にあるかどうかは不明ですが、毒ガスを使うことは効果的かと」
 「「「「「!」」」」」
 「石神さんもやはり、それを?」
 「ああ。相手が嫌がることをやるのが戦争だからな」
 
 「でもタカさん! そうすると被害が拡大して、さっきの話と矛盾するんじゃ?」
 
 亜紀ちゃんが言う。

 「そうだ。だから多分、限定的に使われると思う。室内ということだな」
 「それじゃ、怪しいものが無いか調べて置けば」
 「そうだけど、それも固定するな。部屋に投げ込まれる可能性だってある」
 「ミサイル攻撃もですよね?」
 「そうだな。今はドローンなどもあるしな」
 「タカさん! あの爆破はやけに離れた場所で遠隔操作されてました!」
 「ああ、そのことも気になってるんだ。相手がどこまで手を拡げて来るのか分からない。俺は限定的と言ったが、それに拘るな。広範囲を想定されると、俺たちは負けるぞ」
 「「「「「はい!」」」」」

 スージーは化学兵器に関しても博学だった。
 主な毒ガスや毒物の種類や特徴、その運用法などを講義してくれる。
 室内に仕掛ける方法も、ミサイルや場合によっては銃弾で撃ち込むもの、またドローンでの散布などもある。
 空気中に散布されてしまえば、余程の準備がなければ危ない。
 



 俺たちはその対抗手段を話し合った。
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