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石神家当主とは

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 皇紀に「虎温泉」を用意させようとしたが、既に準備されていた。
 俺が帰ったら入りたがると思っていたらしい。

 俺は虎白さんたちを連れて行った。
 もちろん酒も持って行く。
 つまみは漬物だけだ。

 みんなで飲みながら風呂に入った。
 
 俺ほどではなかったが、虎白さんたちも、結構身体に傷が多かった。
 鍛錬の中で付いたものも多いだろうが、恐らくは実戦での傷もある。
 見れば分かった。
 実戦の無い鍛錬など無意味だ。

 「そう言えば、俺が子どもの頃に一度石神家に世話になりましたよね?」
 「ああ、孝子さんと一緒に来た時のことか?」
 「はい。うちがあんまり貧乏だったんで、とにかく飯が食えるとこでって」
 「アハハハハハ!」

 虎白さんが笑った。

 「あの時、虎白さんたち、いませんでしたよね?」
 「あれは分家だよ。虎影が俺たちに頼んで来たんだ。石神の家は見せないで、とにかくしばらく食わせてやってくれってな」
 「そうだったんですか」
 「実はな、虎影が狙われててよ」
 「誰にですか!」
 「ちょっと揉めてた宗教団体があったんだよ。そこの連中とカタを付けるために、お前たちを離したんだ」
 「え!」
 「俺たちもちょっと手伝ったけどな。でも、孝子さんはあんまし石神家のことは知らなかったし、ましてやお前はまだガキだった。だから分家に預けて、普通の家ってことでな」
 「でも随分と金持ちでしたよね?」

 「石神家は金は余ってんだよ」
 「先祖代々結構な仕事をしてたからな」
 「幾らあんだっけ?」
 「知らねぇ。毎年100億くらいか?」
 「げぇ!」

 俺は驚いた。

 「虎影が死んでよ。お前が苦労してんじゃねぇかって連絡しようとしたらさ」
 「どっかに消えちまって。焦ったぜ」
 「やっと掴んだら、お前、外国の戦場に行ってたんだよな?」
 「まあ、石神だと思ったぜ」
 
 「そんな! じゃあ、俺の苦労は!」

 「ワハハハハハ! 俺らに頼れば良かったのにな!」
 「しょうがねぇよ。石神だもの」

 みんなが大笑いしていた。

 「だってさ! 親父は石神家とは縁を切ったって言ってたし! 弟に家を押し付けて来たからって」
 「ばーか! だったら何で孝子さんたちを預けたんだよ」
 「そうだったぁー!」

 また虎白さんたちが大笑いした。
 俺も笑うしかなかった。

 


 「あの、同田貫は俺がへし折ったんです」

 俺は子どもの頃に悪戯でやったことを話した。
 話さなければならないと思った。
 
 「別にいいよ。石神家の当主が持ってることになってただけで、大したものでもないからな」
 「でも!」
 「当主は名前だって言っただろ? それだけだよ。家宝なんて虎影は言ってたようだけど、そういうものでもない。徳川に仕えてはいたけど、本当の意味で下だったわけじゃない。まあ、何となく当主が代々持ってただけだ」
 「それでも大事なものだったんじゃ……」
 「まあ、そう言えばそうだけどな」
 
 俺は思い切って言ってみた。

 「ガキの頃に、親父が同田貫を振るうのが好きで。ずっと見てたんですよ」
 「そうか」
 「カッコ良かった! それに美しかった! 手入れをしている時にもいつも傍で見てて。そして親父が言ったんですよ」
 「何を?」

 「これはいずれ俺にやるって」

 虎白さんが微笑んだ。

 「そうか」
 「はい。あれって」
 「そうだったんだろうな。虎影も高虎を当主にしたかったんだよ」
 「でも、虎白さんの話じゃ親父は俺には……」

 「まあ、そこは俺にもよくは分からないけどな。でも、虎影の兄貴もお前の「虎相」には気付いていたはずだ。当主になることは見えてたんじゃねぇのかな」
 「そうですか」
 「それに、夢中で見ているお前だったからな。石神の血が流れていることは嫌と言うほどに分かってたろうよ」
 「そうですね」

 皇紀が食事の用意が出来たと知らせに来た。
 みんなで風呂から上がった。
 俺の浴衣を全員に貸した。
 



 夕飯はバーベキューだった。
 亜紀ちゃんがやる気だった。

 「うちでは銘々に好きな物を焼いて食べるんですよ」
 「そうか」
 「ただ、子どもたちが食い意地が張ってまして。いつも争いながら食べるんで気を付けて下さい」
 「分かった」

 ウッドデッキでみんなで焼き始める。
 一応テーブルとイスは置いてある。

 亜紀ちゃんがいきなり回し蹴りを放った。

 「あ!」

 次の瞬間、空中に投げ出され、離れた庭に転がった。

 「ちくしょー!」

 亜紀ちゃんが猛然とバーベキュー台に戻り、攻撃しながら肉を奪い取ろうとする。
 また投げられた。
 他の子どもたちもどんどん投げ出される。

 「「「「「ワハハハハハハ!」」」」」

 虎白さんたちが笑いながら焼いた肉を喰っていた。
 何度も繰り返し、子どもたちも虎白さんたちに敵わないことを学んだ。
 それからは大人しく喰い始めた。
 初めて見た。
 俺は大笑いした。

 虎白さんたちが満腹になり、テーブルでゆっくりと食べ始めると、いつも通り子どもたちで争って食べた。

 「元気な連中だな」
 「すいません。俺の教育が悪くて」
 「いいよ、あのくらいが。あの子たちも戦場に出るんだろ?」
 「はい。もう幾つかは経験してます」

 俺は食べながら新宿公園での戦闘からジェヴォーダンとの海上戦、御堂家での戦い、アメリカでのヴァーミリオンの壊滅などを話した。
 虎白さんたちも、幾つかのことは知っていた。
 裏社会に繋がっている人たちだからだ。

 「千万組も高虎の下に付いたんだよな?」
 「はい。稲城会は俺が潰して動かすようになりました。神戸山王会や吉住連合も俺には逆らいません」
 「ヤクザを全部締めたか」
 「はい。必要がありまして」

 俺は虎白さんたちには全部を話そうと思った。
 アラスカの「虎の穴」や早乙女の「アドヴェロス」、蓮花研究所のブラン、デュールゲリエ、そして「武神」たち。
 食事が終わっても、そのまま酒を飲みながら話し続けた。
 亜紀ちゃんにPCの動画や画像を用意させる。

 「大変なものだな」

 虎白さんたちも唸っていた。

 「石神家は歴史の表に出るつもりはなかった。だけど、家業のせいで裏社会にはそれなりに通じてもいたけどな。でも、「業」のことはそれほど耳には入って来なかった」
 「どうしてですかね?」
 「多分、まだ奴がほとんど何もしてないからだよ。花岡の鬼子のことは知っていたが、暴れ回ってなきゃ、俺たちには無関係だ」
 「なるほど」

 「それに俺たちは別に正義の味方でもないしな。悪い奴がいるってだけで、そいつをどうこうするつもりはねぇ」
 「石神家に敵対するなら別だけどな」

 「でも、今ははっきりと敵になった。当主の敵だからな」
 「石神家を使うかどうかは分かりませんよ?」
 「構わねぇよ。でも、出来れば使ってくれ。ウズウズしてるんだ」
 「ちげぇねぇ! 高虎! 頼むぜ!」

 俺は笑った。
 戦闘狂の集団だ。

 「石神家の「剣士」って何ですか?」
 「「剣士」は一定の剣技を使える人間のことだ。今「剣士」を名乗れるのは、こないだの15人だけだな」
 「もっと増えますか?」
 「いや、大体この程度だろう。他の連中もある程度は使えるけどな。でもどんな戦場にも送り込めるのは、15人だと思っておいてくれ」
 
 虎白さんたちは結構な高齢のはずだった。
 一番若い人間でも、俺よりも年上だ。
 虎白さんも60代になっている。
 しかし、肉体の衰えは全く感じない。

 破壊力で言えば亜紀ちゃんたちの方が上だろうが、虎白さんたちには妖魔と戦えるという頼もしい点がある。
 俺は思いがけずに、強力な力を手にしたことになる。






 「ところでずっと気になってたんですが?」
 「あんだよ?」
 「俺って、もう石神家の当主なんですよね?」
 「そうだよ?」
 
 「だったらよ! 口の利き方を直せや!」

 「「「「「なんだとぉ!」」」」」

 タコ殴りにされた。

 「す、すいませんでしたぁー!」
 「このバカ! 当主が別にエライ訳じゃねぇんだぁ!」

 どういうことかよく分からなかったが、そういうことなのはよく分かった。
 石神家っていうのは、本当によく分からん。 
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