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石神家当主 誕生

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 「あれは虎白さんだったのか!」
 
 俺が言うと、虎白さんが笑っていた。

 「そうだ。お前に会ったのは、あの時一度だけだったな」
 「そうだったのか……」
 
 もう30年以上前だ。
 言われてみれば、虎白さんだったと分かるが。
 
 「お前は女の子みたいに可愛かったな」
 
 虎白さんがまた笑った。

 「でも、「虎相」は物凄かった。俺は虎影の兄貴に、絶対に高虎を当主にすると言ったんだ」
 「親父はなんて?」
 「お前の好きにさせるからと言っていた。俺が幾ら頼んでも、笑ってばかりで頷いてはくれなかったよ」
 「そうだったか」

 俺はまたあの日を思い出していた。

 「親父は自分が当主だとは認めていたんですか?」
 「それはな、まあ諦めるしかないことだったしな。名前だけだとは言いながらも、ちゃんとそのつもりでいた」
 
 虎白さんは俺を真直ぐに見て言った。

 「あの日、俺が会いに行ったのは、虎影の兄貴は石神家の当主を辞めたいと言って来たからなんだ。手紙でな」
 「え!」
 「だから行った。散々話し合ってな。それで何とか思い止まってくれた」
 「俺はどうして連れて行かれたんですか?」
 「お前のことが手紙に書いてあったんだ。高虎が石神家でも見たことのないような巨大な「虎相」だってよ。しかも、それが常に全身を覆っているのだと。信じられなかった」
 「それって……」
 「虎影は、それが石神の血の因業だと言っていた。強さを、戦いを求めて来た一族の呪いなのだとな。お前が死に掛けてるのは、その「虎相」のせいだと兄貴は考えていたようだ。だから自分は当主を辞めて、お前を何とか生かすようにしたいんだと」
 「石神の血を否定するってことですか」
 「そういうことだな。でも、もうお前には石神の血が流れてるんだ。今更辞めたいってもなぁ。それが分かって、俺たちにも何か高虎が助かるように探って欲しいということになった」
 「そうですか」

 虎白さんは外を見た。

 「まあ、何も出来なかったけどよ。俺らなりに何とかとも思ってたけどな。精々寺や神社に頼んだりするくらいで。有名な拝み屋に頼んだりもしたな」
 「え!」
 「そんな程度だよ。ああ、その拝み屋が道間に渡りを付けたんだよな」
 「吉原龍子!」
 「そうだ。あいつもまんまと道間に騙されたけどな」

 「それは違う! 道間も「業」に……」
 「ああ、分かってるよ。俺の言い方が悪かった。でもな、結果的には同じことよ。お前は吉原龍子に助けられたことも確かだけどよ。でも、俺らも最愛の当主を殺されたんだ」
 「それは……」

 そういうことだった。
 俺の気持ちがどうであろうと、虎白さんは最愛の兄を殺され、それに吉原龍子が関わっていたのだ。
 
 「道間家に落とし前を付けさせようとも考えた。でも、思い直した。石神の当主が決めたことだったからな。騙されたとしても、虎影が決めて自分を差し出した。だったら、俺らは何も言えない」
 「……」

 虎白さんが苦しそうな顔をした。
 
 「でもな、俺らも調べたんだ。道間のことは多少は知っていた。妖魔絡みのことじゃ、随分と世話にもなって来たしな。だからおかしいとは思ったんだ」
 「おかしい?」
 「ああ。道間だって石神家のことは分かってる。石神家の当主を騙して殺したんじゃ、大変なことになる。じゃあ、どうしてやったのかってことだ」
 「そうですね」

 虎白さんたちは思い止まったが、石神家の狂信者たちが襲えばただでは済まない。
 道間の操る妖魔などは、石神家の「剣士」であれば全て駆逐出来ただろう。

 「詳しいことは分からなかったが、道間の当主がトチ狂ったことは分かった。そしてあのザマだ。道間家は滅びた」
 「今はたった一人の生き残りの麗星が当主になってますよ」
 「知ってる。でも、一人だけじゃ道間はもう続けられない」
 
 俺は躊躇したが、話すことにした。

 「あの、虎白さん」
 「あんだ?」
 「麗星が、俺の子を産みまして」
 「あんだとぉーーーー!!!」

 虎白さんたちが立ち上がって叫んだ。

 「いや、あの! だから、俺も今後は道間家を支えるというか」
 「お前! 何やってんだよ!」
 「え? セックス?」

 虎白さんに頭を殴られた。

 「お前! 道間家の当主にでもなるつもりか!」
 「そんなことは! あくまでも麗星が当主で、もしかすると生まれた「天狼」が次期当主とか」
 「ばかやろう!」

 また殴られた。
 非常に痛い。

 「石神の血が混ざったら、道間家は石神家とも親戚だ! 今後は俺らも盛り立てなきゃならねぇ!」
 「いや、それは俺個人のことであって……」
 「当主のお前のやったことだ! 俺らは従うしかねぇ!」
 「だから当主って!」

 虎白さんが俺を遮った。

 「お前、まさかと思うけどよ」
 「はい」
 「こないだものすげぇ美人さんに子どもが生まれたじゃん」
 「はい!」
 「他の女に子どもはいないだろうな?」
 
 「え……」

 俺は目を逸らした。

 「いるのか!」
 「はい!」
 「どこの誰だ!」
 「花岡家の娘です!」

 「花岡だぁ?」
 「はい!」
 
 虎白さんが俺に迫り、胸倉を掴んだ。
 亜紀ちゃんが止めようとするので、俺がやめさせた。

 「俺! 今「花岡」の当主でして!」
 「あんだとぉーーーー!!!」
 「斬は俺の下に付きましたぁ!」
 「このバカァーーー!」

 虎白さんは俺を突き放し、他の四人と相談した。
 もう出来ちまったことは仕方ないと言い合っていた。

 「おい! 他にはねぇだろうなぁ!」
 「あの、いずれロックハート財閥の跡取りの娘とも」
 「……」

 物凄い目で睨んでいる。

 「他には!」
 「御堂家の娘とは近いうちに」
 「石神さん!」

 柳が喜んで立ち上がる。

 「御堂総理か?」
 「はい」

 また五人で話し合っていた。
 しばらく掛かった。

 「高虎のチンコ、斬っておこう」
 「それだけはやめて!」

 また話し合いの後で言われた。

 「はぁー。もうしょうがねぇ。流石にそこまでだよな?」
 「今のとこは」

 虎白さんが刀を抜きそうになり、他の四人に止められた。

 「おい! じゃあ百家とは何もねぇな!」
 「あ、ロックハート家の響子は百家の血を継いでます。こないだ挨拶に行きました」

 また刀を抜きそうになるので、四人が必死に止めた。

 「こいつ、どうなってやがるんだ!」
 「落ち着け! 虎白! 「虎相」が常態になってる化け物だ! このくらいあって不思議はねぇ!」
 「そうだ! 考えようによっちゃ、石神家の最高の時代になるかもしれんぞ!」
 「しかも高虎は「虎王」の主だ! しかも二本も持ってやがる!」
 「もしかすっと、大黒丸にまで手が及ぶ剣士になるかもしれんぞ!」

 「あ、それ今舎弟ですから」
 「「「「「ナニィィィーーーー!」」」」」

 「「クロピョン」って名付けました。あと「天の王」とか「海の王」も舎弟です」
 「「「「「……」」」」」

 五人が白目になっていた。

 「あの?」

 「死の王」とかもいるが、もう黙ってた。
 ロボのことはいいだろうと思った。
 俺は亜紀ちゃんに酒を出せと言った。
 日本酒は無いので、亜紀ちゃんが不貞腐れてワイルドターキーを持って来た。
 ストレートでグラスに入れて、虎白さんたちの前に置いた。
 全員、一気に飲み干したので、俺がまた注いで回った。

 「おい、高虎」
 「はい!」
 「お前はもう当主だからな」
 「え?」
 「お前の意見などはもうどうでもいい。これは決まったことだ」
 「そんな! 困りますって!」

 俺は叫んだ。

 「お前! 花岡家の当主にはなっても、石神家の当主は嫌だって言うのか!」
 「あれは仕方なくですよ! 大体、石神家の当主って何なんですか!」
 
 虎白さんが俺を見ていた。

 「ああ、大したことはねぇ」
 「ありますよね、絶対!」
 「おい、虎影の兄貴をずっと見て来ただろう?」
 「はい?」
 「兄貴は何かしてたか?」
 「あ? ああ」
 「そういうことだ」
 「よく分かりません!」

 虎白さんは俺に酒を注げと言った。
 また飲み干す。

 「いいか、高虎。石神家の当主っていうのは、一つのことでしかない」
 「はい?」
 「誰かが当主にならなきゃならん。だからなるんだ」
 「どういうことです?」
 「誰でもいいんだが、そのかわり全員が認めなきゃならん。言い換えれば、当主の言うことに従うだけのことだ」
 「それって……」
 「別に当主の役割なんてねぇんだよ。ただ、一族の人間に命ずることが出来るだけでな」
 「俺が?」
 「そうだよ」
 「なんで?」
 
 虎白さんが笑った。

 「お前が虎影の息子だっていうのが、一番の理由だな。そしてその虎影が命も何も擲ったんだ。それだけだよ」
 「そんな! 俺なんて!」
 「いや、お前がいい。歴代の当主の中でも剣技の腕は虎影は最高だった。器もでかかった。そして何よりも優しかった。最高の男だった」
 「親父が……」
 「その息子だ。俺たちは他に誰もいねぇ。お前だけだよ、高虎」
 「……」

 剣一本で生きて来た虎白さんたちがそう言っている。
 
 「俺が当主になったら、何を言うか分かりませんよ?」
 「ああ! 何でも言え! 俺たちは喜んでやるぜ!」
 「死ぬような戦場でも?」
 「アハハハハハハ! そりゃ最高だ! 俺たちはそういうのが大好きだからなぁ!」

 他の四人も大笑いしていた。
 狂信者たちだ。

 「俺は「業」と戦いますよ」
 「おう! そうか!」
 「妖魔を斬れる人間なら大歓迎だ」
 「良かったな!」




 「亜紀ちゃん! 最高の飯を作れ!」
 「はい!」

 亜紀ちゃんはニコニコしていた。
 もう俺を傷つけた連中とは思っていない。
 他の子どもたちも同じだ。

 「あの、今うちには日本酒は無いんです。こないだ全部追剥ぎに奪われて」
 「「「「「ガハハハハハハハハ!」」」」」
 
 「当主がこれを飲めと言えば飲むだけよ!」
 「はい!」
  
 俺たちは笑った。
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