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雪の降る家

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 「石神家っていのうはよ、旧い時代に出来た徒花なのよ」
 
 虎白さんが話して行く。

 家系図で遡れば、応神天皇まで行きつくらしい。
 そこから石神家として独立するのは鎌倉時代。
 東国の武士の一門で、その時には既に世の中から隠れるように住んでいたらしい。
 一際武術に優れ、特に剣術では日本で最高峰の高みに上り詰めていた。
 一族は度々武者修行の旅に出て、全国にその名が知られるようになる。
 戦国時代では周辺の武将を平らげ、広大な領地をせしめた。
 しかし、中央に出ることは考えず、襲ってくる敵は撃破したが、誰に下にも付かず、独立した家門として屹立していた。

 「要は俺らってよ、戦うことが生き甲斐で、領地をまとめるとか拡大することには興味がねぇんだわ」
 「ひたすら剣技を磨き上げてくだけ。まあ、戦いが欲しくて頼まれてどっかに行くことも多かったしな」

 虎白さんの他の人たちも説明してくれる。

 「戦国時代はあちこちで喧嘩売っててなぁ」
 「徳川の時代になったら、もう戦争はねぇ。だからひたすら修練に励んでたらしい」
 「でも大身旗本として取り上げられてな。まあ、俺らに敵対すっと大変だから」
 「それで、徳川から役目を与えられた。妖魔退治だったことは知ってるよな?」
 「虎之介の代で「虎王」に選ばれて主になった。その後は度々うちの家系から「虎王」の主が出た」
 「その前にも戦国時代の先祖が「虎王」の主になったらしいけどな。詳しいことは分からん。でもその代は物凄かったらしいぜ。海を渡って大陸を蹂躙したってなぁ」
 「その後日本に帰って来て、石神一族が滅ぼされそうだったことを知ってな」
 「今度は日本で暴れ回った。石神家に逆らうなっていうのは、その辺りからのことだな」
 「石神虎星。どういう理由かは知らないが、「竜胆丸」ってあだ名があったらしい」

 タカさんがびっくりしていた。

 「まあ、昔のことはとにかくな。今でもやってることは同じだ」
 「近い代じゃ、虎影の兄貴が最高だった。俺たちの誰も、虎影と数合ももたなかったよ」
 「だから家を出たって、当然虎影が当主だ。同田貫を持ってったってのも、誰も反対も文句も無かったよ」
 「その虎影が殺された。道間を滅ぼそうって声もあったけどな。でも虎影が納得したってことは分かったしよ。何もしなかった」
 
 虎白さんが、優しく笑っていた。
 タカさんにそっくりの笑顔だった。

 「さて、虎影が死んだことが分かって、じゃあ次の当主を決めなきゃならん」
 「でもな、とっくに決まってたんだよ」
 「高虎、お前にだ」

 タカさんはもう脅えておらず、遠い目をしていた。

 「思い出した。ガキの頃に、虎白さんと一度会ってますよね?」
 「なんだよ、忘れてたのかよ」
 「あんまり話してませんでしたからね。親父と二人で酒を飲んでて。俺はどっかに行ってろと言われて」
 「そうだったな」

 

 タカさんが話し出した。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 俺がまだ9歳の頃だった。
 横浜の山の中の市営住宅に住んでいた頃。
 俺は親父に連れられて、横浜駅の駅ビルのレストランに連れて行かれた。
 理由は話されなかった。
 ただ、人に会うのだとだけ。
 それが誰なのかも知らされなかった。

 駅ビルのレストランは広く、相手の男の人は既に席に着いて待っていた。
 いつもは厳しい顔の親父が、にこやかに笑って近づいて挨拶した。

 「久し振りだな」
 「ああ、元気そうだ。それが高虎か?」
 「そうだ。去年死にそうな病気になったが、何とかな。今でもしょっちゅう熱を出して倒れやがる」
 「うちでもいろいろやってるよ。そのうちに元気になんだろ」
 「頼む」

 俺は誰なのか分からない相手に、ただ名乗って挨拶した。

 「高虎、小遣いをやろう」

 その人は、財布から札を出して俺にくれた。
 一万円だった。

 「オォーーーー!」

 親父に頭を引っぱたかれた。

 「おい、幾ら何でも多いぜ」
 「いいんだよ。こいつの炎を見たらな」
 「そうか」
 「楽しみだぜ。何としても生かさねぇとな」
 「そうだ」

 親父がどっかで遊んで来いと言った。
 俺は喜んで吹っ飛んで行った。
 この大金をどうしようかと、笑いが込み上げて来た。
 駅ビルを探検しながら、いいものを買おうと思った。

 おもちゃ屋も本屋も服屋も食堂も何でもあった。
 俺は探検しながら店を見て回り、時々戻って親父と男とが笑い合って酒を飲んでいるのを確認した。
 1時間くらいあちこち回り、戻ってまだ飲んでいるのを見る。
 随分と長いことそうやっていた。
 腹が減って来たので親父のとこで何か喰おうと思ったが、「あっちへ言ってろ」と追い返された。
 一人で食堂など入ったことは無かったので、クリームパンを買って屋上のベンチで独りで食べた。

 綺麗な雑貨屋を見つけた。
 見たこともないような綺麗な置物などが置いてあった。

 「あ!」

 俺の背丈よりも高い棚の上に、一際綺麗なガラスの置物があった。
 丸いガラスの中に、小さな家が建っている。
 俺の両手に少し余るくらいの大きさ。
 俺がじっと見ていると、店員の女の人が俺のために棚から降ろしてくれた。

 「よく見ててね?」

 そう言って、ガラスを引っ繰り返した。
 家の周りの雪が下に溜まって、また引っ繰り返すと、それが家や周囲に静かに降り積もって行く。

 「すげぇ!」
 「ウフフフフ」

 値段を聞くと、2000円だと言われた。

 「これを下さい!」
 「いいの?」
 「はい! お袋に買ってあげたい!」
 「でも、高いものだよ?」
 「さっきおじさんに一万円もらったから!」
 「そうなんだ!」

 店員の女の人が笑顔になって包んでくれた。
 俺は金を払って大事に抱えて親父の所へ戻った。
 
 まだ飲んでいた。
 親父は大分酔っていた。
 辺りはもう暗い。
 6時間くらい経っていた。

 「親父、まだ帰らないのか?」
 「うるせぇ! 久し振りに飲んでんだ! お前はあっちで遊んでろ!」

 仕方が無いので、またクリームパンを買って屋上で食べた。
 寒かった。
 確か、クリスマスが近かった。
 少しウトウトし、寒さで目が覚めた。

 腹が減ったのでまたパン屋に向かったが、もう閉まっていた。

 「あ……」

 仕方が無いので、親父の所へ行った。
 親父はテーブルに突っ伏して寝ていた。

 「高虎。最近飲んでなかったみたいだからな。酒がすっかり弱くなったようだ」
 「親父……」
 「孝子さんに電話した。迎えに来るってよ」
 「え?」
 「じゃあ、俺は帰るな。お前、負けるなよ?」
 「はい」
 
 男は笑って俺の頭を撫でていなくなった。




 1時間くらいして、お袋がレストランに迎えに来た。
 家から駅まで走って来たのだろう。
 随分と早い到着だった。
 俺の顔を見るなり、泣き出して俺を抱き締めた。

 「お前はどこにもやらないから!」
 「え?」
 
 俺を抱き締めながら、そう言っていた。
 
 俺には何のことか分からなかった。
 親父はお袋が来たことに気付くと、何とか立ち上がって歩き出した。
 二人は俺の前で何も話さなかった。



 電車の中で、俺はお袋のために買ったガラスの置物を見せた。
 俺が引っ繰り返して雪を降らすと、お袋が感動してくれた。

 「お袋に似合うと思ったんだ!」
 「ありがとう。高虎は何を買ったの?」
 「え? ああ、俺はいらないよ! おつりはあげるね!」
 「え、ええ」
 「あ! ちょっとクリームパンを買っちゃった!」
 「まあ、レストランじゃ足りなかったの?」
 「あそこで食べて無いよ。親父があっちへ言ってろって言ったから」
 「じゃあ! 高虎は今までパンしか食べてないの?」
 「うん」

 お袋がまた泣いた。

 「ごめんね。私が一緒に来れば良かった」
 「いいよ! クリームパン、美味しかったぜ?」
 「もう!」

 お袋が泣くので、俺はまたガラスを引っ繰り返して見せた。
 



 お袋が泣きながら綺麗だと言ってくれた。
 お袋はガラスの置物を大切にしてくれた。
 時々引っ繰り返して眺めていた。
 嬉しそうに笑っていた。
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