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斬の復活

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 6月第二週の金曜日の午後3時。
 俺はアラスカへ飛んで行った。
 アラスカへ着くと、木曜日の夜9時だ。
 栞の居住区へ行くと、まだ士王が起きていた。

 「おとーさん!」
 「おう! 元気そうだな!」
 「うん!」

 いつもはもう寝ているが、俺が来るので起きていたようだ。
 カワイイ。

 俺は抱き上げてベッドへ連れて行き、士王を寝かせた。

 「何か食べる?」
 「ああ、「ほんとの虎の穴」へ行こうか」
 「うん!」

 栞が嬉しそうに笑い、すぐに着替えて来た。
 士王を桜花たちに頼み、二人で出掛ける。




 雑賀さんに「光明」を出してもらう。
 栞が喜んだ。

 「それと、鮭のコンフィと鹿のレバーを貰おうかな」
 「はい。レバーはどうしましょうか?」
 「そうだなぁ、タマネギとセージと……」

 俺が調理法を指示して頼んだ。

 「今日は珍しいものを食べるのね」
 「ああ、ちょっとな。肝臓をやっつけたくてな」
 「なにそれ!」

 栞が笑った。
 
 「実はな、斬のことなんだ」
 「え? おじいちゃん?」

 「ああ。あいつこれまで黙ってたんだけどよ。肝臓ガンだったらしいんだ」
 「え!」
 「俺も気にはなっていたんだよ。ガン患者特有の「匂い」がしたからな」
 「でも! 私にも何も言って無かったよ!」

 栞が動揺している。
 やはり、唯一残った肉親だ。

 「ステージはⅢ期。もう大分Ⅳ期に近かった。転移が始まっていた」
 「そ、そんな!」
 「本人も覚悟はあったんだと思う。でも、誰にも悟らせなかった」
 「あなた! なんとか出来ないの!」
 「出来た」

 「へ?」

 俺は笑って話した。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 斬から電話があった。
 6月の第一週の土曜日の朝6時。

 「おい」
 「てめぇ! いつになったら電話の常識を覚えるんだ!」
 「お前、だらしない生活をしているな」
 「年寄りは小便が我慢出来なくて起きちまうだけだろうが!」
 「酷いことを言うな」

 「このやろう!」

 夕べは柳とロボの気まずい出来事があり、寝るのが遅くなった。
 予定も無かったので、亜紀ちゃんと柳とで深夜から飲んだからだ。

 「お前に言っておきたいことがあってな」
 「おう、もう長くねぇってか!」
 「そうだった」
 
 「なに!」

 俺は驚いた。

 「ガンじゃった。肝臓ガンから始まって、リンパと胃にも転移が見つかっていた」
 「お前!」

 気にはなっていた。
 一緒に風呂に入ったりした時に、斬から「あの匂い」を感じていた。
 しかし肌艶も良く、一切の衰えも見えなかったために、俺もまさかと思っていた。
 また、聞いて斬が正直に答えるとも思わなかったし、大体病院で検査などは受けないと思っていた。
 だから、聞いたとしても、本人は否定するだけだろう、と。

 「2年になるか。もう、そろそろだと思っていた」
 「何故俺に言わなかった!」
 「ふん! お前などの世話になって堪るか!」
 「おい、俺の病院へ来い! これは命令だ!」
 「その必要はない」
 「いいから来い!」

 俺は怒鳴った。
 ロボが起き上がって俺を見ていた。
 
 「俺が何とかする! 必ず何とかするから来い!」
 「もういいんじゃ」
 「何言ってやがる!」

 俺はこのまま斬の屋敷に行って引っ張り出そうと思っていた。

 「もういい。すっかり治ったからな」
 「なに?」
 「それを言おうと電話したのじゃ」
 「何言ってんの?」
 「お前がくれたあの粉末な。それともしかするとお前の血の輸血か。体調がやけに良くなってな。病院で調べたら、ガンは全部消えていた」
 「おい?」
 「礼などは言わんが、ありがとうな」
 「言ってるじゃんかぁ!」

 斬が笑っていた。

 「これでこれからまた鍛錬して、お前などは叩き潰してやろう」
 「何言ってやがる!」
 「楽しみにしておけよ?」
 「お前! 恩人になんなんだぁ!」

 俺は叫びながら笑っていた。
 驚かされたが、その分、喜びが大きかった。

 「てめぇ、よくも」
 「まあ、そういうことじゃ。おい、そろそろ起きてお前も鍛錬しろ」
 「ふざけんな! 俺は寝てても大丈夫なくらい強いんだ!」
 「ふん! たるんだことを」
 「毎日オチンチンをいじってただけで、お前の「花岡」を超えちゃったからな!」
 
 斬が黙っていた。

 「おい、耳ガンか?」
 「お前がどれほど鍛錬したのかは、分かっておる」
 「へっ!」
 「お前は泥臭い努力型だからな」
 「だからどうした!」
 「お前の子どもたちは天才じゃ。お前も相当焦っただろう」
 「俺にも立場ってものがあるからな!」
 「フフフ」

 斬にならば、全部見抜かれているだろう。

 「とにかくじゃ。わしは今後も生き延びてどんどん強くなるぞ」
 「お前も大変だな!」

 皮肉には聞こえなかっただろう。
 俺は斬が決して届かないものへ向かっているのを知っている。

 「じゃあな、世話になった」
 「士王の子どもの顔を見るまで死ぬなよな」
 「当然じゃ!」

 


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 「なんてことなの!」
 「そうだよなぁ」

 俺たちは笑い合った。

 「私、全然知らなかった」
 「お前にだけは知られたくなかったんだろうよ」
 「なんでよ!」
 「栞の最後の肉親だったからだよ」
 「!」

 「斬が死んだら、栞は花岡家のたった一人の生き残りになってしまう。それだから話せなかったんだろう」
 「おじいちゃん……」

 「生き延びようとは思っていなかっただろうけどな。恐らく、本人も相当な痛みやだるさがあっただろう。どうやって耐えていたのかは知らんけどな」
 「そんな……」
 「まったく、頑固なじじぃだぜ」
 
 栞がグラスを持ったまま、それをじっと見詰めていた。

 「おじいちゃん、士王に会えた時に、本当に嬉しそうだった」
 「ああ、気持ち悪かったな」
 
 栞が笑って俺の胸を叩いた。

 「あれは、私が一人じゃなくなったということもあったのかな」
 「ただの気持ち悪いじじぃだろう」

 また栞が俺の胸を叩いた。

 「でも良かった! あなたのお陰ね!」
 「俺じゃないよ。雅さんと菖蒲さんのお陰だろう」
 「え?」
 「あの二人が斬に致命傷を与えたからだよ。だから斬は「Ω」と「オロチ」の粉末を飲んだんだ。あの二人が頑張らなきゃ、斬は幾許も無く死んでいたんだ」
 「そうだね」
 
 「まったく、この世はままならねぇよな」
 「そうだね」





 鹿の肝臓を二人で食べた。
 栞が、これまで食べたレバーの中で最高に美味いと言っていた。





 俺もそう思った。 
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