上 下
1,537 / 2,840

斬の復活

しおりを挟む
 6月第二週の金曜日の午後3時。
 俺はアラスカへ飛んで行った。
 アラスカへ着くと、木曜日の夜9時だ。
 栞の居住区へ行くと、まだ士王が起きていた。

 「おとーさん!」
 「おう! 元気そうだな!」
 「うん!」

 いつもはもう寝ているが、俺が来るので起きていたようだ。
 カワイイ。

 俺は抱き上げてベッドへ連れて行き、士王を寝かせた。

 「何か食べる?」
 「ああ、「ほんとの虎の穴」へ行こうか」
 「うん!」

 栞が嬉しそうに笑い、すぐに着替えて来た。
 士王を桜花たちに頼み、二人で出掛ける。




 雑賀さんに「光明」を出してもらう。
 栞が喜んだ。

 「それと、鮭のコンフィと鹿のレバーを貰おうかな」
 「はい。レバーはどうしましょうか?」
 「そうだなぁ、タマネギとセージと……」

 俺が調理法を指示して頼んだ。

 「今日は珍しいものを食べるのね」
 「ああ、ちょっとな。肝臓をやっつけたくてな」
 「なにそれ!」

 栞が笑った。
 
 「実はな、斬のことなんだ」
 「え? おじいちゃん?」

 「ああ。あいつこれまで黙ってたんだけどよ。肝臓ガンだったらしいんだ」
 「え!」
 「俺も気にはなっていたんだよ。ガン患者特有の「匂い」がしたからな」
 「でも! 私にも何も言って無かったよ!」

 栞が動揺している。
 やはり、唯一残った肉親だ。

 「ステージはⅢ期。もう大分Ⅳ期に近かった。転移が始まっていた」
 「そ、そんな!」
 「本人も覚悟はあったんだと思う。でも、誰にも悟らせなかった」
 「あなた! なんとか出来ないの!」
 「出来た」

 「へ?」

 俺は笑って話した。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 斬から電話があった。
 6月の第一週の土曜日の朝6時。

 「おい」
 「てめぇ! いつになったら電話の常識を覚えるんだ!」
 「お前、だらしない生活をしているな」
 「年寄りは小便が我慢出来なくて起きちまうだけだろうが!」
 「酷いことを言うな」

 「このやろう!」

 夕べは柳とロボの気まずい出来事があり、寝るのが遅くなった。
 予定も無かったので、亜紀ちゃんと柳とで深夜から飲んだからだ。

 「お前に言っておきたいことがあってな」
 「おう、もう長くねぇってか!」
 「そうだった」
 
 「なに!」

 俺は驚いた。

 「ガンじゃった。肝臓ガンから始まって、リンパと胃にも転移が見つかっていた」
 「お前!」

 気にはなっていた。
 一緒に風呂に入ったりした時に、斬から「あの匂い」を感じていた。
 しかし肌艶も良く、一切の衰えも見えなかったために、俺もまさかと思っていた。
 また、聞いて斬が正直に答えるとも思わなかったし、大体病院で検査などは受けないと思っていた。
 だから、聞いたとしても、本人は否定するだけだろう、と。

 「2年になるか。もう、そろそろだと思っていた」
 「何故俺に言わなかった!」
 「ふん! お前などの世話になって堪るか!」
 「おい、俺の病院へ来い! これは命令だ!」
 「その必要はない」
 「いいから来い!」

 俺は怒鳴った。
 ロボが起き上がって俺を見ていた。
 
 「俺が何とかする! 必ず何とかするから来い!」
 「もういいんじゃ」
 「何言ってやがる!」

 俺はこのまま斬の屋敷に行って引っ張り出そうと思っていた。

 「もういい。すっかり治ったからな」
 「なに?」
 「それを言おうと電話したのじゃ」
 「何言ってんの?」
 「お前がくれたあの粉末な。それともしかするとお前の血の輸血か。体調がやけに良くなってな。病院で調べたら、ガンは全部消えていた」
 「おい?」
 「礼などは言わんが、ありがとうな」
 「言ってるじゃんかぁ!」

 斬が笑っていた。

 「これでこれからまた鍛錬して、お前などは叩き潰してやろう」
 「何言ってやがる!」
 「楽しみにしておけよ?」
 「お前! 恩人になんなんだぁ!」

 俺は叫びながら笑っていた。
 驚かされたが、その分、喜びが大きかった。

 「てめぇ、よくも」
 「まあ、そういうことじゃ。おい、そろそろ起きてお前も鍛錬しろ」
 「ふざけんな! 俺は寝てても大丈夫なくらい強いんだ!」
 「ふん! たるんだことを」
 「毎日オチンチンをいじってただけで、お前の「花岡」を超えちゃったからな!」
 
 斬が黙っていた。

 「おい、耳ガンか?」
 「お前がどれほど鍛錬したのかは、分かっておる」
 「へっ!」
 「お前は泥臭い努力型だからな」
 「だからどうした!」
 「お前の子どもたちは天才じゃ。お前も相当焦っただろう」
 「俺にも立場ってものがあるからな!」
 「フフフ」

 斬にならば、全部見抜かれているだろう。

 「とにかくじゃ。わしは今後も生き延びてどんどん強くなるぞ」
 「お前も大変だな!」

 皮肉には聞こえなかっただろう。
 俺は斬が決して届かないものへ向かっているのを知っている。

 「じゃあな、世話になった」
 「士王の子どもの顔を見るまで死ぬなよな」
 「当然じゃ!」

 


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 「なんてことなの!」
 「そうだよなぁ」

 俺たちは笑い合った。

 「私、全然知らなかった」
 「お前にだけは知られたくなかったんだろうよ」
 「なんでよ!」
 「栞の最後の肉親だったからだよ」
 「!」

 「斬が死んだら、栞は花岡家のたった一人の生き残りになってしまう。それだから話せなかったんだろう」
 「おじいちゃん……」

 「生き延びようとは思っていなかっただろうけどな。恐らく、本人も相当な痛みやだるさがあっただろう。どうやって耐えていたのかは知らんけどな」
 「そんな……」
 「まったく、頑固なじじぃだぜ」
 
 栞がグラスを持ったまま、それをじっと見詰めていた。

 「おじいちゃん、士王に会えた時に、本当に嬉しそうだった」
 「ああ、気持ち悪かったな」
 
 栞が笑って俺の胸を叩いた。

 「あれは、私が一人じゃなくなったということもあったのかな」
 「ただの気持ち悪いじじぃだろう」

 また栞が俺の胸を叩いた。

 「でも良かった! あなたのお陰ね!」
 「俺じゃないよ。雅さんと菖蒲さんのお陰だろう」
 「え?」
 「あの二人が斬に致命傷を与えたからだよ。だから斬は「Ω」と「オロチ」の粉末を飲んだんだ。あの二人が頑張らなきゃ、斬は幾許も無く死んでいたんだ」
 「そうだね」
 
 「まったく、この世はままならねぇよな」
 「そうだね」





 鹿の肝臓を二人で食べた。
 栞が、これまで食べたレバーの中で最高に美味いと言っていた。





 俺もそう思った。 
しおりを挟む
感想 56

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

NPO法人マヨヒガ! ~CGモデラーって難しいんですか?~

みつまめ つぼみ
キャラ文芸
 ハードワークと職業適性不一致に悩み、毎日をつらく感じている香澄(かすみ)。  彼女は帰り道、不思議な喫茶店を見つけて足を踏み入れる。  そこで出会った青年マスター晴臣(はるおみ)は、なんと『ぬらりひょん』!  彼は香澄を『マヨヒガ』へと誘い、彼女の保護を約束する。  離職した香澄は、新しいステージである『3DCGモデラー』で才能を開花させる。  香澄の手が、デジタル空間でキャラクターに命を吹き込む――。

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

人形の中の人の憂鬱

ジャン・幸田
キャラ文芸
 等身大人形が動く時、中の人がいるはずだ! でも、いないとされる。いうだけ野暮であるから。そんな中の人に関するオムニバス物語である。 【アルバイト】昭和時代末期、それほど知られていなかった美少女着ぐるみヒロインショーをめぐる物語。 【少女人形店員】父親の思い付きで着ぐるみ美少女マスクを着けて営業させられる少女の運命は?

処理中です...