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羽入と紅 秋田山中

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 5月中旬。
 俺は紅と秋田の山中にいた。
 
 「君たち二人で赴いて欲しいんだ」

 早乙女さんから言われて二人で話を聞いた。

 「秋田県の山中で、マタギの人が熊が喰われているのを発見した」
 「クマ?」
 「それまでにも鹿や他の動物が喰い荒らされているのを見つけていた。そして熊までも襲われたことで、警察に届け出があった」
 「そうなんですか」
 「それに、見たことも無い怪物を目撃している。尾根を悠々と歩く、二本足で立つトカゲのような身体だったらしい」
 「写真は?」
 「無い」
 「スマホの画像とかないんですか?」
 「マタギの人は、そんなものは持ち歩かないよ」
 「え! 今は誰だって持ってるのに!」
 「昔気質なんだよ。それに、ああいう人には必要ない」
 「変わってますね!」

 紅が俺の肩を叩いた。

 「あんだよ?」
 「羽入、私も持って無い」
 「あ?」
 「私もおかしいか?」
 「お前は別な連絡手段があるだろう!」
 「ああ、ある」
 「だったら必要ねぇよ」
 「そうか」

 紅の唇が、薄く笑っているように見えた。
 気になったのか?

 「とにかく、場所は大体特定している。まあ、結構な範囲だけどな。でも、その範囲内で山の動物が襲われている。恐らく、そこにいるのだろう」
 「そうですか」
 「今回は君たち二人でやってもらう。大丈夫か?」
 「化け物は一匹なんでしょう? 何のことはありませんよ」」
 「宜しく頼む」

 そういうことになった。
 紅が登山に必要なものを買って来てくれた。
 俺は登山などしたことがない。
 それに、登山客の格好でもしていないと、山中で人に見られたらおかしい。

 俺は紅が買って来たものを点検した。
 防水性のトレッキングウェア上下。
 俺は紺で、紅はピンクだ。
 俺は長ズボンだが、紅は膝上のショートハーフパンツとタイツだった。
 靴は、もう雪もないので底の熱い短靴のタイプ。
 俺用の調理道具や食器、食糧。
 それとテント。

 「おい」
 「なんだ」
 「テントはやけに小さくねぇか?」
 「十分だろう」

 俺は説明書を見た。

 「おい! 独り用じゃねぇか!」
 「そうだ。お前用だ」
 「お前も寝ろよ!」
 「私は必要ない」
 「寝ろ!」
 「外で座っていればいい」
 「ダメだ! お前も一緒に寝るんだ!」
 
 「おい、羽入」
 「なんだよ!」
 「あのな、私にはそういう機能は無いんだ」
 「ひ、必要ねぇよ!」

 まったく。
 俺がテントを交換しに行った。



 秋田まではハイエースで移動した。
 
 「新幹線の方が良かっただろう」
 「なんだよ」
 「長距離の運転で、お前が疲れるからだ」
 「こんな荷物を新幹線で運べるかよ!」
 「私が背負う」
 「それがおかしいんだって!」

 全部が俺のための荷物だ。
 80リットルのでかいリュックに、さらにテント。
 それを背負って超絶の美人が颯爽と歩いたら、間違いなく人目を引く。
 何よりも、紅に申し訳ない。

 山中ではいろいろと頼むことになるだろうが、そこまではせめて紅に楽をしていて欲しい。

 秋田の警察署に車を入れ、俺たちは署の車で登山道まで運んでもらった。
 その日のうちに怪物がいる範囲に到着し、俺たちは道から外れた林の中にテントを立てて拠点を作った。
 それから二日が経ち、まだ俺たちは怪物を見つけられずにいた。




 「なんだ、羽入。またへたばったのか」
 「うるせぇ!」

 慣れない山中を歩き、俺は疲労が積み重なっていった。

 「そろそろ昼時だな。食事をしろ」
 「へっ!」

 紅が背負ったナップザックから、俺の握り飯とおかずを取り出して渡した。
 まだ朝の10時だ。
 今朝は7時から捜索している。
 それにしても、全然昼時じゃねぇ。
 でも、俺は黙って食べた。
 紅が俺の消耗に気付いている。
 口は汚いが、俺のことを心配していた。
 そういうことが付き合いの中で分かるようになってきた。

 「羽入、今日一日で見つからなければ、一度山を下りよう」
 「なんでだよ?」
 「お前の疲労が限界だ」
 「ふざけんな、まだまだやれる」
 「お前を拠点に一人で残すのも心配だ。お前は一度山を下りて、あとは私に任せろ」
 
 「冗談じゃねぇ! お前独りに危険な真似をさせられるか!」
 「羽入……」

 立ち上がって叫んだせいか、俺は立ち眩みを起こした。
 紅に気付かれないようにしばらく脳に血流が戻るのを待ち、そっと座った。
 視界が真っ暗になったが、どうやら気付かれなかった。

 「おい、紅」
 「なんだ?」
 「今日はもう寝るぞ」
 「あ、ああ。休んでおけ」
 「今日は夜間に捜索する。あいつは昼間はどこかに潜んでいるのかもしれない」
 「!」
 
 「これだけ懸命に探して見つからないんだ。思い付きだが、別な方法を試してみよう」
 「分かった」

 紅が笑顔になった。

 「早く喰え。すぐに戻るぞ」
 「ちょっと待て! ああ、風呂に入りてぇなぁ」
 「我慢しろ。私が後で身体を拭いてやる」
 「冗談じゃねぇ!」

 拠点に戻り、紅が近くの沢から水を汲んで来てくれた。
 携帯用のバケツだ。
 ナイロン製で小さく折り畳めるようになっている。
 その代わり、扱いにくい。
 それにも関わらず、紅はたっぷりと汲んで来た。
 相当気を付けながら来てくれたのだろう。
 俺は紅をテントの中へ入れ、外で裸になって身体を拭った。
 水は冷たいが、気持ちがいい。
 服を着て、テントを開いた。

 「さっぱりしたぜ。ありがとうな、紅」
 
 また紅がヘンな顔をした。
 ただ、黙って俺のシュラフを開き、眠るように言った。

 「おい、お前も休んでおけよ」
 「ああ、そうする」

 横になると、疲労が溜まっていたせいですぐに眠くなった。
 ウトウトしていると、誰かが髪を撫でているのに気付いた。

 「必ずお前を守ってやる」

 紅の声だった。
 俺は聞いていない振りをしていた。




 (俺もお前を守るぜ、紅)

 心の中で呟いた。 
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