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大阪 風花の家 Ⅳ

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 店に着いて名前を言うと、すぐに個室へ案内してくれた。
 オーナーが挨拶に来る。

 「石神様。今日は当店にお出で頂きまして、ありがとうございます」
 「この店が評判がいいんで、無理を言って申し訳ありません」
 「いいえ。精一杯やらせていただきます」

 風花がどういう店かと見回していた。
 六花は美味しいに決まっていると安心している。

 「ここは直心組の稲葉セツに紹介されたんだ。ネットでの評判も見てみたんだが、やっぱりああいう人間の方が確実だ」
 「ああ! 前に一緒に食堂で食べた方ですね!」
 
 風花が思い出したようだった。
 以前に杉本の食堂で一緒に食事をした。

 店内は客で埋まっていた。
 着ている物を見ても、安い恰好ではない。
 高級店なのだ。

 俺は更に、金に糸目を付けずに最高の素材を用意してくれと頼んだ。
 料理は任せる。
 
 ハマグリの皿が出た。
 見た目は甘辛煮だったが、その大きさや輝きから、見ただけで良いものと分かる。
 ナイフを入れると、濃厚な汁が溢れて来た。
 柔らかい中に、プリプリとした食感もちゃんとある。
 潮の香りが鼻を抜ける。
 天然物で、7年以上の最高のものだと分かる。
 六花も風花も驚いていた。
 
 「これは、この後も期待できるな」

 洋食と和食の融合が売り物のようだった。
 オマール海老のベシャメルソース。
 鱧の椀。
 真鯛やマグロなどの刺身は、最高の食感と味を引き出すために、切り身の厚みが調整されていた。
 
 「風花、美味いか?」
 「はい! こんなに美味しいものは食べたことがありません!」
 「お前は毎回言うよなぁ」
 
 六花と笑った。

 「まあ、お前も少しは美味い物に慣れようとしているようだけどな」
 「はい。石神さんに言われて心掛けてはいるんですが」

 「お前は俺に言われたからやっているんだな?」
 「はい、そうです」
 「じゃあ、お前は俺がどうしてそう言ったのかは考えていなかったんだな」
 「え?」
 
 風花が分からないという顔をしていた。

 「お前は素直な人間だから、俺が言ったことをやろうとはしている。だけど、その意味は考えてない」
 「……」

 「お前に「絶怒」の連中を鍛えてくれと頼んだよな?」
 「はい!」
 「今日見ても分かったが、風花は熱心にやってくれている。自分でもどうだ?」
 「はい! あの人たちを訓練するのは楽しいですし、みんないい人たちです。最初はちょっとコワイのかと思ってましたが、石神さんを尊敬していて、真面目にうちに通って来てくれています」
 「そうか。じゃあ、あいつらを鍛えることと、美味しい物を探して食べることの違いは分かるんじゃないのか?」
 「え、それは……」

 風花が戸惑っている。

 「もう一度聞く。風花はどうして熱心に「絶怒」の連中を鍛えるんだ?」
 「それは、あの人たちに強くなって欲しいと思うし、それにこれからの戦いで死んで欲しくないと思っているからです」
 「じゃあ、美味い物を喰うのは?」
 「それは……!」

 「分かったか。目的、意味をどこに持つかなんだよ。「絶怒」の連中のためにやりたい。要するに、自分以外のためということだ」
 「それじゃあ、美味しい物を食べるのも!」
 「そうだよ。風花自身が楽しむためにやれば、ただの贅沢だ。でも、自分自身じゃないもののためにやれば、な」
 「!」

 俺は笑って言った。
 六花もニコニコしている。

 「風花にも大事な人間がいる。その人間が喜ぶことをしてやれ。美味い物というのは、それが出来るわけだ」
 「はい!」
 「もちろん、別なことでもいいよ。でもな、美味い物を知っていれば、初対面の人間だって喜ばせることが出来るんだ」
 「はい!」
 「塩野社長さんにご馳走してもいいんだしな」
 「そうですね!」
 「あとは、お前とヤルことしか考えてないカレシな!」
 「そんなことはないですよ!」

 六花と大笑いした。

 「でも、皇紀さんにも、美味しい物を食べてもらいたいです」
 「ありがとうな。こういう店で食べれば、自分の料理も変わって行く。何をどうすれば美味いとか分かるしな」
 「なるほど!」

 カサゴの唐揚げが来た。
 高級魚ではないが、俺がリクエストした。
 風花にも作れるからだ。
 ライムと薬味にアサツキとおろし大根が付いている。
 シシトウとパプリカも添えてあり、彩もいい。
 頭の形から、潰してあることは分かった。
 俺は頭をむしり取って口に入れた。

 「素晴らしいな!」
 
 二度揚げ、もしくは三度揚げし、アロゼもやっているようだった。
 香ばしい骨が噛むと簡単に折れて行く。

 三人の前にコンロが置かれ、店の人間がホタテやカニを焼いて行く。
 焼き加減が完璧で、最高の焼き物を食べられた。
 俺は食べながら、うちでチーズフォンデュをして大失敗だった話をした。

 「やっぱり熱々のチーズをぶっかけ合ってよ。全員火傷した。チーズが無くなって焦げて、中断したんだ。余った食材が可哀そうでなぁ」
 
 店の人間も大爆笑した。
 伊勢海老のコンフィも絶品だった。
 ウニのたっぷりと乗ったご飯が出て、目の前で卵黄に熱いバターを注いだものを掛けられた。
 サッと醤油を振ると、唸る程の美味さだった。

 大満足で店を出た。
 




 風花の家に戻って、俺はワインを、六花と風花は紅茶を飲んだ。
 ドームの上の幻想空間だ。

 「ここ、よく来るんです」
 「そうか」
 「最高ですよね!」
 「そうか」

 俺と六花で笑った。
 大阪の夜景が美しい。
  
 「風花、お前をこんなに広い家に一人で住まわせて悪いな」
 「え?」
 「俺もよく分かっているんだよ。亜紀ちゃんたちが来るまでは、あの広い家に一人で住んでいたからな」
 「石神さん……」

 「でもな、この家にはきっと人が増えて行く」
 「皇紀さんとか……」
 「戦争が終わればな。それまでは申し訳ない。なるべく来させるけどな」
 「いえ、そんな!」
 「そのうちに皇紀との子どもも出来るだろう」
 「!」
 「他にも仲間たちもな」
 「仲間?」
 「ああ、大阪も大都市だ。風花だけで守るのは難しいからな。いい人間をこっちに送るつもりだ。まあ、気に入った奴がいれば一緒に暮らしてもいい」
 「そうですか」

 六花が歌を歌いたいと言った。
 俺も今日くらいはいいだろうと許した。


 ♪ 大阪で 生まれた 女やさかい ♪


 どうやら、覚えて来たらしい。
 風花のために歌いたかったのだろう。
 相変わらず音程のおかしな歌だったが、不思議と温かかった。
 六花の歌声は、朗々と大阪の街に響いた。
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