上 下
1,501 / 2,806

亜蘭の居場所

しおりを挟む
 亜蘭を助手席に乗せている。

 「どうだ、緊張してるか?」
 「はい、ちょっとだけ。でも、「暁園」の子どもたちに会えるのが楽しみです」
 「そうか」

 「暁園」にはすぐに着いた。
 よしこが連絡したのだろう。
 子どもたちが門の前で待っていてくれた。
 俺たちが来ると、一斉に左右に分かれて中へ入れてくれる。

 俺と亜蘭、子どもたちとロボが降りた。
 32人の子どもたちが駆け寄って来る。

 「おお、随分と立派になったな」

 「暁園」は建て替えをした。
 白い大理石とガラスを多用した、非常に優美な建築だ。
 高級マンション以上に豪華な造りだ。
 俺の子どもたちなのだから、これでいい。

 でも、亜蘭は建物など見もしなかった。
 最初から子どもたちしか見ていなかった。
 一階の集会場に集まった。

 「この人は灰寺亜蘭だ。これからここでお前たちと一緒にいるようになる」

 子どもたちは明るく歓迎した。

 「灰寺亜蘭です! 一生懸命に働きますので、どうか宜しくお願いします!」

 子どもたちが拍手をした。

 「今、東京に住んでいるんだ。今の仕事の引継ぎや、引っ越しの準備もあるから、もう少し先になるけどな。今日は顔合わせで連れて来た。何か聞きたいことがあれば言ってくれ」

 子どもたちから年齢や今までの仕事、子ども時代の思い出など、様々なことを聞かれた。
 亜蘭は懸命にそれを話した。
 好印象を持ってもらいたいものではなかった。
 自分などに興味を持ってくれることに対する、精一杯の感謝だった。

 「小学生時代に一番思い出になったことは何ですか?」
 「えーと、ちょっと待って。今思い出すから。あんまりいいことが無かったから」

 子どもたちが笑った。

 「ああ! しょっちゅういじめられてる子がいたんだ!」

 子どもたちが真剣に聞いていた。

 「いつもはね、僕は怖くて見ない振りをしていたんだ。でもね、あまりにも酷くて、その日はやめるように言ったんだ」
 「スゴイ!」
 「うん。でもね、その日から今度は僕がいじめられるようになってね。あとで辞めとけばよかったって後悔した」

 みんなが笑った。

 「でもね。今でも思うんだ。僕は今も弱くて怖がりだけど、僕だって勇気はゼロじゃないんだって。怖いことは苦手だし、自分が傷つくのは怖いんだ。石神さんたちとは全然違う。でもね、僕はいつだって勇気を出したいんだ。君たちのためなら、僕はきっと喜んで勇気を出すよ」

 亜蘭の言葉は子どもたちにも伝わった。
 
 「私も灰寺さんのために勇気を出します!」
 「あ、ありがとう!」

 亜蘭が涙ぐんだ。
 次々に子どもたちが、自分も勇気を出すと言った。

 俺たちは訓練場に移動した。
 「暁園」の子どもたちは、毎日「花岡」を練習している。
 基本の動作をみんなにやらせ、うちの子どもたちが指導して行った。
 亜蘭も一緒にやる。
 亜蘭が手本で見せる動作の優美さに、「暁園」の子どもたちも亜蘭の実力を知った。

 組み手を始めた。

 「神様! 一緒にやっていただけますか!」
 「もちろんだ!」

 竹流が俺に言って来た。
 二人でしばらく組み手をする。

 組み手は「金剛花」だけを使い、身体の防御だけはする。
 しかし、その他の突きや蹴りには「花岡」を使わない。

 竹流の上達は目覚ましかった。
 竹流は、ここの最上位だ。

 「亜蘭! 竹流と組み手をしてみてくれ!」
 
 俺は亜蘭の実力を子どもたちに見せるために呼んだ。
 二人は互いに礼をして始めた。

 亜蘭は最初、竹流の攻撃を防御することだけだった。
 竹流の実力が分かって来ると、徐々に自分も攻撃を仕掛けた。
 二人とも嬉しそうな顔でやり合っていった。

 「亜蘭! 竹流に「螺旋花」を撃ってみろ」
 「え!」
 「いいからやれよ」
 
 亜蘭が戸惑っていた。

 「あの、石神さん!」
 「なんだ?」
 「危ないです!」
 「竹流なら大丈夫だって」
 「石神さんが言うのならそうなんでしょう。でも、僕には出来ません」
 「なんでだ?」
 「危ないです!」

 竹流も驚いて見ていた。
 竹流が笑った。
 他の子どもたちも笑った。

 「灰寺さん、ありがとうございます」
 「え、いや……」

 亜蘭が驚いていた。

 「分かったよ! 俺が悪者なんだな!」
 「そういうことじゃ!」

 一度シャワーを浴びた。
 男女別に分かれているのを見て、亜蘭が小さく笑い、自分の額を掌で叩いていた。

 「残念だな、男女別にしたんだ」
 「そりゃそうですよね」
 「露天風呂も作った。あそこは混浴だぞ?」
 「ほんとですか!」

 「ばかやろう! 交代制だ!」
 「やっぱ!」

 俺は笑って、亜蘭にシャワーを浴びさせた。





 みんなで集まって、三時のお茶にした。
 「暁園」の子どもたちには、甘いミルクティーを淹れた。
 おやつは「紅オイシーズ」のコンポート・ヨーグルトだ。
 「暁園」には専任の料理人が3人いて、毎日美味しい物を作ってくれる。
 厨房長の朝倉さんは、鷹の実家でも働いていたことのある、一流の料理人だった。
 三食を頼んでいたが、そのうちにおやつまで作ってくれるようになった。
 子どもたちへの愛情の深い人だ。

 みんなで美味しく頂き、口下手な亜蘭のために、俺が亜蘭の話をした。

 「亜蘭はな、最初はうちのルーとハーに一目惚れして、それで縁が出来たんだ」

 俺がルーの肩に手を乗せようとして、亜蘭がハーにぶっ飛ばされた話をした。
 
 「亜蘭は普通の人間だったからな。何が起きたのか気付かなかった。交通事故で当て逃げされたことになったんだ」

 みんなが爆笑した。
 亜蘭も笑っている。

 「それからうちを探してな。丁度うちが拡張工事をしていたんで、そこで働きたいって言って来たんだ」

 子どもたちが目を輝かせて聞いていた。

 「だけどな。こいつ、何にも運動をしたことがないんで、体力がなくてなぁ。初日は午前中に倒れた。次の日も午後に倒れた。全然使い物にならなかったよな」
 「はい」
 「本来はクビなんだけど、何しろさ。こいつはハーに勘違いされてぶっ飛ばされて入院したじゃん。だから俺も追い出せなくてさ」

 みんながまた爆笑した。

 「でもな、ちょっとずついられる時間が長くなっていった。亜蘭も、出来ないなりに頑張ってたんだ。そして徐々に長くられるようになって、最後までいられるようになった」

 みんなが拍手した。

 「ある時、風に煽られて立てかけていた木材が倒れたんだ。丁度いたルーとハーの上にな。二人は知っての通り何でもない事なんだけど、それを知らなかった亜蘭が咄嗟に飛び出して二人を庇ったんだ」

 子どもたちが感動していた。

 「まあ、反対にルーとハーに助けられたんだけどな。亜蘭はちょっと怪我をした。こいつはそういう奴だ。自分のことを全然スゴイ人間だとは思ってない。でも、そんな自分でも大事な人間のために動こうとする。いい奴だろ?」

 子どもたちが大きな拍手を送った。
 亜蘭が照れていた。
 双子が両脇から亜蘭の肩に手を乗せて笑っていた。

 「何が出来るとか出来ないとかじゃないんだ、人間は。必要ならやる。それだけだぞ。それが本当に出来なくたって、全然構わない。やったかやらなかったかだけだ。そうだよな!」
 『はい!』

 子どもたちがまた拍手した。




 俺たちは「暁園」を出た。

 「亜蘭、どうだった?」
 「みんな、いい子ですね!」
 「お前はちっちゃい子はみんなそうだろう!」
 
 みんなで笑った。

 「でも、本当にいい子たちですよ。あれも石神さんのお陰ですね」
 「俺は何もしてないよ。よしこや「紅六花」のメンバーがみんなよくやってるんだ」
 「そうですか」

 「亜蘭」
 「はい」
 「あそこがお前の居場所だ」
 「はい!」

 


 家族はいても、冷たい関係でしかなかった亜蘭。
 今も、金だけは不自由しないが、たった独りでしかない亜蘭。

 亜蘭に居場所が出来、大事な家族が出来た。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

まさか、、お兄ちゃんが私の主治医なんて、、

ならくま。くん
キャラ文芸
おはこんばんにちは!どうも!私は女子中学生の泪川沙織(るいかわさおり)です!私こんなに元気そうに見えるけど実は貧血や喘息、、いっぱい持ってるんだ、、まあ私の主治医はさすがに知人だと思わなかったんだけどそしたら血のつながっていないお兄ちゃんだったんだ、、流石にちょっとこれはおかしいよね!?でもお兄ちゃんが医者なことは事実だし、、 私のおにいちゃんは↓ 泪川亮(るいかわりょう)お兄ちゃん、イケメンだし高身長だしもう何もかも完璧って感じなの!お兄ちゃんとは一緒に住んでるんだけどなんでもてきぱきこなすんだよね、、そんな二人の日常をお送りします!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

イケメン歯科医の日常

moa
キャラ文芸
堺 大雅(さかい たいが)28歳。 親の医院、堺歯科医院で歯科医として働いている。 イケメンで笑顔が素敵な歯科医として近所では有名。 しかし彼には裏の顔が… 歯科医のリアルな日常を超短編小説で書いてみました。 ※治療の描写や痛い描写もあるので苦手な方はご遠慮頂きますようよろしくお願いします。

処理中です...